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第二百五十七話
しおりを挟む「それとですね、アシュタールのメリッサ・フィオナ・マロリー侯爵がドゥイシュノムハルトに居るので連れ帰って下さい」
マノンさんとの妄想も神速で行えば話を聞き逃す事も無い。最後のナレーションには納得が行かない所もあったが、声優さんがスネークの人だったから許す。イケボやなぁ。
「会いませんでしたけど、クリンシュベルバッハに居るんじゃなかったんですか?」
「着いて行かれたそうです。アシュタール皇帝陛下から手紙が来てまして、くれぐれも宜しくと書かれておりまして…… 勇者様への手紙も預かってます」
差し出された封筒はアシュタール帝国皇帝の紋が入って、見るからに贅沢品だった。中には羊皮紙で書かれた文字が筆遣いの上手さを感じさせた。
「おい! てめぇ! ミカエル! 今回の……」
初めての見たよ。文字で「おい! てめぇ!」って書いてあるのを。まずは時候の挨拶から始まるんじゃないんですかね。親愛なるから始まってもいいんだよ。
「皇帝陛下の直筆ですか? それなら家宝になりますよ」
「おい!」から始まる手紙を家宝にしても良いのだろうか。将来の歴史家が見たら文字の美しさは誉めても文才は誉めないだろうね。
「ええ…… まあ……」
とりあえず読んでみたら、クリンシュベルバッハを落としてから書かれたみたいだった。文句、頑張れ、文句、頑張れ、文句、文句の順で激励の手紙と受け取っておこう。
それにしても届くのが早いな。本当は内容の違う手紙があって、現状に合わせて僕に渡るようにしたんじゃないのか?
一つだけ気になったのがメリッサ・マロリー侯爵に付いて書かれた文だ。結婚の文字は書かれて無かったが「くれぐれも頼む」と大文字、太文字、怒った絵文字で書かれたのが気にかかった。
「な、なんて書かれてあったのですか!?」
皇帝陛下からの手紙なんて、とても珍しい物なのだろう。僕はアシュタールの貴族、それも伯爵なんだから手紙をもらっても不思議じゃないのにね。
「まあ、頑張れ! ですかね。後はこの戦が終わったらマノン・ギーユを嫁に貰えとも書いてありました」
「えっ!」
「すみません、ウソです。マロリー侯爵の事を心配しているようです」
「あっ…… そうなんですか…… それでも……」
少し顔を赤らめている様にも見えたが、きっと気のせいだろう。マノンさんに限ってそんな事は…… あるのかな?
「僕はこれからドゥイシュノムハルトに行ってマロリー様を連れ帰ります。物資の補給等、お任せいたします」
下を向いていたマノンさんは、胸のボタンを一つ付け、大きく開いていた胸元が小さくなってしまった。別れ際にいい物を見たかったのに残念だ。
僕は馬を走らせドゥイシュノムハルトに向かった。今回は護衛は無し!
「良く来た。この件については、我々としても困っていたんだよ」
珍しく快く出迎えてくれた、アシュタール遠征軍司令官、ユリシーズ・ファウラー侯爵。「快く」って所に不信感を抱いてしまうのは何故だろう。
「お元気そうでなによりです。マロリー侯爵をクリンシュベルバッハにお連れする様に申し付かっているのですが……」
「そう、それだ。メリッサ様には安全なクリンシュベルバッハに連れて行ってもらいたい」
何かとても、よそよそしいく感じるのは僕がニュータイプになったからか? 安全な所に移すだけではなさそうだ。メリッサ嬢に何かあったのだろうか?
「マロリー侯爵様はお元気であらせましょうか?」
「元気か…… 少し困った事になっておる」
良し! 帰ろう! これは面倒になる話だ。僕のニュータイプとしてのカンが囁く。そして「時」が見える。逃げたらアシュタール皇帝が激怒して乗り込んでくる姿が……
「どうされたのでしょうか」
「実はな……」
クソ皇帝の言葉…… 皇帝陛下のお言葉を頂かなければ、今すぐに帰ってアンネちゃんとお茶でもしたいのに面倒な話になってきた。
傭兵が戦場で戦っていると、大きく二つの人種に別れて来る。一つは、人を殺す事も殺される事も傭兵の仕事と捉えてビジネスライクに考え、仕事を楽しみ酒を楽しみ女を楽しむ者だ。
もう一つは、人の生死を考え出す者達だ。こいつは厄介なんだ。「生」を考える者はまだいい。傭兵を辞めるか逃げ腰になっているかで、宛にはしないし直ぐに死んでいく。
「死」を考える者は悩み始める。「生」とはなんぞや、「死」とはなんぞやと考えはじめて迷い始める。そんなの考える暇があったら剣を振るえ矢を射ろと、言いたいところだ。
こいつらも大体が死んでいくが、時おり生き残るヤツもいる。これが一番厄介で独りで死んでくれればいいものを、死ぬ時には周りを巻き込んで死んでいく。
メリッサ・マロリー侯爵は安全な所から生死を考え始め生き残り、一番厄介なタイプに育ってしまったそうだ。
「メリッサ様は侯爵とは言え公爵家の跡取りの一人だ。同じ侯爵でも同格ではないのだよ。今は抑えているが、援軍が来た時には抑えはきかんだろう」
「死」に取り付かれた上官は部下を死地に送り込む。他人の「死」を見て自分の「生」を実感する。メリッサ嬢は舞台に上がらず、死を司る神にでもなった気分か。
「分かりました。お任せください。マロリー侯爵は無事にクリンシュベルバッハにお連れします」
「任せたぞ、勇者シン殿!」
厄介事が手を離れ爽快な気分にでもなったのか、僕の肩を叩いて「ガハハッ」と笑うファウラー侯爵。そして面倒な事が僕の肩に舞い降りた。
僕がメリッサ嬢の部屋のドアをノックすると、「入れ!」と上から言われているが、清々しい声に少しの安堵を覚えてドアをくぐった。
メリッサ嬢は純白のドレスに身を包み、振り返った髪から漂う香りが鼻孔をくすぐり、会いに来たのは失敗だったという、「死」に取り付かれた独特の目をしていた。
「お久しぶりです、メリッサ様。ご機嫌はいかがですか」
「ミカエル、気分は良いぞ。生まれ変わった様な気分だ……」
笑顔も無く、目が死んでる人が生まれ変わったと言っても、死に変わったとしか思えない。これは重症だな。
「ドゥイシュノムハルトはまだ危険です。隣の街には魔王軍が待ち構え、いつここが攻められるとも限りません。マロリー侯爵様におかれましては、クリンシュベルバッハに戻るのがよろしいかと……」
「そうもいかぬ。公爵軍は数が減ったとはいえ、アシュタールの一翼を担っておる。今、街を去るのは得策とは言えん」
「それに関しましては、ハルモニア軍が代わりに参陣いたしましょう。マロリー侯爵様はクリンシュベルバッハの防衛に努めて……」
「それではいかんのだ!」
一応、一応は言うべき正論を言ってみた。これでクリンシュベルバッハに戻ってくれたなら、まだメリッサ嬢も飲み込まれていないと判断できたんだけど、続きの言葉が戻れない所まで行かせた事を語った。
「ミカエル…… ミカエルなら分かるであろう、あの戦場の美しさを…… 血で血を洗い、剣と剣を打ち鳴らし、命の輝く瞬間を…… 臓物を吐き出し、苦しみもがく甘美な香りを…… 両親、恋人を想い最後に口にする断末魔の声の清らかな事を…… ミカエルなら分かってくれる筈じゃ……」
さっぱり、分かりません。血で血を洗っても血が付くだけ。剣と剣を打ち鳴らしたらヒビが入らないか心配するだけ。臓物は勿体無いから吐き出したく無いし、最後に口にするなら「プリシラさんの胸の中で死にたい!」だ。まったく、分かりません。
でも、これで分かった。メリッサ嬢は向こう側に行ってしまった事を。その瞳には僕が映っているだろうが、その僕は血にまみれになって剣を振っている姿だろう。
「マロリー様、戦とはその様なものではございません」
「何故、分からんか!」
だって痛いの嫌いだしぃ。楽して勝ちたいしぃ。女の子と遊んでたいしぃ。戦なんて手段の一つで、夢は印税生活だしぃ。
困ったベイビーだぜ。本当に困ったな、どうしよう。ここまで来たら重症だ、取れる選択肢は三つか四つ。
一つは「じゃ、またね」で、部屋を出る。
一つは親に連絡して引き取りに来てもらう。
一つは…… 治す。
一つは…… 思い出せない……
一つしかないよなぁ。嫌だなぁ。シンちゃん面倒な事は嫌いだし、もし、上手くいったとしても、あれがあれで、こうなってこう、しからば、あるいは、なんとかなるさ。
僕は斬馬刀を左手に持ち変え、一刀のもとにメリッサを斬り倒した。
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