異世界に来たって楽じゃない

コウ

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第二百七十話

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 プリシラさんに「つけ」を払わせようとした人達に無事に帰宅してもらう。プリシラさんが逆ギレする前に……
 
 
 「久しぶりだなプリシラ。傭兵団を作ったんだってな」
 
 「ああ、久しぶりだジェイコブ。やっと会えたぜ……」
 
 「聞いたかみんな、プリシラが俺に会いたかったってよ」
 
 小さな笑い声。プリシラを誘い出した男は周りの男達と共に、事の成り行きを楽しそうに笑っていた。
 
 「今まで、どこにいやがった!?」
 
 「ある国で飼われていたんだよ。お陰で好き勝手にやらせてもらってるぜ」
 
 「探したんだぜ……」
 
 「嬉しくて涙が出そうだ。相思相愛ってヤツだな。これなら話しも早いってもんだ」
 
 「話し……だと……  話す事なら一つしかねぇよ」
 
 「言ってみな、プリシラ。俺は心が広いからよ」
 
 「何故、ソフィアの姉貴を殺した!?」
 
 ざわめくギャラリー。聞いたらいけない事を聞いたからか、中には「くだらない話だ」と言わんばかりに呆れている者もいた。
 
 王都クリンシュベルバッハから少し離れた小さな森の中で、プリシラを呼び出した男とその仲間が、二人を遠回しに囲んでいた。
 
 ジェイコブ。話をしているリーダー的な存在は、体躯も良くプリシラと親しげに、懐かしむ様に話をしていた。
 
 「あれは不可抗力だよ。それにリアーヌはライカンスロープじゃねえ」
 
 「人間でも仲間だった!  それを殺した……」
 
 「面倒な事を言ってんじゃねえよ、プリシラ。それよりもだ!  呼び出したんだ、こっちの話も聞いてくれよ」
 
 「何が言いたい!」
 
 「これから、お前の所の団長を殺るぜ。こっちに付きな、昔の様に可愛がってやるからよ」
 
 「てめぇ……」
 
 プリシラの髪の毛が逆立ち、変身しなくても金色の髪の毛がスパーク始めた。
 
 「おっと、良く考えなよ。どっちが強いか……  ライカンスロープの「性」みたいなもんだ。強いヤツに従うのは。お前だって俺の方が強いから従って来たんだろ。これからも好き勝手にやって生きていこうぜ」
 
 「てめぇより、ミカエルの方が強いぜ」
 
 「面白れぇな。俺より強いって言うのかよ」
 
 ジェイコブが一瞬にしてプリシラの前に立った。すかさずジェイコブの右手が、プリシラの股間に伸びた。服の上からでも分かるほど太い指がなぶる。
 
 「ほら、感じただろ。これがライカンスロープの「性」だぜ。強い者が好き勝手に殺れるんだ」
 
 自分の身体を支えきれずに、プリシラの両手がジェイコブの両肩を掴む。脳裏を駆け巡るジェイコブの力強さはプリシラを従わせるのには充分だった。  
 
 「昔みたいに楽しもうぜ」
 
 ライカンスロープとして、ライカンスロープならばこそ、力に従うのは当然の事だとプリシラは心の隅に追いやっていた感情が、少しずつ広がっていくのを感じた。
 
 
 
 「プリシラさ~ん」
 
 広域心眼でプリシラさんと「つけ」の回収人を見付け、一人が不意にプリシラさんに大接近したのを、僕はプリシラさんが殺ったかと思いモード・シックスで駆け付けた。
 
 僕が見たのはプリシラさんが斬り殺している姿では無く、知らない男が俺のプリシラの股間に手を伸ばしている姿……
 
 「てめぇ!  プリシラから離れろ!」
 
 背負った斬馬刀を神速で抜き、クソ野郎を威喝する。このクソ野郎は万死に値する。寝取られなんて気に入らねぇ!
 
 「ほほぅ、王子様の到着みたいだな。手間が省けていいやな。お前らこいつがミカエル・シンだ。殺っちまいな」
 
 遠巻きに囲っていた男達がライカンスロープに変身していく。雄叫びを上げ気勢を発し、盛り上がる筋肉は見る者を恐怖に叩き落とす。
 
 あれ?  もしかして間違ったかな?  プリシラさんの股間に手を伸ばしていたからチカンの類いかと思ったよ。
 
 日本人なら会釈。欧米人なら握手。ライカンスロープなら股間に手を伸ばすのが、この世界の挨拶だったのか?
 
 襲い掛かるライカンスロープ。僕の方から先に剣を抜いておいて「ちょっと待った」は聞いてくれそうもない。だが、女に手を出したのは、お前の方が先だろ!  で、いいのかな?
 
 「……殺してくれ……」
 
 微かに聞こえたプリシラさんの声。攻め寄せる二人のライカンスロープをモード・スリーで切り落とした。
 
 殺っちゃったけど……  殺って良かったんだよね?  もしかして、お友達だったんじゃないの?  少なくとも同じ種族なんだし、親戚とかだったらどうしよう。
 
 「殺してくれ」と言ったけど、それは僕に言ったんだよね?  うつむき、身体の力が抜けたのか、膝を着いているプリシラさんの顔は見えない。
 
 「お前ら、本気ださねえと死ぬぞ!」
 
 寝取り男が叫ぶと、残ったライカンスロープは全て金色の体毛を纏い、身体のスパークが闇夜を切り裂き「たまやー」と花火の時の掛け声を出したくなる。怒ったプリシラさんが六人もいるのかよ。
 
 プリシラさん一人を相手ならモード・ファイブでも倒せる自信がある。それが六人ともなれば状況が違って来る。ただ、状況が違うのは僕の方でもあるんだ。
 
 モード・ファイブはあくまでもプリシラさんの怪我を最小限に押さえて倒す事が前提だ。今は容赦をする必要の無いモード・シックス。寝取り男は死にさらせ!
 
 速攻の神速モード・シックス。手近にいた一匹を下から切り上げ、返す刀で袈裟斬りにもう一匹。舐めるなよ、ライカンスロープ!  容赦さえしなければ負けはしない。
 
 袈裟斬りで振り下ろした隙をつき、迫る豪腕を避け逃げる。逃がすまいと距離を詰めてくるライカンスロープの強靭な爪をボクサーさながらに避けまくった。
 
 この距離は僕の距離じゃない。長い斬馬刀を叩き付けるには二歩は下がらないと。ライカンスロープもそれが分かっているのか連打が止まらず、僕は防戦一方と……  なるわけねぇだろ!
 
 右手を腰の高さに後ろに下げ、斬馬刀をビリヤードの玉を突くよう構えて僕は回転をした。不意に背中を見せたと思ったライカンスロープは、回転方向から迫る斬馬刀に対応が出来ずに腹部の半分にまで刀身が切り裂く。
 
 左手も使って押し込み、真っ二つになったライカンスロープが一体。これで寝取り男まで三匹だ。プリシラはと見れば、うなだれたまま動きもしない。
 
 ジリジリと囲みながら迫る三体のライカンスロープ。左端の一体が何かを蹴り上げたと思うと、砂混じりの土塊が僕の視界を潰す。
 
 後手にまわって左手で顔を隠し斬馬刀から手を離してしまう。好機と見てライカンスロープの爪で切り裂こうと迫った者に、僕は目を閉じたまま刃を向けて心臓を貫いた。
 
 作戦は良かったけど、僕には効かない。機先の心眼で見えてたから。目を閉じても見える心眼の前に小細工なんて効かないよ。
 
 髪の毛まで砂埃に纏われた僕は、左手で払い落とした。こんな汚れる事は止めて欲しい。やっぱり清潔さはモテル男の第一条件なんだから。
 
 せっかくの隙も呆然と立ち尽くすライカンスロープに、埃を落とした僕は斬り伏せるのに苦労は無かった。ただし、一匹は少し強目の峰打ちだ。一人は生かして情報を聞きたいからで、変身する前の姿が女性だった生かしておいた訳では無い。
 
 「全滅か……  これでも手練れを連れて来たんだけどな」
 
 手練れを連れて来ただと!?  もしかしてプリシラさんを輪姦するつもりだったのか……  許せんぞ!  俺だってした事がないのに!
 
 「気にするなよ。気にしなくてもいい所に連れ行ってやるからよ」
 
 無慈悲の神速。ライカンスロープになった寝取り男を、上段から真っ二つにするべく放った斬馬刀を寝取り男はスルリと避け、後を追うように薙ぎ払った剣の射程を越えて行った。
 
 「プリシラ、無事か?」
 
 避ける事は想定の範囲内だ。むしろプリシラさんから引き離す為に放った一刀だったから。これでプリシラさんも安全だ。後は追い討ちかけて寝取り男をぶっ殺す。
 
 それにしてもプリシラさんからの反応が無い。返事も無ければうつ向いて手を着いている。そんなにあの右手が良かったのか!?  さすが寝取り男だけあってテクニシャンなのか!?  あの右手は細切れにしてやるからな!
 
 「金色に変身はしないのかよ」
 
 「必要ないさ。それに俺にはそんな事は出来ねぇからな」
 
 ハッタリか?  リーダー各のライカンスロープが、戦闘力が上がる金色の毛を纏わない筈も無いだろうに。余裕をかましてる間に片付ければ問題無し。 
 
 神速、モード・シックス!  不可避の一刀!
 
 ヤツの目に映ったのは、目の前で剣を振り下ろす僕だろう。だが、吹き飛ばされたのは僕の方だった。余裕を見せてか蹴り上げた足はそのままに、ヤツはこれでもかと格好を付けて言った。
 
 「ずいぶんと速いねぇ。当たった瞬間に後ろに飛んだろ」
 
 当たり前だコノヤロー!  あんなの直撃してたら内臓が破裂する。大事に使えば死ぬまで使える五臓六腑。大切にしたいね。
 
 「てめぇも速いじゃないか!  斬られて死ねよ」
 
 我ながらアホな事を言ってしまったが、自慢の神速モード・シックスを避けるなんて思わなかった。今まで本気の神速を避けたヤツなんていたか!?
 
 こいつは強敵なのかも知れない。普通のライカンスロープならモード・スリーでも楽勝なのに、シックスで斬れない通常のライカンスロープなんて何者だよ。
 
 斬馬刀は小手先の効かない大技が主体の武器だ。見た目と決めた時は格好いいが、速さを武器にする相手には少し出遅れる。
 
 それをカバーする為の神速なのに、それが通用しないのか?  そんな事は無い!  僕こそ最速、僕こそ最強、僕こそプリシラの隣に立つ資格のある人間はいないのだから。
 
 「プリシラ。この勇者さんが死んだらお前は俺のものな」
 
 このヤロー。俺の女を気安く呼び捨てにすんなよ!  俺だって簡単には呼び捨てにしないのに……  この寝取り男のチャラい感じが嫌になる。
 
 焦るな自分。こいつは強い。不利な小手先の技で勝機を手繰り寄せ一撃を加えるしかない。後は斬馬刀をどれほど上手く扱えるかだ。
 
 「プリシラさん。こいつは死ぬから、今のうちに別れを言っておけ!」
 
 なんだかプリシラさんを賭けた戦いになって来たけど、僕はプリシラさんを迎えに来ただけなのに……  プリシラさんのモテキか? 一人の女を賭けて戦う愚かな男だね。負ける気はねぇけどな!
 
 
 神速、モード・シックス!
   
 
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