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第百五十二話
しおりを挟む空が暗くなってきた。日が落ちた時のマジックアワーはとても素晴らしく、写真を撮るには良い物を見せてくれる。
「遅い!」
美しい人は見たいが、怒鳴られたくは無い。いや、そんな趣味がある人もいるが、ナイフまでは投げ付けられないだろう。僕は団長です。
「うぎゃ!」
今度から避けるのはやめて取る事を覚えよう。後ろにいた傭兵さん、ごめんなさい。怪我をした傭兵をソフィアさんに任せ僕はクリスティンさんと今後の打ち合わせをした。
「無視してんじゃねえぞ」
これほど存在感がある人を無視する訳がないでしょ。デカいんだよ、身長と乳が、揉むぞ!
「プリシラさんにもとても大事な話がありますよ。ちょっと行きましょう」
僕が手を取ると、やけに恥ずかしがるプリシラさん。今、ナイフを投げ付けたヤツとは思えないよ。こんなプリシラさんにピッタリのヤバい仕事、とても重要な仕事。
僕達は白百合団と離れて民家の影に隠れた所で壁ドンされた。威圧感が半端ないね。ドンは手でやってね、ハルバートじゃなく。
「さあ、聞かせてもらおうか!?」
ここで冗談を言える人は死ねますね。僕は長生きしたいので素直に話しますけどね。
「これから二人だけで威力偵察に行きます。魔王軍の戦力を見極める為ですが、チャンスがあれば指揮官を狙います」
プリシラさんは驚いたような顔をしたが、はち切れんばかりの笑顔に変わって僕にキスをした。
「いいじゃねえか! 大将首をとってやろうぜ! こんなのを待ってたんだよ、さすがミカエルだな」
「プリシラさん、ちょっと、ちょっと待って。目的は偵察ですからね。大将首は狙えたらですよ、狙えたら!」
話がもう通じている気がしない。恋に浮かれた女性のように頬を赤らめ上の空だ。プリシラさんを騙すような男に惚れたら、誰が注意する事が出来るのだろうか。
僕とハルバートを持った恋心のプリシラさんと、馬を駆って魔王軍に迫った。隙を付いた戦いで、無傷の白百合団の全員で攻め込めば、指揮官クラスの首くらいは落とせるだろう。
でも、魔法組は魔力を使い果たしているし、オリエッタにはレールガンの修理を、クリスティンさんは遊撃隊の指揮を任せているから全員でと、言うのは難しい。
アラナも連れて来たかったけど、いざとなった時の速さが僕達より遅いし、馬を捨てて走っても長く体力がもたない。それにプリシラさんとアラナの組み合わせが、色んな意味で僕は怖かった。
僕とプリシラさんは魔王軍の予測地点より遥か後方で馬を繋ぎ、その後は走った。僕はオリエッタから出してもらったバスターソードを持って、プリシラさんは重いハルバートを持っているのに、追い付いて来れるのに恐怖を感じる。気のせいか追いかけられている気分だ。
僕もレベルアップしないと輪番で殺されそうだよ。せめて剣があればと思うけどオリエッタはレールガンを作って忙しそうだし…… もしかして、まだ右手を切ることを諦めてないのかな。
先行して走っている僕が魔王軍の明かりを見付けて止まった。プリシラさんも慌てて止まったが僕に抱き付くように止まる。
「さて、見付けたぞ。これからどうする」
プリシラさんが後ろから抱き締めながら聞くのはいいとして、何故にハルバートの切っ先を僕の首に当てるのだろうか。
「主任務は偵察ですから…… もちろんチャンスがあれば狙いますよ。狙いますから首に押し当てないで」
偵察と言ったら、ハルバートの切っ先を深く押し当てて来やがったプリシラさんの機嫌を損なわないように、大将首を狙う事も付け加える。
「じゃあ、行くか……」
ここからは静かに、プリシラさんも分かってる。大将を狙うなら静かに近付いて首を取る。僕としては戦力が分かれば、それでいいけどチャンスがあれば狙いたい。僕はプリシラさんのお尻を見ながら後に続いた。
しばらく歩き、止まる。今度は隠れるように。かなり近くまで来たがオーガやゴブリンは野宿をするように眠っていた。
その中でも少なからずテントがあった。けっして大きくはないがオーガなら四、五人くらいは寝れそうだった。
「テントがあるな。大将はあれのどこかか……」
僕はテントがある事に驚いていた。数は少ないがテントを作るだけの技術と生産力がある事を示していたから。もしかしてゴブリンが裁縫をしたのだろうか。その布はどうやって手に入れた? 針は? 糸は?
「指揮官らしい大きなテントがあれば狙えますが、あれは部隊指揮官クラスのテントに見えますね」
「ああ、そうだな。どうする? 一戦交えるか?」
逃げる算段はあるし僕達二人の速さに追い付く者もいないだろう。ただ殺るならサンドドラゴンを狙いたいね。
僕がプリシラさんのお尻を眺めながら考えていると、遠くの闇夜の中から数十体の巨漢が魔王軍の陣の中へ入って行った。
この距離と暗さから良く見えないがオーガより大きくトロールより小さいかな、横の太さはトロール並み。
「プリシラさん、あれが何だかわかりますか? オーガより大きい」
「お前、どこを見て言ってるんだ」
ケツ! お尻! ヒップ! と、ついでに暗闇から出てきた未確認の敵、数十体。……冗談を言ってる場合じゃなかったか!? 暗くて良く見えないけど、もしかして、ラウエンシュタインを逃げ出す時に追い掛けて来た黒光りの騎士か!?
魔族の女が連れてきた黒光りの騎士、ゴキブリナイトとか言ったか。あれなら神速で対応出来るけど数が多いなら逃げたい。それよりあの女に会いたくない。ここの指揮官があの女なら僕はもう関わり合いたくない。
「あれは…… サイクロプスだな」
なんだ、サイクロプスか。それなら知ってる一つ目だろ、一つ目で「ものもらい」になったら盲目になっちゃうヤツ。
「たしいた事が無さそうですね」
「……てめえはバカか!? トロール並みにデカくて魔法を使うんだぞ。厄介この上ねえ」
それは嫌だね。魔法なんて事はネクロマンサーに近いリッチが使うだけかと思っていたけど、そんなヤツが数十体も援軍として来たら困るね。
「もしかして、防御魔法とか強化魔法とか使えたりしますか?」
「当たり前だろ、他にも炎や雷を使うぜ」
厄介だ、サンドドラゴンより面倒だ。自前で防御魔法が出来るなら遠距離からの魔法にも耐えられるし、近距離の斬撃にも魔法が活躍しそうだ。
ここの指揮官より、サンドドラゴンより優先順位が上かな。サンドドラゴンならオリエッタのレールガンで押さえられるし、指揮官は何処にいるか分からない。
「プリシラさん、サイクロプスを殺りませんか。一撃を加えるだけでも充分に効果があると思いますよ」
「……とりあえず、お前は横に来いよ。いつまで後ろで隠れてやがる。だが、サイクロプスを殺るのは悪くねぇな。あれはトロールより金がいいだろ」
僕は後ろの安全な所でお尻でも見ていたい気分なのに。プリシラさんがあっさりサイクロプスを殺るのに同意してくれて助かった。
サイクロプスがどれほどの者なのか。魔法と近接戦闘の両方が出来るなら魔族と戦う時の練習台になる。雑魚キャラ倒して話を進めたいね。
「話が決まれば、さっそく行きましょう。」
「今度はお前が先に行けよな」
僕は危険な先方を受持つ事にした。目の前は暗闇と草木が見えるだけで、面白いものなんて一つも見えやしない。予定のサイクロプスまでは麦畑を屈んで歩けば見付かる事もないだろう。屈みたかったなあ、プリシラさんの後ろで。
「おいっ!」
小声だけど、いきなりハルバートの先っぽでお尻を刺され止まる僕。もう少し人を止める方法は考えられませんかね。
「何ですか?」
「この辺りだ止まれ。どこまで行くつもりだよ」
ごめん、ごめん。目の前に目標が無くなったから、進むことに集中しちゃったよ。僕が麦畑から顔を出すと手近なサイクロプスまで百メートルほど。
「プリシラさん僕に先陣を切らせて下さい。超振動も付いてないバスターソードでどこまで殺れるか試してみたい」
「……スコアをこっちにくれるならいいぜ」
スコアを渡すのは勿体ないけど、試し切りはしておきたい。バスターソードと神速でトロールを倒した事があるし、サイクロプスの体格的には出来ると思うけど、防御魔法を神速で切り裂く事が出来るのか。
僕はスコアを条件に先陣をもらった。何かあったら逃げればいいし、プリシラさんが殺られる所なんて想像がつかない。
「行きます。プリシラさんはライカンスロープになっていて下さいね」
そこまで言って僕は一匹のサイクロプス目掛けて走り出す。相手はこちらに背中を見せてる。初めは肩慣らしで充分に行ける。
「ふんっ!」
切り付けたバスターソードは神速の速さが手伝って、温まったバターを切る様に首を半分を切り裂いた。血が吹き出るより早く次の標的に走り出した僕は二匹目も難なく倒した。
本来ならもう一匹、二匹と倒したいけれど僕は相手が態勢を整えるまで待った。せっかく待っているにも関わらず、その場の勢いで襲いかかってきたサイクロプスの足を切り、下がった頭を両断した。
ここまで見てやっと防御魔法を掛けるサイクロプス。急いでくれないとプリシラさんが来ちゃうだろ。あいつが暴れだしたら手が付けられない。
サイクロプスが自分自身に掛けた防御魔法は体を被い、まるで厚い粘膜を被っているようだった。これで神速対防御魔法の実験が出来る。リッチの時は盾の様に正面だけだったけれど、こいつはどうかな。やってみなければ分からないか!
「おら! おら! おら!」
てめえ、先陣を譲る話はどこにいった。ここからが僕の試したい事だったのに。
「プリシラさん、僕の獲物を取らないで!」
張り切って切り付けている割にはサイクロプスが斬れていかない。やっぱり防御魔法って凄いのだろうか。僕も負けじと切り付けてみたが、まるで粘土を切っている様に硬かった。
僕の神速とバスターソードではサイクロプスの肉までは届かない。何度か素早く同じ場所を切り付けてやっと肉までは届くくらいだった。
試し切りはここまでだ。帰ったら超振動付きのハルバートをまた借りよう。超振動と神速なら何とかなる。
僕は頃合いと見て声を掛ける為に振り向くと火だるまになっているプリシラさんがいた。
「プリシラ!」
声が誘った。サイクロプスが放つ炎の弾を。幾十の炎弾が僕をも襲った。
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