異世界に来たって楽じゃない

コウ

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第百四十一話

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 敵を知り己を知る者は百戦危うからず。
 
 
 昔の中国の偉い人の言葉だったかな。僕はこの世界の基本とも言える魔物の情報を知らない。ゴブリンやオーガくらいまでは戦場や街道で会った事もあるけれど、それ以上になると良くわからん。
 
 巨人にしてもそうだが、ソフィアさんも文献だけと言っていたし、他の冒険者にもメジャーな存在ではないと思うよ。
 
 そうなると戦い方が知りたいものだ。黒炎竜にも有った効果的な戦い方。巨人は魔法に弱いとの話だが、僕が使える魔法は相棒のトランスフォームだけだ。
 
 僕は神速で巨人の進路に先回りして待ち構えた。あれは……    無理だ。僕は巨人と出会う前に木の陰に隠れていたが、見ただけで、どう戦っていいのか分からん。
 
 とてもじゃないが頭に槍を突き刺す事なんて出来そうにない。膝にさえ槍が届かないよ。神速で巨人を登るのか?    登山道具は持って無いぞ。
 
 巨人を先頭にして近付いてくる魔物の本隊。魔族の指揮官はその後ろにいるのだろうけど、地面が揺れる。巨人が近付くにつれ地震の様に地面が揺れるんだ。
 
 今なら震度三くらいか。地震大国、日本男児生を舐めるなよ。震度三くらいじゃ驚かないぜ。
 
 目の前を巨人の足が踏み降ろした時には、さすがに震度七は越えただろう。思わず近くの木にしがみついてしまった。近いだけあって舞い上がった砂塵が、上手い具合に僕の姿を隠してくれた。
 
 このまま巨人をやり過ごして魔族の指揮官を狙うのもいい。だが、その後、無傷の巨人と正面切って殺り合うのはゴメンだ。どうしても「プチっ」と、潰されるイメージが湧く。
 
 せっかく上がった砂塵だ、有効利用させてもらおう。僕は巨人の歩調に合わせ機先の心眼で先を見る。足を踏み下ろし砂塵が舞い、足を振り上げて、また着く。これにタイミングを合わせる。足を踏み降ろし地面に着く一瞬前に。
 
 「ここだ!」
 
 僕は巨人が足を地面に付ける前の僅かな時間の中で、足の爪と肉の間に槍を突き刺した。神速の速さと無理をした超振動を使ったからか、槍はすんなりと入っていった。
 
 正直に言って、自分でやっていて気持ちがとがめた。爪の間に槍を刺すなんてどれだけ痛いか想像を越えるよ。例えるなら爪楊枝を爪と肉の間に刺す感じ。考えただけでもお尻の穴がキューッと締まる。
 
 あまりの痛みなのだろう。巨人が刺された足の爪先に手を添えて片足でジャンプしている。もちろん跳び跳ねる前に槍は抜いたが、今の震度は十を越える。
 
 周りの巨人は何事かと、頭の遥か上空で振り替えって心配しているようだが、僕の様な神速使いの小人なんて見付けられるはずも無く、瞬く間に五体の巨人の爪の肉を抉った。
 
 これ以上は無理だ。別に神速が無くなった訳でも心眼が使えなくなった訳じゃない。心が折れた。僕の心が罪悪感と後悔で一杯になってしまったからだ。
 
 この爪の間に刺すと言うのは拷問の一種であるんだ。プリシラさんにお尻をハルバートで刺されそうになった時に思い出した。
 
 僕は傭兵だから斬ったり刺したりするのが仕事だか、この爪の間を刺すのはダメだ。自分自身がされたら嫌な事の一番だと言ってもいい。
 
 それだけに心のダメージが大きい。    ……もう、やりたくない。
 
 五体の巨人が痛みで跳び跳ねていたり、のたうち回ったり、動けないくらい地面が揺れる中で僕は自分のお腹から血が出ている事に気がついた。
 
 ルフィナの心のこもった「火あぶり治療」の効果は消えていた。絶対に治療じゃないよ。一度、やってみたかっただけに違いない!
 
 僕は何とか巨人の足元から逃げて指揮官と思われる魔族を見れる所まで近付いた。指揮官の周りには副官らしき者やオーガが、目の前の巨人の混乱ぶりに手の施しようが無いと呆然と見ているだけだった。
 
 これはチャンスか!?    今なら殺れる。僕は槍を捨てクラウチングスタートの様に中古ソードの抜刀体制に入った。
 
 モード・ツーで飛び出した僕は誰にも気付かれる事もなく指揮官の首を切り落とし、首が地面に着く前に副官二人の首も飛んだ。
 
 これでどうだ!    魔物達も魔族に操られているのなら、これで終わりのはずだ。操られていなくても雇い主が死んだんだ、帰って出直して来いや。    ……いや、出直さなくていい、ノルトランドまで帰ってくれ。
 
 指揮官を殺され巨人はいきなり暴れだし、目の前には敵の僕が、血を滴らせた剣を持って現れた事にオーガの混乱ぶりは見ていて滑稽だった。
 
 ある者は隣の者と話を始め、ある者は逃げ出し、ある者は僕に怒りの咆哮を上げている。僕としては、もう戦いたくない。どうしても巨人に刺した槍の感覚で気分が悪い。
 
 爪が捲れる様な感覚。自分で自分の爪を押さえたくなる。僕は咆哮を上げるオーガの心臓を一突きして声を止めた。
 
 心臓を刺すのは平気だけど爪は嫌なギャップはいかんともしがたい。嫌な物は嫌なの。僕から逆に咆哮を上げオーガを威嚇してみた。
 
 オーガ達が尻込み始めた。僕の姿は悪魔にでも見いたのだろうか。さらに一人を袈裟斬りの倒して……    ヤバッ、剣が抜けない。
 
 もう一度、悪魔の咆哮を浴びせると恐怖の顔色を見せてラウエンシュタインの方へ逃げ帰っていく。それを見たのか巨人達も僕を遠巻きに去って行った。
 
 巻き上がる砂塵の中に咽びながら、たたずむ僕。これで終わった。巨人は殺せなかったから、いつかは戻ってくるだろう。この本隊のオーガは百くらいだったか、それも倒せていない。
 
 先に着いていた先見隊もオーガだけではアンハイムを落とすには力不足だ。トロールはこれからとして、僕は少し疲れたよ。
 
 少し休ませて……
 
 
 
 気が付けば僕は馬上の人となっていた。この抱き締める感じはクリスティンさんかな。相変わらず素晴らしいプロポーションだ。
 
 「目が覚めたか?」
 
 聞き慣れない声。そして抱き締めている手に感じる堅さはプレートメイル。クリスティンさんはレザーアーマーだったね。それなら貴女は、どなた様ですか?
 
 「掴まるとは言え、面白い所に手を置く……」
 
 慌てて手を引っ込めたが、手に伝わっていたのはプレートメイルの冷たさとスタイルの良さ。周りを見渡せばボロボロになった騎兵が十ほど。もしかして僕達をエサにしたアンハイムの騎士団か!?    
 
 と、言うことは先頭で歩いているのはヒマワリのの様な笑顔の女騎士。名前は……    ヘレーナ・ナントカ様。
 
 「助けて頂いたのですか……」
 
 「あれほどの事をした男を見捨てる訳にもいくまい。巨人を追い払ったようだな」
 
 巨人くらい大きければ逃げ出したのも遠くから見ていたのだろう。ついでに言うと魔族を三人も倒したのは僕ですよ。
 
 「ご苦労だったな。感謝する」
 
 アンハイムに着くまでこれ以上、話すことは無かった。五十人で攻め行った騎兵が今や十名足らず、僕達に着いてきた傭兵団にも被害は出ているだろうし西門の被害も心配だ。
 
 初戦は勝ったと言ってもいいだろう。魔王軍は指揮官を失い壊滅状態、手駒のオーガも被害は出てるしサンドドラゴンは僕達の物となった。
 
 大勝利に違いないが、次が来たら持ちこたえられるだろうか。次は巨人が進撃してくる。魔法に弱いならソフィアさんとルフィナ、ロッサに活躍してもらわないと。
 
 それだけで勝てるだろうか。それに僕のお腹から流れている血を止めて欲しかった。騎兵の皆さんは魔法が使えないのだろうけど、応急処置なら歓迎したのに。
 
 僕はアンハイムに着くまで自分で自分のお腹を圧迫して血を止めていたが、何とか持ちこたえたようだ。
 
 ヘレーナ孃の後ろに乗っている僕を白百合団のメンバーが見付けると、急いで近付いて来てくれてハルバートの斧が付いていない柄の部分で叩き落とされた。
 
 「なぜ?」
 
 土の味を噛み締めながら吐いた言葉に冷たい視線。
 
 「てめぇの手の速さは神速だな!」
 
 このバカは何を言ってるんですかね。たまにはキレた方がいいですかね。僕は助けられただけなんですよ。神速は戦いの時にしか使いませんよ……    後はベッドの中で。
 
 助成を頼もうとヘレーナ孃の方を見ると体には僕の血が手形として着いていた。色んな所に、着けたらいけない所に。
 
 「ご、誤解……」
 
 「■■■■、業火」
 
 
 
 瀕死の状態から即死級の治療をしてもらい僕は気を失う。今日の戦いで誉められる所が無かったかと考えながら、僕は次の日まで死んでいた。
 
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