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第二百四十二話
しおりを挟む「出陣!」
白百合団七十名と殲滅旅団七百名は、一路シュレイアシュバルツに向けて逃げるように出陣した。
「あれは、やっぱりソフィアか? 中庭のあれ……」
馬に揺られて麦畑の道を通りながら、プリシラさんは僕の左側から語りかけて来た。ソフィアさんが放ったであろうハレー彗星は軽やかに中庭に降り立ち、地面を抉ったくらいで、その巨大な姿を邪魔なくらい主張して居座った。
「被害が噴水くらいで助かりましたよ。あれが威力を保ったまま落ちてきたら、核の冬が始まりますよ」
「なんだそりゃ。取り敢えず、あたいらはシュレイアシュバルツを落とせばいいんだろ。大岩じゃなくてよ」
「大岩はいらないですよ。観光名所を増やされても困ります」
「…………ソフィアが寝込んだままです」
あれだけの事をして、寝込まない魔法使いの方がおかしい。改めて「何でも有りだな、魔法って!」と思うよ。それにこのまま寝込まれても困る。シュレイアシュバルツ攻略にソフィアさんのプラチナレーザーを期待していたのに。
「ソフィアさんには休んでもらいましょう。それとルフィナは何処に行きました?」
「あれもまだダメだと思うぜ。馬車の中で「イヒヒッ」って笑って目が泳いでたぜ」
こんな時に広域魔法が使えるルフィナもダメなのか。せめてアンデッドにしたサンドドラゴンとオーガを出してくれたら助かるのに。
「オリエッタも馬車ですか?」
「義手を作ってるよ。てめえのじゃ無いぜ、他の怪我人のだ」
僕はいまだに左手が無い。スモールシールドをくくりつけてはいるけど、やっぱり手が欲しいね。こう、揉みっと出来る手が欲しい。
「団長、これだけで攻めるッスか? シュレイアの街にはどれくらいいるッスか?」
「なんとも…… 行き当たりばったりになってしまうけど、近付いたらドロンで偵察をお願いね」
「了解ッス。ドロンは残り三機ッス」
魔王軍の数が少なければ、白百合団と殲滅旅団の約八百名で何とかなると思ってる。少しながら殲滅旅団にも超振動の武器を回しているし、僕の神速もシックスまで上がったからね…… 武器は中古だけど。
「怪我をした白百合団には会って来たのかい?」
僕の右側から、すっと横に並んだローズさんからの言葉に、僕は振り向けなかった。
「行きましたよ。皆、喜んでくれました……」
怪我をして治療魔法を待っていたり、義手をはめてる人もいた。そんな所に死地に送り出した僕が行くのは、思ったよりも勇気が必要だった。
「ん? それなら何で顔を背ける? あたいの顔も見てくれよ。新しい義眼が入ったんだからよ」
ローズさんの顔なら見たよ。顔の傷は少し残ってしまったけど、義眼で目が見える様になったのは良かったよ。
「別に背けてる訳では無いんです。首がそっちに回らないだけなんですよ」
「勇者ともあろう御方が寝違えたのか? 情けねぇ」
「違いますよ! 治療所の白百合団の所に行ったら手洗い歓迎を受けたんです! あれは本当に怪我人ですか!? 義手のパワーで押さえ込まれたり、義足で喉元を踏みつけられたりした時は死ぬかと思いましたよ。その後は全員で襲いかかられたし……」
ベッドで苦しんでいた人も起き出して服を脱ぎ始めたのにはビックリした。全身を包帯で巻かれた人が上に乗った時は「うわ!? ミイラだ!」と心の中で叫んだ。
僕は治療所の片隅で怪我人に襲われ、僕が怪我人になって帰って来た。それなら全員が戦列に並んで欲しいくらい元気だったんじゃないか?
「それでさっきから、あたいの方ばかり見てたのか。てっきり惚れたのかと思ったぜ……」
「惚れてますよプリシラさん。誰よりも一番です」
「バッカ! そんな事を言ってたら、また大岩が飛んでくるぜ!」
そんなに照れなくたって、ソフィアさんは寝込んでいるから大丈夫だよ。あれれ、心臓が痛いのは何故なのかな?
「ケイベックの方もまとめてくれたみたいですね……」
ケイベック遠征軍司令官、メレディス・マクレガー侯爵十六才。とても、その歳に似合わない程の色気を出してケイベックに住んでもいいかと思わせた、巨乳の美人さん。
「ローズだけじゃダメだったからよ。あたいが行ったら一発よ!」
一発、殴ったとかじゃないだろうね。僕は一発してしまいましたが…… 取り敢えずは結婚の話は無くなりケイベックは連合軍に残留する事が決まった。
まあ、これだけで怖い人が白百合団に居るんだからね。出立前に少しだけ話をしてくれたが、この戦争が終わったらケイベックに協力する事の約束はした。
ロースファーの出方次第になるけれど、魔王軍との戦争が終わったらゆっくりしたいね。北方三か国で仲良くやりたいよ。
メレディス嬢に不安があるだろうけど、魔王を仕留めれば全てが終わる。そして、いい方向に終わらせたい。僕はメレディス嬢との絆を深く深く、深い所に交わしてから別れて来た。
「ご苦労様でした。これで憂う事も無く、目の前の敵に集中できますね」
「ああ、それにしても何であたいらだけでシュレイアシュバルツを攻める? ハルモニアやアシュタールはどうした?」
「それは……」
「…………わたしのせいです……」
それは違うと言い切れない。が、それには理由がある。クリスティンさんの翼賛の力は知れ渡っている訳では無く、正確に知っているのはオリジナルの白百合団だけだ。
あの時は翼賛の力が暴走しかけた。もしあの場所を離れなかったら神速の心臓マッサージが出来ない者は死んでいたに違いない。
戦線を離れた僕は悪く言えば敵前逃亡で、死刑もあり得る立場だったのを、助けてくれたのはユーマバシャールとも言えなくも…… 言いたく無い。
「それは……」
「どうせ、こいつがヘマをやらかしたんだろ! だから、あたいらは煽りを喰らったんだ! 腐れ…… ちゃんと仕事をしろよ。メレディスに手を出してるんじゃねえよ!」
「あはははっ、 ……ごめんなさい」
うやむやにしてくれるプリシラさん。クリスティンさんが話始めた時に理由を察する事が出来たのだろうけど、口には出さない優しさは、僕の背中からお腹まで貫いた斬馬刀の持ち主には理解が片寄ったらしい。
「団長、メレディスさまに手を出したって本当ッスか」
お前はプリシラか!? まずは話を聞いてから刺せよ。いや、刺すなよ、痛いんだからさ。いいのか? 戦場に着く前に死んじゃっても?
「ア、アラナさん。は、話の流れを分かってます……か……」
「分かってるッス。団長がメレディスさまに手を出したッス」
そう、当たりだ! 当たったのはそこと斬馬刀だけで、シュレイアシュバルツを僕達だけで攻める理由はハズレだ。
「こ、これには深い訳がありまして……」
「アラナ! いい加減にしておけ! 後での楽しみが無くなったじゃねえか!」
後での楽しみって何ですか? 僕が楽しめる余地はあるのですか? みんなで喜びは分かち合いたいですね。
「……ゴメンなさいッス」
プリシラさんの方じゃ無くて、こっちを向いて謝れよ。お陰さまで首が右にも回るようになったけどな!
「ローズ、お前の所のニコールとか言ったか、治癒が出来る水系の魔法使い。 あれを連れて来いよ」
「白百合団には治癒の出来るネクロマンサーがいたんじゃねえか? うちのニコールの治癒はオマケ程度だぜ」
「構わねぇよ。腐れが口から血を吐き出しても起き出してこねぇなんて、あれもまだダメなんだろうな」
僕が口から血を流したら、ディープキス並に血を啜りにくるルフィナが来ないなんて、よほど大変な事になってるんだろう。今のルフィナには絶対に会いたくない。
「それじゃ、呼んでくるぜ。楽しみには混ぜてくれるんだろうな」
「てめぇの分が残ってればな」
土煙を上げてニコールを探しに行くローズさん。傷口に埃が入るから静かに去って欲しかったのもつかの間。天から落ちてきた小さな小石がマッハの速度で僕の膝を撃ち抜いた。
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