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第七十一話
しおりを挟む拉致られて、馬車の隣の無口なプリシラさん。馬車も操車してくれてるのは珍しい。手が滑って胸にタッチしても無視されそうな雰囲気だ。
普段なら、話ながら一方的に愚痴を言われたり、妙に腕を組んで来たりして、場所を探して剣を打ち合うのに、不気味さを感じる。
演習地から少し離れた大きな森に来ると、無言のまま一人で降りて、さっさと中に入って行った。全くもって不気味さを感じる。
外が見えないくらい森の中に入り込むとプリシラさんが止まった。かなり中に入った、帰り道で迷いたくないなぁ。
プリシラさんの背中越しに「普通にしませんか?」と聞いたら愛刀のバスターソードをするりと抜いたので僕は諦めた。どうせ僕が勝つのにプリシラさんはマゾだね。
声もなく音もさせずに強烈な斬撃が頭上から襲う。この中で音もさせずに近寄るなんて、なんて足さばきなんだよ! 左手の義手は魔力回路だかオリエッタの調整済みで調子もいい。スモールシールドで受けると流石に膝にまで衝撃が走る。
「やっぱ、速ぇなぁ」
貴方の斬撃は重いです。安物の楯はプリシラさんのパワーの前には五回でゴミ箱行きだ。団長として無駄遣いは止めさせないと。
プリシラさんを相手に、二刀で行くには義手が不安だ。騎士団を相手にも使ってないし、ここは自慢の黒刀で仕留める。
裸になるほど切り刻んでもいいけれど、せっかく作った「ライカンスロープになっても外れない鎧」を、切ったらオリエッタが悲しむかな。
「スピード馬鹿が!」
言うと同時に斬りかかるプリシラさんを黒刀で流して直撃を避ける。黒刀が折れたら勿体無いしね。さすがパワー勝負じゃ話にならない。流す黒刀も可哀想になってくる。さて、どうしてやろうか。
二、三撃を流して交わして考えが纏まった。よし、服の一部を切り刻んで着エロの刑に処す。チラリと見えるプリシラさんの肌を想像して僕の少ないエスっ気がムクムクと沸き上がる。
「僕が勝ちますよ」
間合いを取って切り刻む場所を確定。最初は足から行こう。長く鍛えられた足をチラリズム的に見てやろう。想像しただけで凝縮が…… 待て、まだ早い。
「ふんっ!」
気合いと共に飛び込んで切る。チラリと健康そうな太ももの服が縦に切れて見えた。今度はホットパンツにしてやろうか。いや待て、先に胸元を大きく切り裂こう。
ちょっと浅かったか!? もう少しで谷間も見れるのに鎧が邪魔だった! オリエッタには悪いけど趣味には勝てない。
「やっぱ、速ぇよ。ライカンスロープにならないとダメかぁ」
待って、待って。人型だからいいんじゃないか。ライカンスロープの時もいい事もなくはない、けど人型の着エロが……
プリシラさんがライカンスロープになる前に切り刻む。早目に勝負をつけて楽しもう。今度はルフィナの時に見せた全開の神速。僕のエロさ…… 実力を見せてやる。
足に力を入れて、カタパルトから打ち出す気持ちで全力の神速。くたばれ、プリシラ! 僕のエロさの為に!
僕はカタパルトから打ち出される事は無かった。カタパルトに使うための力を心臓マッサージに使っていたから。
「げふっ!」
不意を喰らって対応が遅れた。少し心臓が止まったか!? こんな事を出来る人なんて一人しかいない……
「どうした、スピードキング。足が止まっているぞ」
クリスティンさんだ!? クリスティンさん以外に心臓を止められる人はこの世に居ないだろ。しかもかなりの力を入れて麻痺させてる。僕も心臓マッサージをしないと死ぬ。
「くたばれ!」
心臓マッサージにクソ忙しいのにバスターソードを振り上げるなんて鬼か! 落ちた神速で、今は神速と言えないほどのスピードで僕はプリシラさんと打ち合った。
本当にヤバい。普通に強いプリシラさんを相手に神速が無いのは辛い。クリスティンさんの不幸にも心臓麻痺は益々、強くなるばかり。プリシラさんの前にクリスティンさんに殺される。
「クリスティンさん! 冗談で通じるレベルじゃないですよ。止めてください!」
打ち合いながらも叫ぶ僕の声にクリスティンさんは不幸にも心臓爆破で応えた。こっちはもっとヤバい! 張り裂ける心臓を押さえ込んで、鼓動を神速に回さないといけないから速さなんて出せない。
「プリシラさん! ちょっと待って! クリスティンさんを止めて……」
プリシラさんは輪番でも戦時報酬でも他の人が入る事は無い。いつも一対一でやってたのに、どういう事だ。
「戦場に待ったはねぇんだよ」
こいつマジに殺す気か!? だけど速さの落ちた僕と打ち合ってるなんて、なぶり殺しにするつもりなのかよ。顔はいいけど、性格悪いぞ!
バスターソードのパワーを押さえる事も出来ず打たれれば弾かれて飛ぶ。僕の一撃さえも軽々と吹き飛ばす。
「てめぇは一人じゃ何も出来ねぇんだよ」
クソッ! クリスティンさんさえ居なければ負けないのに。涙が出そうだ。何処にいるんだクリスティンさんは。そう場所さえ分かれば……
「てめぇは、何を一人で生き急いでやがるんだ」
鋭い斬撃が首を飛ばそうと続く。バスターソードと黒刀が激しい金属音を奏でる。本気だ。本当に殺そうとしてるのかよ。
「カッコつけてんじゃねえよ」
黒刀で流し切れずに体制を崩した所に下からプリシラさんのセクシーな足の蹴りをもらって吹き飛ばされた。て、そんな事を言ってる場合じゃない。
肋骨が折れたな…… 熱く痛い。神速が使えないと、ここまで追い込まれるのか。膝を付き脇を押さえて踞っている僕にプリシラさんの追撃は無い。
「ここまでだな……」
プリシラさん。なんでそんなに悲しい顔をしているの? 勝者の顔ではないですよ。僕は折れた肋骨の痛みも無かったかの様に立ち上がる。そして神速の一刀!
「おっと、まだやるじゃねぇか!」
「終わりですよ、プリシラさん。いつまでも勝負がつかないから、クリスティンさんが飽きたみたいですよ。もう神速が使える」
「クリスティン!!」
プリシラさんは慌ててクリスティンさんの居る方を振り向いて叫んだ。居る方を……
「そっちかぁ!」
死ぬかと思った。一瞬だけ神速を全部、速さに注ぎ込んで心臓マッサージを止めた。いきなりの神速にプリシラさんも焦っただろうね。僕に神速を出されたら負けるから。
焦ってクリスティンさんの方を確認したのが間違いだが、これで居場所が分かった。今回は少しやり過ぎだ、クリスティンさんには痛い目にあってもらおう。
神速と心臓マッサージを交互に行い、草をかき分け石を飛び木々の隙間から見つけた。
「クリスティン! 今回は冗談で済む訳にはいきませんよ!」
神速でクリスティンさんの所に飛び込んだ隣には、装甲服を身にまとい巨大なハンマーを振りかぶったオリエッタが居た。
「ホームランバッターです~」
オリエッタは僕をボールに見立て巨大なハンマーを振るう。不用意に飛び出た僕は、フォークボールの玉の様にオリエッタの目の前で直角に落ちてハンマーを避けた。
背中の服が少し持っていかれたが、オリエッタのハンマーの対角線上にあった木々は衝撃波で根こそぎ吹き飛んでいった。
「オリエッタ! 本気か!?」
「ワンストライクです~」
アホな事を言ってるんじゃねえ。装甲服で繰り出すあのパワーはヤバいだろ。当たったら暴散、良くても爆死だ。
「■■■■、腐れの大剣」
「■■■■、腐れの大剣」
左右からのダブルで詠唱!? ルフィナとロッサか! 転げ回って七転八倒中でも腰からナイフを取りだし二刀にする、左手の義手に魔力を流して。いつでも来いや!
義手に流した大量な魔力が暴走して、左手から来る大剣をいい具合弾き落としてくれる。右手は自慢の黒刀が神速をプラスして打ち落とす。
流石にオリエッタまでは手が回らない。頭上から振り落とされたハンマーを空に逃げて回避。僕が居たところは爆心地みたいに地面が凹んでいた。
「ツーストライクです~」
「ロッサ! 下手くそである。当てるのである」
「イエス、マイ・ロード」
バ~カ、バ~カ! 当たると思っただろ。残念でした。神速を使えばこれくらいは…… クリスティンさんの不幸にも心臓麻痺が無い。
空に舞った僕が、行き着く先の大きな枝。それを支えている大木ごとプラチナ色のレーザーが全てを切り裂き、止まり木が無くなった。
止まるはずの枝が無くなった僕は重力に逆らえる事も無く、大木を越えて落ちて行った。そのまま大きく転がって黒刀もナイフも放り投げてしまっていた。
「チェックメイト、ッス」
アラナの鋭い爪が僕の首を締める。
詰んだ…… 手も足も出なかった。僕から速さを取ったら残るものは無い……のか……
「死んだな。これで終わりだ……」
プリシラさんが悠々と歩いてくる。悲しそうな顔をして。
「なんでこんな事をするんですか……」
完全に負けた。追い込まれて狩られた。僕のフェイクさえも読んだうえで、ここまで仕組まれていたなんて。
「お前一人なら無力だって事だよ。何でもかんでも一人で抱え込みやがって馬鹿かお前は」
「そんなつもりは無いんですけど」
「ルフィナの事もそうだが男爵になったり、教導団だぁ、てめぇは何を生き急いでやがるんだ」
急いでいるつもりは無かったけど、急がないといけない理由はある。魔王の進行まで一年と少し、北の三か国だけでは押さえきれない。帝国を動かせる力が欲しいと願っていた。勇者と呼ばれるぐらいの力が欲しいとも。
アラナは首から手を離し、回りには白百合が僕の周りにいる。みんなが僕の事を心配してくれてる。僕は一人で突っ走り過ぎたのかもしれない。
神速を無敵と思い、自分で全てを解決しようと。そんなつもりは無かったんだけどね。僕は独りよがりに生きていたのかも。
「てめぇは速さだけが自慢の腐れ団長なんだ、もう少し、あたいらを頼んな。全員で白百合団だぜ」
「酷いですね。他にも自慢出来る事があると思うんですけど」
ありがとね、プリシラさん。あの時の様に魔王に一人で突っ込んで勝手に死んだバカ野郎になるところでしたよ。あの後、僕が死んだ後、皆さんは泣いてくれたのでしょうか。それとも怨み言でも言ってたんでしょうか。
「他に自慢出来る事って言えばバスターソードを振るう事ぐらいだろぅ、腐れ団長」
そうですね。振るってみせましょう、自慢のバスターソードを! 何よりもプリシラさん、貴方の笑顔が見たいから。
「そんな事は無いですよ、頼りにしてますよ団長。私は治癒魔法が自慢ですよ」
ありがとうソフィアさん。魔力は回復に使って下さいね。レーザーは痛いんですよ。
「僕は速さなら団長にだって負けないッス」
アラナは速いね。騎兵の上を渡り歩くなんて器用な事、僕には出来そうもないよ。
「我は無敵である。ロッサと共に敵は皆殺しである」
「イエス、マイ・ロード」
ルフィナ、いつかロッサと同一化した時には本当に殺せなくなるくらい最強になるんだろうね。ロッサは人前に出す時は肉を付けてね。
「オリちゃんは何でも作っちゃいます~ 団長の義手だってすぐです~」
オリエッタには陰ながら助けられていますよ。義手は普通のでいいですからね。ロケットパンチとかはいりませんよ。
「…………」
……はい。
頑張って行きましょう。話せない事もあるのが申し訳ありませんが、みんなでいつか、僕の知らない未来に行きたいですね。
「じゃぁ、団長には頑張ってもらうか!」
「んっ?」
今、みんなで「頑張ろー」的な事で話がまとまって行きましたよね。僕一人ではなくって、みんなでって。
「んっ? っじゃねぇよ。団長が頑張んなくて戦時報酬はどうなるってんだよ。今回は全員、出しちまったんだぞ。あたいら六人と肉付き骸骨、まとめて相手をしてもらうぜ」
結局、そう来るのか。 ……そう来てこそ白百合団か。僕は何となく笑ってしまったよ。
「いいですね、いいですね! 全員まとめて相手をしましょう。アラナ、馬車の武器置き場の下の箱にワインが入ってますから、それを出して下さい」
「あっ~、それは、あたいの隠していた酒だろ!」
「固いこと言いっこ無しですよ。折角なんで派手に」
僕は彼女達の期待に応えられるかな。独りよがりに勝手に死んだりしないかな。先の事は分からないけど迷ったり間違ったりした時はきっと正しい道を白百合団の六人が示してくれるだろう。 ……命がけで。
僕はその夜、いつになく激しく彼女達を求めた。六人の白百合団とロッサ、いつの間にか仲間に加わっていた一人も激しく。
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