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第百七十八話
しおりを挟む炎の街を抜け出して僕達は走り出す。ただ一人、魂の抜け落ちた僕を抱えて。
「しっかりしろよ。風呂で逆上せてるんじゃねぇよ」
僕はレポートを沈められてから生ける屍となった。唯一の救いは娘に助けられた事。そうでなければ今頃、意識も失っていたに違いない。
「うぅ、あぁ……」
「しっかりしろ腐れ! 魔力も使い果たしたのか? 逃げ込んだのは正解だったな。あの泡も良かったぜ」
あの泡…… 人類の進化の糧となる泡風呂。それが見付かっただけでも良しとしよう。いつか、きっと、歴史に名を残そう。僕はそう思った。
フリューゲン軍隷下、第一旅団に戻ればクリスティンさんからの熱い包容を全身で受け止め、心臓を潰されそうになる。
何か悪い事をしたのだろうか。僕は心臓マッサージをしながら熱いキスを受け止めた。おかしいな? 旅団の数が少し減っているような?
「団長、ご無事でなによりです。わたしは大丈夫だと思ってましたけどね。クリスティンさんが取り乱しちゃって……」
ソフィアさんの話ではクリスティンさんが旅団の陽動隊を引き連れて戻って直ぐに、街を焼き尽くす焦土作戦が始まった。
クリスティンさんはアンネリーゼ嬢に直談判しに行ったが、アンネリーゼ嬢自身が開始を聞かされておらず、止める間もなく街が火に包まれた。
自分が帰還したのを焦土作戦の開始と感じたクリスティンさんは無謀にも火の中に僕達を探しに行こうとした。それをソフィアさんと旅団のメンバーが止めようと死者五名、重傷者二十名を出しソフィアさんの「団長が火くらいで死ぬわけが無いじゃない」の一言とビンタ一発で収まった。
重傷者はソフィアさんの治癒後、壁内の治療所に回され絶対安静面会謝絶の状態だそうだ。残した白百合団のメンバーは二人。もう一人はどこで何をしてた!?
熱いキスの包容は終わっても心臓マッサージは終わらない。逆ならどれ程いいか…… よほどクリスティンさんの感情が高ぶってる証拠だね。モテル男は辛いよ、心臓を鍛えないと。
「焦土作戦があんなに早く始まるとは思いませんでした。少々、焦りましたが皆、無事です。その他の状況はどうなってますか?」
「ハルモニア軍は動いていません。魔王軍も街を包囲する陣形に戻ったようですね。損害はそれほど与えていないかと」
街を燃やして損害無しは、燃やした街に住んでいた人に何て言えばいいんだよ。この償いは魔王軍へさせてやらないと、それと死んだ旅団のメンバー…… ごめんね。
「まあ、済んじまった事は仕方ねぇよ。それよりせっかく風呂で綺麗になったのが灰の中を歩いて汚れちまったぜ」
そうなんですよ! 僕は人類の進化の道筋を見付けたんです。もう少しの所でしたが、このレポートはしっかり書き上げ学会に発表したいと……
「ぐふっ、うげっ」
最初の「ぐふっ」はお馴染みの心臓麻痺です。今回は爆破だったかもしれません。次の「うげっ」、これもお馴染みのレーザー三発です。
「な、なんで……」
理由? 聞くだけ無駄でしたね。きっとお風呂の事でしょう。クリスティンさんもソフィアさんも僕を見る目が街の炎より燃えてます。バーベキューがしたいよ。
「……」
「心配したんですけどね!」
無言と雑言。どちらにも優しさは灰と消えているようだ。僕も消えたいよ。 ……いや、今がチャンスだ! 魔王よ、攻めて来い! 城に押し寄せ灰塵とかせ! 今なら怪我人や心身不安、白百合団は絶不調だぞ!
……願いは次の日まで届かなかった。不在通知を残しておいてくれたら電話したのに。天使と二人、僕は朝まで踊ってた。
「悪い子はいねぇがぁ」
秋田県に出没する「なまはげ」は悪い子を拐って行くそうだが、心配をかけた悪い僕の、防音テントには来てくれなかった。
来てくれたら持てなそう。上質なお米の取れる秋田には美味しい日本酒もある。熱燗で一杯やりたい所だね。熱いと言えばレーザーがこめかみを擦った時にはさすがに死ぬかと思った。氷の微笑を見て心臓が震えた。
「団長…… 朝ですか……」
横になって気だるそうに聞いてくるソフィアさんの背中を見ていると、手を前に廻して起こしたくなってくる。
朝の陽光がテントの隙間から差し込み、起きる時間だと教えてくれる。僕はソフィアさんの胸に手を廻して、起きる時間だと教えてあげよう。
「もう起きましょう。敵も待ってくれてる様ですしね」
僕がソフィアさんに覆い被さる様に身体を預ける時に、ふと後ろを見るとクリスティンさんの冷たい目が…… イツカラ、オキテマシタカ。
「おはようございます、クリスティンさん。気持ちのいい朝ですよ」
固まる僕に無言のクリスティン。この後の展開をどうしようかと考える暇も無くクリスティンさんの方から覆い被さって来た。
僕が覆い被さるのは好き。覆い被さられるのは命の危険を感じる今日この頃、みなさんはお元気ですか。みなさんはお元気なようで、朝から組体操をしてたのは秘密だ。
「起きるのである!」
防音テントは音が外に漏れない魔法が掛かったアイテムだ。もちろん外の音も聞こえないはずなのに、ルフィナの声は聞こえてきた。
ドアに当たる部分はチャックで閉じる便利な物だが、ルフィナはそのチャックを少しだけ開けて、また叫んだ。よほどクリスティンさんが怖いのだろうか。こんなに綺麗な人なのに……
「今度こそ、ちゃんと起きましょう。ルフィナが呼びに来てますし、敵が来たのかもしれませんよ」
二人とも肩で息をしているくらいで返事がない。朝から組体操なんてするからだと、怒ってやりたいがヤったのは僕もだ。
「早く起きないとカンチョウしちゃいますよ。えへへ」
朝の軽い冗談。こんな軽口を言えるのも今のうちだろうか。籠城が始まればそんな事も言ってられない。だからこそ、軽く流して欲しい。
クリスティンさんは「……団長が望むなら」とお尻を突き出すのは止めて。ここは流す所だからね。付き合わせるのも悪いので僕は一人で服を着て外に出た。
「クリスティンは大丈夫であるか」
よほど不幸にもが怖いのか、それとも心配なのか、ルフィナが聞いて来る。あれは僕も怖いからね、安全第一だよ。
「敵が来たかな? それとも朝食が出来たの?」
僕とルフィナはテントを離れる様に歩き出す。危険な所には近付かない方が賢明だから。敵が来た訳でも無く、朝食が出来た訳でも無く、僕を呼んだルフィナさんの機嫌が悪かった。
「昨日は炎の中にいたそうであるな」
「炎の中って訳では…… 建物に閉じ籠って炎をやり過ごしましたよ。蒸し焼きになるかとは思いましたけどね」
「それである!」
力強い全肯定に怯む僕。何が彼女をそこまでするのか。興味が無いと言えば嘘になるが、聞きたくないのも本当だ。
「団長は蒸し焼きになったのであるな。血はどうなったであるか!? 沸騰した血は!?」
蒸し焼きなりそうになっただけで、なった訳じゃない。それに血が沸騰したら死んでると思うよ。僕は出来るだけ詳しく、特に泡を含んだ進化論について話したが興味を持たれなかった。
「あぁ…… 沸騰した血とは思いもしなかったである。なんと甘美な…… そうであるな、ロッサ」
「お久しぶりです、ミカエルさま。沸騰した血はよろしいかと……」
久しぶりでは無いけど、このツッコミはこれで終わろう。もう挨拶の一部なんだね。しかも清々しい朝から見る骸骨姿のロッサは気分を落とさせるのに十分だ。
「ロッサ、僕の前では肉を付けて来てくれると……」
「マイ・ロード、沸騰した血に肝臓の一部と肺を少し入れるのはどうでしょう」
「なるほどである! ただ、肺より膵臓の方が風味が上がるのである」
「さすがマイ・ロードでございます」
ブレないねぇ。女子会で料理の話しみたいになってるけど…… 通用しないからね。
「起こしに来てくれたのはそれだけ……」
「他に何があるのである!」
本当にブレない。これは見習うべき事なんだろうけど、方向性を間違わない様にしないと…… 着エロは人類の進化だ!
「ロッサも戦のやる気が十分かな? 魔力を使う肉を付けていないし」
「お任せ下さい。いつでも血をすすり、肉を食い破ってみせます」
その骸骨姿で言われると、その対象が僕の様に聞こえる。やっぱり肉は大切だね。いらない誤解を防いでくれるよ。
さて…… 楽しい戦の時間だ。
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