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第二百六話
しおりを挟む魔王軍が動いた。北東のクノール領目掛けて。これは大きなチャンスでもある。
「それって何時の話?」
「今、現在です。王都近くに潜んでいるイリスからの連絡なので間違いありません」
これはラッキーかも知れない。クノール領までオーガやゴブリンがいれば五日あまり。戦闘に二日あったとしても往復で十二日。アシュタールがロースファーを突っ切って十五日もあれば余裕で着く。それから魔王軍がデンデルグに向け進軍しても四日ほど…… 勝った!
えぇ、交渉の途中ですが魔王軍が進行を開始いたしましたので、ロースファーはもういりません。アシュタールとケイベックの援軍だけで十分です。
と、言えたならどれだけいいか。やはりロースファーには協力してもらいたい。出来ればアシュタール帝国軍の通過だけは認めてもらいたい。
ケイベックを通れば一ヶ月近くかかる。ロースファーを通れば半分で済むが、許可が無ければ戦になる。そうなったらハルモニアまでどのくらいかかるか。途中で飽きて帰られたらもっと困る。
僕は取り急ぎテントに戻る前に、仕事の出来るイリスにご褒美を三分間ほど時間をもらって、急いでテントに戻った。
テントのくせに立派なドアを付けやがってと、思うと中からアンネリーゼ嬢とクリスティンさんとその他が出てきた。
「どうされましたか?」
「……」
無口はクリスティンさんの専売特許のはずが、無口で通り過ぎたアンネリーゼ嬢。トイレかな?
「話し合いは終った。ロースファーは参戦してくれる。アシュタールの通過も許可が降りた」
おっと、いい話。でも、「その他」から聞きたくないね。アンネちゃんから聞きたかったなぁ。ロースファーもこちらの言い分を聞いてくれるなんて第三王子も良いところがある。
僕を置いて馬に乗ってしまうアンネちゃん。いつもは明るい笑顔を見せてくれるのに何かあったのか? 僕もクリスティンさんを乗せアンネリーゼ嬢の隣に並んだ。
「魔王軍が動きました。目的地はクノール領です」
やっとこちらを振り向いてくれた顔に笑顔は無い。あるのは驚きと恐怖か。怖がってる顔も可愛い。大丈夫だよと、肩を抱くには遠すぎる。
「す、直ぐに騎士団をクノール領に向かわせましょう」
嫌です、無理です、面倒です。 ……面倒なのはウソだけど、嫌なのと無理なのは本当だ。話した所で聞いてもらえないだろうね、女王陛下の立場としては。
「現在のハルモニア軍の規模をクノール領まで動かす物資が足りません。大規模な行軍は無理です。それに敵の主力がクノール領に向かっているのなら、魔王軍が矛先をシャイデンザッハかデンデルグに向けるまでに、アシュタール帝国軍が間に合います。ここは自重して下さい」
「それでは私の騎士団だけでも向かわせましょう。それで何とか……」
「それもダメですね。旧国王の近衛軍は完全に女王陛下に忠誠を誓っておりません。陛下の側には信用の出来る騎士団が必要かと」
「そ、それならばクノール伯爵に向かってもらいましょう。それなら構いませんね」
「それは、お止めになった方がよろしいかと。クノール伯爵の人柄からクノール領に戻ったら二度と出て来ると思えません」
最後は「その他」からの援護射撃。良くクノール伯爵を見ているね。もちろん僕も思っていたよ。あのクノール伯爵は涙を流して忠誠を誓ったが、家族の待つ領地に戻ったら、そのまま引きこもるだろう。クノール伯爵の持つ軍事力、約二千が空いた穴は簡単には塞がらない。
「残念ですがクノール領を助けに行ける力が、今の僕達にはありません」
「ミカエル…… 何とかなりませんか……」
なりません! 魔王軍の主力と殺り合うなんて考えただけでも引きこもりたくなるよ。絶対、ドラゴンがいるし巨人もいる。命を大切にとの命令なら聞くんだけどね。
「……なんでクノール領を攻めるのでしょう。 ……辺境と言ってもいいくらいなのに」
いい質問。答えはベッドの中で二人で考えるのはどうかな。確かに辺境の地を攻めるよりデンデルグか最初に逃げ込んだシャイデンザッハを攻めるのが筋だ。どうも魔王ちゃんの戦略と言うのが良く分からんです。
「もしかしたらルンベルグザッハを攻めるのかも……」
また出たよ、似たような名前。ルンベルグザッハといい、シャイデンザッハといい、ザッハトルテが食べたくなるね。懐かしいチョコの味、悲しいバレンタインデーの思い出。
「そこには何かあるのか?」
少し驚いた様に僕を見るアンネリーゼ嬢。今までユーマバシャールには敬語や丁寧語を、表向きは使っていたけど、これからはタメ口でいいだろ。こいつに使う敬語はもうねえ!
「以前の国王がシャイデンザッハを攻めたのは、そこにある武具を求めてだ。恐らく魔王もルンベルグザッハの武具を欲しているに違いない」
「そこはドワーフと関係するのか?」
「ああ、シャイデンザッハの飛地だ」
「ザッハ」繋がりで関係があると思ったらビンゴだよ。オリエッタのお爺様の飛地かよ。しかもドワーフには武具を頼んでいるのに、ルンベルグザッハは見捨てますは、通用しないよな。
どうしようか…… 魔王軍が進行した事を聞いてませんは通用するかな? 知らなかったのだから仕方がないは、どうだろう。
この知らせはきっとデンデルグに知れ渡る。クノール伯爵はアンネリーゼ嬢に押さえてもらうとしても、シャイデンザッハは自治領で押さえる事など出来もしない。
きっと無謀と分かっていても、ドワーフ逹は戦いを挑み散って行くのか。死ぬと分かっても…… 理屈じゃ無いんだろうね。
ドワーフ逹には、これからブラック企業で働く社員の様に働いてもらわないと。シャイデンザッハが空っぽになったら僕が鍛冶をするのか? 手に豆が出来ちゃうのは嫌だよ。女の子にモテないから。
「女王陛下、ユーマバシャールの言うように魔王軍の目的はルンベルグザッハでしょう。しかしハルモニアには助けに行ける騎士団がおりません。ですが、僕の白百合団なら可能性はあります」
「本当ですか!? そ、それなら……」
「死地に飛び込むと言う事です。女王陛下が行けと命ずれば僕達は進んで死地にでも進撃します」
「死地…… それは…… 」
人に死ねと命令するには、アホか覚悟のある者だけ。アホは救いようが無い。覚悟のある者は自分の命さえも天秤に掛けられる者。アンネリーゼはどっちだ。
「……ミカエル、クノール領で魔王軍を撃退して下さい」
「お願いでは行けません、女王陛下。命令をして下さい。死んで来いと、クノール領、ルンベルグザッハを命を掛けて助けて来いと!」
言葉を…… アンネリーゼ嬢は唇を噛んだ。女王陛下となったからには、その重責に耐えてもらわないと。これから何人も貴女の命令で未来を奪われ死ぬんですよ。
これから何人も貴女の命令で未来を掴み幸せになっていくんですよ。女王陛下として国を統べる者は残忍で孤高、慈悲深く孤独に打ち勝たないと、誰も貴女の代わりはいないのですよ。
「シン旅団長、第一旅団を持ってクノール領に進軍して来る魔王軍を倒せ。その命に代えても……」
「はっ! 直ちに出撃します」
アンネリーゼ嬢も女王としての心構えが出来てきてるんだね。覚悟のあるヤツって好きだよ、自分の命も掛けれるから。
僕はクリスティンさんと隊列を離れ白百合団と旅団の待つデンデルグの街に戻った。二人を乗せた馬は街に着いた時には、また白馬になり、クリスティンさんの掛けた言葉の威力は馬さえも死地に送る。 ……あれ、僕にも白髪が。
「仕事だ! 鬱憤を晴らすぞ!」
昼から酒盛りをして眠りこけてるバカの乳を揉み、ソフィアさんからのレーザーを避けるのは恒例行事なのだろうか。
「てめぇ、服の中にまで手を入れやがって!」
「戦場だぞ、緊張感を持て! 今度のは半端で済まないぞ!」
「何をいきり立ってやがんだ」
「私ので良かったら……」
「眠いッス……」
「おやつを持って行けるですか~」
「血、肉、魂、全て我の物である」
クリスティンさん、こいつらの心臓止めて下さい。これから敵の主力に当たると言うのに、こんなに惰性で生きていていいのか? もっと覚悟と緊張感を持て!
「ぐげっ!」×六の苦しみは僕を含めてだった。僕は何もしてないと思いますが、何で僕にまで心臓麻痺を喰らわせるの?
「……ロースファーはハルモニアへの助力し、この戦いに参戦する事になりました」
そうそう、その話し合いをして来たんだよ。僕のホームランで試合を決めたと言ってもいい。勝利者インタビューは? シャンパンファイトは? 女神のキスは?
「……ロースファーが参戦するにあたって、戦争終結後、アンネリーゼ様はロースファーの王族の方と婚姻を受諾。 ……ハルモニアは名実共にロースファーの物となりそうですね」
「……何故、止めなかった!」
「……アンネリーゼ様の覚悟の現れです。 ……自分の身を犠牲にしてもハルモニアを守ろうと」
僕はクリスティンさんの胸ぐらを掴んで寄せた。アンネリーゼ嬢と王族の結婚と言っていた。つまり将来は、ロースファーの下にハルモニアが置かれ、そのうちにハルモニアの重鎮はみなロースファー出身の者となるのは目に見えてる。
僕が側にいるべきだった。ロースファーの王族との結婚が参戦の条件だと! 僕なんか無条件で働いているのに嫁取りで動くなんて許せん。魔王軍を倒した後は、ロースファーを地図から消してやる!
「てめぇは、何をしてやがった!?」
僕はイリスに呼ばれて、魔王軍の重要情報と三分の快楽を頂いてました。もし僕がいたら全力で止めただろうけど、きっとアンネリーゼ嬢の心は変わる事は無かったよ。
「魔王軍がクノール領に侵攻中です。目的はドワーフの済むルンベルグザッハの可能性が高い。僕達は旅団と共にシャイデンザッハから北を目指します」
アンネリーゼ嬢の事があって、白百合団にもエンジンが掛かったか。誰も好きで無い人と結婚なんて嫌だからね。
安心してくれ。アンネリーゼ嬢の隣に立つのは僕だから。
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