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第二百七十七話
しおりを挟む海の魔物、ダイオウイカ。夕御飯はイカ飯か、イカリングにしよう。
「一気に終わらせますよ」
人魚でも戦える者は、僕達の船にクラーケンが向かう様に囮になっていた。クラーケンに怯える出産も今年で最後だ。どうか心穏やかに子供を生んで欲しい。出来れば出産に立ち会ってみたいが、それは旦那さんの仕事だ。
僕は人魚の出産が魚の様な卵か、哺乳類の様な子供を生むのか気になったなりながら、海面で暴れるクラーケンの足を見た。
「バカ目! 白百合団を相手に姿を表すなんて愚か者だな」
僕は勝利の美酒にもう酔っていた。何せ勝てばプリシラさんを自由に出来るんだ。絶対に勝つ! 勝ってプリシラさんをギロチン首輪だ!
「よし! いけ、ルフィナ! クラーケンに対抗してウネウネの巨木、 千年の呪木だ!」
「無理である!」
「……なんで?」
「団長は呆けたか? 海で育つ草木などないのである。よって千年の呪木は育たないのである」
何でこんな時に都合よく魔法が発動しないんだ。マングローブを見習えよ。あれなら海で森を作るんだぜ。バオバブの木だったかな?
「それならロッサも出して近接魔法に……」
「ロッサも出して広域魔法で倒すのである! ロッサ!」
「お久しぶりです。ミカエルさま」
ロッサは不死の女王だ、お化けの類いなんだろう。だから僕の後ろから驚かせる様に出るのかな。胸を押し当てられる気分は悪くないが、頬を寄せる顔に肉を付けてくれたら申し分ない。
「久しぶりロッサ。クラーケンだけど倒せるかな?」
「お任せください、ミカエルさま。■■■■、腐れの大息吹……」
僕は全力で後頭部を叩いた。腐られてどうする!? お前は海も腐らせるつもりか!? 環境破壊も甚だしい。ここには人魚も住んでるし、漁場にもなっているんだ、困る人が多すぎる。
「千の剣で対応して下さいね」
ルームやロッサの攻撃魔法は周りを考えないのが欠点だ。千の剣なら被害は最小限でクラーケンを倒せる。出番は無いけどね。
「ソフィアさん。プラチナレーザー全力で。魔王とはまだ時間もありますし、全力を出しちゃってオッケーです」
この世に貫けぬ物など皆無のプラチナレーザー。高温のシャワーを浴びればいい。ソフィアさんは船首に立つと涼やかな声で言った。
「■■■■、プラチナレーザー」
爆発的な熱量が甲板を焦がして僕の眉毛も危なく無くなる所だった。だが終わりだ! 十本のプラチナレーザーはクラーケンにヌルリと弾かれた。
「魔法かもしれませんね。元よりヌルヌルしてますから弾かれたのかも……」
ええぃ! 頼りにならない者達だ! 魔法がダメなら物理攻撃だ! 白百合団物理攻撃最大の持ち主、普段なら使用の許可は金銭的に辛いからやらせないが、今なら黒龍岩がお金になるから遠慮なく放て!
「オリエッタ、装甲服を着てレールガンを! フルオートで全弾使って構わない!」
音速を越えるオリハルコンのメタルジャケットの弾丸。一発で貴族の馬車が買える程の値段だが、この際は仕方がない。
黒龍岩が宝石にもなるので良かったよ。人魚さんから貰えるなら、遠慮する事なんてない。大手を振って打ちまくれ!
「持ってきて無いです~」
「えっ!? なんで?」
「団長が化学兵器を作る様に言ったです~。マジックコンテナの中身は噴霧器や研究装置でいっぱいで持ってこれなかったです~」
この三段階でクラーケンを仕留めるつもりだった。少なくともソフィアさんのプラチナレーザーで終らせるつもりが、これか……
「船長さん。「銛」って、ありますか?」
「銛ならあるぞ。じゃが、嬢ちゃんが何か放ったろ。大丈夫かの?」
大丈夫です。主役が放つ物は刺さると相場が決まってる。せっかく助演賞を目指していたのに、主役がことごとく舞台を降りるなんて思わなかったよ。この劇場は呪われているのかな。
「有りったけ、持って来て下さい。オリエッタも投げる方を手伝って!」
「はい~」
ルフィナもソフィアさんも控え室で待ってろ。後の舞台は僕とオリエッタのシンフォニーが観客を魅了しよう。プリシラさんは投げるの下手そうだから、ハルバートで待機だ!
僕は二メートルを越えそうな銛を神速最大で投げた。投げたがったが、胸を押さえて膝を付く。僕の神速の最大はモード・シックスだ。セブンを出すにはクリスティンさんの力が必要だが、どうもリズムが合わなかったみたいだ。
「グ、グリスティンざん…… 合わせてぐだざい」
怪力少女オリエッタの銛の一投目は、僕の痛みを無視して刺さった。モード・シックスでも楽勝で刺さる、無理に神速を上げる必要は無い。
「…………先ほど …………プリシラと」
早く話して、心臓も離して。プリシラさんの話が出るなんて神速を上げる為に手伝ってくれていたんじゃないのか!?
「あ、あれは……」
オリエッタの銛の二投目がクラーケンに突き刺さってる今、ルフィナとロッサの千の剣が弾かれながらも突き刺さってる今、僕も参加しなければならない今、ここで話さなければいけない事か!? 今?
「…………してましたね」
言い訳はしねぇ。男の言い訳はみっともないから。だけど弁論のチャンスはくれ。一歩近付く度に心臓マッサージの神速が一段上がる。
僕を見下ろすクリスティンさんの足も綺麗だ。上なんて見上げられない。見上げてもクリスティンさんの冷たい瞳が待っている。
そんな瞳に見つめられたいと思う一方で、クラーケンは船縁に手か足かウネウネをかけて来た。プリシラさんもアラナも剣を振るって迎撃中だ。このままだと船が沈められて、皆で泳ぐはめになるのに僕の心臓の締め付けは止まらない。
勝負だ! 男に言葉はいらない。言い訳もいらない。ただ行動するのみ! 僕はクリスティンさんに向かって立ち上がり、奪う程の勢いで口付けをした。
「がふっ!」
唇を奪った所までは良かったんだけどなぁ。最後で気を抜いて、思わず肺の中の酸素をクリスティンさんの中に送ってしまった。
クリスティンさんは「おたふく風邪」の様に頬を膨らませ咳き込んでいたが、振り替える顔は微かに笑っている様だった。
クリスティンさんの笑いの「ツボ」は言葉より、リアクション芸の方がウケルと新しい発見をして、今度は穏やかにキスをした。
時間の余裕はプリシラさん達が作ってくれてる様なので、胸とお尻さんを揉みっとしてから唇を離し、抱き締めながら屈んだ。
「働け!」
頭上を通り過ぎる大砲並みに太いプラチナレーザーは、クラーケンのウネウネを根こそぎ切り落として僕の頭皮を多少焦がした。
「働きます! 働きます!」
僕はクリスティンさんをそのままに、銛を取って神速モード・シックスで投げ付けた。銛はクラーケンの頭部らしき所に刺さったが、刺さるだけで致命傷には見えなかった。
戦場のど真ん中で愛を叫ぶのも楽じゃないねぇ。あんなに太いプラチナレーザーが放てるなら最初から打ってくれればいいのに。たぶん、あの威力は僕専用なんだろうね。
決め手を欠く戦い。頼みの綱のルフィナの千年の呪木は無く、オリエッタのレールガンも無く、ソフィアさんは部屋に戻ってしまったし、物理攻撃だけでは仕留め切れないか?
銛は刺さるし、超振動のハルバートや斬馬刀は有効だが、相手が巨大過ぎる。ルフィナやロッサの千の剣は魔法で作られた物だから威力も半減か。
僕は最後の手段をほんわかと思い出し、これがダメなら撤退も最悪の場合はルフィナとロッサに海洋汚染も辞さない腐れの魔法も仕方がないと思えてきた。
「オリエッタ! 一番効果の高い魔石を出して!」
ソフィアさんのお陰で海に潜ったクラーケン。一時的だが静まり返った甲板の上をビタンビタンッと派手に暴れるクラーケンの手足。このチャンスは活かさないとね。
「超振動ですか~。それなら黒い魔石ですけど~。化学兵器が使えなくなっちゃいます~。この魔石は……」
長くなりそうなので黒い魔石を奪い取り、僕の斬馬刀にセットした。これで長時間、超振動を使えるが刃がダメになるから控えていたんだよね。だがクラーケンには丁度いい。
僕はジゲン流の如く斬馬刀を構え待った。次で終らせる。早く終わらせてソフィアさんの機嫌を取る! そうしないとプラチナレーザーが僕に向かって飛んで来る。
待つ…… 来ない。待つ……来ない。待つ……帰ったかな? タバコでも吸って待ってるか……
「来たぞ! 体当たりするつもりだ!」
山も越える程の大きな涙を引き連れ、迫り来る間抜けなクラーケンさん。迎え撃つ為に待っている僕に向かって来るなんて。期待には応えないといけないね。僕はタバコの火を靴で踏み消して構え直した。
「おりゃあ!」
ジゲン流に構え、高速に回転させながら投げた斬馬刀はクラーケンに吸い込まれていった。表面に刺さった銛とは違ってクラーケンの奥底まで突き抜いた斬馬刀は「刺抜き」があっても引き抜けまい。
しかも超振動が長時間発動しているんだ。斬馬刀が致命傷にならなくても、脳ミソ震わせて頭痛に悩まされるだろう。
案の定、クラーケンは逃げ出した。このまま海の藻屑になって魚に栄養を補給してあげて欲しい。間違っても海岸に打ち上げられて、人魚さんや漁民の方々に迷惑をかけずに死んでくれ。
「終わりましたか?」
終わりました! 速攻で終わりました。ソフィアさんの為に直ぐに終わらせましたよ。剣は無くして仕舞いましたが、自前の剣はありますから……
だが、僕がソフィアさんに剣を振るう事は無かった……
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