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第百六話
しおりを挟む僕は自分の体を俯瞰から見ている。これが幽体離脱なのかと死んでから最初に思った。泣きじゃくるクリスティンさんに心臓マッサージをするオリエッタ。
気が付くと暗闇の中で階段に立っていた。見上げれば階段の先には光が輝き、階段の輪郭をぼんやりと写しだしていた。見下ろせば闇の中にクリスティンさん達がいる。
あれ、ドアを破ってプリシラさんとアラナが入って来た。ジビル村はどうしたんだろう? ソフィアさんとルフィナがいないけど大丈夫なのか?
あの階段の先、光の向こう側に天国があるか分からない。たぶん地獄なんだろうね。あれだけ殺しをやってるんだから。それも、まあ仕方がないね。
皆に看取られてあの世に行くのも悪くないかな。もう少し話したい事があったのが心残りだよ。
クリスティンさん、泣かないで下さい。貴方のせいではないですよ。
オリエッタ、BC兵器は封印して下さいね。
アラナ、いつも可愛いね。あの悪い癖は直すようにしないとね。
プリシラさん、僕は貴方の事が好きでしたよ。色々ありましたが、誰よりも愛してます。ソフィアさんとルフィナには上手く言っておいて下さい。
僕は光に向かって歩み始めた。
光に向かって階段を登って、もう少しで光の先に行けると思った時、僕の胸に激しい痛みが突き刺さる。
「ぐへぇ!」
何だよ、死んでも痛みがあるのかよ。安らかな眠りってのは嘘なのか!? 後、少しで天国まで行けるってのに!
膝を付き胸を押さえて苦しむ僕は、返り越しに見てしまった。プリシラさんが僕の胸にカカト落としを決めている所を。
もしかしてプリシラさん流の心臓マッサージのつもりか…… ふざけるな! あんな事をされたら死人だって生き返る。
「ぐへぇ!」
二発目の心臓へのカカト落とし。死ぬ、マジで死ぬ。死んでいるのに死ぬ。階段から落ちそうになるくらい、のたうち回った。こいつ階段から落として地獄にでも行かせる気か! やらせるかよ! 僕は天国への階段を三段飛ばしで駆け降りて行った。
「もう一発!」
バシッ!
間一髪の所で、左手の超振動を全開に悪魔の心臓マッサージを止めた。
「いつまで寝てやがる、遅刻だ」
「プリシラさん、カカト落としはスカートかホットパンツで、キャロットスカートはダメです」
「なに言ってんだ、てめぇは」
プリシラさんの足を払って抱き寄るクリスティンさん。もう泣かなくてもいいですよ。オリエッタも、もう大丈夫ですから。
「いったい何があったんだ」
「それは歩きながらで…… ここにはソフィアさんもルフィナも来てるんですか」
「ああ、影から連絡を受けてな。ソフィアが不味い事になってるからよ」
聞きたくない報告だ。なんとなく理由は分かるから。僕はビンガム子爵の部下に子爵が死んだ事を告げ、コアトテミテスは一時、僕が預かる事を宣言した。
幸い貴族階級の者はいなかったしこんな状態では誰かが上に立って指揮をしなければ。僕はこの屋敷で一番の名剣を持って来させた。
「魔剣コアトテミテスでございます」
ショートソード、片刃、握り、僕が振るには調度いい。しかも魔剣なんて後で返すのが惜しくなるかも。名前はコアトテミテスを守護する物として付けられたが、もう少しヒネリを加えようね。
僕は歩きながら事の詳細をプリシラさんとアラナに教えた。二人は驚いたようだけど、コアトテミテスに残れば良かったとプリシラさんは怒ってる。きっとオリエッタに付いた二つ名が悔しいんだろう。 ……そう言えば僕もいたんだけど付いてないなあ。
アラナには先に城門の指揮官の所に向かわせた。もう城門や城壁さえもボロボロだが次に来る魔物の備えをしなければ。人と武器を揃えて、次の一波を守り抜けば僕達の勝ちだ。
夕闇が支配する時間になったがこの街の中は明るい。魔法での外灯が時間になったら点くようになっているのだろうけど、一際明るい…… いや、鮮烈な光を窓から放っている場所がある。僕達の定宿にしている場所。きっとソフィアさんがいるんだろうね。あぁ気が重い……
宿屋の廊下にはドアの隙間から放たれている光が線のように見え、その光の強さを物語っている。振り替えるとプリシラさんが追い払うかの様に「行け、行け」と手を振っていた。
ドアノブを握ったまま動けなくなってしまった僕を、後ろからケツ蹴るプリシラさん。分かってるんだ。分かっているけど本当に怖いんだよ。蒸発して死にたくない。
意を決してドアを力強く空けて入ると、眩しくて何も見えない。うっすらと目を空けて見てみると裸で床に倒れているルフィナとロッサ。直ぐに駆け寄り、影になるように顔を光から隠すとルフィナはようやく口を開いた。
「我には無理であったのである。恐ろしい、恐ろしい女であるソフィアは……」
「もう大丈夫ですよ、後は任せて下さい」
「すまない…… すまないのである」
彼女はその言葉を最後に息を引き取ったりはしないで失神した。僕はルフィナを連れ出しプリシラさんに任せて今度はロッサの元に駆け寄る。
「マ、マイ・ロードは無事ですか……」
ロッサはボロボロの服に体には肉が付いていた。普段から肉を付けて来るようにいってあるが、不死の女王としての力が弱くなっても肉が付いてくる。その言葉を最後に彼女は消えていった。余程の事がならなければ、ここまではならない。死んでないよね。
僕は光が発している方に目を細めて「余程」を探す。もう取り返しが付かないんじゃないかと心の隅の方で思った。
ソフィアさんは裸でベットに腰掛けていた。体からはプラチナ色の光が輝き宗教関係者が見たらきっと「神だ!」と言ったろうし映画好きなら「こんなサイボーグが暴れる映画があったね」と言うだろう。
僕はどちらでもない。出来ればどちらかが良かった。ソフィアさんの横に腰を掛けて良く見ると透明な薄い皮膚があり、その下から光輝いているようだ。もうこれ、神レベルじゃねえの。
「団長……」
ソフィアさんは自分の状況が分かっているのだろうか…… 貴方は人間を越えているのではないですか。
「お帰りなさい、ソフィアさん。これが終わったら迎えに行ったのに」
言葉が見つからない。正しい選択をしなければ小型核融合か反物質か…… 人知を越えた者が隣で座っている。
「オリエッタがサンドドラゴンを倒したって……」
この言葉が決定的だ。人知は越えたがソフィアさんには変わらない。オーガ一体に付き一戦時報酬。サンドドラゴンの大きさを比較してオリエッタに負けた上に、自分は何にもしていないと思ってる。
「はい。かなり大きいので苦労しました」
これを聞いて光の輝きが増し、その光自体に圧力があるかの様に僕は外に押されそうになった。ムリゲーか。
「今日の夜にはオーガやトロールの大軍団がコアトテミテスに攻めて来ます。僕達はこれを撃退して街を守ります。スコアはかなり稼げると思いますよ」
これを聞いたソフィアさんは輝きを増してこちらを振り向いた。もう眩しくて見てられん。
「わたし、私、頑張ります。殺して殺して皆殺しにします。だから…… だから私を捨てないで下さい」
いや、いや、いや、いや、なんで「捨てる」とかの話になってるの。どこをどうすれば、こんなに話が変わるのか。女心は分からないねぇ。
「僕がソフィアさんを捨てるなんて事はあり得ませんよ。ずっと大事に思ってますよ」
僕はそっと口づけをしてベットに押し倒した。文句は聞かん! これ以外、思い付かないんだもん。光が収まるまでの一時間半、僕は貴重な体力と神速、魔力を使いなんとかいつものソフィアさんに戻す事に成功した。だから、文句は聞かない。
コアトテミテスの防衛戦、今宵で終わらせよう。敵を殺して殺して…… きっと戦時報酬を払うより楽なんじゃないかな。
そうだ今度、オリエッタにはサングラスを作ってもらえないか聞いてみよう。
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