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第百四十二話
しおりを挟む素晴らしい目覚め。この世にこのくらい素晴らしい目覚めはない。
僕はルフィナの新しい治療法の犠牲となり、お腹を中心に黒焦げにされた。もちろん生きているのはソフィアさんが治してくれたから。消え行く意識の中で、笑いの無い笑いでソフィアさんが治してくれた事を僕は忘れない。
宿屋で目が覚めた時には、裸のクリスティンさんが僕の腕枕で眠っていた。最高の目覚めはこんな時に来るんだね。僕はクリスティンさんを軽くつついて起こしたんだ。
「ぁあんっ……」
いやいや、肩をつついた、だけですけど…… そんな声を朝から出されたら困ります。そんな声は止めないと。僕はたぶんクリスティンさんの口から出ていると思う声を唇でふさい……
「……おはようございます、団長」
後二秒くらい気にせず寝てろよ。もう少しだったのに。もう少しだったので気にせずトライだ。
僕はもう一度と唇を寄せると、クリスティンさんは人差し指を僕の唇に押さえる様に止めた。
「……団長、昨日のサンドドラゴンの事ですけど……」
なんだよ、朝から真面目か! 朝なんだからもっと違う事をしようよ。ラブラブとかラブラブとかラブラブなこと。
「昨日はご苦労さまでした。サンドドラゴンを倒して大活躍でしたよ」
クリスティンさんは僕を押さえ付ける様にガバァッと起き上がった。見える! 僕にも見える、二つの膨らみが。そ、その下の方は暗くて見えん。
「昨日のサンドドラゴンは私が殺ったんです。ソフィアより先に私が殺ったんです!」
クリスティンさんの顔が近い。髪の毛がくすぐったい。肌が柔らかい。目が怖い。「間」が無い。
ソフィアさんより派手さが無いクリスティンさんの不幸にも心臓麻痺。ソフィアさんは周りを巻き込み、見た目も綺麗なプラチナ色を発して敵を倒す。
クリスティンさんはゴブリンなら一秒とかからず十匹は仕留められるし、空を飛ぶハーピィだって音もなく仕留められる。
サンドドラゴンぐらいになると心臓の大きさから時間が掛かって、ソフィアさんと同じくらいの時間になってしまったが、心臓に関してはクリスティンさんの言う事に間違いはないだろう。
おそらくクリスティンさんが止めた心臓にソフィアさんのプラチナレーザーが貫いたのが正解かな。だけど、それが分かるのはクリスティンさん一人だけだ。
周りはソフィアさんのプラチナレーザーがサンドドラゴンを仕留めたと思っている。僕もそうだと思った、クリスティンさんの力は見えないからね。
それをわざわざ否定するなんて、余程クリスティンさんは自分の見えない活躍を知ってもらいたかったのかな。後だ、先だとソフィアさんの前で言い出し始めたら確認が取れない分、収拾が付かなくなるけど二人きりだしね。クリスティンさんが嘘を言う事もない。
「クリスティンさんの力は見る事が出来ないけれど、その強さは僕は知ってますよ。たぶん誰よりも……」
ああ! 知ってるさ! 何度も死にかけたし、一度は天国の階段まで登った経験者が言うんだから間違いない。クリスティンさんはある意味、最強だ。
「……団長なら分かってくれると思ってました」
わかってますよ。誰よりも、この後の展開も。
クリスティンさんは、お互いの息が掛かるくらいまで近寄ってきた。いい香りがする、これがクリスティンさんの甘い香りなのか。
僕とクリスティンさんは唇を交わした。とても甘く優しいキスを。こんな時にはソフィアさんのプラチナレーザーが飛んで来ないのが不思議だ。
「ミカエル!」
ドアを破らんばかりに勢い良く開けたバカな女性が一人。 ……南無。
「ぐはぁっ、ク、クリスティィ……」
クリスティンさんの得意技、不幸にも心臓麻痺発動中。右手をプリシラさんの方に伸ばし心臓を鷲掴みしているようだ。本当ならすぐに止めたいけど、ハルバートで叩き落とされた事もあるから黙って見ておこう。少しだけ。
それに止めたいけれどクリスティンさんが怖い。目が血走っていて、さっきキスを交わした優しい顔はどこへやら、僕の話を聞いてくれるかどうか……
プリシラさんが床で、のたうち回って心臓を押さえているのを見てさすがに止めた。クリスティンさんもやり過ぎですよ。
大きく肩で息をしているプリシラさん。これは良い反省になったかな。僕と違って心臓マッサージを自前で出来ないから、さぞ苦しかったろうね。これに懲りたらドアはノックして返事を待ってから開けるように、特にクリスティンさんがいる時は。
「ク、クリスティン、居たのか…… し、知ってれば、遠慮もしたんだけどな……」
良かった「遠慮」なんて言葉を覚えられたのか。とても、いい事だね。このまま遠慮して帰ってくれよ、僕達は続きをするからさ。
「ルネリウスが落ちたぞ」
息を切らしながら言う言葉に、僕はクリスティンさんを抱き締める様に勢い良く起き上がった。ルネリウスファイーンはラウエンシュタインから王都までの三つに別れる道の中で一番大きな街だけに、集まった兵士は一番多いはずだ。 ……おっと、下も見えた。
「こっちが本命かと思ってましたよ。サンドドラゴンも巨人もいたし」
「その隣のエトバァールもやられたらしいぜ。落ちたか、どうかは分からんけど」
三都市同時に攻撃したのか。これで魔王軍がかなりの戦力を持って進攻したのが分かる。ルネリウスは守り抜くかと思ったけれど、ラウエンシュタインが落ちてから日も間もないし傭兵が集まらなかったか。
このままアンハイム居ても殺られるだけだな。二つの街が落ちたとすれば、ここの戦略的な意味合いは無くなる。
ギルドかヘレーナ孃の所に行って指示をあおがないと。徹底抗戦しても死人が増えるし街の人を早めに逃がさないとマズいね。
「うちらは午後にはシュレイアの街に後退だと。騎士団のねーちゃんが言ってたぜ」
もう話はそこまでいってたのか。そらなら話は早い。僕に乗っているクリスティンさんを、逆に馬乗りに返した。
「キャッ!」
「プリシラさん、白百合団は荷物をまとめて撤退準備をして下さい」
「……てめぇはどうするんだ?」
「僕は朝食を頂いてから行きます。一時間ほどで…… 痛たたた!」
「てめぇも準備をするんだよ! クリスティンも服を着ろ」
何も髪の毛を引っ張る事は無いのに。せめて朝食を、せめてデザートだけでも…… 僕は無慈悲なプリシラさんに裸でクローゼットまで投げ飛ばされた。
「おはようございます、みなさん。腰の痛い朝ですね」
階段の中段くらいから下の広間で準備しているみんなに朝の挨拶を。やっぱり挨拶は大事だからね。
僕はプリシラさんに投げ飛ばされ、腰を強打した痛みで腰を擦りながら、朝から軽い冗談を飛ばしたつもりなのに、何で誰も笑ってくれないの? イジメですか?
「朝から盛んだな、ローストビーフ!」
誰がローストビーフだ! 黒焦げになったのはルフィナの火炙り治療のせいだし、腰が痛いのはお前が投げ飛ばしたからだろ!
「……盛ん…… なんですね…… 腰が痛いのは……」
違うぞ! 違うぞソフィアさん。腰が痛いのはクローゼットに打ったせいで「盛ん」のせいではないと、思う。気を失って寝ていたのでわからんです。
「……おはよう、みんな」
クリスティンさんが後ろから抱き付く様にして胸を押し当ててきた。着替えてないじゃん、薄着じゃん、柔らかい胸が潰れるのが分かるじゃん。
みんな落ち着け。せっかく仕舞っている武器を取り出すのを止めろ。この世界の第二法則「火には油を注げ」がクリスティンさんのせいで発動してるのが分かりませんか。
光ったと、思った瞬間にモード・ツーでクリスティンさんを押さえる様に避けたが左手が追い付かなかった。
二の腕から千切れる左手。痛みより先にクリスティンさんをその場に伏せさせ僕はソフィアさんを押し倒した。
「ソフィアさん! 大きな誤解です! 僕は気を失っていたじゃないですか! 腰が痛いのはプリシラさん投げ飛ばされたからなんです!」
僕の必死な訴えにソフィアさん自身の輝きが弱まりプリシラさんに事の真相を確かめてくれた。
「知らねぇ……」
こいつ殺す! 僕の増悪の目線にビビってくれたのか、その後はちゃんと事の成り行きを説明してくれた。
「そうだったんですか…… 私、早とちりしちゃって…… ごめんなさい」
わかってくれたらいいんですよ。朝から命のやり取りは止めましょうね。せっかくの素晴らしい朝なんですから。
「団長の治療は任せるである。■■■■、業……」
僕は押し倒していたソフィアさんから離れ、今度はルフィナの口を押さえた。ローストビーフは止めろよ、素晴らしい朝の朝食は軽い物を食べたいんだよ。
誤解が解けたソフィアさんに左手を付けてもらい、改めて思った。手を斬られたら出欠多量とかで死ぬのが日本での生活だったが、こちらの世界では簡単には治ってしまう。
だから簡単に斬ったりするのだろうか、それだから命の大切さに違いがあるのだろうか。傭兵稼業に足を突っ込み、命のやり取りをしてるからだろうか。
僕は治ってしまった手の具合を見ながら騎士団の詰め所に行った。これからの事を話す為と助けてもらったお礼を言う為に。
「我らアンハイムの騎士団はここに残る!」
だ、か、ら、命は大切にしようって話は知らないのかな。
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