異世界に来たって楽じゃない

コウ

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第二百四十五話

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 朝から股間の目覚まし時計。どうせなら舐めて起こして欲しいよ。偉大な勇者の小さな願望。
 
 
 「クリスティンさんが居ないの?    こんな朝から?」
 
 朝と言っても、学校に遅刻するくらいの朝だ。魔王軍は逃げたりしないから遅れる事は無いよ。僕は人の畑をかき分け起き上がった。
 
 「朝飯にも来てねぇ。探してみても見付からねぇよ」
 
 勇者を抜きにして朝御飯を食べるなんて寂しいな。僕は皆とワイワイ話ながら食べたい派なのに。そしてデザートにはクリスティンさんを食べたかった。
 
 「探したんですか?    殲滅旅団の方は?」
 
 まさかとは思うが、殲滅旅団の幾人かが拉致って襲ったとか。クリスティンさんの白い肌が白濁液でさらに白くなったとかなら……    ちょっと見てみたい。
 
 「あっちでも探してるぜ。旅団のやつらは殺気立ってるよ」
 
 まぁ、旅団のメンバーでそんな事を出来る人は居ないだろうし、翼賛の力を持ったクリスティンさんが簡単に殺られる筈が無いが、僕はヤりたい。
 
 「ここには……    居ません……    クリスティンさん?!」
 
 ここには来ていないと思う。周りは裸の女性達が色んな体勢で寝転んでいるが、クリスティンさんがいれば一際美しい裸体の筈だ。僕がヤり逃す……    見逃す筈が無い!
 
 「居ませんね……    他に心当たりが……」
 
 ある!    と、思う。が、それはいくらなんでも無いだろう。クリスティンさんはこのシュレイアシュバルツに攻める事に責任を感じている様だった。
 
 城攻めをした時に僕とクリスティンさんが二人で戦線を離れ、魔王を取り逃がしたと思ってる。魔王は居なかったと思うけど、戦線を離れた事は責任問題になった。
 
 シュレイアシュバルツの街を白百合団と殲滅旅団だけで落とす事になった、その責任を感じているなら、責任を果たす為にやる事は一つしか思い付かない。
 
 「全員起床!    シュレイアシュバルツに行くぞ!    僕のパンツと松葉杖はどこだ!?」
 
 まさか女物のパンツを履く訳にはいかず、僕は女体の森の中から一粒のパンツを見つけ出す。良かった……    ガビガビにはなってない。
 
 残念ながら白百合団の着替えを手伝う余裕は無い。見ている余裕はプリシラさんに脚下され、僕は革鎧も着けずに馬上の人となった。
 
 「出発!    行けるだけで構わない!    遅れた者は後から着いて来い!」
 
 白百合団の夜戦に参加しなかった者と、必要以上に殺気を放っている殲滅旅団を連れて僕達はシュレイアシュバルツの街に急いだ。    
 
 
 
 「クリスティンはシュレイアの街に行ったと思ってるのか?」
 
 「おそらく……    今回の事の責任を感じていると思います」
 
 馬上での話は苦手だ。左手の義手は無いから手綱は右手だけだし、右膝が痛むから鐙に乗せて無いから不安定だし、喋ると舌を噛むし。
 
 「アラナ、馬の上からでもドロンの操作は出来るか?    ドロンを先行させて様子を探れ」
 
 「了解ッス!」
 
 これでクリスティンさんが居なかったらどうしよう。革鎧も着けていないのにオーガが攻めて来たらと考えるとゾッとする。宛も無くシュレイアの街に殲滅旅団を連れて行ったと思われたらゾッとするどころじゃない。
 
 僕達は急いだ。僕を追い抜かして行こうとする殲滅旅団に、追われる様に僕は痛みを堪えて急いだ。
 
 「シュレイア南門は解放してるッス。クリスティン姉さんは……    中央広場まで少しの所でオーガに囲まれてるッス!」
 
 中古の剣、左手の義手も無く、立つこともおぼつかない。今なら神速もどこまで出せるのか……    オーガ、二千。
 
 「抜刀、突撃!」
 
 殺ってやる!    右手は動くし、左足も使える。機先の心眼だってあるんだ。クリスティンさんだけのせいじゃない。僕は馬から飛び降り、両足に全身全霊を込めてモード・シックスで駆け飛んだ。    
 
 「くたばれ!」
 
 しゃがみこんでしまったクリスティンさんに、斬りかかろうとしたオーガはモード・シックスのせいか僕の怒りのせいか、一刀で爆発失散した。
 
 美人は人気だ、オーガの手が休まる事も無く、次の一刀がクリスティンさんに降りかかる。そんな彼女に傘と言う名の中古の剣で覆ってあげたいが、受けた一刀が僕の膝の限界を簡単に越えた。
 
 「クリスティン!    立て!」
 
 立てないのは僕の方だ。右膝から崩れ落ちた僕に、デブのオーガが覆い被さる様に体重を乗せて討ち落とす。左手も添え、両手での我慢比べ。両刃じゃなくて良かった。勝てそうもないからクリスティンさんだけでも逃げてくれ。
 
 「ミ、ミカエル……」
 
 今は話している暇もキスをしている暇も……    無い。無いから早く逃げてくれ。シンちゃん力比べは苦手なの。
 
 「は、早くぅう!」
 
 もうダメ。ギブアップ。日頃の不養生が祟った。もっと鍛えておけば良かった。生きていたら、明日から……    今日から鍛え直すよ。
 
 煌めく残光。オーガをぶち抜き、僕の右膝も貫いて地面に刺さるハルバート。右足が切れちゃったよ。こんな事を平気でする人は一人だけ……
 
 「待たせたな!」
 
 カッコイイぃぃ!    これが男だったら抱かれたい。女だから抱きたい。前から後ろから犯したい。言ったら頭を割られそうだから言わない。
 
 血飛沫をあげてハルバートを握り直し、僕達の前に立ち上がる我らがプリシラさん。よっ、千両役者!    男前!    僕の右足を返せ!
 
 「後は任せな……」
 
 ちょっと、あんたカッコ良すぎ。イイトコ取りかよ!?    最初に駆け付けたのは僕だからな。そんな僕の足を、ベルトで縛って止血をしてくれるクリスティンさん。分かる人には分かるのよ、誰が一番カッコイイか。
 
 「…………血です」
 
 「ありがとうございます。ミカエル様」だろ!    血なんか見れば分かる……    ヤバいくらい出てないか?    止血はキツメでお願いします。
 
 「クリスティンさま!」
 
 遅れてやって来た殲滅旅団。助けたのは僕だからね。一番槍は僕だからな、勘違いするなよ。
 
 「クリスティンさま……    血が……」
 
 それは僕の血だよ。クリスティンさんには傷一つ付いてないよ。伊達に神速持ちじゃないんだ。やる時にはやる男、ミカエル・シンとは俺の事だぁぁ!
 
 「クリスティンさまに傷を付けるとは……」
 「許せん!    許せんぞ!」
 「皆殺しだ!    オーガはすべて皆殺しだ!」
 
 殺気から狂気に変わる殲滅旅団。地団駄踏む者や怒りの雄叫びを上げる者まで。もう手が付けられない。
 
 「指揮官クラス……    指揮官クラスは殺さないで生かして連れて来て!」
 
 僕の話は聞こえない。今は、誰の話も耳には届かないだろう。狂気の殲滅旅団は僕の怪我の事を誰一人心配する事も無く、シュレイアシュバルツの街に散って行った。
 
 
 
 「楽勝だったな」
 
 楽勝では無いです。目の前に重傷者がいます。救急車を呼んで下さい、とは口にせず、僕達はシュレイアシュバルツの領主の館に陣を構えた。
 
 「ソ、ソフィアさんは?    か、身体が寒くなって来ました」
 
 「もうすぐ来るだろ。足の一本くらいでオタオタするなよ」
 
 じゃあ、代われと声を大にして言いたい。斬ったのはお前だからな。オーガの件は助かったけど、ピンポイントで僕の足まで斬る必要は無かったろ!
 
 「…………ありがとう、ミカエル……」
 
 「様」が無いけど、まぁ、いいや。クリスティンさんは綺麗だから。クリスティンさんは責任を取る為に、一人でシュレイアシュバルツに乗り込んでオーガを倒した。その数、約千九百!    たった一人で二千近いオーガの心臓を破裂させた。
 
 残ったオーガも、狂気に走った殲滅旅団が手当たり次第に殺し回った。もう少し、戦術や戦略を考えれば死なずに済んだ者もいたが、激情状態の彼らは、例え手が斬られ様と、例え腹に剣が突き刺さろうと突撃を止めなかった。
 
 「殲滅旅団の死傷者は三百を越えるぜ。死んだヤツは五十を越えるし重傷者は倍以上だ」
 
 無闇な突撃でそんなにも死者が出たのか。もう少し指揮を取れていたら助かる人も多かったろう。足を斬られなければな!
 
 「…………その程度しか死にませんでしたか」
 
 ブレないねぇ。清らかなくらいブレない。一応、クリスティンさんを心配して着いて来て、戦った人に言う言葉じゃないよ。僕には感謝の言葉を言ったのに。
 
 「クリスティンさん、殲滅旅団が館の前に揃っています。皆さんに感謝の言葉を伝えて、涙の一つでも流して下さい」
 
 「…………団長は虫けらに涙を流すんですか?」
 
 お前、今、全世界の昆虫愛好家を敵に回したからな!    クリスティンさんにとっては「虫けら」でも、彼等は貴女の為に戦ったんですよ。
 
 「今回はダメです。今から行って感謝を伝えて下さい!」
 
 「…………分かりました」
 
 何故、私がそんな事をしなければならないの、と言う怒りでは無く、不思議そうに僕の顔を見ていたクリスティンさんはドアを抜け殲滅旅団の待つ外に出ていった。
 
 とても、とても不安に思った僕は、プリシラさんの肩を借りて窓からクリスティンさんを覗いてみた。
 
 「…………皆さん、ありがとう」
 
 それだけ?    せめて五分くらいはスピーチの時間を取ってもいいんだよ。舞台の様にもなっているのだから、ストリップのチラ見せくらいなら許す。
 
 クリスティンさんは、そこまで言うと両手で顔を覆って肩を震わせた。観客は静かに時を待ち、クリスティンさんが顔から手を離すと、美しい一筋の涙が流れた。
 
 静まりかえる観客席から、誰とも無く歌い出す歌声はやがて殲滅旅団全てに広がっていった。それは酒場で聞くありふれた唄だった。女と出会い、戦いに巻き込まれ、やがて帰って来る男と結ばれる、酒場や傭兵がよく歌う唄だった。
 
 「見たか……」
 
 彼等にとって待ち人はクリスティンさんなのだろう。戦って、戦って、やがてはクリスティンさんと結ばれる事を望んでいるのだろう。
 
 僕はどうなんだ……    結ばれる事を望む女性。僕はその人を見て言った。
 
 「アクビをしてましたね、顔を隠して……    涙はアクビの延長かと……」
 
 「クリスティンらしいぜ!」
 
 
 貴女は僕が死んだら涙を流してくれますか……
 
 
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