異世界に来たって楽じゃない

コウ

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第百五十三話

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 「プリシラ!」
 
 プリシラさんの心配より自分の心配が先だった。サイクロプスの炎弾を避ける為に神速のモード・ツーと心眼を使い、僕は全部の炎弾を避けきった。
 
 
 「うおおおっ!」
 
 避けた僕にも聞こえるプリシラさんの怒声。プリシラさんの気合いの一声と共に消え行く炎弾の炎の中で、黄金のライカンスロープはたたずむ。
 
 「プリシラさん、怪我はありませんか!?」
 
 「くそっ!    くそっ!    丸焼けになる所だったろが!」
 
 何故に僕に向かって怒るのか……    その胸ぐらを掴んでいる手を取ってね。でも、無事で良かった。僕の試し切りも終わったしプリシラさんも無事なら長居はしない。
 
 「プリシラさん撤退しますよ!」
 
 僕はプリシラさんの返事も聞かずにオリエッタからもらった煙幕を足元に転がした。形は現代の手榴弾と同じでピンを抜いて離せば爆発したように煙が僕達の姿を隠して、隠して、    ……隠さねえよ。
 
 煙は出た。希望としては白い煙幕が張られて、その隙に逃げ出すのに、出たのは薄いピンク色の煙。しかも甘い香りがする。
 
 「プリシラ、 吸うな!    毒だ!」
 
 毒なんかじゃない。オリエッタの野郎なんて物をくれたんだ。これは催淫剤のガスじゃないか!?    こんな時に何でサイクロプス相手にパーティーしなけゃならないの!?
 
 死ねる、間違いなく死ねる。ボロボロにされてゴミの様に滅茶苦茶にされて死ねる。絶対に嫌だ!    ボロボロにされる事は白百合団で良くある事だけど、ここでヤッたらダメだろ。
 
 だけど、こんな薄いピンクの煙では直ぐに見付かる。僕はありったけの手榴弾のピンを抜いて投げまくった。薄くても数があれば濃くなると思った僕はバカ野郎だ。
 
 慌てていた僕は全部の手榴弾のピンを抜いたが、その中の一つにもっとヤバいのがあるのを知らなかった。
 
 「バン!」
 
 目の前で光る閃光と耳が聞こえなくなるほどの轟音。なんでフラッシュバンなんか入れておくんだよ。スタングレネードとも言うけど、スワットとか特殊部隊が室内にいる敵の耳と目を一定時間、潰す為の特殊な手榴弾。
 
 耳が「キーン」として聞こえない。目も真っ白で何も見えなくなった。プリシラさんが叫んでいる様にも感じるが何も聞こえないし見えない。
 
 死ぬね、犯されて死ぬ。サイクロプスやオーガに犯される自分を考えた時になってやっと思い出した。
 
 心眼!
 
 これがあるじゃないか。見えなくたって見える、僕の切り札。僕はプリシラさんの手を取ろうと伸ばすと何やら柔らかい物を揉みっとしてしまったが、それはオリエッタの催淫剤のせいだろう。
 
 「走りますよ!」
 
 僕はプリシラさんの手をちゃんと取って走り出した。神速を使ったもののプリシラさんは付いてこれた。走っている時も後ろのプリシラさんは見えるが、何故か胸を隠しながら走るのだろう。
 
 目が見え、耳が聞こえるくらいまで走ると野営地は遥か後方で、小さな森の、ここまで来れば追っ手も来ないだろうと判断して手を離した。
 
 「プリシラさん、危ない所でしたね。まさかオリエッタの手榴弾で、あんな事になるなんて知りませんでしたよ。あの光るのも目が見えなくなりましたよ」
 
 僕もプリシラさんも息が切れるほど走った。敵はもう遥か彼方、むしろシュレイアの城壁まで少しだ。敵の心配よりプリシラさんの心配をしよう。
 
 疲れているのか、走ったせいで汗ばんでいた。今のプリシラさんは黄金のライカンスロープだ。だが吐く息さえ美しく感じる。普通の人にはわかるまい。
 
 「プリシラさん……」
 
 僕はプリシラさんの頬に手を当て、お互いが見つめ合った。やっぱりライカンスロープでも美しい。と、とたんに大きな牙で首に噛みつき投げ飛ばされる。
 
 しまった!    油断した、催淫剤は効いていたのか。プリシラさんはともかく僕はそんなに吸って無いと思ったのに。こんな時に不用意に近付くなんて。
 
 とりあえず、頸動脈は大丈夫そうだ。血は出ているけど血管までは届いていないかな。何だか動けば切れそうな感じもするギリギリ感が僕から神速を奪う。
 
 「プリシラさん落ち着いて!    もうシュレイアの街は直ぐですよ。この首の傷はヤバそうなんですよ。傷を治してから……    せめてベッドでしましょう」
 
 もう話が通じる状態じゃない。「ぐるる」だか「がルル」だか、ヨダレを垂らして迫ってくるプリシラさんも美しい。    ……僕にも効いているのかな。
 
 それから二時間ほど、朝日が昇るまで僕は首を圧迫止血しながらボロボロにされ、ボロボロにしてやった。オーガやサイクロプスとはヤりたくないけど、プリシラさんだったから、まぁいいか。
 
 朝日が昇るころ、僕は疲れて木にもたれ掛かって座っていた。プリシラさんはいつの間にか人型に戻り全裸になって僕の胸に顔を埋めている。
 
 「……もう、朝か。昨日は最高だったぜ……」
 
 でしょうね、僕はもう疲れ果ててしまって動けないよ。後でオリエッタには感謝と文句を言わないと。
 
 「プリシラさん、まだ眠っていても大丈夫ですよ。僕も少しだけ休みます」
 
 「……ああ、……」
 
 僕も少し休もう。昨日からの連戦で疲れたよ。僕は首を押さえる力も残って無く、手を下ろす。暖かい血が流れ出すのが分かる。このまま静かに眠りたいよ。
 
 
 
 眠気覚ましはプリシラさんの大笑い声。それと、まだ生きていたのかと言う実感。首に手を当てると傷口は無くなって僕は綺麗なベッドの上だった。
 
 横を見るとプリシラさんとクリスティンさん、ソフィアさんにアラナも集まってテーブルを囲んで座っていた。
 
 「あのバカ、首をやられて血まみれになってやがんの……」
 
 プリシラさんの声に激しい憤りを感じたが、「お前にやられたんだ」と言う言葉を飲み込み僕は起き上がった。
 
 「おはようございます、みなさん。クラクラする朝ですね。状況の説明をしてもらえますか」
 
 僕はソフィアさんを見ながら言った。首の傷を治してくれたのはソフィアさんだろうし、説明を聞くならソフィアさんでしょ。それなのにアラナはタックルのように抱きついて来た。アバラ、オレマス。
 
 「おはようございます、団長。怪我の方は治しましたけど大丈夫ですか?    今は十時頃ですね。ここは接収した家で、怪我人を治療する所です。敵に関しては、いまだに現れてません」
 
 昨日はありったけの手榴弾をバラまいてきたから、きっと寝不足で朝からは動けないよね。オーガやサイクロプスの衆道なんて考えただけでも具合が悪くなりそうだよ。
 
 「僕は大丈夫そうなので、みなさんは部隊に戻って下さい」
 
 そこまで言うと皆は席を立ちクリスティンさんはアラナを僕から引き剥がしプリシラさんは「いやらしい」笑顔を向けて部隊に戻って行った。    
 
 僕も着替えて部隊に戻らないと。本当にこの世界の労働環境は苛酷だよ。怪我も簡単に治ってしまうし、治ったら直ぐに働かないといけない。
 
 僕はこの労働問題を提起が出来ないかと考えていると突然、窓側の壁が抉れる様に壊された。
 
 もう「バキバキ」とか「ドカドカ」とか派手な音を立てた時には神速で伏せていた。微かに見えた巨大な蛇のような物が壁を破壊し、にゅるりと消えて行くのだけが見える。
 
 「敵襲!」
 
 叫ぶのがやっと。破片が頭から降り注ぐ。小さな木のトゲって以外と気になって痛いんだよね。しかし、もう敵が来たのか?    もう少し時間があると思ったのに。しかも街中に入られているなんて守備隊は何をやってたんだ。
 
 僕はバスターソードを探したけれど見つからない。まさかとは思うけどプリシラさんは僕のバスターソードを置いてきたのかな?    自分のハルバートは持って来てたのにズルい。
 
 見付からない物は仕方がない。僕はオリエッタナイフを抜いて開いた壁だった所から外に出た。
 
 目の前には二本の樹齢百年はありそうな大木が、まるで柔らかい蔦の様にウネウネと動き、その中心地には黒いローブ姿のルフィナが怒りに燃える目で僕を睨んでいた。
 
 僕がルフィナを怒らせる心当たりが無い。無いけれどルフィナは怒っている。そうとしか言えない様に二本の大木をうねらせている。どう考えても街中で使っていい魔法じゃない。
 
 「ルフィナ!    何をやったんだ!」
 
 だいたい僕の話は無視される。寂しいけどこれが現実なのよね。
 
 「お主こそ、いったい何をやってるであるか!」
 
 質問を質問で返すのはダメって言われた事は無いのだろうか。これもある意味、僕の質問を無視だよね。で、何をやってるかと言われると……
 
 昨日の夜に夜襲を掛けてサイクロプスを見つけ、魔法が使えると言うのでバスターソードと神速の組み合わせでどこまで殺れるか試してみた。超振動のハルバートは通じたけど、僕の方は連打を繰り返せば防御魔法を貫ける感じがし、結果に満足した僕はプリシラさんと撤退する時に、オリエッタに渡された催淫ガスを巻き散らかしオーガ達に衆道を教え導き、その帰り道でプリシラさんと楽しくラブラブ殺し合いその中で頸動脈を傷つけられ出血が酷く永眠前に助けられた。
 
 ……充実な毎日を送っているなぁ。これを全部説明しても途中で遮られてウネウネした大木が襲ってくるだけの気がする。
 
 「色々と忙しかったんですよ」
 
 「黙れである!」
 
 聞いておいて「黙れ」はないだろうよ。大変だったんだよ、本当に死ぬ所だったんだから。    ……僕も「死ぬ、死ぬ」と言うわりに意外としぶといね。
 
 「勝手に死にかけ大量の血を失うなど言語道断である!    貴様の血、貴様の肉、すべて我の物である!    誰にも奪わせん、誰にも奪わせんんんんであるるるぅぅ!」
 
 貴女はいったい何者ですか?    自分の物は自分の物、他人の物も自分の物と思ってる、巻き舌の得意なガキ大将みたいに言ってますよ。
 
  「とりあえず、そのウネウネしたのを仕舞おうか。そんなの街中で出したらダメだろ」
 
 ルフィナの足元から伸びる巨木はたった二本ながら存在感が有り余る。壁を壊したのも、これの仕業だろうから破壊力も申し分ないだろう。
 
 「搾り取ってくれるである!」
 
 二本の巨木がまるで生き物のように襲い掛かってきた。上から降り落とし押し潰す勢いで迫ってきた巨木を、神速で避けてルフィナを押し倒そうとすると、倒れた巨木から無数のトゲが突き出て僕を遠ざけた。
 
 ただのデカい木じゃないのか。接近戦もこなせるとは近付きにくい器用な巨木なんだね。搾り取るよりか押し潰されそうだよ。
 
 巨木も避けて、そこから伸びるトゲも避けて、楽じゃないねえ。昨日からの忙しく、今日もケガから復帰したらすぐにこれなら休む暇さえないよ。
 
 
 いつか、この世界で労働者の権利を主張してやるよ。
 
        
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