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第二百七十六話
しおりを挟む聞くも涙、語るも涙の人魚伝説。これぞ愛の唄。僕は愛の為に刃を振るおう。
人魚の名前はソニヤ。惚れた男の子供を身籠っていた、去年の話だ。この海岸の人魚のテリトリーで出産をする予定だった。
初めての出産に緊張もしていただろう。そんな時にクラーケンに襲われた。大勢の人魚が殺され、一命を取り留めたソニヤさんは流産をした。
今年もまた人魚が出産の為にこの海岸に集まる。クラーケンはそれを狙って襲って来る。
「と、言うわけで、クラーケンさんの都合もあるでしょうが、問答無用でぶち殺します」
「異議無し」
珍しいくらいに燃える白百合団。女性同士の共感か、やっぱり燃え上がる様なアニソンを歌いたい。いつか白百合団でバンドを組もう。
「異議はねぇが、二つばかり聞きたい事がある」
僕も二つ聞きたい事がある。スリーサイズとフリーなのかだ? 特に後者は大切だ。人妻に手を出す気は無いし、サイズの方は目算で…… やはり泳ぎの抵抗を無くす為か穏やかな膨らみだね。
「昨日、団長が釣り上げた姿と違うんだろ。どういう事だ?」
それそれ! 僕も気になっていたんだ。昨日釣ったのは魚人間で貴女は人間の姿。あの魚に手足が生えたのが人魚とは認めたくない。
「あの姿は私達が海で泳ぐ姿です。変身すると言えば分かってもらえますか? 私達が食べる海草や魔石は海の深い所にもありますので」
「あたいと同じか……」
同族意識か? 少なくとも、お前のように狂暴じゃねぇよ。戦う為に変身するライカンスロープと食べる為に変身する人魚じゃ凄い違いだ!
「あの~ 海の中なら黒龍岩と言う魔石はありますか~」
「あの黒い魔石の事かな? あれなら沢山ありますよ。私達は食べませんけど……」
どうしたオリエッタ。今日はグイグイと参加してくるじゃないか!? やっぱり海は人の心を解放するんだね。パッと服も脱いで解放しようぜ。
「その魔石が欲しいんですけど~」
「魔石ならいっぱい持ってるでしょ?」
「化学兵器に使いたいんです~。 黒い魔石がいっぱい欲しいんです~」
なるほどね。魔石を指す時には色を使う。赤なら炎系だし、青なら水系。黒龍岩と言われるなら黒い魔石だろうし、名前が付くなら貴重な魔石になるのかな?
「それならクラーケンを倒した時には黒龍岩を報酬でもらえますか?」
「それは構いませんが…… 勇者様が報酬ですか……」
勇者であり傭兵。アシュタール帝国の伯爵であり未来のハルモニア国王とは僕の事だ。今のうちにゴマを擦っておいた方がいいぞよ。
「何で勇者って知ってる! 言ってねぇぞ!」
……そ、そう。僕も不思議に思ったんだ。まだ名乗ってもいないし、これは秘密の軍事作戦で船長にも行き先を言ってないし、知っているのは数人だ。
「勇者様が海に来た事は、みんな知ってます。だから昨日の夜に会いに来たんです」
みんな? そんな! バカな!? 裏切り者がいると言う事か…… 思考二秒。……それは無いな。
戦う為に生きている白百合団が戦えない状況に自らを落とす事はしないだろう。ケイベックのメレディス嬢には船を貸してくれとしか言ってないし、唯一ノルトランドに行く事を知ってるのはアンネリーゼ女王だけだが、情報の伝達が早すぎるだろ。しかも、「みんな」知っていると言ってるし……
「これが二つ目だ。お前は白百合団が来る事を知ってたな。それを頼ってクラーケン殺しか。誰に聞いたんだ!」
さすが白百合団の副団長。いざと言う時には危険をかぎ分ける能力が高い。僕もこれで何度、殺されかけた…… 助けられたか。
「エント…… エントが教えてくれました。白百合団が海に向かうから助けを求めれば良いと……」
エントと聞いて思い出す。確か黒炎竜に襲われているのを助けた森の賢者と言われる木の魔物。遠く東の山脈シャイデンザッハでの事で、こことはかなりの距離がある。しかも海に出る話は王都クリンシュベルバッハでの事だ。
「なるほどな……」
あれ? 納得したぞ。納得していいのか? この距離をノロマなエントが持久走でもしたと言うのか? ……大丈夫だ。アラナも納得した顔をしていない。話が分からないのは僕とアラナか。
「プリシラさん。アラナにも説明してあげて」
何故か一瞬睨まれた。バレたかな? アラナ、ごめんよ。団長の威厳を損ないたくないの。少なくともこの人魚さんに。
「エントは遠くても意思の疎通が出来るんだ。エントなんて何処にいるか動かなければ分からねぇからな。おそらくエントの中では知れ渡っているんだろうな」
それは宜しくないですね。お喋りなエントがいたら僕達の行動が魔王に筒抜けだ。これは早目にノルトランドに言った方がいいかもしれない。魔王の首は諦めるのかも……
「エントには口止めをしておいて下さいね。ここにいる事は内緒で。で、やる事は決まったし、殺らなければ先に進めません。団則にのっとり邪魔する者は全て殲滅です」
舞台は整って来た。今回のギャラリーは悲しくも美しい人魚達。主役は僕じゃないのが残念だけど、脇役があって主役が光るものだ。今回は助演男優賞を取るぜ。その後の打ち上げパーティーは主役をもらう。何か一発芸でも考えておくか!?
船は止まり、ソニヤさんは人魚のテリトリーに僕達の事を伝えるため帰って行った。海に飛び込む姿は美しいフォームで渋きの一つも上げなく、再び海面に出て来た時には魚人間に変身していた。
「出航!」
渋っていた船長も安全な漁場を得られると知って、少しはやる気を出してくれたみたいだった。僕達はクラーケンが活動をする星降る夜に人魚のテリトリーに向かった。
「勇者殿、三十分もあれば人魚のテリトリーじゃ。本当にわしらは戦わなくてもええんじゃの?」
「もちろんです。船を向かわせてくれるだけでも有難いですよ。戦いは白百合団にお任せください。船長が思うよりアッサリと終わってしまいますよ」
クラーケン。海を縄張りとする魔物。船長によると船をも沈める魔物だそうだが、この船は元々は貴族の大きな船だ。簡単に沈められるほど小さくは無い。
それに話を聞けばクラーケンはダイオウイカみたいな者だと分かった。確かにダイオウイカなら小さな船も沈められるだろうし、狂暴な肉食と言うのも分かる。
出来ればその生態を録画して放送局か研究者に売り付けたい所だが、人魚と約束で貰える黒龍岩は宝石としても珍重されているので経費を賄える所か、白百合団の借金返済にも当てられそうだ。
そうなると僕のやる気が出てくる。この戦で使ったお金は僕達の年間収入を軽く越えて、寄り道もせずに自己破産街道を爆進中だ。
この様な臨時収入はありがたい。勇者として各国から伯爵の給料を貰える事にはなっているが、戦が終われば勇者の地位も終わりだし、アシュタールの伯爵の爵位だって怪しい。
人魚さんとの繋がりを持てるならクラーケンの一匹や二匹、断固殲滅、絶滅不可避だ。レッドデータブックに載せてやるからな。
僕は船長と別れ船縁で星を眺めた。今日も綺麗だ。こんないい星空の下で殺戮をするなんて、天国は遠くなりそうだ。
「あたいと、どっちが綺麗だ?」
う~ん。同じくらいかな?
「もちろんプリシラさんの方が綺麗ですよ」
珍しい事を言うもんだ。綺麗さを比べるなんてね。クリスティンさんとじゃなくて良かった。言葉の選びようが無い。
プリシラさんは僕と並ぶ様に船縁に手をかけて、持たれる様に天に浮かぶ星空と、海に光る星を一緒に見ていた。
「クラーケンは任せな。あたいが殺す……」
どうした、どうした? いつもの勢いが無いじゃないか? 憂いたプリシラさんも何時もと違っていいじゃないか。肩に手を回しても間接を取られる事は無いかな? 僕はそっと…… 内心ビクビクとプリシラさんの肩に手を回した。
「人魚さん達も大変なんですね……」
違うな…… たぶん言葉が違うな。前もって言ってくれれば言葉の引き出しを漁っておいたのに。いきなり、この雰囲気でしょ。誰か「偉人の名言辞典」をくれ。
「そうだな……」
やっぱり違ったよ。ボキャブラリーの貧困さが泣ける。ここは愛の唄を奏でるべきなんだろうか。それとも、この後の戦いの事を話すべきなのか。この星空の下で……
肩に回した手がジワッと汗ばむのが分かる。十秒か一分か二時間半か、思考は高速で回転しながらも身体は動かなかった。
「……人魚の事を考えてちまってな。少しは元気が出たぜ」
言葉は要らなかったのか。人魚さん達の事は当たっていたけれど、言葉は必要なかったんだ。同じ変身をし、人間とは違うという同族意識がプリシラさんの気持ちを……
「プリシラさん……」
言葉がいらなければ、行動あるのみ。僕は回した手からプリシラさんを引き寄せキスをした。ロマンチックな星空がそれを許してくれたのか、僕は舌を入れて乳をも揉んだ。
少しの間…… 十秒か一分か、二時間半か楽しんだ後に、プリシラさんは僕の手に手を重ね「また後でな……」と言って蹴られる事も舌を噛み千切られる事も無く、僕達は離れた。
プリシラさんには言葉より行動が必要だったのかな? プリシラさんは言った。「後でな……」と。後でならいいんだな! 後で鳴かしてやるからな!
僕はクラーケンの事より、どうやってプリシラさんにギロチン首輪を着けるか考え始めた。
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