異世界に来たって楽じゃない

コウ

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第二百八十五話

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 身体が痺れて動かない。こんな真っ暗な中に一人で置いてきぼり。寂しいを通り越して恐怖だ。
 
 
 「アイシャ!  アイシャ・ユニコーン!  聖獣だろ。何とかしてくれ!」
 
 僕の白い愛馬、ユニコーンのアイシャ。ただの白い馬に見えるが実際の姿は聖獣ユニコーン。こいつなら身体の痺れぐらい何とかしてくれる。僕は一抹の希望をアイシャに託したが、返事は小便で返された……
 
 ……馬だしね。そこら辺でしても怒られないだろうけど、聖獣だろ!  お前の人型を知ってるだけに、女性が無闇にするもんじゃ無い。
 
 頼みの綱はアンモニアの小水で濡れ、脆くも崩れ去った。だからと言って震えて待っている訳にはいかない。僕の頭脳はモーニング・グローリーの様に回転を始めた。
 
 オリエッタが作ったであろう薬は、今の感じからして簡単に解けはしない。昼……  夜か明日まで動けない状態が続くだろう。
 
 マジックポーチの中は日用品と賞味期限の切れたポーションくらい。ソフィアさん頼りにしていたから、管理を怠ったしポーションでは痺れは治らない。
 
 自力で動くのは頭から上。叫んでも誰も居ないし、居たら困るのも事実だ。アイシャは役に立たないし、ソフィアさんにパンツを下ろしてもらってた方がよかったかも知れない。
 
 あのバカヤロウども!  そんなに報酬に目が眩んだか!?  俺は誰の物にもならねぇぞ!  と、今の姿じゃ説得力が皆無だ。
 
 プリシラは言っていた。自分の物にすると。
 ソフィアは言っていた。二人で暮らそうと。
 アラナは言っていた。農場を開こうと。
 オリエッタは言っていた。全身改造すると。
 ルフィナは言っていた。血が欲しいと。
 クリスティンは言っていた。……言ってない。何も言わずに心臓麻痺を喰らわせて行きやがった。
 
 クリスティン……  クリスティンさんは何も言わずに心臓麻痺をしていった。心臓麻痺を……  何かが神速で繋がり、神速で去って行った。まるでクリスティンさんの胸の谷間に沈むように。
 
 まて!  慌てるな!  クリスティンさんの胸の谷間ならサルベージは可能だ。これがルフィナだったら「潮干狩り」くらいだったのに!
 
 クリスティンさんは、僕の心臓を麻痺させた。僕はとっさに神速の心臓マッサージで事なきを得た。この辺りで思い付いた「何か」
 
 神速は使える。身体は動かないけど、身体の内部は使えた。自分でも実際にはどうやっているか分からない心臓マッサージ。内部なら使える神速。これか!?  
 
 プリシラさんの谷間に沈み込む前にメモを取らないと。身体の内部は動く神速。動かせばいいんじゃないか?  この身体の痺れを取る為には……  新陳代謝を上げる?
 
 どうやれば新陳代謝が上がるか何て分からない。心臓マッサージだって分かってないんだ。ここは異世界、剣と魔法の国。想像力と行動力が正義な世界。
 
 神速、新陳代謝!
 
 何も起こらない身体。やっぱりダメか?  思い付いたのはこれくらいだ。 諦めてたまるか!  僕には神速しか無いんだから。
 
 神速、モード・シックス!  新陳代謝!
 
 込み上げる嗚咽感。神速を止める前に口から吹き出す汚物は噴水の様に舞い上がり、重力に従って落ちてきた。僕の全身を浴びせながら。
 
 「げほっ、げほっ、くせっ!  汚なっ!」
 
 顔から上半身からリバース物を浴び、やらなければ良かったと思ったが、右手の指が少し動いた様な気がした。いけるのか!?
 
 いけるかも知れないが、精神衛生上、やりたくない。でも、やらなければならない事が男にはある!  どうせ誰も見て無いんだ。
 
 神速、モード・シックス!  新陳代謝!
 
 トレビの泉のなんて美しい事。それとも華厳の滝か?  無理に押さえようと、口を閉じて力を入れてもナイアガラの滝の水量には敵わない。鼻から口から、耳からも飛び出る勢いのリバースは留まる事を知らず、僕の体力とプライドを削る。 

 神速、モード・ツー!  新陳代謝!
 
 二度の噴水を恐れた僕は、速さを落とした。さっきのリバースで鼻に何か引っ掛かって痛いし、汚れたくない。三度目のリバースが終わった時には身体を横に向けるぐらいは動ける様になった。
 
 これならいける!  もう吐き放題だ!  遠慮はしないぜ!  モード・シックス!
 
 内容物が無くなった胃は、今度は胃液を吐き出し身体の痛みが伴って来た。身体の節々が痛いし、頭痛、腹痛、腰痛、歯痛、「痛」が付く痛みが休みなく続く。
 
 痛いだけなら我慢してやる。汚いのは嫌だ、グロは苦手だ。神速、モード・ツー!  ……「痛」だけに「ツー」  ……モード・シックス!
 
 アホはやっても痛みが取れない。頭はプリシラさんに割られた様に、腹はアラナに噛まれた様に、腰はオリエッタに殴られた様に、内蔵はルフィナが引き出す様に、相棒はソフィアさんに噛まれた様に、心臓はもちろんクリスティンさんだ。
 
 何でこんなに苦しまなければならない!  こんなに品行方正、人畜無害な僕が全身を斬り刻まれる痛みを……
 
 全部、魔王が悪い!  あいつが戦争なんて始めなければ、僕はラウエンシュタインの海で女の子と遊んでいられたのに!
 
 僕の狂気が痛みと共に全身を包む。殺す!  殺す! 殺す!  自分でも分かる。自分の理性が吹き飛んでしまうのを。でも、それでも構わない!
 
 この痛みが収まるのなら、殺して殺して皆殺しにしてやる!  どいつもこいつも殺す!  殺す!  殺す!
 
 痛みの闇の中で、僕は人を殺す事しか考えていなかった。それしか今の痛みに耐えられるとは思っていなかったから。
 
 その中で、一人の女の顔が浮かんできた。こいつも殺す。一番最初に殺す!  滅茶苦茶にして、ぶち殺す!  ……いや、待てよ。ただ殺すなんて勿体無い。着エロにしてから殺す。僕はそいつの顔を思い浮かべながら、思い付く全ての服装を思い出した。
 
 学生服、体操服、レースクィーン、水着、ナース、婦人警官、作業服。各社制服、スチュワーデス、各国軍服、民族衣装。隣のお姉さん、奥さん……
 
 一人の女を思い出し、想像の中で着エロを着させて斬り裂き、犯す。それを白百合団、全員に撒き散らせ、僕はモード・シックスの痛みに耐えた。
 
 
 
 やっちまった……
 
 罪悪感が支配する時には身体の痛みも取れて疲れ果てていた。何かドス黒い物に飲み込まれそうな中で思い出した白百合団。
 
 あのままだったらと考えると、僕はどうなっていたのだろうか。きっと頭のイカれた男が一人、出来上がっていたに違いない。
 
 一応、感謝だけはしておくか。今は頭はハッキリしてる。自分の目的も分かってる。僕のやる事は……
 
 とりあえず、海に入って身体と服を洗おう。パンツの前を膨らませる事は度々あったが、パンツの後ろを膨らませるなんて……  いい大人なのに恥ずかしい。
 
 やっちまった事は仕方がない。洗えばもう一度、履けるだろう。言わなければ分からないし、新しいのを買う余裕なんて白百合団には無いのだから。  ……もしかして買えないのは僕だけかな?  僕は全身に汚物と糞尿にまみれた服を脱ぎ、海に入った。
 
 なんていう解放感。ブラブラしている相棒が気持ちいい。透き通った海の中を泳ぐ小魚が群れになって近近付き、僕の事をツツいてきた。
 
 聞いた事がある。確か人の皮膚に着いた微生物か何かを食べる魚がいるんだっけ。石鹸をもちあわせていない僕には丁度いい。
 
 僕は動くのも辛いので身体を洗うのは小魚に身を任せた。綺麗に洗ってもらいたがったが、どうやら小魚はメスが多いらしく相棒だけに寄ってツツいていた。
 
 流石に一メートルを越す魚影を見たので、さっさと海岸に上がり、汚れた服を持って海に入ったら魚の影も形も無くなった。
 
 お爺さんは山へ芝刈りに、僕は海へ汚物の汚れを洗い落とし、ウ〇チの付いたパンツを洗い、どんぶらこ、どんぶらこと、流れ去るウ〇チを見送った。
 
 「アイシャ!  アイシャ・ユニコーン!  今度は働いてもらうぞ!」
 
 びしょ濡れの服が気持ち悪いが、そんな事を気にはしていられない。少しでも体力回復の為に賞味期限の切れたポーションを飲み干し、僕は愛馬に股がった。
 
 「アイシャ!  死ぬ気で走れ!  いや、死んでも走れ!  途中で休めるなんて思うなよ。行け!」
 
 僕は愛馬に鞭を打ち付け走り始めた。神速を使って走りたい気持ちはある。モード・シックスが出れば馬に乗るより早く着ける。
 
 だが、今の僕には体力の回復が一番だ。空っぽのお腹に乾燥肉が染み渡る。少しでも早く、少しでも早く皆の所へ。
 
 焦る気持ちとは裏腹に一回のトイレ休憩を挟んでネーブル橋に向かった。ポーションも腐る事実を知った。
 
 
 ノルトランド側、ネーブル橋。ここも霧に囲まれ、五キロ先のラウエンシュタイン城は見えなかった。かなり深い霧だが心眼を持っている僕には問題が無い。アイシャも流石ユニコーンだけあって霧で前が見えなくとも全力で走ってくれた。
 
 「このまま渡る。途中でヤバいのがあるが、僕が見てるから気にせず進め。行け!」
 
 石畳のネーブル橋を蹄を響かせ全力で走るアイシャ・ユニコーン。心眼が無かったら怖くてゆっくりしか走れないのに、僕の愛馬は風の如く走った。
 
 特定広域心眼で見えてきた橋の中間あたり。橋の半分を埋めるほど、大きな機械が霧に混じって紫色のした煙を吹き出していた。
 
 「止まれ!」
 
 手綱を引いて急減速。石畳で蹄を滑らせながら止まると、馬から降りた。僕はアイシャの首を撫でながら言った。
 
 「アイシャ、ここまでだ。今までありがとう。これ以上、橋を渡るのは危ない。アイシャは海を泳げるか?  たぶん無理だよね。ノルトランドの上陸地点に迎えに行けるか分からないし、ここでお別れだ。ありがとう」
 
 僕はそれだけを言って海に駆け込んだ。神速使いなら一度は試してみたい「水上走り」  だからと言って出来るとは言ってない。
 
 モード・ツーで七歩まで。後は平泳ぎに神速を使おう。無駄遣いは魔王までとっておこう。限界振り切ってでも白百合団より先に魔王の首を取りたい。
 
 
 波と潮流に阻まれ、ラウエンシュタイン城より少し遠くに流れ着いた。
 

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