異世界に来たって楽じゃない

コウ

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第二百七十五話

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 ノルトランドに行く為には人魚のテリトリーを通る必要がある。だが、そこには出産を間近に控えた人魚を襲うクラーケンがいた。
 
 
 出産の為にテリトリーを組んだ人魚達。そこを横切る僕達の邪魔をするようにクラーケンが現れる。  ……妊娠の人妻人魚。ハーレムには出来ないねぇ。
 
 船長はクラーケンと戦う事を渋っている様だったが、僕達はノルトランドに行かなければならない。もちろん、人魚達が僕をハーレムの王として迎え入れてくれるのなら、ここに定住しても構わない。僕は心に秘めた野望を押さえ、白百合団にクラーケンとの対決を伝えた。
 
 そして僕は釣りを始めた。話は呆気ないほど簡単に決まり、今度は夜釣りだナイトフィッシングだ。もちろんアルマは縛っておいた。何で捕虜のくせに自由に歩き回れるのか不思議だ。
 
 渋っている船長が操る船脚は遅く、明日の昼には目的のテリトリーに着くらしい。それまでは楽しまないと、人生楽あり愛ありだ。
 
 疑似餌を流し夜空を眺める。海から見る星は海面にまで照らされて、全てが星の瞬きに見せてくれた。こんな時に女の子が隣にいたら、クサイ台詞も許されるだろう。
 
 星に見いっていると、竿がしなった。この太い竿がここまで曲がるなんて、きっと大物がかかったに違いない。本来ならリールを巻いて手繰り寄せるものだが、ここの釣り方はこの後から手釣りになる。
 
 まるで大間のマグロ釣りだ。手には手袋を着け、指を斬られない様に気を付けながら、僕は異世界フィッシングを楽しんだ。
 
 異世界魚と格闘する事、三十分。さすがに疲れた。もう糸を切って終わりにしたくなる。だが、疲れてるのは相手も同じ事だ。僕は最後の気力を残り十五分と決めて戦場に戻った。
 
 残り二分をきった所でナイフを用意した。明日はクラーケンと殺り合わないといけないのに、明日の筋肉痛の方が気になって仕方がない。
 
 糸を切ろうとナイフを握った時、不意に軽くなる手応え。もしかして糸が切られたかと思ったが、何かが釣れている感触が痺れた手にも伝わった。

 勝った!  心を踊らせ魚の調理法を考える。刺身なんて、この世界では生の魚を食べるのだろうか?  やっぱり煮付けならハズレは無いかな。それとも油で揚げるのも豪快で海の男らしい料理法だろう。
 
 船縁まで引き寄せ、網を探すが用意をしていなかった。こんな大物を上げたら糸が切れるんじゃないか?  でも、ここまでやったのだから、どうしても釣りあげたい。僕は波とのタイミングを見計らって一気に船まで釣り上げた。
 
 ……ナニコレ?
 
 見た目はマグロだ。築地市場で見た事がある大物だ。油が乗っていて、生でも煮ても美味しく頂けるだろう。
 
 マグロと違う点があるとすれば、手足が付いている事くらいか。エラの近くに白く透き通る様な両腕が。お腹の下の方には艶かしい両足が。
 
 魚だけを見れば美味しそうだ。すらりと伸びた両手足を見れば違う意味で美味しそうだ。……まさか、これが人魚なのかよ!?
 
 確かに人の手足と魚の融合は話と合っている。だが、融合の仕方が違うだろ!  上半身と下半身の融合で人魚でしょうが!
 
 巻き付いた糸でジタバタと暴れる人魚の糸を切り、僕は優しくキャッチ・アンド・リリースで海に帰した。もう、釣られるなよ。夢を壊すから……

 
 悪い夢を見ていた。人魚と思っていたのが、どちらかと言えば半魚人。魚と会話が出来る訳でも無く、美しさの欠片は手足しか無い。
 
 美しいと言っても隣で眠るクリスティンさんには敵わない。ひいき目に見てもソフィアさんの手足くらいの美しさだろうか。  ……ソフィアさん、少し太りましたか?
 
 僕は女体の森を掻き分け起き上がった。一人で寝ていたのに、アラナやルフィナまでいる。血を吸われてないか心配だ。
 
 筋肉痛は思ったより無かった。これが三日目に来たら歳を取った証拠なのだろう。まだまだ若いよ。下半身も若いね。
 
 朝から相棒も元気な様だが、今の僕には人魚のイメージが強すぎて何もする気になれなかった。もう少し……  せめてジュゴンだったらと悔やまれる。僕はまだ研究中のオリエッタを労う為に服を着て相棒を静めて部屋の外に出た。
 
 廊下に出ると外の方で「人魚だ!」との声が。正直に言って、もう興味は無い。人魚を釣ったし見たしで満足だ。漁業をやってる人には人魚が居れば魚も集まるらしく大切にされるのだろうけど……  釣ったのヤバくないか?
 
 天然記念物的な扱いだったらどうしよう。食べようと思ってゴメンなさい。リリースしたから許されるよね。僕は一応、責任を感じて甲板に上がってみた。
 
 船首の方で騒がしい。人魚の話は終わったのかな?  それなら何事も無かった様に帰るだけだ。それでも引き寄せられたのは、運命だったのだろうか。
 
 「いた……」
 
 これは運命なのだろう。僕を見付けたその女性と目が合うと、恋する視線が二人を包み込み、世界をピンク色に染めていく。
 
 「誰だ、てめぇ」
 
 三人の世界を真っ赤な血の色に染めていく。最初に死ぬのは誰だ!  期待して待て! 
 
 ……いや、初対面で殺し合うなんて非常識だな。いくらプリシラさんでも目が合っただけでハルバートを振り回すなんて考えられない。
 
 ただ問題が。この船首に立っていた女性は……  おそらく人魚なんだろう。船員が「人魚だ」と道を空けながら話している。
 
 僕の方に真っ直ぐ歩く姿はスーパーモデルさながらで、美しさはクリスティンさんより、ちょっと劣るくらいでプリシラさんよりは上だ。だから怒っているのかな?  もしかして僕に対する嫉妬か?
 
 その美しさも総合的に見てだった。付いたばかりと思われる身体に残る傷を除いての事だ。この太陽の強い南国で、その溶けるような白い肌に付く火傷の様な傷口は身体を無数に走っていた。
 
 僕は後ろを振り向く。  ……いない。視線が交差したように思えたけど、この怪我の具合からソフィアさんを頼っての事だと思ったが、僕の後ろには青い空が入道雲を描いている。夏も終わりかな……
 
 人魚の方に振り向き返ると目の前に、近いくらい目の前に立っていた。ここは我慢だ、目線を下げるな!  身体の傷口が見て取れる様に、人魚さんは裸族の様らしい。もしかして同じ裸族と思われているのか。
 
 「責任を取って……」
 
 神速、モード・シックス!
 
 紙一重で避けるハルバート。床に食い込み船を壊す。これ以上、暴れたら手が付けなくなる前に、僕はプリシラさんにタックルをする様に押し倒した。
 
 「誤解です!」
 
 傷だらけの裸の女性が「責任を取れ」と言って来たら、白百合団に長く所属している僕には、こうなる事が容易に想像が付く。付かなかったのはクリスティンさんも聞いていた事くらいだ……
 
 「離せ!」
 
 「嫌だ!」
 
 心臓が痛い。神速のほとんどを自分の心臓マッサージに使っている僕の両腕は筋肉痛もあって限界が直ぐに来た。
 
 距離を取る僕は逃げ場の無い船の上で、船室の上に登り正々堂々と自分の身の潔白を主張したかった。
 
 「僕は……」
 
 青空に浮かぶ入道雲を切り裂くプラチナレーザー。その射線に立つ僕を貫いて行く。そんな風景を綺麗だねと思える余裕が、最近出来た様な気が僕はするよ。
 
 「は、話を……」
 
 余裕が無いのは人魚さんの方らしい。話し掛けた男がいきなりハルバートで斬り付けられ、プラチナ色の光で射ぬかれたんだから。……心臓も痛いのよ。
 
 僕も話をしたかったよ。人魚の生態とか食事事情、出産や恋愛はどうしているのかと……  たぶん、後で話が出来るよ。心配しなくてもいいんだよ。だって僕は詐欺師だからね……
 
 
 
 ギロチン首輪復活。僕も復活。死にかけても……  いや、死んでも復活する僕は何か前世で悪い事でもしたのかな?  前世では魔王と相討ち、そのまた前世では日本で死に、きっと記憶の無い日本での前で何かやったのだろう。
 
 「起きたか、腐れ!」
 
 キックは止めよう、無抵抗で可哀想な詐欺師なんだから。だが、詐欺師でも僕はウソを言った事は無い!  少しは言ったかもしれないけど、それは命を狩られるほどのウソじゃないと思う。
 
 「おはようございます。アゴが砕ける様な朝ですね」
 
 ギロチン首輪をして吊るされていると、プリシラさんのハイキックに丁度いい高さなんだろうね。手で止めようなんて思わないよ。手首が折られるからね。
 
 「聞いたぞ、てめぇ!  イルカのエサ確定だな」
 
 狂暴なピラニアの様な異世界のイルカ。あの群れの中に吊るされるのは嫌だ。僕はイルカのエサになる様な悪い事はしていない。船員はみんな男だし、男とそんな関係を持った記憶も無い。
 
 「みなさん、とても激しく誤解をしていると思いますよ」
 
 「誤解だと……  これを見てまだ言うか!」
 
 連れて来られた人は人魚さん。見た目は美しい女性だが、身体のあちらこちらに無数の傷が。まるでクラゲに襲われたようだった。もしかして、クラーケンとはクラゲの事なのか?
 
 「てめぇが、やったそうじゃねぇか。女の身体に傷を付けるヤツなんて魚のエサだな」
 
 「知らない!  僕は知らない!  そうでしょ。僕達は初対面でしょ!」
 
 鬼気迫る僕の言いように、プリシラさんの影に隠れた人魚さん。痴漢の冤罪を訴える人の気持ちが今なら分かる。どうか男子の言い分も聞いてくれ。
 
 「昨日……  縄で……  縛られて……」
 
 消え入りそうな声が陪審員の心を揺さぶり、僕の心臓を揺さぶる。裁判長、最後に一言だけ言わせて下さい。
 
 「そ、ぞんな事ば……  じでいなぃい……」
 
 「多数決を取るぜ。有罪か死刑か、手を上げろ」
 
 どちらも同じだろ。陪審員は一人を除いて有罪と死刑に手を上げた。
 
 「もしかして~。団長は人魚を釣ったりしませんでしたか~」
 
 助け船はオリエッタからだった。意外な人から意外な言葉が出て、場は一時の安らぎと僕を永眠に向かわせた。クリスティンさんだけは力を抜いて無い。
 
 「づっだ……  釣った!  この人とは違う手足の生えた魚人間を釣った!」
 
 僕は最後の気力を振り絞った。もう少し、後少し、生きていたいんだ!
 
 「どういう事だ、オリエッタ?」
 
 「たぶんこの人が昨日の夜に団長に釣られた人魚です~。  魚を釣ってる団長を見てます~。  身体の跡は釣糸で付いた物だと思います~」
 
 「……そうなのか?」
 
 「はい、先程から何度も……」
 
 きっと人魚さんは口下手なのか?  それともプリシラさんの勢いに押されてしまったのかな?  何はともあれ、誤解は溶けそうだ。僕の心臓が止まる前で良かったよ。  ……プリシラはギロチン首輪で後ろから死ぬまで突き殺す刑ね。
 
 「そ、そうか……  悪かったな話を聞いてなくてよ」
 
 それは人魚さんに向かって言う言葉じゃない。僕に向かって言え!  「ごめんなさい、ミカエル様。私は一生、貴方の下僕として生きます」だろ!
 
 「誤解が溶けた所で……  プリシラ!  この首輪を取れ!  クリスティン!  いつまでも心臓麻痺をかましてんなよ!  ソフィア!  光るな!  アラナ!  狭いんだから斬馬刀を抜くな!  ルフィナも同じくロッサを出してんじゃねぇぞ!  オリエッタ!  ありがとうね。何でアルマまでいるんだよ」
 
 言いたい事を言ってスッキリした。ストレス解消にカラオケボックスでも作ろうかな。久しぶりに燃え上がるアニソンを歌いてぇな。
 
 
 とりあえず、僕も含め改めて人魚さんの話を聞こう。どうせ、お前ら話をちゃんと聞いてないだろ。  ……スリーサイズは僕にだけ。
 
 
  
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