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第二百三十七話
しおりを挟むケイベック王国遠征軍司令官、メレディス・マクレガー侯爵。プリシラさんに引けを取らない身長と美貌の持ち主は、長く黒い髪を束ね白いドレスの上からでも分かる、大きな胸を揺らして振り向いた。
「我々はケイベックに帰らせてもらう」
第一声から胸に目がいってしまったのは隠せただろうか? 男としてどうしても向かってしまう、その胸の膨らみに交渉相手として不利な立場になりそうだ。
「待って下さい。連合軍にはケイベック王国の力添えが必要なんです。ここで撤退されては連合が瓦解しかねます」
ケイベック遠征軍は城壁の中までは入っていなかった。それどころか城壁の外にテントを張り、亡くなった騎士達の聖処理に忙しく働いていた。
「我々の被害は大きい。五千も出立してまともに立っていられる者は千もいないのだよ。亡くなった者達を連れ帰り、国の守りを固めなければならん」
身振り手振りの大きい人で、胸も大きければ波打つそこでサーフィンをしたくなる。目線誘導をしているとしか思えない。もしかして催眠術とかか?
「国を守るならば! 国を守るならば、ここで魔王軍を撃退させなければ未来はありません。亡くなった方は残念ですが、連合軍が団結しなければ魔王軍には勝てませんよ!」
向こうが胸を揺すって催眠術を繰り出すなら、相棒を揺すって催眠術をかけてやりたいのを我慢し、僕は力説した。
「それだよシン伯爵。その連合軍の後が問題なのだよ」
また催眠か!? それとも謎かけか? 魔王との戦争が終われば僕はハルモニア国王となって、幸せな余生を送りましたとさ。おしまい……
「後が問題とは……」
「我がケイベックは水面下ではロースファーと殺り合っているのだよ。ここまで騎士団が疲弊すれば、魔王の後にはロースファーが我が国に牙を向く」
マクレガー侯爵の言う事にも一理ある。僕もケイベックがここまで損害を出すとは思わなかったし、ケイベックの全軍を遠征軍として出して無いとしても、戦が終わってどれくらい回復出来るかなんて未知数だ。
「そ、それはロースファーも同じ事。ロースファーもかなりの損害を出していると聞いてます。戦が終わってもケイベックに手を出す余裕なんてあるとは思えません」
「それがあるのだよ。ハルモニア女王は戦が終わったらロースファーの王子を婿に取るそうだな。そうなればケイベックはロースファーとハルモニアの二国を相手にせねばならない」
安心して下さい。暗殺しますから…… と、言えたならどれだけいいか。例え殺したとしても、他の王子が婿に入るだろうし、ケイベックの安全は不確定のままだ。
「ケイベックはアシュタール帝国から姫様を頂いていると聞いております。アシュタール騎士団の強さはお忘れか?」
「知っているとも。だが、その騎士団も今回の戦でかなりの被害を被ったと聞いている。アシュタールから姫様を頂いているとしても、それだけでは薄いのだよ」
薄いのだよ、と言われると頭を押さえたくなる。最近は抜け毛が多くて将来が心配なんだよね。もし薄くなるとしても天辺からは嫌だなぁ。
「アシュタールはケイベックの味方につくのではないですか? 例えロースファーとハルモニアがついたとしても、アシュタールが控えていれば安心かと……」
今、この場で連合軍内で戦が始まったとしても、アシュタールが数の力で勝てると思うし、何よりも超振動の武具を備えた騎士団には簡単に勝てる筈がない。
「そう! そのアシュタールが肝心なんだ」
ニヤリと笑いながら答えるメレディス・マクレガー侯爵。何か地雷を踏んだ気もするけれど、心当たりが五里霧中。
「アシュタールがケイベックに味方をするには、アシュタールの姫様だけでは薄いと言ったな…… もう少し強い絆がケイベックには欲しいのだよ」
「絆」って言葉は好きだね。信頼の証、お互いの為にも力を尽くす感じは、人として賞賛に値する。でも、「絆」って心の有り様だろ。
「き、絆とは何ですか……」
「ミカエル・シン。アシュタール帝国伯爵だよ」
やはり踊り出すクエスチョンマーク。ちなみに僕は準伯爵で結婚して子供をなさなければ一代限りの存在なんです。絆なんて立派な者にはなれません。
「ミカエル・シン、アシュタール帝国伯爵。傭兵白百合団団長。ハルモニア殲滅旅団団長。巨人やサンドドラゴンをも倒し、ルンベルグザッハを救い、魔王軍の主力を壊滅させ、クリンシュベルバッハを取り戻した連合軍総司令官の勇者、ミカエル・シン」
言われてみると僕って凄いのね。白百合団のみんなに聞かせてあげたいよ。「僕って凄いだろ」なんて言ったら、黄色い声援が飛ぶよりナイフが飛んで来そうだけど。
「そ、それがどういう……」
近いんです。とても近いんですよ。目の前に立たれて言われると、その大きく開いた胸元に目が行かない様にするのに、目が疲れそうです。
「この戦が終わったらシン伯爵はケイベックに来て、そして私と契りを結んで頂きたい」
衝撃の愛の告白に、このままメレディスさんの胸に飛び込みたくなるのを堪えて引き離す。このままだと眼精疲労になりそうだよ。
「それって……」
「シン伯爵がケイベックに来て頂けたなら、ロースファーもハルモニアも簡単には手は出せまい。白百合団、殲滅旅団も我が国で抱えよう。アシュタールとの絆も一層強くなる」
これこそ政略結婚と言えよう。僕の行き先一つでケイベックが救われるなら、喜んでメレディスの胸にダイブしよう…… て、無理だから。
「ぼ、僕はこの戦が終わったら帝国準侯爵のメリッサ・フィオナ・マロリー様との婚姻が……」
「断れ!」
即答かよ! 断れる訳がないだろ。相手は準侯爵様なんだよ! 僕はその下の位なの! 逆らったらダメなの!
それに断ったとしても、僕はハルモニア国王になるんだから、アンネリーゼちゃんとの結婚生活が待ってるんだよ。安定した生活を送りたいの!
「し、しかし…… こういった事は……」
「断ればケイベックは撤退する!」
近い! 脅しにはなれてるとは言え、今までに無いその胸の大きさには慣れていないんだ。このまま抱き締めたくなる。顔を埋めたくなる……
「ケ、ケイベックには戦後、白百合団が傭兵として雇われるのはどうでしょう。殲滅旅団からも人員を割きますし、元はハスハントの傭兵ですので、ハスハント商会との繋がりも……」
「甘いな…… ロースファーが黙って見ている訳は無かろう。ハスハントが持ってきた物資の大半はロースファーから来ておる。ハスハントとロースファーの繋がりの方が強いんだ」
ハスハント商会の傭兵を丸抱えした殲滅旅団。抱えたと言っても、所属は傭兵でハスハントのものだ。クリスティンさんの翼賛の力で従っている事は秘密だしね。ネタがバレたら手品は出来ない。
「は、話は変わりますが、マクレガー侯爵は跡を取っているのではないですか? ご主人様がいられる方とは婚姻は出来ないと思うのですが……」
「安心いたせ、主人はいない。私は正確には準侯爵だ。いつでも婿にもらおう」
まあ、自分から「一代限りの爵位です」なんて準を付けて言ったりはしないよね。僕も言うなら「伯爵様であるぞ」と、言いたいから。
女性には悪いが、それなりにお歳を召されていると見たマクレガー侯爵はシングルだったのか。だからって撤退回避の条件が結婚なんて……
「もしかして、ケイベックでのお立場が良くないのでは?」
マクレガー準侯爵。準とはいえ侯爵の爵位持ちが、自らを売り込んで来るとは思えない。それにメリッサ様との婚姻を破棄しろだなんて強引過ぎる。それこそアシュタールとの関係が悪くなりそうだよ。
「分かるのか……」
ふと、力が抜けた瞳が僕を見た。僕も目線を上げてマクレガー侯爵を見る。二人の目線が絡み合い、そこから愛が…… 生まれないからね。
「少し強引かと…… マクレガー侯爵様の言う事に理が通っているとは思いますが、アシュタールとの絆の為に僕のような傭兵上がりの伯爵より、もっと長年続いた爵位持ちの方との婚姻の方が絆は強くなるのでは……」
当たりかな? メレディス様の目線が外れた。何かを考えているようにも見える憂いた顔は、ストライクゾーン高めでホームランさえ打てそうだ。 ……だから、打ったらダメなの!
坦々と自身の身上を話し出すメレディス様の声に耳を傾け、視線は胸に傾けた。
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