異世界に来たって楽じゃない

コウ

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第二百八話

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 魔導砲の砲弾十発。選りすぐりのドワーフの戦士六十名。第一旅団百二十名、うち白百合団は二十九名。
 
 
 「……大所帯になりましたね」
 
 クリスティンさんが言うのは新しく加えた白百合団のメンバーの事だろう。今まで七人でやって来たのに四倍にもなったのだから。しかも全て女性で肩身が狭い。
 
 「シン団長にとってはハーレムだな」
 
 こんなハーレムは要りませんよローズさん。新しく加入したメンバーは白薔薇団の二人の魔法使いを除いて全て女剣士で構成された。クリスティンさんが男性を許可してくれたら……
 
 二十名に超振動のハルバートと馬具を支給し、戦闘力は格段に上がっただろう。正直な所、各個人の力量は計れなかったが、ローズさんの口利きと傭兵ギルド、騎士団からの推薦でやっと集まったくらいだった。
 
 「ハーレムなんて思ってませんよ。皆、大切な白百合団のメンバーですからね」
 
 「おい!」
 
 新メンバーの前でも、僕の威厳を考えてくれない困ったプリシラさんは、いつもより怒気が混ざっているのはなぜだろう。
 
 「あんまり話すと舌を噛みますよ。速駆の最中なんですから」
 
 ルンベルグザッハを出た隊列は馬車や旅団を含めると長く、先頭を走っている白百合団がお喋りをして、その速さを殺す訳にはいかなかった。
 
 「輪番はどうなる!」
 
 その話を今しないといけませんかね?    そんな込み入った話は夜に二人だけになった時にしたいよ。しかも馬の駆ける音も大きく大声で話す事じゃない。
 
 「それは気になるねぇ。新メンバーにも権利はあるんだろ」
 
 ねえよ!    新メンバーと言っても臨時のメンバーとしか考えてない。この戦が終わったら元の構成に戻すつもりなんだから。
 
 「てめぇらに、そんな権利が有る訳ねぇだろ!」
 
 その通り!
 
 「はぁ?    そんな事を言っていいのか?    この武具に関して白百合団以外は使えねぇんだろ。止めたっていいんだぜ」
 
 それも、その通り!
 
 弱味を握られて強気に出れない僕は団長です。しかし、新メンバーの全てが輪番を望んでいるとは思えない。中には心に誓った人もいるだろう。僕はそんなピュアな心を尊重したいね。
 
 「そ、その話は後でゆっくり話し合いましょう。急がなくたって、いいんじゃないでしょうか」
 
 「シン団長、それは無理な話だぜ。これから魔王軍の主力と当たろうって話じゃねえか。死んじまったらヤれる者もヤれねぇ」
 
 戦になれば、いつ死ぬか分からない傭兵。今を精一杯、背伸びしても生きたいと思うのは当然の事か。だけど、その条件を飲むと僕が白百合団に殺されるか、過労死するか、誰か一人くらい孕ませるかは火を見るより明らかだ。
 
 「り、輪番は戦時中は停止するんですよ。なので報酬として後払いで提供しています」
 
 自分を提供するって言うのも変な話だが、実際そうなんだから仕方がない。しかも白百合団にさえ払い切れてない報酬が、利子を付いて払い切れるか分からないくらい残ってる。
 
 「今は移動中だろ」
 
 細かいヤツめ。確かにそうだけど、大局的に見れば戦の最中だ。だいたい、移動中にするバカが何処にいる。僕もそこまで好き者じゃないよ。
 
 急いで一日分の遅れを取り戻さないといけない。速駆のつもりなのだが、ドワーフと砲弾を乗せた馬車がどうしても遅れる。
 
 だが僕達には奥の手がある。ソフィアさんのエイト・ライトニング・ボールは夜道を照らして、長い隊列でも道を教えてくれる。これを使えば間に合うはずだ。
 
 「移動中だから移動しましょう。このまま夜も走りますよ」
 
 「それだけ時間があれば問題ねぇ。白百合団は馬車の上で、音の漏れないテントでするんだろ」
 
 ……誰だ!?    誰が教えた白百合団の秘密を!    確かに移動中でもしてましたけど、今日ほど急いでいた訳ではない。もっとゆっくりした移動の時にしていた様な……
 
 「ローズの言う事も一理有るな。あたいらの報酬も払ってもらわないと、明日には死んじまうかもしれねぇしな」
 
 死なねぇよ、僕が守るから。僕が死ぬよ、本当に馬車で二十八人も相手をしたら。どうしよう、流れが馬車で輪番、報酬に向かってる。
 
 何とかこの流れを変えないと。僕達は生え抜きの傭兵で百戦錬磨の強者だ。一番気になるのはこれから魔王軍との戦だ。ルンベルグザッハを守りアシュタールの騎士団が来るまでの時間を稼ぐ。
 
 「プリシラさん、ローズさん、そして白百合団、良く聞いてくれ」
 
 僕はここぞとばかり声を張り上げた。僕は白百合団団長、アンネリーゼ・フリューゲン女王陛下直属の旅団長なのだから。
 
 「僕達はこれからルンベルグザッハと魔王軍への二手に別れます。ルンベルグザッハにはドワーフ逹と砲弾を直接送ります。白百合団と第一旅団は魔王軍へ向かいます。目的は魔王軍をルンベルグザッハへ、少しでも到着を遅らせる為に奇襲や補給線を叩き戦意を挫きます」
 
 「順番はどうするんだ?」
 
 「あたいらが先だろ。新しく入ったヤツは後だ!」
 
 「殺すなよプリシラ。死んだヤツとはヤれねぇ」
 
 はい、無視です。大切な事を言ってたつもりなんだけどね。僕達がいつも使っている馬車の荷台をテントが張れるよう荷物を投げ捨てスペースを確保し始めた。
 
 僕達はルンベルグザッハ目指して走った。夜道もソフィアさんの光の玉で照らしながら。唯一、僕達の馬車だけは隊列の一番後方で人を入れ違いながら。
 
 ソフィアさんも器用だ。一番後ろの光の玉だけは、何故かピンク色に光っていた気がする。
 
 
 
 「ここで別れます。シャイデンザッハ国王にはこのまま砲弾とルンベルグザッハへ向かって下さい。僕達は魔王軍へ奇襲を掛けます」
 
 「うむ、気を付けてな。ルンベルグザッハで会おうぞ。……シン旅団長、随分と疲れているようだが大丈夫か?」
 
 大丈夫な訳が無い。僕は高価でこの世に一本しかない魔剣ゼブラを杖がわりにやっと立ってるくらいだ。今までの行軍の中でも一番疲れる行軍だ。
 
 夜通し走り、旅団も馬も疲れている。ドワーフ逹は砲弾と共に先にルンベルグザッハに進むが、僕逹は道を変え魔王軍を襲撃する前に、僕に休みをくれ。
 
 この二日間で延べ人数で、五十五!    これは「たぶん」の数だ。それ以上は数える余裕も気力も無くなっていた。一人、二回以上の計算になるがピュアな心の持ち主は新白百合団には無かった。
 
 「これから別動か。ドワーフ逹は間に合うのか?」
 
 「僕達次第ですね。半日分も稼げればギリギリ、一日あれば余裕ですけど、どこまで魔王軍を食い止められるかですね」
 
 「……お前、疲れてねぇか?    大丈夫か?」
 
 疲れてるよ。凄く疲れてお風呂に入ったら、寝て溺れるくらい疲れてるよ。覚えてるからな、プリシラ!    どさくさに紛れて三回来たろ。新メンバーが引いてたぞ。
 
 「大丈夫です、急ぎましょう。斥候はもう出ましたか?」
 
 「アラナと旅団の何人かで行ったぜ。何処を狙うんだ?」
 
 「イリスの話ではサンドドラゴンと巨人が出てるみたいなので、それを狙いたいですね。それと補給を受け持ってる部隊があればそこも……」
 
 ちゃんと言えてるだろうか?    プリシラさんの胸がいつもより大きく見えるのはなぜだろう。ルフィナって、こんなに大きかったか?
 
 「何、言ってるか分かんねぇな。見つけ次第、ぶち殺せばいいだけだろう」
 
 僕の疲れはピークの様だ。きっと喋れてないのだろう。やっぱり二十八人は限界を越えてる。中には記憶に残る新メンバーもいたが、夢を見たように今では忘れてしまったよ。
 
 「行きましょう。出来れば馬車で休みた……」
 
 「まだヤる気か!?    底無しだな、てめぇは」
 
 やっぱり、ろれつが回って無い様だ。僕が自分で何を言ってるか分からなくなって来た。アラナが飛ばした連絡用ドロンが来るまで、旅団は移動しながら僕は最後の力を振り絞った。
 
 
 
 「ここから一キロ先の街道を魔王軍は進軍してるッス。    ……団長、大丈夫ッスか」
 
 アラナまで心配されるとは僕も引退を考えないといけないかな。僕は既に立てない位までになっていた。その割りに魔力が有るものだからバスターソードは手に負えない。
 
 「大丈夫だよアラナ。ご苦労だったね。隊列はどうなってる?」
 
 「本当に大丈夫ッスか?    この指、何本あるッスか」
 
 「二本……」
 
 「……プリ姉ぇ。団長、死んでるッス」
 
 「腐れが……    ソフィア、何とかしろ」
 
 「ついに死んだであるか。アンデッドにして時の果てるまで……」
 
 「てめぇは、引っ込んでろ!    ソフィア!    さっさとやらねぇか!」
 
 「それならさっそく……    ■■■■、活性化」
 
 皆が話しているのを漠然と聞いていたが、アラナの示した指の数は間違っていたのかな?    それくらいで死人扱いは酷いね。
 
 ソフィアさんの唱えた魔法の一言は僕に何の変化も与えなかった。たまには失敗する事もあるのだと、ソフィアさんの人間味が微笑ましいと思う暇も無く、ソフィアさんは両手で僕の顔を抑えて熱い口付けを。
 
 訂正、熱いでは無く苦い口付けを。何か飲ませた!    凄く苦い!    麦芽の苦さなんて目じゃない!    まともに動けない僕は成すがままに、それを受け入れた。    
 
 「ぷはぁぁ、やっぱり「これ」ですね」
 
 何が「これ」なんだか説明してくれよ。涙が止まらない、鼻に入った、痛苦しい。苦いのでここまでなるなんて、毒を仕込んだんじゃないか!?    せめてオブラートにくるんで欲しかった。
 
 「のたうち回ってるけど治るのか?」
 
 「五分でいつもの団長に戻ります」
 
 頭痛、吐き気、目眩、関節の痛み、筋肉痛、痛みと言える物が大挙して迫って来た僕は少しでも痛みを和らげようと転がり回ったが、どんな経緯かペティナイフがバスターソードにトランスフォームし……    口には出来ない痛みも……    股間に……
 
 「元気ですかぁぁぁ、元気があれば魔王も倒せる!     元気ですかぁぁ」
 
 「……もう一回、飲ませたらどうだ?」
 
 「たぶん、死にますね」
 
 「もう少し待つか……」
 
 掛かって来いや!    白百合団!    二十八人がどうした!?    お前ら全員、飼い殺してやるぞ!    俺の前にひれ伏せ!    いや、二度と立てないくらいヤりまくってやるぜ!
 
 
 
 ソフィアさんの魔法か薬のお陰で十分後には正気に戻った。元気も戻った。バスターソードはそのまま戻らなかった。
 
 
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