異世界に来たって楽じゃない

コウ

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第百四十三話

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 「我らアンハイムの騎士団はここに残る!」
 
 ヘレーナ・ハッセ騎士団長は力強く言い切った。美しい向日葵の笑みを浮かべて。
 
 
 うん。無理ですよ~    生き残った騎士団は百にも満たない数なんですよ~    数は数えられますか~    教えましょうか?    手取り足取り、乳取り。
 
 「貴様達、傭兵はシュレイアシュバルツの街に後退し、そこの指揮下に入れ」
 
 向日葵のような笑顔はすでに無く。何か決意した目が鋭く僕を見た。せっかく咲いた向日葵が枯れ落ちるのは勿体ない。
 
 「ハッセ様は本当にアンハイムに残るおつもりですか?    残念ながら次に同数……    それ以下の数でも守りきれませんよ」
 
 「それを言うなシン殿。我らはアンハイムの騎士なのだよ。街には残って戦ってくれる者もいる。ハルモニアにはもちろん忠誠を誓ってはいるが、我々はアンハイムオーフェンの騎士なのだよ」
 
 もう理屈じゃないんだね。死ぬと分かっていても戦うつもりか。死ぬのって嫌なものだよ。痛いし辛いし。
 
 ネーブル橋で突撃した騎兵達の末路なんて食べられちゃったんだから。ラウエンシュタインで捕虜になっていた女性の話も聞かせようか?
 
 この話をした所で決意は変わらないんだろうね。これくらいで変わる決意なら、あんな目はしていないか。鋭く射ぬくようで悲しい目を。
 
 「ご武運を……」
 
 僕はそれだけ言って詰め所を出た。ヘタレの僕にはそれしか言えなかった。
 
 
 
 僕達は逃げ出す街の人とアンハイムを離れた。サンドドラゴンをアンデッド化し、魔族や巨人を倒してアンハイムを守ったとしても、街を離れなければいけないとは。
 
 勝ったのに……     傭兵として僕達は十分に働いたし勝利に貢献できたと思う。きっと支払われるお金もいいはずだ。
 
 だけど、何だろう。この心のモヤモヤは。ヘレーナ孃や街の人が残って戦おうとしているのが気にならないと言えばウソになるが、今までもそんな事はあったし、無謀な突撃をする人も見てきた。
 
 バカなヤツだと、思う事もあったけどヘレーナ孃の悲しそうな瞳を見てしまったのが、きっと心に残っているのだろう。
 
 戦争って嫌だね。どうか生きていて欲しい。生きていれば、いつかは笑える時も来るさ。
 
 「ぐわっ!」
 
 「何か感傷に浸ってねぇか?」
 
 後頭部をいきなり殴るな、目ん玉が飛び出るだろ。少しぐらい感傷に浸ってもいいじゃないか。あのヘレーナ孃が残って戦おうとしてるんだぞ!    向日葵のような笑顔が見れなくなっちゃうんだぞ。
 
 「あの騎士団長の女か……    ヘレーナとか言ってたな」
 
 まだそれを引きずるんか。儂らはそんな関係じゃなかとですよ。同士じゃけん。戦友ばい。心の友でござる。
 
 二発目を喰らう前に、珍しくオリエッタが後ろから抱き付いて来た。ゴスロリのフリルが鼻をくすぐる。そして良い香り。ある意味、オリエッタが一番にファッションにこだわってるのかな。傭兵には必要ないけど。
 
 「傷心の団長に後で良いものを見せるです~」
 
 良い物だって!?    オリエッタの良い物なら楽しみだ。傷心なんてどっかに行っちゃうよ。良い物ってなんだろう。剣が出来たのかな、軽くて丈夫で切れ味がいいのが出来てるといいな。
 
 それとも新しいインナーか!?    白のスク水も捨てがたいけれど、新しいのも魅力。オリエッタには色っぽいのより可愛い方が似合ってると思うよ。
 
 それとも下着かな?    この世界の下着なんて見れた物じゃないからね。フリルの付いたシースルーもいいし、ガーターベルトも魅力。
 
 いつか作ってもらおう。世界に魅力的な下着を販売しよう。ハスハント商会に任せれば大丈夫だ。マノンさんにも着てもらいたいし。例え神が敵に廻っても、僕は正義の為にそれを迎え撃つ。
 
 「お前、話を聞いてたか?   ヨダレが出てるぞ」
 
 「じゅルル、気にしないで下さい。大丈夫ですから。オリエッタ、良いものっていつ見せてくれるのですか」
 
 「街に着いてからです~」
 
 街に着いてからか。やっぱり二人きりになってからなんだね。これは楽しみだ、傷心の僕の心を癒しておくれよ。僕は馬の手綱を力いっぱい振るったら、後ろから殴られた。
 
 「急いでどうする!    後ろが付いてこれねえだろ」
 
 そうでした。僕達は街の人達と傭兵達を率いていたんでしたね。忘れてましたよ、ここはゆっくりと慌てずに。
 
 「仕方がねえな。アラナ、操車を代われ。てめぇはこっちだ」
 
 首に腕を廻され引き寄せられる時に見た、後ろの荷台を。クリスティンさんとソフィアさんが狭い荷台を片付けて防音テントを張っていた。
 
 嫌だ、今は傷心させてくれ。このまま傷心したいんだ。てめぇ離せ!    焼身自殺するぞ!
 
 シュレイアシュバルツの街まで休憩以外は進み続けた僕達一団は、昼前には着く事が出来た。幸いな事にローストビーフになる事もなく敵が現れる事もなく、アンハイムを逃げ出した一団は無事にシュレイアシュバルツに着いた。
 
 
 
 シュレイアの街には城壁が無い。王都にも近いし魔物が隠れる様な大きな森も無い穀倉地帯が広がる、のどかで時間が止まったような平和な街だ。
 
 だが、今は魔王軍の進攻を止める拠点の一つとされ、街中は逃げて来た人、逃げ出す人、集まり始めた傭兵でピリピリとした感じの賑わいがある。
 
 アンハイムから逃げて来た人は、それぞれバラバラになり一緒に着いてきた傭兵を白百合団でまとめて僕が代表として騎士団の詰め所に向かった。
 
 「アンハイムではご苦労だった。敵の進攻がこれほどまでとは思わなんだ。ルネリウスとエトバァールは落ちたが、ここは簡単にはやらせはせん」
 
 力強い調整官の言葉に僕は頼もしく思え、見た目からは不安を覚えた。小男なのはいいんだ。誰だって成長期で成長しきれるものじゃない。
 
 問題はヒゲだよ。口ヒゲを横に伸ばして離すとクルっと回って輪になるんだ。クセなんだろうけど、何度もやると笑えてくる。どんな構造だよ!?    形状記憶か!?
 
 僕を笑わせる為にやってるなら大当たりだ。ヒゲに目が言ってしまって聞くことが有ったのに忘れてしまったよ。とりあえず白百合団はアンハイムの傭兵達と第三軍に編入された。

 第三軍に挨拶に行くときになってやっと思い出した。僕達にはアンデッド化されたサンドドラゴンがいる。サンドドラゴンの魔岩はこちらにとって大きな武器になるが、ルフィナを勝手に使われては困る。僕はそれを言いたかったんだ。
 
 途中の道で追い掛けて来るようにオリエッタがゴスロリ風な格好で走ってきた。見た目はいつもの服だけど何か変わったのかな?   良い物って服のことか?    こんな時に気付かないでいると後で「気遣いの出来ない男」のレッテルを貼られてしまうから男は辛い。
 
 「オリエッタ、どうしました?    みんなは?」
 
 「みんなは宿屋の方へ行きました~。詰め所で聞いたら第三の方に団長が行くって~」
 
 ここだ!   ここで言うんだ!
 
 「そうですか。可愛い服ですね、似合ってますよ」
 
 「ありがとうです~。いつもと同じです~」
 
 違った!    服じゃない!    探せ!
 
 困るんだよね。細かい違いなんて分からないよ。それでいて気が付かないとブーブーと文句が出る。
 
 「団長に良い物を見せようと思って~。早い方がいいです~」
 
 僕はオリエッタに手を引かれて街の外に出たが、この街はなかなか外に出るのも苦労した。この街には城壁が無いけれど、街の周りを囲むように長屋と言った方が正しいのか、壁の役割を果たすように家が建っていたんだ。
 
 壁にもなるし家にもなるなんて一石二鳥だね。昔の人は良く考えた物だけど、壁としては高さと丈夫さが欲しい。
 
 高さは一階建てや二階建てでまちまちだし、トロールが殴ったら壊れそうな壁もある。この街の防御はあくまでも対人戦がメインで魔物までは厳しそうだった。
 
 街の外にオリエッタと出て十分も歩いて小川の側までやって来た。一緒に手を繋いで歩いていたが僕の内心はドキドキだ。
 
 盾は重いから話し合いくらいでは持って来てない。ショートソードは左にさしてオリエッタナイフは腰の後ろだ。本来、ナイフは左手で抜ける様に柄の方は左に向けているが、左手で手を繋いだので柄は右に持ってきている。
 
 ドキドキってのは何をされるか分からないドキドキだよ。以前、簡単に右手を切り落とした前科があって、今は良い物を見せてくれると言うし警戒し過ぎる事はない。
 
 服の事は違った、この状況からいってインナーでも無いだろうし、二人きりがこんなにも不安になるなんてプリシラ病でも移ったのか?
 
 移ったようです……    オリエッタが手を離すと詠唱を始めて魔方陣の中から体長三メートル以上もある装甲服が浮き上がってきた。
 
 「オリエッタ……」
 
 「ちょっと待っててです~」
 
 僕の言葉はどこへやら、オリエッタはゴスロリをさっさと脱ぎ出しスク水に変わって、装甲服に乗り込んだ。
 
 どうしたものか。装甲服を着たオリエッタとは一度だけ殺り合った事があるけど、あの時は風圧で禿げるかと思った。
 
 それに、よくよく装甲服を見てみたら以前よりバージョンアップしているみたいだ。一回り大きくなった?    全体的に装甲が厚くなったのかな。
 
 オリエッタの武器には超振動で破壊力が上がっているし、装甲服自体にも超振動で防御力を上げている。こんなの相手にどうしろと……
 
 「団長~、少し離れて下さい~」
 
 ああ、離れるよ。このままシュレイアの街まで離れたいよ。二人でイチャイチャする事まで考え無かったと、言えばウソになるけど、もう少し楽しい物を想像してたよ。イチャイチャするとかさ。
 
 オリエッタがもう一つの魔方陣を開く。地面に広がった魔方陣の中央から一本の鉄の棒が伸び上がってきた。それは装甲服を遥かに越える長さ十メートルにもなりそうな巨大な……    アンチマテリアルライフルに見えた。
 
 「……オリエッタ、これは何ですか」
 
 「レールガンです~」
 
 この世界に電気は無い。正確には魔法では有るのだけど発電所とかは無いし、レールガンのバッテリーとかはどうしているのかな。
 
 ミリオタの僕の記憶を読んだ中から作り上げたのだろうけど、僕だって原理を全部知ってる訳じゃないんだ。
 
 それを記憶を頼りに作ってしまうなんて、貴女は何者でしょう。僕の記憶は封印しないとそのうち手が付けられなくなりそうで怖いよ。
 
 そのレールガンはライフルにしては銃身が異様に長く、バイポッドが二個で銃身を抑える様になっている以外は普通のライフルに見えなくもない。
 
 「一発、実射です~」
 
 伏射姿勢になったオリエッタはレールガンを構え遠くに立っている木に狙いを付ける。僕は少し離れて両手で耳を押さえた。
 
 
 「発射オーライ~」
 
 オリエッタの放ったレールガンは、耳を押さえただけの僕など衝撃波で吹き飛ばし、射線上の草木を根こそぎ薙ぎ倒していった。
 
 
 
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