異世界に来たって楽じゃない

コウ

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第二百七十一話

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 プリシラさんを寝取ろうとした集金人は、ライカンスロープで昔からの知り合いで、俺の女の股ぐらに手を突っ込んだクソ野郎!
 
 
 神速、モード・シックス!
 
 神速の突きの連打は寝取り男に軽々と避けられ、何度目かの引いた剣に合わせて距離を詰めて攻守が逆転した。

 長い斬馬刀で受けもしたが、これはもう僕の戦える距離ではない。とてもじゃないが、受ける斬馬刀が可哀想になってくる。
 
 超振動は流しているのに、寝取り男の爪にさえ傷が付いてないぞ。壊れたのか?  まだ保証期間中か?
 
 爪の一閃を避け、弾けて距離を取る。一息のコーヒータイムを入れたい所だが、付き合ってくれるようで合わせて跳ねて来やがった。
 
 だが一歩分、僕の方が速い。着地したら薙ぎ払って真っ二つだ。斬馬刀を後ろに構え着地を待つ。この間にジャンケンでも出来るくらいの余裕が僕にはある。
 
 着地した瞬間に僕の方から真横に一閃を放つと、宙にいる寝取り男が身をよじって交わし、踵落としを決めて来た。
 
 そこで避けれるか!?  追い込んだのは僕の方じゃなかったのか!?  触手義手を伸ばし防御を!  としたが、簡単に蹴り落とされ頭が揺れる。おぉ、世界は震度三くらいか……
 
 伸ばした触手義手は脆いものだ。だが先は爪だ。僕は揺れる視界の中で寝取り男の顔面目掛けて、突き刺す様に伸ばした。
 
 避けた!  この距離で、下からの死角を付いたのに!  バク転の連続。まるで体操選手の様にクルクル回って距離を取り、最後は着地を綺麗に決めた。  ……点はやらねぇ。
 
 まだ揺れる頭。二日酔いみたいに頭が痛い。距離を取ってくれたお陰でコーヒーブレイクだ。本当にコイツは強い。
 
 強いという感じより、総合的に僕より上手だ。おそらく実戦経験が桁違いなんだろう。僕はそれを補う為に機先の心眼を使うが、モードを上げれば速さの方が先に行ってしまう。
 
 頭が痛いのは蹴られただけでは無さそうだ。長期戦になれば、負けるのは僕の方だと分かってきたから。かと言って短期戦に持ち込むのに乗って来てくれるのか……
 
 「ずいぶんと乱暴な太刀筋だな」
 
 「我流でね。教わる事が無かったんだよ」
 
 「速いだけか?」
 
 「プリシラさんには好評を頂いてますよ」
 
 僕はわざとらしく腰を振ってみた。本当は速くて太くて強いけれど、そこまでは教えてやんねぇ。バカ話しのお陰で「揺れ」も収まってきた。さて、始めるか。
 
 プリシラさんを賭けて逃げる選択肢は無い。それだったら負けた方がいい。プリシラは俺の女だ、誰にもやらねぇ。
 
 斬馬刀から超振動を切り、右肩に背負うように構える。両手持ち、フルパワーで振り落とす。それでダメなら、また考えるさ。時間があればね。
 
 「変わった構えだな。それじゃあ、俺は仕留められないぜ」
 
 神速、モード・シックスを避けた余裕か、僕の太刀筋を見極めてか、寝取り男の余裕がムカつく。この斬馬刀を握ってから一度は試してみたい事があったんだ。
 
 「ジゲン流って言ってな。初太刀の全てを賭けるんだよ」
 
 「避けたらどうすんだ?」
 
 「困る!」
 
 「困らせよう!」
 
 即答と共に疾風の如く迫る寝取り男。バカめ!  短期戦に乗って来やがったな。僕はジゲン流なんて知らんのだよ。知っているのはジゲン流の心構え。二の太刀不要、一刀で決める決死の剣である事と……
 
 「チェスト!」
 
 掛け声だ!  ギリギリまで待ち構え、袈裟斬りに振るう斬馬刀を寝取り男は紙一重で交わし、僕に向かって鋭い爪を突き立てた。
 
 まだ……   まだだ!  皮鎧を貫通し、服を突き抜け肉に刺さる。こいつが絶対に避けられない距離まで!  肉が抉られ骨が砕け、心臓まで後一センチ。
 
 心臓が爆発するかに鼓動が胸を打ち、モード・シックスを越える速さで僕は打ち下ろした斬馬刀を左から切り上げた。
 
 「がふっ!」
 
 斬った筈なのに寝取り男は無傷かよ。ヤツの爪は心臓まで届いた。気管を通った血が口から吹き出す。負けたのか……
 
 「お前……  滅茶苦茶だよ……」
 
 半身を残して崩れ行く寝取り男。僕がしたかったのはジゲン流じゃない。僕がしたかったのは佐々木小次郎が使ったと言われる「燕返し」だ。
 
 物干し竿と言われる長剣で、袈裟斬り、左切り上げを高速で繰り出す斬擊。あまりの速さに上下から斬られるように見える秘剣、燕返し。斬馬刀の長さを見てから一度はやってみたかった。
 
 練習で出来ない事は試合で出来ないぞ、と言っていた部活の先生。以外と出来ましたよ、心臓に穴が空いたけど……
 
 だけど、死んでない。切り上げる時に感じた鼓動と、穴が空いても止まらない心臓。  ……クリスティンさんか?  手伝ってくれたのか?
 
 僕はプリシラさんに歩み寄って片膝を着いた。プリシラさんは顔を上げてくれたが、その頬には涙が流れていた。
 
 あれ?  やっぱり斬ったら不味かったのか?  殺してくれって言ったのは僕に向かって言ったんじゃないのか?
 
 「プリシラさん……」
 
 どうしよう?  斬ってゴメンね、って言った方がいいのだろうか?  もしかしてお兄さんだったとか言わないよね。
 
 殺してくれって言ったのは、寝取り男に僕を殺してくれって事じゃないよね?  どうしよう?  笑顔で迎えてくれると思ったのに……
 
 「プリシラさん……  勝ったのは僕だ。プリシラは俺のものだ!」
 
 これが正解みたいだ。プリシラさんは涙を流しながらも笑ってくれた。一人の女を賭けて戦った男には最高の喜びだよ。
 
 あれれ?  心臓の鼓動が弱まって来てるぞ。もしかしてクリスティンさんが聞いてたかな?  もしかして嫉妬ですか?  出来ればソフィアさんの所まで心臓を動かして欲しいのに……
 
 僕はプリシラさんに倒れ込んで気を失った。
 
 
 
 「起きたか腐れ……」
 
 少し頭が、ぼーっとする。血が流れすぎたか、一人ベッドが寂しいからか、プリシラさんはベッドの横に椅子を持って来て座っていた。
 
 これで足を組み、ミニスカートだったなら、一瞬で目が覚めたろうに……  サービス精神のないヤツはこれだから困る。
 
 「プリシラさん……  ミニス……」
 
 止めておこう。僕は怪我人だし、これ以上、怪我を増やされても困る。それにプリシラを手に入れたんだ。これは大いに誇ってもいいくらいだ。
 
 「礼を言うぜ……  ジェイコブを殺ってくれてよ……」
 
 あの寝取り男はジェイコブさんと言うのね。あれだけ剣で語り合って、名前も知らないのは可哀想だからね。強敵だったジェイコブ。永久に安らかに眠れ。僕はプリシラさんと眠るから。
 
 「あの人は……  あのライカンスロープは知り合いですか?」
 
 「ああ……  ソフィアも連れてくるよ。あいつにも関係のある話だ」
 
 プリシラさんは、そう言って立ち上がり部屋を出て行った。あまり嬉しそうな顔をしていない。ソフィアさんにも関係がある話しみたいだが、きっと重い話しになるのだろう。聞く僕の方も少し心構えをしておいた方がいいのかもしれない。
 
 それまでは、ゆっくり休ませてもらおう。せめて感謝の印にキスの一つでもしてくれてもいいのに……
 
 「待たせたな」
 
 待ってねぇし、速いしぃ……  隣の部屋に居ただけだろ。勿体ぶりやがって、心の準備がまだ出来てないんだよ。
 
 「あのジェイコブって言う男……  ソフィアさんも関係してるんですか?  ライカンスロープなのに?」
 
 「……はい」
 
 ま、まさか!?  ソフィアさんとも関係を持っていたとかか!?  二又か!?  浮気は良くない!  僕なら、僕なら……  人の事は言えないです。
 
 「三人は知り合いだったんですか?」
 
 「ああ……  古い、古い話さ。いや、今でも鮮明に覚えている話か……」
 
 昔、昔、ある所にお爺さんとお婆さんがおりました……  では、無く。昔、昔、アシュタール帝都の片隅に、一般的に言うギャングとか不良グループみたいのがおりました。
 
 そこはライカンスロープの一団。ジェイコブを筆頭に幼いプリシラさんも、そのグループに入っていたそうだ。
 
 ライカンスロープの性質上、強い者が上に立ち、ライカンスロープの性質上、派手に暴れていたらしい。
 
 そこに自分の居場所を求めた女の子、歳の離れたソフィアさんの姉、リアーヌさんも加わって来た。それを切っ掛けに人間も亜人もエルフもドワーフも、世に言う「はみ出し者」が集まり、ギャングの域を越える程の一団となった。
 
 プリシラさんは盲目的にジェイコブに従い、リアーヌさんもそうだったらしいが、ソフィアさんはリアーヌさんを止めていた。
 
 ソフィアさんとリアーヌさんには両親がいるが、生活の事情か教会で育てられ、才能に恵まれていたソフィアさんは魔法を習い、リアーヌさんにはその才能は無かった。
 
 二人は別れた人生を歩むはずが、ソフィアさんとしてはリアーヌさんにジェイコブの一団から離れて欲しいと願い、ギャンググループに通っていた。
 
 三人は自然と知り合う様になり、ジェイコブを信奉しているプリシラさんも、まるでソフィアさん達と本当の姉妹のような関係になっていった。
 
 出過ぎた杭は打たれるもの。アシュタール帝国は騎士団を使いジェイコブの一団を殲滅させようと動き始めた時、それを未然に察知していたジェイコブはライカンスロープを除く全てを殺してアシュタール帝国を離れた。
 
 プリシラさんには声が掛かって無かったと言っていた。もし声が掛かっていたら、ライカンスロープ以外は皆殺しにして一緒に帝都を離れたのだろうか?  ソフィアさんの姉をも殺して……
 
 ソフィアさんは教会に戻り、そこで魔法の技術を磨き、治癒魔法者として育つ。プリシラさんはジェイコブに事の真相を聞き出そうとジェイコブを追った。
 
 何年かして、クリスティンさんを連れてアシュタールに戻ったプリシラさんはソフィアさんを含めて白百合団を立ち上げたそうだ……
 
 「それで、ジェイコブを追う為に各地を転戦する傭兵団になったと……」
 
 「見付けられねえ筈たよ。ロースファーに飼われていやがった」
 
 「これからどうします?  目的は果たしちゃったみたいだし……」
 
 プリシラさんは「殺してくれ」と言った。殺す事が、リアーヌさんの仇を取る事が目的だっと思う。あの時、その望みは僕に向かって言ったのだろうか。
 
 強い者に従うライカンスロープの性。僕とジェイコブを天秤にかけたんじゃ無かろうか。リアーヌさんと、どれ程の結び付きがあったのか分からない。ジェイコブと、どれ程の結び付きがあったのか分からない。心の深さは計りようがない。
 
 きっとプリシラさんの望む未来はこれで良かったのだと思う。だって僕の方が「いい男」だからね。いい男に従うのは女の性だ……  と、言い切ってみたい。
 
 「ジェイコブがリアーヌや他のヤツを殺した理由は聞けなかったが、ライカンスロープだからな……  きっと好き勝手に生きてるだけだろ……」
 
 フリーダム。他人に迷惑をかけないなら、好き勝手に生きて死んでくれ。力をもったヤツは好き勝手に生きられないのよ。
 
 「白百合団を作った理由は無くなったと……」
 
 「そうだな……  これもジェイコブを探す為に作ったからな……  解散するか……」
 
 「えっ!?」
 
 「ウソだ、バカタレ!  今の団長は、てめぇだろ!  てめぇが決める事だ」
 
 ビックリ、シンちゃん。ここで解散をしたら神様との約束が果たせなくなる。白百合団と共に神様の望む面白いエンディングを見せる事。もうすぐ叶えられる約束が破られるかと思ったよ。
 
 「とりあえず解散は延期で。この戦が終わってから考えましょう」
 
 「好きにしな。ミカエルが団長だ……」
 
 もう少し付き合って下さい。この戦が終わったら……  僕はプリシラさんと……
 
 「好きにしなで思い出したんですけど……  僕はプリシラさんを好きにして構わないんですよね?  ジェイコブとの賭けで僕は勝った……」
 
 眩い五本の光が僕の五臓六腑を貫く。久しぶりの不意討ちに、プリシラさんを自由に出来るという高鳴る鼓動も止まりそうだ。   
 
 「プリシラさん!  いったい何の賭けをしたんですか!?」
 
 目の前の血だるまになった怪我人を放っておいて、プリシラさんを問い詰めるソフィアさん。変わらないねぇ。白百合団は未だに健在だよ。これからもね。
 
 「そ、そんな賭けなんてしてねぇ!  こいつの勘違いだ!  早くこいつを治してやれよ。今日は一日、ソフィアにくれてやるからよ」
 
 そう言って部屋を逃げる様に出ていくプリシラさん。僕を睨むソフィアさん。早く治してね、死んじゃうから。
 
 
 部屋を出て行く時、振り向き様に言葉にせず、「ありがとう」と言った言葉は、僕の心に「爪」と「レーザー」以外で初めて刺さった。
 
 
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