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第百六十三話
しおりを挟む二人で一人。まるでダンスを踊るかの様に剣を振るう。だからと言って僕達はウォードックを切りつけない。僕は犬も好きだから。
ウォードックには当て身や蹴りでホブゴブリンを落とさせ、ケツを蹴り上げて逃げ帰ってもらった。落とされたホブゴブリンは七体。ここからがアンネリーゼ嬢に知ってもらいたい事だ。
無謀に槍を突き刺して来たホブゴブリンを回る様に避けアンネリーゼ嬢と一緒に握っている剣で首をはねた。
肉を切り骨を砕く感触が、添えた手を通して伝わってくる。何とも言えないこの感触が、ホブゴブリンの命を奪った証しになっている。
続けざまに突かれた槍を上から叩き落とし、空いた胸に鎧も気にせず二人で突き刺した。一瞬ビクッと動く感覚も、直ぐに消え絶命するホブゴブリン。今のは心臓を突き刺した感触だ。
一度だけ、アンネリーゼ嬢の顔面に突かれた槍をギリギリまで待ってから避けた。顔にも髪の毛一本さえも傷付けたりはさせない。
最後まで二人でホブゴブリンを殺す。アンネリーゼ嬢には机の上では分からない「死」を感じてもらえただろうか。戦いの中で知りたい事は知れただろうか。剣を振るい命を奪うなかで、アンネリーゼ嬢は顔を背ける事は無かった。
「潮時です、引き上げましょう」
僕が手を離すと腰から砕けるように膝を付き倒れこんだ。長い黒髪で顔は見れないが身体を支える腕は震えている。僕の言葉に返事も出来ない。
僕は剣をしまいアンネリーゼ嬢を抱き上げ馬が待っている所まで神速で走る。もしかして泣いているのかと気にはなったが、顔を背けている以上、除き込むのも気が引ける。
アンネリーゼ嬢と馬に乗り、一頭の手綱を引いて二人で脱出だ。身体を押さえようと抱き締めると今では身体ごと震えているのを感じる。
少しやり過ぎたかな。高い授業料になってしまったかも。これで戦いが嫌になり逃げてしまうのも仕方がない。魔王軍はすぐそこまで来ているんだ。人を成長させるには時間が圧倒的に少ない。
やっと話が出来たのは、夜営地を見つけ暖かい食事の時だった。
「こ、これが戦争なのですね……」
公爵になれば後方で周りの守られ、机の上で指示を出す。斬ったりするのは味方が全滅して敗走する時くらいだろう。
それを殺らせてしまった僕の考えは早計だったか。でも、僕は知って欲しかった、命のやり取りを、命の尊さを。
「アンネリーゼ様の指揮で僕達は戦い、僕達は死にます。あのホブゴブリンにも色んな事情があったのでしょう。死にたくは無かったろうけど、殺したのは僕達です」
長い沈黙。温めたスープが冷めてしまうくらいアンネリーゼ嬢は手をつけなかった。僕も手をつけていない。ただ、スープの中に苦手な野菜を入れた失敗を後悔していただけ。
正直なところ、こんなのは日常の一ページに過ぎない。僕達は傭兵で敵を倒すことで、ご飯を頂いているんだ。ホブゴブリンを殺した感傷など無い。
有るとしたら生き残った感謝だけ。ホブゴブリンなど世界最速の神速の持ち主の僕にとっては敵にすらならない。僕を倒せるとしたら…… 白百合団くらいかな。
慣れていく感覚。薄れていく命の価値。アンネリーゼ嬢にはそうなって欲しくない。特に僕の命は紙より軽い気がするよ、プリシラさん!
「わたしはこれまで何もして来た事がないんです……」
重い口をゆっくりと開くアンネリーゼ嬢は自分を抱き締める様に震えを押さえていた。
「小さい時から周りの人がいろいろやってくれるんです…… 自分で思うだけで周りが勝手に…… 楽な人生だと思いますか? 思うだけで望んでいない事もあるんです……」
プリシラさんが従順で謙虚さを持ち、なおかつ僕を愛してくれたらと思った事は何度もある。だだ本当にそうなったら、それはプリシラさんでは無いと思う。
もちろん、クリスティンさんに心臓を止められたり、ソフィアさんにレーザーを撃たれたり、アラナの大人の恋愛に付き合ったり、ルフィナに血を吸われたり、オリエッタに手を切られたり…… それがあっての白百合団だと。
「わたしは公爵の爵位を望んだ事は無いんです。両親が他界して姉が公爵家を継ぐものだと思っていたのに、姉はわたしを置いて家を出てしまいました……」
両親が亡くなって姉妹も去り、一人残されたアンネリーゼ嬢が否応無く跡継ぎにされたのかな。周りの人だって大変だろう。
騎士だけで六百、従者や役人や使用人。公爵家に使えている人は、跡取りがいないだけで仕事が無くなるんだからね。
それならアンネリーゼ嬢を担ぎ上げて公爵に据えるのも無理は無い。例え本人が望まなくても周りが、そうはさせてくれないか……
僕はアンネリーゼ嬢の傍らに座り、震える肩を抱いた。プレートメイルの上からでも分かる小さな身体で、公爵家を継いで来たなんて…… なんて愛しい。
「わたしに、この戦争を乗り越える事が出来るでしょうか…… あの様に死ぬかもしれない命令を下せるでしょうか…… わたしだって死ぬかもしれない…… わたしは……」
言葉が詰まり顔を埋めてしまうアンネリーゼ嬢。僕は気の効いた言葉も言えない。今まで頑張ってきた人に「頑張れ」と言うのはダメだそうだけど、トップに立つ人間が泣き言を言うなよ。下の人間はもっと辛くなる。
「アンネリーゼ様、僕達は傭兵です。上の命令で無謀な作戦にも加わらなければなりません。それでも僕達は死ぬ事は考えてません。敵を倒し、生きて、生き抜く事を考えます。アンネリーゼ様は僕が守りますよ、約束です」
アンネリーゼ嬢は顔を上げた。涙が一滴流れ、目を閉じる。僕は唇を寄せ、左手を首に回して超振動で気を失わせた。僕はアンネリーゼ嬢を抱き上げプレートメイルを脱がしテントに運び寝かせる。
僕も悪よのぉ~。弱味に付け込んで隙を見て眠らせ服を脱がすなんて。このままヤッてやろうか……
ダアッ~! さっきから痛いんだよ殺気が! 全身をチクチクと刺すような痛みが! お前は鍼灸師か!? 肩凝り腰痛に効くんだろうな! これで二度目だぞ! 今度はその殺気に遠慮なんてしないからな! フリートヘルム!
僕はテントを出て来た道をシュレイアの街の方へ向かって歩き始めた。距離にして百メートルも離れていない。
木の下で馬に乗り黒いローブに幅広のトラベラーズハット。満月を背中に受けて浮かび上がるフリートヘルム。色男って何をやっても絵になる。
僕が近づくと馬を降りてローブを開けば腰には細身のレイピアが月の光を受けて銀色に輝いていた。一歩近づく程に高まる殺気が僕を襲う。この針治療に保健は効くのかな?
「フリートヘルム…… 「殿」を付けた方がいいですか?」
「結構です。まぁ、ぞくに言う執事ですから……」
何か、パクってないかコイツ。その言葉が本当ならコイツは魔族か。だが魔族特有の嫌な感じがしない。
「殺気が漏れているのは気のせいにしますか?」
魔族らしからぬ魔族。魔族なんて者は快楽で人を殺すか、戯れに人を犯すかしか知らない。他には人をキメラにしようとした女魔族くらいか。
「滅相もない。必要なら殺すのも、やむ無しと思っております。ただ必要ならアンネリーゼ様の力になって欲しいとも思っております」
はいっ? 魔族の口から人助けをお願いされるとは思わなかった。もしかしてアンネリーゼ嬢も魔族なのか!? あの不思議な魅力も魔族の力なのか。
「答えに時間が必要な問題ですね。正直に話してもらえると助かるのですが、魔族の言うことを素直に信じるほど心は広くないので……」
魔族なら殺す。この戦争だって魔王やお前達が仕掛けて来たんだ。その為に何人が死んだと思ってやがる!
「お話の分かる方で助かります。 小生、魔族を辞めた魔族でございます」
フリートヘルムから衝撃の告白が! 魔族って辞めれるものなのか!? 辞表はどこに出す? ……それではなく、魔族と告白した事が衝撃的。これでどちらかが死ぬまで戦う事になった。
「それは凄いですね。死んでくれると手間が省けるのですが……」
飛んでくる殺気に気取られないよう、機先の心眼で先を見る。フリートヘルムは今にも殺しそうな殺気を飛ばす割に、先制攻撃をしようとしていない。
「ハハハハッ。なかなか面白い。シン殿が代わって頂けるのなら、それもまた一興」
はぁ? 死ぬのを代わる訳ねえだろボケ! 僕はこの偵察の仕事が終わったらプリシラさんの胸にダイブするつもりなんだから。
「ここまでは合格ですぞ。姫を導くその力、申し分ない。後は噂通りの実力があるか……」
何だ!? こいつの言っている事の違和感は。何か話が通じて無いのか、噛み合ってないような……
「フリートヘルム! 実力を示す前に話せる事は話しておけ! 死んでからだと記憶が読みにくい」
「ふむ、それも良いかも知れませんな。もう手遅れでしょうし……」
手遅れって何だよ。まだ手は出してないぞ。ちょっと鎧を脱がしただけじゃないか。
「シン殿はアンネリーゼ様の力を知っておりますか? 小生もその力の虜になったクチでして……」
てっきり殺り合うとばかり思っていたフリートヘルムからの真面目な話が、僕の手を剣から離した。僕とフリートヘルムの話は、何か噛み合っていない様だし殺り合うのは話し合いの後でも出来る。
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