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第百二十八話
しおりを挟む橋のたもとで三組に別れた僕達は、一組は撤退の足掛かりとしてラウエンシュタイン城下町の南門へ、一組は爆撃で破壊されたかもしれない魔導砲の修理に見張り塔へ、一組はこれから、来るであろう魔王軍の侵攻を押さえるために橋へ向かった。
ラウエンシュタインの街にはノルトランドへ魔石を取りに行くための冒険者が、城には騎士団が常駐している。
そのわりには、集まってあるのは冒険者くらいだ。騎士団には魔導砲がある安心感が行動を遅くしてるのか、誰一人として集まっていない。
「おい、見張り塔で爆発があったんだってよ」
僕達に…… プリシラさんに向かって親切に声を掛けて来てくれた若い冒険者は、これがただの事故だとまだ思っているようだ。
やっぱり魔物が攻めてくるなんて思ってもいない。おとぎ話が現実になるなんて想像も出来ていないのか? これが事故だったら午後には海で遊べてる。
「ここの騎士団ってどうなってますか?」
ラウエンシュタインには城がある以上、騎士団も常駐してネーブル橋を渡ってくる魔物に目を光らせているはずだ。魔導砲だけに頼って騎士の一人も置いていない、とか言っても笑えないぞ。
「騎士団? 騎士団なんて見た事がないな」
そのボケに突っ込んだ方がいいのか悩む。僕に話し掛けられた若い冒険者は、露骨に嫌そうな目を向けた。すぐにプリシラさんの方に目を向け、何か話し掛けてい様だが、ボケじゃなかったのか。気を付けろよ若者よ、プリシラさんは良く滑るハルバートを持ってるぞ。
ここに集まった冒険者は、おそらくノルトランドに行く途中で騒ぎに巻き込まれた者達なのだろう、これから魔王軍が攻めて来るとも知らずに。
このラウエンシュタインには冒険者は多い。野戦ならともかく一本橋の上なら力と力との真っ向勝負で決まる。魔物の退治のエキスパートが揃ってるんだ。いくら魔王軍と言えども簡単には渡らせん。
と、思ってはみたものの、ここの三十人程度じゃたかが知れてる。本当はもっと多いと思うのに遅れているのか、逃げ出したのか。オリエッタに期待したい所だけど見張り塔は、今だに霧の中だ。
「何の音だ……」
ザッ、ザッ、と何かとんでもない数が歩く音に加えて気勢みたいな声も、先の見えない霧の向こう側から聞こえてきた。
「白百合団、団長のミカエル・シンだ! 先ほどの爆発は魔物による爆撃だ! 魔物が橋を渡って来るぞ。魔導砲がどうなったかは分からない。少しでも時間を稼いで反撃を待つ。橋を渡るぞ、付いて来い!」
こんな事を言われて付いて来れるのはプリシラさんとルフィナくらいか。いい部下を持って僕は幸せ者だよ。僕達三人で魔導砲を撃てるまでか、二時間持たせて逃げるまで頑張れるのだろうか。
ルフィナの広域魔法なら逃げ場の無い橋の上では有効だ。後は僕のモード・ツーと心眼の合わせ技、金色のライカンスロープのプリシラさんの三人で殺るしかないのか。なんとも逃げ出したくなる戦力だね。
僕達三人は気勢に向かって門を潜り、橋を渡り始めた。こんな事を言われて、後ろから付いてくる冒険者など皆無だった。
「プリシラさんは右、僕は左のツートップで。ルフィナは中央、敵が見えたらデカいのを一発、先制で喰らわせろ」
「楽しくなって来たのである」
「楽しいけど、この時間が一番退屈だぜ」
頼むから死んでくれるなよ。まだ水着姿をビーチで見てないんだから。見張り塔が薄っらと見える所で僕達は止まって待機した。
時間にして五分と待たず、無駄話はせず、心の中の妄想を翼いっぱい広げた時に、霧の中から黒い塊の一段が雄叫びを上げて攻めてきた。
「ルフィナ、全力で行け!」
「望みのままに血をもらうのである。■■■■、滅びの大風」
望みのままは言い過ぎた。ルフィナの張り切りようと言ったら悪魔だってビビって逃げ出す。目の前に迫ってきた黒い塊のオーガ達は何も出来ないまま塵となって消え去った。
橋を這うように放たれた滅びの大風は、周りの霧さえも消し去って五百メートルも先まで猛威を振るった。その先にいた黒い一団は、苦しんでいる様にも見えたが歩みは止めず、また白い霧がネーブル橋を覆い消えていった。
「これで我の望むがままである。団長の血の風呂に入るのも良いのである」
気持ち悪いよ。酒風呂とか柚子を風呂に入れるとかあるだろう。もっと健康に良さそうな事をしてくれよ。
だが、良くやってくれた。霧の向こうにいる魔物が少しは見えただろうから、冒険者達も僕の話を信じてくれるに違いない。
「退屈だ…… くそ退屈だ! このまま突っ込もうぜ」
……アホ。退屈でいいじゃないか。今のルフィナの魔法でどれだけのオーガを倒せたと思ってるんだよ。何もしないで時間が稼げたんだよ、ルフィナに感謝の言葉が先だろ。
「さすがルフィナの広域魔法は凄いね、何も無くなったよ」
「ふん、当然である。なにせ風呂いっぱいの血がかかってるのである。このまま全てを消し去りたいが、次は防御魔法が前面に出て来るのである」
お風呂いっぱいは無理だから薄めて使ってね。
同じように魔法で一掃出来れば、プリシラさんが言ったように退屈で終るのだけれど、次からは防御魔法が出るだろうから同じ様には無理そうだね。
見張り塔はまだ霧に隠れて見えないけれど、オリエッタが魔導砲を何とかしてくれる事を祈るしかない。橋の方の魔物も見えただろうし、冒険者や騎士団が集まってくれるのを祈るしかない…… あの神様に祈ってばかりだ、とても期待は出来そうもない。
次の一団が来るまで少し間がある。僕は左目がまだ見えないけれど心眼があれば乱戦もこなせる。プリシラさんは心配する事はないだろう。あるとすれば前に出過ぎることか。金色のライカンスロープを引っ張って連れて帰れるかが問題だ。
「ルフィナは少し下がって、僕たちの援護をするように魔法を出して。避けられるほど広くないんだから広域魔法は出すなよ」
「チッ、死ぬような味方はいないである」
舌打ちするなよ、本当に背中を任せて大丈夫なのか。
「団長、何か来たぞ」
来たのは前からじゃなく後ろから。冒険者達がルフィナの消した霧を見て本当に魔物が攻めて来るのを信じてくれたようだ。
「ま、魔物が攻めて来たのか。橋を埋め尽くす様に見えたぞ……」
この橋の長さは知らないけれど、おそらくはノルトランドには渡れてない後衛の魔物が待機しているはずだ。
「今、魔導砲を確認しています。魔導砲が撃てれば一方的に攻撃が出来るので、ここに集まった皆さんで時間を稼ぎましょう」
ここに集まった冒険者がどれほどの実力の持ち主なのか分からないが、与えられたもので何とかするのがサラリーマンと言うもんだ。
辛いねぇ。偉くなったら机に座って指示を出すだけでいられるのかな。一応、傭兵団の団長なんだけど、気分は中間管理職。
タイムリミットまで一時間半をきった。魔導砲で薙ぎ払って午後からは海で遊んでやる。まだ具無しカレーは諦めてねぇぞ。
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