異世界に来たって楽じゃない

コウ

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第二百六十八話

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 美しい女魔族、アルマ・ロンベルグ。種族と出会い方が違っていたらと、悔やまれる。
 
 
 「アルマ・ロンベルグ!  起きろ!」
 
 僕はアルマの首にナイフを当て、怒鳴らない程度に静かに声をかけた。
 
 「んぅぅん、後少しぃ……」
 
 僕は貴女のお母さんではありません。敵ですよ~。目の前の人間が、貴女の首にナイフを当てて起こしているんですよ~。
 
 「アルマ!  起きろ!」
 
 「もう……  少しぃ……」
 
 「……」
 
 寝起きの悪い子はどうやって起こせばいいのだろう。学校に遅れると言っても通用しまい。それなら朝ごはんが冷めるからはどうだろう。ひっぱたくか!?
 
 「アルマ!  シンちゃんが迎えにきたよ。ミカエルだよぅ。覚えてるかなぁ?」
 
 「ミ、ミカエル!?」
 
 飛び起きるなバカタレ!  危うく首を落としそうになっただろうが!  刃物を持ってる人に無暗に近寄るなよ!
 
 「アルマ、これが何だか分かるな?」
 
 お寝坊さんのアルマにキラリと光るオリエッタナイフを向け、僕は怒りを押さえて言った。
 
 「ケーキ入刀?」
 
 違うな!  そんな小さなナイフじゃないのは見れば分かるだろ。刃渡り三十センチのオリエッタナイフはマグロだってさばける切れ味なんだ。お前の首なんて簡単に落とせるんだよ!
 
 「違う!  お前を……」
 
 「分かった!  レイプだね!  ミカエルもその気になってくれて嬉しいさ」
 
 それも違うな!  レイプする為に敵陣のど真ん中に侵入する勇気はないな!  これでもシンちゃん小心者ですけん。
 
 「違うんだ!  お前には聞きたい事がある!  黙って着いて来ればよし。さもないと……」
 
 「さもないと……  やっぱり犯す気さ」  
 
 何だか力が抜けます……  緊張感がたりません……  何をしに来たんだか惑わす作戦なのかな。
 
 「黙れ!  もう黙ってくれ。お前には聞きたい事がある」
 
 「……婚前交渉さね」
 
 そんな話はしたくないよ。子供は何人作ろうとか、離婚したら慰謝料がどうとかだろ。僕は一歩踏み出し、アルマにナイフを……  斬り付けるのは勿体無い、服を斬ったりしたら「レイプだ」と喜ぶ。僕はオリエッタナイフをアルマの首に押し当てた。
 
 「お前を拉致させてもらう。話してもらうぞ、魔王の事を」
 
 「その後で……」
 
 僕はアルマの口を押さえてベッドに押し倒した。今度はナイフを強く押し当て、本当に斬る勢いを見せた。そこまでして、「うん、うん」と無言でうなずいた。
 
 やっと観念したアルマの口から手を離すと「旅行さね」とトランクに服を詰め込み始め、「着替えは買ってやる」と、僕が止めるまで続いた。
 
 取りあえずは大人しく着いて来てくれるみたいだが、油断は出来ない。ロープで縛り上げたいが、動きが遅くなるのは脱出に困る。
 
 今更ながら気絶をさせて運ぶ手も考えたが、大人しくしている女性を殴る趣味は無い。相棒でと、も考えたのは一瞬だけだ。
 
 「おい!  何をしている!?」
 
 相棒との話し合いの一瞬を突いて、アルマは机に向かって何かを書き始めていた。僕はすぐに手を押さえて止めさせたが……
 
 「何って、これからの結婚式を挙げるのでしばらく留守にするって書いたさ」
 
 うん、おバカさん。これから待ってるのは血を吐く拷問だよ。誰が結婚なんてするものか!  僕は独身生活を謳歌したいんだよ。歌い狂いたいんだ!
 
 「僕の名前まで書きやがって……  没収だ、没収!」
 
 僕は達筆に書かれた紙を奪って懐に入れた。結婚という言葉より文字にする方が、何故だか大きく感じた。

 
 アルマを縛る訳にはいかず、かといって自由にさせるのは僕の貞操の不安が残る。本当なら後ろ手に縛って行きたい所だが、移動する事も考えて前で手を縛った。
 
 機先の心眼のと広域心眼の繰り返しで、疲労困憊しながらも城壁の上までたどり着いた。
 
 「降りるぞ」
 
 「無理さね。十メートルはあるさ」
 
 僕も普段なら、この高さを飛び降りるのは辞退したいが、神速で壁を駆け降りるなら違ってくる。アルマを抱き上げて降りる事も可能だが、二人分の体重を支えて降りたくは無い。
 
 「ロープがある。これで降ろせば問題ないだろ」
 
 「ミカエルが抱っこして降ろしてくれさ」
 
 重いから嫌。それに前で手を縛っているくらいなら、襲おうと思えば襲えるからね。ここまで大人しく着いて来たアルマを信じていいのかどうか……
 
 「早く降りないと歩哨が来るさ。もう、そこまで……」
 
 アルマが向いた方へ僕も振り向く。オーガが二体。機先の心眼に気を取られ、広域心眼が疎かになったか。今、倒すのは簡単だが、騒ぎになるのは不味い。
 
 「来い、アルマ!」
 
 僕がお姫様の様に抱き上げると、アルマは僕の首の後ろに手を回した。殺られると思ったのもつかの間、アルマはさらに力を込めて僕に抱き寄って来た。
 
 殺られる……   このままだとアルマの胸で窒息する!  それほどの膨らみ。それほどの柔らかさ。歓喜の詩が聞こえる!
 
 「仕事しろよ」
 
 五月蝿いスネーク!  もう少し、この感触を楽しんでいたいんだ。オーガも戦争も関係ねぇ!
 
 ギリギリまで……  オーガに見付かるギリギリと息が出来なくなるギリギリまで、柔らかい感触を楽しみ、僕は城壁の上から神速を使って飛び降りた。
 
 「まだ、このままでいるさ」
 
 飛び降りた先には背の低い草むらが繁り、僕達はオーガに見付からない様に伏せていた。僕は少し顔をずらして胸の谷間に呼吸を求めた。
 
 両方から顔に来る、この胸の圧迫間とオーガに見付からないかとの緊張感が癖になりそうだ。十分ほど、呼吸を整え……  この吸う空気がまた……  呼吸を整えアルマを抱き上げ立たせた。
 
 「もう、お仕舞いさ~」
 
 「終わりだ!  歩け……  いや、走れ!  いくぞ!」
 
 僕はアルマを縛ったロープを手に、引きずる覚悟で走り始めたら、あら不思議。アルマは僕を追い越さんばかりに走りだし、僕の右腕に腕を絡ませて来た。
 
 そんなに、くっついたら走れないだろ。
 そんなに、くっついたら胸の膨らみが。
 そんなに、くっついたら下腹部が膨ら……
 
 やっとの事で二頭の馬を繋いだ所まで来れた。僕も良く耐えたものだ。自分の自制心を誉めてあげたい。てめぇは、誉めねぇよ。相棒……
 
 だが、僕の自制心もここまでだ。まだ急いでルネリウスの街から離れなければならが、この為に鍛冶屋に大枚はたいて作った対アルマ用秘密兵器が僕の心を高鳴らせる。
 
 僕達は馬の側まで寄ると、アルマの縛った両手を地面に踏み押さえ膝を着かせた。馬から秘密兵器を取り出すと縛った両手のロープを斬り、神速モード・シックスでアルマに取り付けた。
 
 「な、何だい?  これはさ……」
 
 見れば分かるだろう。自分で付けるのは始めてかな。僕が捕虜になった時に受けた屈辱を、倍返しする時が来たんだ。
 
 「ギロチン首輪だよ。捕虜には丁度いいだろ。クリンシュベルバッハで受けた屈辱をお返ししようかと思ってね」
 
 ギロチン首輪。これは恥ずかしいものがある。見たまんま捕虜だからね。拘束されて惨めさが倍増して心が病む。
 
 しかも、痒い所が掻けないと来てイライラが増すし、僕の時には裸だったんだぞ。せめてもの情けで服は着させてやってるんだ。ありがたいと思え!    
 
 「こ、これは……」
 
 驚きのあまり言葉も出ないか。誇り高き魔族が人間様にギロチン首輪を付けられたんだからね。恥じいって死にたくなるだろ。殺しはしないよ、必要な事を聞くまでは。
 
 「アルマ……」
 
 「素晴らしいさ!  ミカエルもこんな事まで出来るようになったさ」
 
 人の努力と大枚を無駄にする女、アルマ。運ぶの大変だったんだぞ!  急いで作ってもらったとはいえ時間がかかったし、「お急ぎ料金」とか言われて料金倍増しだったんだ!
 
 ……やる気なくすわ~。  だが、ギロチン首輪がキツイと思うのはこれからだ。鼻が掻けないんだぞ!  イライラするからな!
 
 僕は先に馬に乗ってからアルマを引き上げた。手が使えない以上、僕が手伝ってあげないと……   色んな所を触れたから当初の目的の一つは果たした。
 
 「一緒に乗らないさ?」
 
 何故、僕が捕虜と一緒の馬に乗らなければならない。お前は捕虜だ!  お前の命は僕が握っている事を忘れるなよ。
 
 「馬を引く。いくぞ」
 
 僕はいつもの愛馬に乗り、アルマの馬の手綱を取って走らせた。グッバイ、ルネリウスファイーン。次に来る時は落としてみせるぜ。そして三十歩、馬を速駆けさせてアルマが落馬した。
 
 そりゃそうか……  手綱は持って無いし、馬の鞍を両足で押さえているだけで、速駆けしちゃったんだから。
 
 「アルマ!」
 
 「いたたさ。もう少しゆっくり行って欲しいさ」
 
 大枚二十ゴールド。  ……失敗。
 
 ゆっくりなら問題は無いだろう。ただ、ゆっくりしている時間はないのんだ。ルネリウスの街から離れたとはいえ、追い付こうと思えば出来ない距離じゃない。
 
 くそ!  二十ゴールド!  くそ!  ギロチン首輪をさせて前から後ろから拷問する希望が……  僕は落ちたアルマの怪我の具合を確かめ、ギロチン首輪を外した。
 
 「いいのかさ~」
 
 いいも悪いも、死なれたら困るのは僕だから。このままギロチン首輪を付けて走る訳にはいかないし、外す時に蝶番が壊れた。脆い物を作りやがってオヤジ!  保証期間なんてあるのかな。
 
 「五月蝿い。黙ってろ!」
 
 予定が大幅に狂った。ここから急いでシュレイアシュバルツの街に帰るつもりが、余計な時間がかかってしまう。取りあえずはアルマの手を縛らないと。協力的とはいえ魔族だ。不意を突かれて困るのは嫌だ。
 
 手を前に回して縛って考えた。前はヤバいか……  でも後ろ手に縛ってもギロチン首輪と同じ事になるし……
 
 僕は馬に先に乗ってから、アルマを上に引き上げた。そして縛った両手を解放してから、後ろ手に縛り直した。
 
 これなら大丈夫だろ。馬は扱えるし、僕が押さえていたらアルマが落ちる事もない。しかも後ろ手に縛っているから暴れようもないし、暴れたら落とす!

 「大人しくしてろよ」
 
 僕はもう一頭の手綱を自分の鞍に付けて走った。最初からこうしておけば良かった。復讐なんて考えるべきじゃなかったんだ。
 
 僕は勇者だ。正々堂々と正直に生きていくのが似合っている。僕は勇者なんだから。
 
 「アルマ……  何をしてるんだ!?」
 
 「だって掴む所がないさ。ミカエルのが掴みやすくなってるさ」
 
 
 僕は勇者だ。しかし、その前に一人の男だ。僕はミカエル・シンなのだから……
 
 
   
 
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