異世界に来たって楽じゃない

コウ

文字の大きさ
128 / 292

第百二十八話

しおりを挟む

 橋のたもとで三組に別れた僕達は、一組は撤退の足掛かりとしてラウエンシュタイン城下町の南門へ、一組は爆撃で破壊されたかもしれない魔導砲の修理に見張り塔へ、一組はこれから、来るであろう魔王軍の侵攻を押さえるために橋へ向かった。

 
 ラウエンシュタインの街にはノルトランドへ魔石を取りに行くための冒険者が、城には騎士団が常駐している。
 
 そのわりには、集まってあるのは冒険者くらいだ。騎士団には魔導砲がある安心感が行動を遅くしてるのか、誰一人として集まっていない。
 
 「おい、見張り塔で爆発があったんだってよ」
 
 僕達に……    プリシラさんに向かって親切に声を掛けて来てくれた若い冒険者は、これがただの事故だとまだ思っているようだ。
 
 やっぱり魔物が攻めてくるなんて思ってもいない。おとぎ話が現実になるなんて想像も出来ていないのか?    これが事故だったら午後には海で遊べてる。
 
 「ここの騎士団ってどうなってますか?」
 
 ラウエンシュタインには城がある以上、騎士団も常駐してネーブル橋を渡ってくる魔物に目を光らせているはずだ。魔導砲だけに頼って騎士の一人も置いていない、とか言っても笑えないぞ。
 
 「騎士団?    騎士団なんて見た事がないな」
 
 そのボケに突っ込んだ方がいいのか悩む。僕に話し掛けられた若い冒険者は、露骨に嫌そうな目を向けた。すぐにプリシラさんの方に目を向け、何か話し掛けてい様だが、ボケじゃなかったのか。気を付けろよ若者よ、プリシラさんは良く滑るハルバートを持ってるぞ。
 
 ここに集まった冒険者は、おそらくノルトランドに行く途中で騒ぎに巻き込まれた者達なのだろう、これから魔王軍が攻めて来るとも知らずに。
 
 このラウエンシュタインには冒険者は多い。野戦ならともかく一本橋の上なら力と力との真っ向勝負で決まる。魔物の退治のエキスパートが揃ってるんだ。いくら魔王軍と言えども簡単には渡らせん。
 
 と、思ってはみたものの、ここの三十人程度じゃたかが知れてる。本当はもっと多いと思うのに遅れているのか、逃げ出したのか。オリエッタに期待したい所だけど見張り塔は、今だに霧の中だ。
 
 「何の音だ……」
 
 ザッ、ザッ、と何かとんでもない数が歩く音に加えて気勢みたいな声も、先の見えない霧の向こう側から聞こえてきた。
 
 「白百合団、団長のミカエル・シンだ!   先ほどの爆発は魔物による爆撃だ!   魔物が橋を渡って来るぞ。魔導砲がどうなったかは分からない。少しでも時間を稼いで反撃を待つ。橋を渡るぞ、付いて来い!」
 
 こんな事を言われて付いて来れるのはプリシラさんとルフィナくらいか。いい部下を持って僕は幸せ者だよ。僕達三人で魔導砲を撃てるまでか、二時間持たせて逃げるまで頑張れるのだろうか。
 
 ルフィナの広域魔法なら逃げ場の無い橋の上では有効だ。後は僕のモード・ツーと心眼の合わせ技、金色のライカンスロープのプリシラさんの三人で殺るしかないのか。なんとも逃げ出したくなる戦力だね。
 
 僕達三人は気勢に向かって門を潜り、橋を渡り始めた。こんな事を言われて、後ろから付いてくる冒険者など皆無だった。
 
 「プリシラさんは右、僕は左のツートップで。ルフィナは中央、敵が見えたらデカいのを一発、先制で喰らわせろ」
 
 「楽しくなって来たのである」
 
 「楽しいけど、この時間が一番退屈だぜ」
 
 頼むから死んでくれるなよ。まだ水着姿をビーチで見てないんだから。見張り塔が薄っらと見える所で僕達は止まって待機した。
 
 時間にして五分と待たず、無駄話はせず、心の中の妄想を翼いっぱい広げた時に、霧の中から黒い塊の一段が雄叫びを上げて攻めてきた。
 
 「ルフィナ、全力で行け!」
 
 「望みのままに血をもらうのである。■■■■、滅びの大風」
 
 望みのままは言い過ぎた。ルフィナの張り切りようと言ったら悪魔だってビビって逃げ出す。目の前に迫ってきた黒い塊のオーガ達は何も出来ないまま塵となって消え去った。
 
 橋を這うように放たれた滅びの大風は、周りの霧さえも消し去って五百メートルも先まで猛威を振るった。その先にいた黒い一団は、苦しんでいる様にも見えたが歩みは止めず、また白い霧がネーブル橋を覆い消えていった。
 
 「これで我の望むがままである。団長の血の風呂に入るのも良いのである」
 
 気持ち悪いよ。酒風呂とか柚子を風呂に入れるとかあるだろう。もっと健康に良さそうな事をしてくれよ。
 
 だが、良くやってくれた。霧の向こうにいる魔物が少しは見えただろうから、冒険者達も僕の話を信じてくれるに違いない。
 
 「退屈だ……   くそ退屈だ!   このまま突っ込もうぜ」
 
 ……アホ。退屈でいいじゃないか。今のルフィナの魔法でどれだけのオーガを倒せたと思ってるんだよ。何もしないで時間が稼げたんだよ、ルフィナに感謝の言葉が先だろ。
 
 「さすがルフィナの広域魔法は凄いね、何も無くなったよ」
 
 「ふん、当然である。なにせ風呂いっぱいの血がかかってるのである。このまま全てを消し去りたいが、次は防御魔法が前面に出て来るのである」
 
 お風呂いっぱいは無理だから薄めて使ってね。

 同じように魔法で一掃出来れば、プリシラさんが言ったように退屈で終るのだけれど、次からは防御魔法が出るだろうから同じ様には無理そうだね。
 
 見張り塔はまだ霧に隠れて見えないけれど、オリエッタが魔導砲を何とかしてくれる事を祈るしかない。橋の方の魔物も見えただろうし、冒険者や騎士団が集まってくれるのを祈るしかない……    あの神様に祈ってばかりだ、とても期待は出来そうもない。
 
 次の一団が来るまで少し間がある。僕は左目がまだ見えないけれど心眼があれば乱戦もこなせる。プリシラさんは心配する事はないだろう。あるとすれば前に出過ぎることか。金色のライカンスロープを引っ張って連れて帰れるかが問題だ。
 
 「ルフィナは少し下がって、僕たちの援護をするように魔法を出して。避けられるほど広くないんだから広域魔法は出すなよ」
 
 「チッ、死ぬような味方はいないである」
 
 舌打ちするなよ、本当に背中を任せて大丈夫なのか。
 
 「団長、何か来たぞ」
 
 来たのは前からじゃなく後ろから。冒険者達がルフィナの消した霧を見て本当に魔物が攻めて来るのを信じてくれたようだ。
 
 「ま、魔物が攻めて来たのか。橋を埋め尽くす様に見えたぞ……」
 
 この橋の長さは知らないけれど、おそらくはノルトランドには渡れてない後衛の魔物が待機しているはずだ。
 
 「今、魔導砲を確認しています。魔導砲が撃てれば一方的に攻撃が出来るので、ここに集まった皆さんで時間を稼ぎましょう」
 
 ここに集まった冒険者がどれほどの実力の持ち主なのか分からないが、与えられたもので何とかするのがサラリーマンと言うもんだ。
 
 辛いねぇ。偉くなったら机に座って指示を出すだけでいられるのかな。一応、傭兵団の団長なんだけど、気分は中間管理職。
 
 
 タイムリミットまで一時間半をきった。魔導砲で薙ぎ払って午後からは海で遊んでやる。まだ具無しカレーは諦めてねぇぞ。
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜

サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。 〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。 だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。 〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。 危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。 『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』 いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。 すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。 これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~

ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。 食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。 最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。 それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。 ※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。 カクヨムで先行投稿中!

処理中です...