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第二百八十六話
しおりを挟む流れ着いた海岸で、服を干してゆっくりしたい気持ちを押さえつつ、僕はラウエンシュタイン城まで走った。
海岸を走るなんて、ボクサーが大学の部活動くらいか。女の子を追い掛けてなら、やる気が出るのに。今の気分はトライアスロンの選手だよ。ただ自転車で百キロ走らないのが救いかな。
霧がかかって目の前も見えないくらいだが、僕は心眼を持っている。それでも躓いたのは疲れからか、歳からか、特定広域心眼で城内を見れる範囲に着いた時には息も絶え絶えだった。
特定広域心眼!
ネーブル橋の城壁から城内が見える範囲まで心眼を届かせれば、ゴブリンの死体が中庭らしい所に数十体。
ゴブリンに外傷は無い。たぶんクリスティンさんの翼賛の力か。こっちの魔族には刀傷がある。プリシラさんかアラナだな。上半身から無くなってるのはオリエッタのハンマーか。
城内に傷が無い所を見るとソフィアさんとルフィナは力の温存か遅れたか。なにより、城ごと壊す話もしていたからな。後で弁償とか言われたら借金が膨らむ。魔王軍も白百合団も、それ以外に姿は無かった。
城外の街側。城を挟んで向こう側の街も全てが見れた訳では無いが魔物一匹と見当たらない。こんなに手薄の訳が無いのに、どういう事だ。
城内も心眼で見ても誰も見付けられないし、魔物も居ない。そうなると密閉された部屋の中にいるのだろうか? 僕の心眼は密閉空間を覗く事が出来ないからね。
そうなると、ラウエンシュタイン城に居るとして、執務室か玉座の間かトイレくらいか。お風呂場を覗く気は無い。誰が見たいって!?
僕はゴブリンの死体を飛び越え玉座の間に急いだ。重厚な扉の前で、あの死んだ魔族の剣をもらってくれば良かったかと思い出したが、アルマが角を追って作った木刀だ。無駄にしたら罰が当たる。僕はそう思って玉座の間の扉を少し開けた。
滑り込ませる心眼。捉えたのは床に平伏す白百合団とアルマ。クリスティンさんが居ない! 全力で心眼を広げて中に入れば、オブジェの様に壁に張り付くクリスティンさんと玉座に座る白マスクに外套の……
「待たせた!」
返事無し。返事は元気良く「はい!」は無く、うつ伏し苦しそうな声を上げる白百合達。唯一、オリエッタだけは片膝を着いて頑張っている感じだった。
「アルマ。あれが魔王か?」
掛けた声以上に悲痛な声を上げ、「ま、魔王!」と言って事切れるアルマ。君の死は無駄にはしないよ。そのまま寝ててくれ、後で起こしたくないけど。
気を失ったアルマには悪い事をした。誰かを心配して駆け寄ったり声を掛ければ、攻撃されると思ったのが的中した。君の犠牲はベッドで返すよ。
「お前が魔王か!」
僕は無駄に大きな声で、無駄に剣を振るい、無駄にステップを踏んで魔王に近付いた。これは「わざと」だ。チャラい感じ、僕は強くもないよ的な振る舞いで油断をさそい、モード・シックスの射程圏内に入る。
絶対無敵のモード・シックス。出来ればクリスティンさんに協力してもらってセブンを出したいが、今の僕にシックスさえ出せるか不安だ。
あんな事さえ、痺れされて新陳代謝を上げるなんて事さえ無ければと思うが、有るもので何とかするのが日本のサラリーマ…… 勇者だ!
玉座を降りて僕に近付いて来る魔王。僕も隙を作る為に仕方が無く「元気~」とか「一丁やる~」とかふざけて見せて歩み寄った。仕方が無く。
魔王は思っていたより小柄だった。距離があるけど、僕より小さいくらい。顔は白マスクで金曜日にチェーンソーを持って暴れるのと同じだし、身体つきは外套で分からない。
白百合団を苦しめているぐらいの存在だ。油断はさせても油断はしねえ。現に部屋が綺麗だ。プリシラさん達は剣は抜いてるが、魔王は傷一つ負った感じが無い。ソフィアさんのレーザーもルフィナの魔法も出せずにいるなんて、強敵に間違いない。
一歩、また一歩と僕の射程圏に入ろうとする魔王。僕もストレッチをしながら近付く。射程距離まで後少しの所で魔王は止まった。僕は臆せず身体をほぐす。
「初めまして、ミカエル・シンさん」
なっ! 何て言った!? 勇者の僕はかっこ良くて強いから名前が知られているのも無理はないが「初めまして」だと!? 何で知ってる!? 日本語を!
「ハジメマヒテ~。魔王サン」
ダメだ。久しぶりの日本語でちゃんと喋れない。発音が変だ。日本語学校に通わないと、日本人の彼女を作らないと…… それより何で日本語を知ってる!?
僕はこの世界に来てから日本語を話した事は無い。寝言で言ったかも知れないが、誰かに日本語を教えた事は無いし、彼女もいない。それなのに魔王は日本語で挨拶をしやがった!
「あら、あんまり驚かないんですね。知ってましたか?」
知らねえよ! 魔王なんてブルジョワな人がいたら、お金をたかって悠々自適に暮らしている。それより驚くのは貴女の日本語と服装と顔立ちだ。
マスクを取り外套を肩に掛けたその姿は、ジャパニーズ・ジョシコーセーじゃないか!? 肌の色は魔族特有の紫色だが顔立ちは東洋人の日本生まれだろ。
服装はブレザーの制服。この制服には記憶がある。確か「明鏡止水学園」高等部の制服。中高一貫教育の頭のいい学校で東大に何人も入学させてるし、部活動でもフェンシング部が全国で優勝したとか。
それに学界内で「可愛い制服」として有名だ。制服がレンタルで市場に流れないって吉田君が嘆いていたな。知り合いのコスプレを作る人に頼んで作ってもらったと言っていたっけ。
彼女のいない吉田君はラブドールに着させていたよな。軽く触ろうとしたら烈火の如く怒られた。懐かしい想いで……
……じゃあ、ねえ! フェンシングが強い明鏡止水学園。まさか、侮っていた。こんな事を見過ごしていたなんて……
スポーツのユニフォームの着エロを見落としていた。制服と言えば硬い感じで受け止めていたが、スポーツの着エロがあってもいいじゃないか。
野球やバスケ、フェンシングや新体操も有りだ。まさか、この僕が見落としているなんて、着エロ道は奥が深い。僕は極める事が出来るだろうか。
「話し…… 聞いてますか?」
「もちろん。君が日本人で転生者なんだろ」
「ええ、貴方と同じ日本人です。違うのは貴方は人間に転生し、私は魔族に転生したこと……」
「何で魔族になんか転生した! 戦争してるんだぞ!」
お前が始めた戦争なんだぞ! どれだけの人が苦しんでいると思ってるんだ! そんな事を傭兵の僕が言える訳も無い。
「ミカエル? それともシンさん? 日本人の貴方を何て呼べばいいのかな」
「そんなのはどっちでもいい! 今は戦の話をしてるんだ!」
「そう…… それなら昔話から始めないと…」
「そんなのはどうでもいい! 今すぐ軍を引け! お前、高校生だろ。戦争なんてするより恋でもしてろ」
「私はね……」
こいつも人の話を聞かずに自分の話を始めた。きっと異世界に来ると人の話は聞かないんだろう。僕は聞くけどね。妄想している時、意外は……
魔王。女子高生。佐々木小春。十七才の時に事故にあって死亡。神様から転生を打診され、昔から興味のあった異世界に魔族として生まれ変わる。
僕と違うのは赤ん坊の時から生まれ変わったそうだ。もちろん親も魔族でそれなりの生活をして来た。幼い時にその親に死に立たれ、色々な所をたらい回しにされた。
赤ん坊の時からも日本人としての記憶も神様との話も覚えていて、自分が魔族に生まれ変わった理由も覚えていた。
魔族と人間の共存共栄。それが魔王、佐々木小春がこちらに来た理由だそうだ。魔族は恐ろしい者だと思っていた小春は、それだけで無く人間と仲良く出来る、仲良くしようと魔族に転生を望んだ。
実際には魔族は恐ろしい者だったと、たらい回しにされた所で悲惨な生活を話してくれた。殴る蹴る、飯は出ないなんて当たり前で、乱暴もされた。
逆角が原因かなと、少し笑いながら話している眼は決して笑ってる物では無く、増悪に充ち溢れていた。
そんな生活を百年も過ごして来たそうだ。そうして立ち上がった時には、魔族らしく狂暴で慈愛の心は無くなっていた。
四十年かけて魔族を支配し、魔王として君臨。人間性を忘れた佐々木小春は共存より従属を選んで、人間に戦争を始めた…… こいつ百五十七歳か!?
「簡単な自己紹介かな。結構、苦労したんだ。それを貴方が邪魔をして死んじゃったの」
死んだ? 何の話をしている? 僕は女子高生に手を出した記憶は…… 無いぞ! まして殺すなんて、日本の警察が黙ってないよ。
「相討ちでしょ。貴方も死んだ……」
「……なにを言ってる?」
「前世の話よ。貴方と会うのは異世界で二度目……」
僕は日本で死んで異世界に来た。そこで傭兵になって魔王と戦い相討ち。神様が面白いエンディングを求めて二度目の異世界に来たのだが、こいつも同じだったのか!? 前の魔王もこいつか……
「お前も二度目の異世界だったのか……」
「お前だなんて…… 小春ちゃんて呼んで。同じ日本人なんだから」
あの時、相討ちで死に神の元に行った。それは小春も同じだったんだ。神の元でもう一度、転生して来たって事か。
「二度目って言ったな。百四十年も前から来てたのか?」
「そう。百四十年かけてやって来た事が貴方のせいで台無し。また百四十年かけてやっと会えた……」
時を越えたラブロマンス。出会った二人は幸せに暮らしましたとさ…… なんてエンディングは神の望む事じゃないだろうね。
「会って何がしたい。前世の復讐か? つまらねぇぞ」
「もちろん貴方を殺して神の望むエンディングを迎えるわ。だけど、今度は違う。人間も魔物もみんな死ねばいい」
こいつの思考はどうなってるんだ? 少なくとも同属だろ。味方まで殺すなんて、最後には独りぼっちになっちまう。
「お前、まさか…… 今までの魔王軍も……」
「あたり!」
可愛い笑顔で怖い事を。今まで欠けていたピースが埋まった。魔王軍の不可解な行動。戦略的な考えがあっての事だと思っていた。
こいつ、魔王軍を見棄てるつもりで動かしていたんだな。人間と魔物が殺し会う様に軍を動かし騙していたんだ。
「お前……」
「小春ちゃんて呼んで」
「小春…… お前は二百八十年も生きて来て、やる事はこんな事か…… もっと違う風に力を使えただろうに!」
小春が百年も虐げられて来たのは同情する。四十年で国をまとめた力量は凄い事だ。だが、共存の道は何処にいった?
僕と相討ちし、また同じ事を繰り返す事になった。それは僕も同じだ。また傭兵なんてやってるが、それは生きる為だし戦争なんて無い方がいい。
「ミカエルに私の苦しみは分からない……」
分かりたくねぇな! 知らねえよ! 自分の苦しみを他人にも与えるなんて事は! こいつは生き方を間違った。魔族として共存を考えずに人として共存を考えたなら……
そうでも無いか。人の中にも悪いヤツはいっぱいいる。育った環境が悪かったという事か。それで戦争だなんて…… 育った環境の教育が良かったんだろうな!
「今からでも共存の道は無いのか?」
「……話はお仕舞い。もうすぐ私の軍と人間の連合軍がラウエンシュタインに集まるわ。ミカエルの首を城門に飾って反撃の狼煙にするわね」
見つめ合った所で答えは変わらない。女子高生の可愛さも変わらない。でも、今世の百五十七歳も変わらない。モード・シックスの射程まで五歩足りない。
神速! モード・シックス!
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