異世界に来たって楽じゃない

コウ

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第百四十話

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 「や、やったぁ!」
 
 倒れ行くサンドドラゴン。その巨体さゆえ、ゆっくり倒れて見えるが、簡単に逃げられるものではない。潰されたオーガさん、南無。
 
 
 傭兵達から沸き上がる歓声。これでアンハイムは守れる。みんながそう思った時、ルフィナだけは僕に近付いてキズ口を見てくれた。「診た」訳ではなく「見た」んだ。
 
 「団長、大丈夫であるか!?」
 
 足が震える。立ってるのもキツい。目が霞む。誰か、霞目に効く目薬をくれ。
 
 「このくらい大丈夫である。すぐに治すである。■■■■、業火」
 
 焼きました、キズ口を。映画でやってたよ、銃弾を受けたキズ口から弾を取り出し、その後で焼いて消毒するのを。
 
 「うっ、ぐあああっ!」
 
 「見る」のと「やられる」のとじゃ大違い。オーガに切られたキズ口から火柱が霞んだ目でも見えたからね。霞目も痛みで吹き飛んだよ。
 
 「ルフィナ!   治癒の魔法が使えるだろ!」
 
 「……勿体ない……」
 
 イマ、ナンテ、イイマシタ?
 
 とりあえず、血は止まった。痛みは凄くある、手には力が入らない。少し血を流しすぎたか……
 
 「勿体ない……」
 
 聞いたよ、それは!   悪かったな刺されて。よそ見してたらグサリと来たんだよ。ソフィアさんが怖かったんだよ~。
 
 ルフィナは自分の外套の中から赤い液体の入ったビンを取り出し、腰に手を当ててグビッと一気に飲み干した。
 
 「うまい!」
 
 中味の想像は付く、たぶん僕の血だな。ルフィナはアンデッドやゾンビを酷使して魔力を使い果たしていたか。あれだけの数を使いこなすなんて、並のネクロマンサーには出来まい。
 
 「こういう使い方もあるのである」
 
 ルフィナがそう言うと僕の首筋にパクりと噛みついた。バカか!?    こんな時にブラックアウトさせる気か!?    魔力の回復は済ませたはずだろ。
 
 誉めて損したと、思って覚悟を決めたが視界がハッキリ、体の嫌な重さも消えていった。
 
 「え!?   生きてる……」
 
 「当たり前である。我が団長を殺す訳がないのである。今は「血吸い器」を使って逆に団長の血を流し込んだのである。まさか飲ます訳にもいかないのである。カカカカッ!」
 
 不気味な笑い声は置いておくとして、輸血してくれたのね。元は自分の血だから平気なのかな?   今度、赤十字にでも聞いてみるか……
 
 「サンドドラゴンをもらい受ける件、忘れてたおらぬであるな」
 
 忘れたいよ。殺る事はやったし、もう逃げようぜ。ルフィナの希望と恍惚の瞳を見て断れる言葉もなくなる。
 
 「全員防御陣形!    サンドドラゴンの足元で陣を貼る」
 
 剣はある盾も鎧も。体も動く、ルフィナの治療法を責めてる場合じゃない。プリシラさんもオリエッタも頑張ってる。クリスティンさんやソフィアさんは膝を着いて肩で息をしているまで疲れきっていた。
 
 僕はクリスティンさんを抱き上げ、アラナにソフィアさんを任せ、ルフィナを伴って横倒しになったサンドドラゴン腹の所に行った。
 
 「アンデッド化までどのくらいかかりますか?」
 
 「……およそ一時間である」
 
 長げーよ。もう少しテキパキ仕事しようぜ。
 
 「アラナ、ソフィアさんをルフィナの側に。それとドロンを出して索敵。これだけの部隊を投入してるなら指揮官は魔族のはずだ、探せ!」
 
 僕はクリスティンさんを降ろす時に少しだけお尻にタッチしてから降ろした。役得、役得。
 
 僕は魔法使いをかき分け前線で戦っている傭兵達の元に行くと、オーガを踏み潰す勢いで騎兵が滑り込んできた。
 
 「アンハイムオーフェン騎士団長、ヘレーナ・ハッセだ!   指揮官はどこだ!」
 
 城内で声を張り上げてオドオドしていた人と違う。むしろ堂々として清々しいくらいだ。この人の方が本物か。
 
 「傭兵、白百合団、団長のミカエル・シンです。今は僕が指揮をとっております」
 
 「ん?    あの亜人の側にいた男か。なかなかヤる。見事だ!   街に戻るぞ、着いてこい」
 
 なんなら、ご一緒にヤりますか?    なんて冗談は心の中にしまっておいて。兜の面を開けた時に見えた褐色の肌と白い歯が、真夏に咲くヒマワリの様な笑顔の女だった。
 
 「申し訳ありません。今、団員の一人がサンドドラゴンをアンデッド化させております。友軍となれば、これほど力強い味方はありません。アンデッド化までしばしのお時間を」
 
 サンドドラゴンを味方に付けられるなら、少しばかりの犠牲も仕方がないよ。だって岩を飛ばせるんだぜ。光るんだぜ。
 
 「分かった!    我らも守りに入ろう。騎兵!    続け!」
 
 話の早い人で良かった。騎兵の突進力でオーガを隊列を抉ってくれたら、僕達はかなり助かる。これでルフィナが、サンドドラゴンをアンデッド化するまで持ちこたえられそうだ。
 
 「惚れたか……」
 
 なぜ僕の真後ろに立ってるんですかプリシラさん。貴女の配置はもっと右のはず……
 
 「ん?   どうなんだ……」
 
 二、三、言葉を交わしただけで惚れる訳が無いだろうが。ただあの肌は綺麗だった。とても野蛮な騎士をやってる様には見えない。僕って褐色の肌に弱いのかな。
 
 「そ、そんな事、ある訳がなかとですよ。今、会ったばかりじゃけん、話だってしとらんばい」
 
 ハルバートの先で突っつくのは止めんね!    ケツの穴が増えとぉだろ。
 
 「ふ~ん、楽しそうに話しているように見えたがな……」
 
 今のは報告だよ。ただの報告!    楽しい訳が無いだろ。僕のちょっと前の方ではオリエッタが盾からハンマーに持ち替え暴れまくり、騎兵達は命を掛けて戦っているんだ。
 
 まあ「なかなかヤる」と言われた時、少しドキドキしたのは秘密だ。
 
 「団長、近くに魔族らしいのは見えないッス」
 
 お尻に穴が増える前にアラナが助け舟を出してくれた。サンキュー、アラナ。終わったら剣は無しで、楽しい事をしようね。
 
 「そんな……    範囲を広げてもう一度、探して……」
 
 「それが遠くにはいたッス。こっちに向かって来てるッス、巨人と」
 
 巨人?    もしかして進撃するあれの事か?     それはいい話じゃないねえ。アンハイムに戻りたくなってきたよ。
 
 「それって大きいんですか?    巨人だけに」
 
 「大きいと思うッス。トロールの三倍はあるッス。数は十」
 
 トロールの三倍だって!?    トロールはオーガより大きく見た中では五、六メートルくらいか。それの三倍って十八メートル!?    お台場に立ってるロボットと同じかよ。
 
 あれなら一度だけ見たことがある。とんでもなくデカくてカッコ良かったぞ。あれが来るのか!?    あれには乗れるのか!?
 
 あんな大きいのが来たら城壁なんて、一またぎで越えるよ。アンハイムに逃げ込んだってダメじゃん。
 
 「時間は?」
 
 「十五分もあれば着くッス」
 
 最悪だ。サンドドラゴンで終わりだと思っていたのに。巨人だって!?    冗談じゃないよ。このままルフィナのアンデッド化を待っていたら魔族と巨人に襲われる。
 
 今からアンハイムに戻った所で巨人には城壁なんて役に立たない。たぶん、ここの部隊は先見隊だったんだろう。
 
 サンドドラゴンがいるからこれが本隊だと思っていたのに、魔族の野郎め!    最初から巨人を連れてこいよ。そうしたら逃げていたのに。
 
 「ソフィアさん、苦しいところ悪いのですが巨人について知ってる事があったら教えて下さい」
 
 僕はミリタリーマニアで魔物とかには詳しくないんだよ。とにかく巨人と言うくらいだからデカいんだよね。
 
 「き、巨人というのは見たことはありませんが……    ぶ、文献では岩の様に硬く巨大な人型で魔法に弱いと覚えています。なので巨人の周りには魔法使いがいないと、    ……いないと思います」
 
 ヤバいか。白百合団で魔法が使えるルフィナはサンドドラゴンに付きっきりだし、ポーションを飲んだはずのソフィアさんだって疲れきっている。
 
 アラナにはクリスティンさんを含めて三人を守ってもらわないといけないし、オリエッタを外せば要を失う。プリシラさんに巨人の相手をさせるのは論外だ。あの人はどちらかが、死ぬまで戦う。
 
 僕が行くしかないのか……    魔族の首を取れば巨人は引き返すのかな。普通ならそれで戦闘は終了だ。なにせ雇い主が死ぬのだから。魔物にそれは有効なのか?
 
 コアトテミテスでは魔族に操られた魔物が襲来した。操られていたらどうなる?    撤退してくれるのか?
 
 あぁ、もう……    考えたって答えが見つからない時は、当たって砕け。
 
 「プリシラさん、ここの指揮を任せます。ルフィナがサンドドラゴンをアンデッド化したらアンハイムに撤退して下さい」
 
 「お前はどうするんだ!?」
 
 「……僕はニュータイプになってきます」
 
 「はぁ?」
 
 僕はプリシラさんに全てを任せてオリエッタの元に行った。
 
 「オリエッタ、武器を出して。出来るだけ丈夫な槍が欲しい」
 
 「槍ですか~」
 
 わっ!    バカ、バカ、話し掛けた僕も悪いが、こちらを振り向かなくていいんだよ。オーガが襲って来てるだろうが。
 
 僕はオリエッタが装甲服のアゴの辺りをトントンと右手の人差し指で叩きながら考える、細かい仕草を無視してオーガに斬りかかった。
 
 「オリエッタ、何でもいいから早く!」
 
 「何でもいいと言われると困っちゃいます~」
 
 てめぇ、シバくぞ。こっちは腹を焼かれて、刺された痛みより火傷のキズが痛いくらいなんだよ。オーガさんも少しは僕を労って。
 
 「早く!」
 
 「じゃあ、ど~んと出します~」
 
 普通さ、人にハサミとか包丁とか刃物を渡すときって、刃先の方は自分が持って柄の部分を相手に向けると思うんだよ僕は。
 
 僕の上にオリエッタの頭の高さくらいの魔方陣が出来たと思ったら、降り注いできた。槍やらハルバートやショートソード、バスターソード、斧、矢、三角木馬、何でもだ!    下に刃先を向けて。
 
 「危なっ!    オリエッタ!」
 
 「これで全部です~」
 
 ある意味で攻撃的な出し方だったね。下敷きになったオーガも、何があったか分からぬうちに串刺しだ。
 
 僕は良さそうな槍を一本、オーガから抜き取り血を払った。
 
 「オリエッタ、全部回収しておいて下さいよ。物を粗末にしてはダメです」
 
 「はい、は~い」
 
 
 
 さて、殺るか……
 
 神速モード・ツー。
 
 僕は不慣れな槍で巨人に挑む。三角木馬は放置で……
 
 
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