異世界に来たって楽じゃない

コウ

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第百二十六話

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 マヌエラの身の上話は僕の誤解を解いてくれた。涙もろいのばかりので助かったが、全部を全部、信じていたら大変な事になるからね。
 
 
 その日はマヌエラも僕の財布から出たお金で同じ宿屋に泊まっていき、夜這いの一つも期待したが個人的な関係に発展する事は無かった。 
 
 次の日には「北へは来るなよ」と「あれは気持ち良かった」と、言葉と心の中で伝えて別れた。娼婦になったら是非とも通いたいものだ。
 
 
 「本当は喰いたかったんだろ」
 
 街を出て、馬車を操車する僕に悪魔の誘導尋問が始まった。プリシラさんの尋問はストレート過ぎて「はい、頂きました。いえ、頂かれちゃったかな……    はははっ」なんて事は言わず、僕は引っ掛からなかった。
 
 引っ掛かれば良かったのか。引っ掛からなかった方が良かったのか。結局、答えはプリシラさんの気分で決まっていたのかと思う。

 「これから北端の橋までどれくらいだ?   まだハルモニアに入ったばかりだろ」
 
 誘導尋問に掛からなかったからか、話を逸らすように橋に付いての話に持っていこうとするプリシラさんは、あからさまで分かりやすい。
 
 「ここからならハルモニアの王都を経由して十日くらいですね」
 
 「そうか……   十日しかねえのか」
 
 何かを惜しむ様に憂えた瞳のプリシラさんも可愛い。いよいよハルモニアの海までもう少しだ。ハルモニアでは魔物も盗賊も後腐れが無いようにしないと。マヌエラの様な事は一部を除いて遠慮したい。
 
 「よっし!   今日から輪番強化月間な。期限は北端の橋まで」
 
 沸き上がるどよめき。何を馬鹿な事を言ってるんだか、体が持ちませんよ。北端までだって十日も掛かるのに、何がどうなったら輪番が強化しないといけないんですかね。理由が知りたい。
 
 「てめえがマヌエラを喰うつもりなんて知ってんだ」
 
 その話をまたするのか!?    喰らわれたんだよ!    言わないけど……    部屋に来てロープをほどいた誤解は解けたんだろ。皆で楽しく海まで行こうよ。海で仲良く遊ぼうよ。
 
 「プリ姉ぇ、強化月間って何するッスか?」
 
 「そりゃあ、強化だからな時間もねえし二人一組の三交代制だな」
 
 ここから先、僕の話を聞く気が無いな……   アラナのソードガントレットから剣が突き出て、さっきから僕の喉元に向けられているし。
 
 揺れる馬車の隣から、器用に剣が当たらない様にしているアラナの目が少しずつ血走っている様に見えて怖い。
 
 「プリシラさん、三交代制って本気ですか?   四交代制じゃないんですか?」
 
 今さら反対意見を言った所で無視されるのはわかっているけど、せめて輪番は守って欲しい。白百合団の輪番メンバーは全員で六人。それを二人で三組出来るなら四番目の輪番は僕の休みが入って四交代制になるはずだ。
 
 「なんでだ?    六人なんだから三交代だろ」
 
 「僕の輪番は入らないんですか?    いつもなら七日目は僕の日になるはずですよ」
 
 「……難しい計算は出来ねえよ」
 
 簡単な計算だろ!    小学生だって出来るよ。僕の前はプリシラさんが団長で、計算して団の経営をしてたんじゃないんですかね。
 
 「最初はあたいとアラナな。次はクリスティンとソフィア、その次はオリエッタとルフィナがやれ。一巡したらパートナーを変えるからな」
 
 言葉の最後まで聞かず、手綱を離して僕は馬車を飛び降りた。だって心眼で自分の首が飛ぶところが見えたんだもん。
 
 「速えなぁ。スタート合図はまだ出してないってのにやる気があっていいねえ。クリスティン、馬車を動かして先に行ってな。すぐに追い付く」
 
 重いハルバートをゆっくりと持ち上げ馬車の上で仁王立ちするプリシラさんの姿は、魔族だって逃げ出すだろう。
 
 「ソフィアさん僕の盾を取って!」
 
 急な事で盾を置いてきてしまった僕はソフィアさんに向かって叫んだ。
 
 「大丈夫ですよ、先に行ってますね。プリシラさん、アラナ、首だけは落とさない様にして下さいね」
 
 「心配ないである。首が落ちたら繋げてアンテッドにするである」
 
 こいつら!   輪番の時に覚えておけよ。絶対に鳴かしてやるからな。それに首を落としたらアンテッドには出来ないだろ。ゾンビにするんじゃなかったのか?    いつの間に宗旨変えしたんだ。
 
 「大丈夫ッス。首は付けておくッス」
 
 てめえは、さっき首を狙っただろうが!   心眼で見えてるんだよ。プリシラさんとアラナが馬車から降りると、クリスティンさんの操車する馬車は僕の横をスルスルと進んで行った。
 
 目の前を馬車が通りすぎる時に心臓を舐められる感覚。それはクリスティンさんからの応援か、次の輪番への期待か。
 
 「遠慮も容赦もしませんよ、殺ってヤる」
 
 「殺るッス、ヤるッス」
 
 「今度こそ死ね……」
 
 もうそこから大激闘に。モード・ツーと心眼の合わせ技も最初から全開で。プリシラさんとアラナが組むと、何がなんだか考えている暇もなく、僕達は殺り合った。
 
 ヤる訳ないじゃん。馬車が先に行っちゃったんだから。なんとかアラナを峰打ちで気絶させ、抱き上げてから馬車を追いかける。そして、その僕をハルバートを持ったプリシラさんが鬼の形相で追い掛けるの繰り返しで八時間。マジ、シヌカト、オモッタ。
 
 くたくたに疲れ果ててからクリスティンさんとソフィアさんの第二ラウンド。心臓の具現化に興味を持ったソフィアさんが、僕の心臓をオモチャにするし狭い馬車に防音テントを張るものだから、もうぐちゃぐちゃな八時間。マジ、コシガクダケルト、オモッタ。 
 
 そんな十六時間の後に悪魔のトリオ、オリエッタとルフィナとロッサ。二人で一組のはずなのにロッサまで出して来やがった八時間。いちゃラブかと思いきや、何故かの戦闘訓練。それは最初の八時間でやったはずなのに……   前半の四時間は戦いに勤しみ後半の四時間はヤッてた。マジ、アタマコンラン。
 
 そしてペアを変えての八時間。あれ?   やっぱり僕の休みは無いのね。
 
 「さあ、殺るぞ!」
 
 それが北端の橋のある街まで。途中の街や王都に寄った記憶も無いくらい激しい輪番に、僕の体力も心もズタボロにされた北端までの道のり。
 
 
 「明日は北端の街、ラウエンシュタインだな。最終日だ。派手に行くぜ!」
 
 そんな言葉も僕の耳には届かなかった。
 
 
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