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第百五話
しおりを挟むコアトテミテスの領主、ホレス・ビンガム子爵。キノコカットの髪型で、第一印象から笑いを与えてくれる朗らかな男。まだ若いようだが「準」が付いてないコアトテミテスの当主だ。ここは辺境伯の領地だから部下になるのかな。
優しそうな笑顔を見せ、領主としては少し線の細い感じもするが、コアトテミテスの繁栄は魔石と領主の手腕によっての事だろう。
それを挨拶もしないうちから、髪型を見てオリエッタは笑わないように。人は見かけによらないものだよ。
「コーデミアス辺境伯配下、ホレス・ビンガム子爵です。この度のご活躍は聞き及んでおりますぞ、シン男爵殿」
「傭兵、白百合団、団長ミカエル・シン男爵です。今回の活躍の大半は、こちらの錬金術師のオリエッタでございます」
「そなたが、ドラゴンスレイヤーの方か!? 小柄な体でたいしたものだ」
オリエッタも二つ名が付いたみたいだね。これで白百合団に二つ名持ちが四人になった訳だけどプリシラさんが「何であたいには~」って怒りそうだ。
実際な所、オリエッタの活躍は大きい。サンドドラゴンを転ばせたのもオリエッタなら、最終的に首を千切ったのもオリエッタだ。
僕がやった事と言えば、クリスティン軍団を率いてサンドドラゴンに傷を付けたくらい。クリスティンさんは喜んでいたけど、一緒に戦った多数は天国に旅立った。
まあ、クリスティンさんの事を思って死ねたのだから良しとしよう。怪我人もクリスティンさんを見て笑っていたくらいだから。 ……腕が無くなっていても。
挨拶もそこそこに僕達は子爵の執務室通され、ふわふわのソファに座った。やはりお金持ちの領主様が使う物は違うね。ソファも大きくて柔らか、テーブルも調度品も高級そうだし壁には自分の絵まで飾っている。昔はロン毛だったのね。
「さっそくだが、シン男爵。この度の魔物の進行をどうみる?」
話の早い「キノコ」で助かる。僕は魔物の不可解な行動について傭兵としての知見を笑いを堪えて言わせてもらった。
冒険者の首を北門にさらした事。東門を破壊しても撤退。北門へのハーピィの空爆。そしてサンドドラゴンが攻めて来たのにトロールやオーガの姿が見えなかった事。軍事行動としては不合理な事ばかりだ。
「魔物だからとは言えんかね」
魔物だから合理的な戦いをしないと言われるが、それだと北門の首とハーピィの空爆が腑に落ちない。どちらも動機や戦術が必要になってくる。魔物にそこまでの戦いが出来るのだろうか? 僕は常識外れな事を言ってみたくなった。
「もしかしたらですが…… これは一種のデモンストレーションではないでしょうか。ジビル村の牛追い祭りを終わるのを待って北門に首を置き、冒険者を集めた所でのコアトテミテスへの軍事行動。東門の破壊もハーピィの空爆も力を誇示しているように見えます。サンドドラゴンに至っては、最終的にコアトテミテスの街まで二百メートルまで近付いてます。魔岩を放てるのにここまで近付く必要は無い」
僕は今まで考えていた魔物の行動に付いて、ぶちまけてみた。こんな突拍子も無い事を他の団員に言ったら、笑われるか刺されるか犯される。現場指揮官に言った所でも、失笑を買ってどうしようもないしね。
それにこの子爵様相手なら冗談で済ませれそうだ。貴族同士の高度でウィットな会話、なにせ頭がキノコだ。これで押し通してもいいだろう。
「もし…… もしシン男爵の言う通りデモンストレーションとして、いったい誰がそんな事をすると思っているのかね」
「魔族……」
なんて事があったら大変だよね。ここは帝国の北の端だけど魔族のいるノルトランドまではハルモニアとロースファーの二か国を越えて来ないといけない。
ハルモニアからの報告はまだ来てないけど、ロースファーからの報告では魔族の話は出てない。軍事行動の話は少し出てるけどロースファー側のサンドリーヌ大森林で何かあったのかと思っていた。
「すげぇな、分かっちゃったのかよ。分からないと思ったんだけどなぁ。いつ分かったんだ」
「えっ!?」
「えっ!??」
最初の「えっ!?」は僕です。ハッタリ以前に適当とも言える根拠の無い言葉。こんな事が出来るヤツなんて魔族以外、思い付かなかった。それだけを理由に向こうの方から白状してくれるなんて思わなかった「え!?」
二つ目の「えっ!??」はキノコ子爵様。じぶんから正体を白状したのに、実は相手にバレていなかったの驚きの「えっ!??」
「子爵様は魔族でしたか……」
「思わず口にしちゃったけどね。シン男爵から出ているオーラが屋敷の中にいても分かったから、てっきり殺しに来たのかと思ってたよ」
オーラなんて出せてるのかな。寝不足から来るオーラの放出とかあるのだろうか。それなら今の僕のオーラはドス黒い。
いつも持ち歩いているショートソードと盾は使用人に預けている。持っているのは腰に付けているオリエッタナイフと超振動、自慢の神速だけ。
「じゃあ、死んでください」
僕は超振動を全開にしてオリエッタナイフを抜き出して魔族に斬りかかる。神速の最高速まで、あと一歩の所で心臓に走る鋭い痛み。クリスティンさん!?
「血の気が多いなぁ。それに彼女は面白い力を持ってる、心臓を止めるのかな……」
テーブルの上で心臓を押さえて苦しむ僕はクリスティンさんの方を向くと、僕を殺さんとばかりに睨み返して来た。
今まで合った中でも最高に怖い目付きだ。見られているだけで心臓が止まりそう。とてもじゃないが、君の瞳に乾杯とは言えねぇ。
「クリスティンさ……ん……」
「教えてあげるよ。魔物をここに呼んだのは俺だよ。彼女を操ってるようにね。サンドドラゴンも俺がやったよ、あんな大物を操れるなんて凄いだろ、それをあっさり殺っちまうなんて、君達も大したもんだよ」
「この野郎……」
神速最大の心臓マッサージが追い付かないくらい、クリスティンさんの力が激しくなって僕を追い詰める。鋭い痛みに身体を動かす事も出来なかった。
「もう一つ、残ったトロールやオーガもこっちに向かわせてるよ。コアトテミテスでの殺戮をここから眺めようと思っていたのに残念。バレちゃったから帰るよ。最後にこの娘は持って帰っちゃおうかな」
魔族の野郎は手招きすると、クリスティンさんはしっかりとした足取りで近寄り魔族の前に立った。クリスティンさんの顎に優しく手を触れ、上を向かせて顔を近付けてキスをしようと唇を寄せた。
神速!
止まる心臓、空振るナイフ。僕の捨て身の一撃は、クリスティンさんとの間に割って入る事しか出来なかった。薄れ行く意識の中で、オリエッタが魔族にハンマーを振り上げ、クリスティンさんは倒れた僕に駆け寄って来た。
「残念だったね、ご苦労さん。証人が減ると困るから彼女は諦めるよ。残った戦力で頑張ってね。それと君は死んでいいから。じゃあねぇー」
オリエッタは魔族を窓の方まで追い掛け、クリスティンさんは僕の両頬に手を触れて泣きじゃくっていた。困ったな…… 泣いている女性に掛ける言葉を、僕は知らないよ。
もう声を掛ける事も出来ないや…… 仕方がない…… 傭兵をやってるんだ、死ぬ覚悟はしていたつもりだ。
こんな形で死ぬとは思って…… いた。いつかは斬られたり、心臓麻痺だったり、レーザーで真っ二つだったり、刺されたり、血を抜かれて干からびたり、ハンマーで潰されて死ぬかと思っていたよ。
良かった…… これは予想通りだ。いきなり連載が終わる漫画家みたいだけど。 死はいつも隣に立って鎌を振り上げているんだ。
僕は目の前が真っ暗になって、僕は眠るように死んだ。出来れば女の子の胸の中で死にたかった。
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