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第七十話
しおりを挟む「シン男爵か、入るがよい」
野営地とは言え子爵様のテントは大きい。テーブルや椅子、奥には仕切られたベッドまである。僕も男爵になったのだからテントを大きくして快適な性活を過ごそうかな。
「失礼します、サムナー準子爵様」
椅子に促されテーブルの上に出てきたのはエール。水より衛生的という事で良く飲まれるが、お酒を飲めない人はどうしているのだろうか。それにお酒に慣れて酔わない女の子をどうやって口説けばいい?
「男爵のなかなかの手腕、感謝してるぞ」
最初の頃、お互いの印象は良く無かったけれど、僕達の献身的な貢献が認められた結果、サムナー準子爵は打ち解けてくれたようだ。
もちろん献身的な行いは、教導団として騎士を訓練させる事で、サムナー準子爵様のベッドに入り込んで教導したりはしていない。マジ、本当に。
打ち解けてくれた理由は綺麗事ばかりじゃなくて、本当の理由は僕達が圧倒的に強かったからだと思う。
実際に組手をした僕とプリシラさんとアラナで一人に付き百人近くを打ち負かし、アラナにしては「騎兵殺し」の二つ名の通りサムナー家の騎兵を薙ぎ払ったからね。僕達の献身的な暴力に心を開いてくれたんだね。
一つ納得が行かないのはプリシラさんやアラナに倒された人は「凄い」とか「強い」とか称賛の声が聞こえるのに、僕に負けた人は「チッ!」とか「クソッ!」とか言われたのは何故だろう。僕は怪我だってさせなかったのに。
武門のサムナー家には「強さこそ正義」みたいなのがあるのか一度、心を開いてくれた後は良好な関係を築けたのが嬉しかった。僕に負けた人以外。
「本日は折り入って話があります」
「リザードマンの件か。その事なら考えておるぞ」
イザベル・サムナー嬢はテントの中では鎧を取っているので、普段は見られないラフな姿をしているが、本当に華奢な体だ。
ソフィアさんをもっと痩せた感じかな。イザベラ嬢も、もう少し太った方がいい。男の子の大半は肉付きのいい女子が好きって言うのが持論だ。
勿論、痩せている人も大好きだ。クリスティンさんみたいなモデル体型も、ルフィナみたいな幼児体型も僕は好きだ。僕が苦手なのは暴力的なのかな…… なんで白百合団にいるんだろう?
サムナー準子爵様が着ているフルプレートメイルと楯と槍、魔道具としても決して軽くは無いはずだ。もしかして細マッチョなのか? 今度、脱がして見てみたい。
「いえ、その事では無く、リザードマン討伐の後の事でございます」
「ん? 討伐が終わり次第、領地に戻るつもりだが……」
やっぱり聞いて無いのか。あのクソ皇帝陛下め! 僕が言った方がいいのか、言わない方がいいのか…… 言うつもりで来たんだし早目の心構えと今回の討伐の意義を教えなければ。
「リザードマン討伐後、第六騎士団は解体されサムナー家は教導団に変更となります」
「……馬鹿な!」
予想通りの反応。
そりゃそうだ。今までは武門のサムナー家だったのが「第一線を引いて、教える方に回ってね」って言われても納得なんて出来ないだろう。
「これからの帝国騎士団の為、サムナー準子爵様にはご尽力をお願いします」
「断る! 私がどれだけの苦労をしたと思ってるんだ! サムナー家の為にどれほど…… サムナー家は帝国の刃となってこれからも戦う!」
その刃は錆びてますよ。戦争も戦闘経験も無く、魔物が出れば冒険者や傭兵に頼ってばかりで戦わなかった刃ですよ。武門と言う名前だけでいられる時代は終わったんですよ。
「その刃は帝国騎士団の発展の為にお使い下さい。皇帝陛下もそれをお望みです」
「……」
皇帝の名前を出したのはズルかったかな。皇帝が臨む以上、逆らう事など貴族には出来ない。陛下もこんな説得を任せたんだから名前ぐらいは出してもいいよね。
「皇帝陛下は強い騎士団をお望みです。現在の様な式典騎士団など不要と考えていらっしゃいます。サムナー様におかれましては今回のリザードマン討伐の経験を帝国騎士団に向ける事が皇帝陛下のお望みと考えております」
「しかし……」
この人はきっと頑張って来たんだろう。女で、しかも身体的にも恵まれていない。後継ぎだからと言うだけで小さい頃から剣を持たされ花を愛でる事もなく生きて来て、その結果が「もう、いらない」なんて、やりきれない。
「しかし…… しかし我らにも武人としての誇りがある。戦わない武人など聞いた事もない……」
力弱い声。納得出来ないが納得しなければならない気持ちを考えると、僕の罪悪感が頭をもたげる。困り顔もまた良し!
サムナー家に名誉を。これが最後の戦場になるであろう彼女達に華々しく戦える場所を与えてあげたい。
「教導団は帝国にとって必用かつ急務です。今回のリザードマン討伐を皮切りに、帝国騎士団は大きく改革をしていく先鋒を、皇帝陛下はサムナー家に託されたのです」
しかし今日の僕は綺麗事を良く喋る。しかし事実でもある。帝国騎士団には強くなってもらわないと。将来の魔王軍の阻止の為に。
サムナー準子爵は一人の騎士を呼び出し、事の真相を聞き出すため帝都へ人を行かせた。なかなかの美形だが女の子だとは思わなかった。今さら行った所で皇帝陛下の気は変わらないと思うよ。
前世での僕達はあの時、諸国連合は押され壊滅も時間の問題だった。奇跡の逆転を狙うつもりで僕達、白百合団は魔王を襲った。正確には僕一人でやって相討ち。あの後、世界はどうなったのだろう。
魔王が死んで魔王軍は撤退したのか? 魔王が死んでも誰かが跡を引き継いで諸国連合は壊滅したのだろうか。
魔物には協力するとか協調性があるとか聞いていなかったから、魔王さえ倒せばいいと思っていた。だから倒した、それで終わりだと思ったから。
悪い方に考えた場合、どうしても帝国軍を引きずり出して諸国連合に付いてもらいたい。今の様な式典騎士団じゃなく精鋭無比な騎士団に。
僕らが諸国連合にいた頃の話では帝国騎士団は屈強な者達の集まりだと言われていた。今とはぜんぜん違う。もしサムナー家が教導団を築き話通りの騎士団を作り上げ諸国連合に加担してくれたら前世とは違う結果になるんじゃないか。
それを考えるとサムナー準子爵には教導団を率いてもらいたい。今から違う人を選び始めたら魔王進行までに間に合うのかも疑問だ。お役所仕事は遅いのは異世界でも同じだからね。
皇帝陛下からの勝手な言い分に、簡単には「はい」と言えないだろう。だからと言って「いいえ」は、無い。
イザベル・サムナー準子爵。彼女には今まで生きて来た証をリザードマンの討伐と言う形で表してもらいたい。
最後まで肯定の返事はもらえなかった。否定の言葉もなかった。納得する理由と時間が彼女には必用だった。テントを出ても気分が悪い。人にレールを引いた気分だ。
電車に引かれるよりかは良いと思うが、このレールだって前途多難に間違いない。揺れる満員電車の通勤を思い出す。
テントを出ると待ち構えた様にプリシラさんに拉致られた。僕に休日は無いようだ。
「ミカエル、ヌーユの時の戦時報酬を今、払ってくれ」
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