異世界に来たって楽じゃない

コウ

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第二百八十八話

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 止まらない神速は自分で出しているんじゃない!  魔王に引き寄せられてる!  木刀を構えるより前に魔王の胸元で光る剣に僕は串刺しになった。
 
 「おしい!  もう少しで心臓だったのに」
 
 魔王は細身のレイピアで、手繰り寄せた僕を刺した。待ってるだけで向こうから来てくれるなんて楽でいいな!  こっちは肺に穴が空いたぞ!
 
 「て、てめぇ……」
 
 「このまま横に振ったらどうなるでしょう?」
 
 正解は輪切りになる。ルフィナとロッサで取り合いになりそうだが、一度刺した剣をその細い腕で反動も無しに横に振れるものか!
 
 振られる自分。自分から動いた訳じゃない。横から重力壁に引き寄せられた。魔王の剣を押さえようと伸ばす手より、引き抜かれる方が早かった。
 
 なんでだ?  あのままにしておけば半身は斬られていたのに。傷口は広がったが、すっぽ抜ける様にレイピアが外れた。
 
 こいつ見た目通りだな。見た目通りの可愛い女子高生。百四十年も生きていても筋肉は女子高生のままだ。と、言う事は身体は女子高生のままなら殴り殺せる。
 
 魔王くらいだから、筋肉が凄いとか魔力が多いとか思っていたけど、こいつは重力壁が使える以外は女子高生のままだ。殺せる!
 
 神速! モード・シックス!
 
 僕は痛みを堪えてソフィアさんの元へ。だって肺に穴が空いたんだもん。塞いでもらわないと空気が抜ける。
 
 「お帰りなさい、あなた。早い帰宅ですね」
 
 ソフィアさんの中で気分は新婚生活か。その話は、さっきの後じゃなくて、戦の後でね。早く治してくれ。吸っても吸っても、空気が足りない気がする。
 
 「我が心臓側をもらうのである」
 
 「いえ、これだけは譲れませんルフィナさま」
 
 この二人も忙しそうだ。お前達には常識が足りてない!  僕がコーヒーブレイクを楽しんでいる間も戦うプリシラさん達。治したら直ぐに行くから頑張ってね。
 
 お陰で僕は冷静に戦況を見れる。いくら攻撃に出ようとも、魔王には傷一つ付けられていない。どうしても重力壁に邪魔されて近寄れ無い。
 
 プリシラさん達も魔王の力がどんなものか分かって来ている様だ。僕が魔王の力を重力を操ると教えてあげてもいいのだけど、重力を説明出来ない。
 
 ニュートンはどうやって教えたのだろうか。リンゴが木から落ちる力だ、と説明しても「当たり前だろ」と言われるのがオチだ。
 
 身をもって覚えるのが一番いい。身体で覚えた事は忘れないから。  ……久しく自転車に乗っていないけど、乗れるかな?
 
 「オリエッタ!」
 
 ヤバい。オリエッタが重力壁に挟まれた。あれはアラナの分身を押し潰した力だ。いくらロリエッタでも……  怪力少女でも耐えられるか!?
 
 神速!  モード・シックス!
 
 肺に空いた穴は塞がった。呼吸は出来る。胸と背中に空いた穴は無視だ!  突っ込め、重力壁を斬る!
 
 怪力少女ロリエッ……  オリエッタは穏和で優しく、ぷにぷに頬のゴスロリ少女。それが服が張り裂けんばかりに筋肉が盛り上がり、重力壁に耐えている。
 
 見たくない、そんなオリエッタは見たくない。今の顔はどんな風な筋肉質になっているのか?  興味があるが可愛いオリエッタのイメージをこれ以上は壊したくない。僕はオリエッタが押さえている重力壁を斬り付けたが、粘土の様な壁に木刀は途中で止まった。
 
 「ソフィア!  魔王にレーザー!  バカ二人!  お前達もだ!」
 
 重力壁が斬れなくても出せる数に限りはある。オリエッタの壁を排除するには魔王を直接狙って、壁を魔王の防御に廻させるしかない!
 
 「誰がバカだって!」
 「僕達じゃないッスよね?」
 
 あっちで無益な議論を続けている方です。決して、前線で戦ってる二人の事じゃないよ。僕は見えない壁に足をかけて、木刀を引き抜いた。
 
 確かにそこにある壁。斬った感触だと高さは二メートルくらい。厚さは三十センチくらいか。モード・シックスでも斬れないのか、それとも木刀の切れ味が悪いのか。こいつを何とかしないと魔王に一発喰らわせられない。
 
 ソフィアさんのレーザーは鏡を受けたように僕の方に返され、六千の剣も僕を襲って来た。回りにいっぱい人がいるのに、僕だけを狙うなんてイジメにしか思えない。
 
 プリシラさんとアラナは重力壁に阻まれ、斬り付けてるか、逃げてるか、飛ばされている。だが、僕の尊い犠牲によりオリエッタは重力壁を脱出した。
 
 「お帰りなさい、あなた。ご飯にします?  お風呂にします?  それとも、わ・た・……」
 
 「治療にします!  早く右手を付けて!  それと穴も塞いで!」
 
 極小レーザーが数千、大剣が六千。これが全部、僕の所に飛んで来たんだ!  身体中、穴だらけ。右手は二の腕から千切れ落ちた。
 
 これで死なないんだから僕は不死身か詐欺師を名乗ろう。「不死身の勇者」「詐欺師の勇者」僕の二つ名はこれで決まりだな。
 
 「プラチナのソフィア」の二つ名を持つソフィアさんは面白くなさそうに僕を治して前線に送り出してくれた。
 
 身体中が痛いし、治した所の皮膚が張る感じ。無理に動けば傷口が開いて血を吹き出しルフィナが喜びそうな事になりそうだ。
 
 やっぱりソフィアさんの誘いを選んでいた方が良かったかな。それとも壁のオブジェになってるクリスティンさんか?  どちらでもいいけど、どちらもって有りかな。
 
 そう言えば、魔法組のソフィアさんやルフィナに、魔王は重力壁を使って来ないのは何故だろう。クリスティンさんは壁ドンされているみたいだし、もしかして魔法なんて気にしない余裕か?
 
 魔法は重力壁を突破出来ない。だけどクリスティンさんの「翼賛の力」ならノーアクションで誰でも心臓麻痺を起こせる。
 
 クリスティンさんを押さえ付けているのは、力を使わせない為?  クリスティンさんの力事態、どのように発動するのか分からないし、大きな心臓ほど麻痺させるのに時間がかかる。
 
 魔王にとって一番の敵はクリスティンさんなのか?  勇者の僕を差し置いて、こんなに血だらけになって戦ってる僕を差し置いて、アシュタールの伯爵で連合軍の総指揮官である僕を差し置いて、カッコ良くて、強くて女の子にモテる僕を差し置いてか!?
 
 許せん!  誰がこの舞台の主役か教えてやる。お前は演出家に金を掴ませて降板させてやるからな!  その後はアクション物からラブストーリーに変更だ!
 
 「いってらっしゃ、あなた」の声に送られて僕は満員電車に乗り込む。あっちから押され、こっちから引かれ……  同じだな。
 
 やはりモード・シックスでも斬り込めない魔王の壁。油断をしてると引き裂かれそうになる力を繰り出す魔王に僕達は決め手を欠いた。
 
 飛び回り、逃げ回り、斬り付け、飛ばされ押し潰され、こんなに頑張っているのに魔王に疲労の影も見えない。チートのモード・シックスもそろそろヤバそうだ。
 
 「補給!  それと足!」
 
 体力の補給はソフィアさんからの熱いキスで受け、潰された足は治癒の魔法で回復した。もう何回目の体力補給と治癒魔法だろう。何故か僕だけが大怪我をしている気がするよ。
 
 ルフィナとロッサは援護の魔法は使うものの、僕をどう分けるか真剣に話し合っている。心臓は半分欲しいから斜めに、肝臓はあげるから膵臓は欲しいと立体的に、お脳は左脳と右脳で分けるから真ん中からねと、僕が補給を受けている時、楽しそうに話していた。
 
 ソフィアさんもプラチナさんやアラナ、オリエッタに体力の補給と治癒魔法をかけているが、「はい補給、はい治癒、さあ行って来い」と十秒足らずで送り出しているが、僕の時には両方で三分くらいは時間がかかっている。今ではキスで三分だ。
 
 その三分の間には心臓マッサージをしないと死んでしまう。クリスティンさんは魔王を狙うより僕を狙うのに忙しいみたいだ。
 
 プリシラさんはもう黄金のライカンスロープになって、どれくらい経つのだろう。今では黄金をまといながらプラズマを発してはいないくらい疲れているみたいだ。
 
 その時に、飛ばされたプリシラさんを抱き止めたら、スタンガンを喰らったみたいに痺れて動けなくなった。もちろんプリシラさんがソフィアさんの所まで蹴り飛ばしてくれた。
 
 オリエッタの動きは僕達に比べたら遅い。その分、重力壁に捕まり易いが持ち前のパワーで凌いでいる。見なければ良かった、その時のオリエッタの顔。後でルフィナに記憶を消してもらおう。
 
 唯一、頑張っているのがアラナだ。今では分身が出せないのか、一人で果敢に魔王に挑んでいる。たまに集中力が切れて、違うものを追い掛けたりしているが大丈夫だ。
 
 みんなの限界も近い。僕の体力は強制注入しているから持ちそうだけど、斬れたり潰されたり刺されたりが一番多いが、直ぐに出されるので精神的に辛い。
 
 魔王だって辛い筈なのに汗一つかいていない。顔に汗をかかないなんて女優向きだね。さすが僕を降ろそうとするだけは……
 
 そう言えば、魔王の重力壁が小さくなっているような。力の強さは変わって無いだろう。さっきも膝を一瞬にして潰されたからな。
 
 だけど膝から下だった。あの高さなら足一本は潰されていても不思議じゃない。やっぱり魔王も疲れているんだ。勝負を決めよう。
 
 「プリシラ!   力を貸せ!」
 
 魔王に対して、いくらなんでも一人じゃ対応出来ない。魔王を殺るなら覚悟がいる。一人くらい犠牲にする覚悟が。
 
 「どうするんだ!?  ヤツには届かねえ!」
 
 「一斉攻撃! アラナは分身を左から後ろに回せ!」
 
 「分身を出したら動けなくなっちゃうッス」
 
 「構わない! オリエッタは右だ。魔法組は撃ちまくれ!  いくぞ!」  
 
 僕はモード・ツーでプリシラさんやアラナに歩調を合わせた。クリスティンさんで一枚、魔法攻撃を曲げるのに二枚。オリエッタの突進を左右から押し潰すのに二枚。
 
 五枚の重力壁を使い、後方に回ったアラナの分身を押し潰すのにさらに二枚。これで七枚、残っていても二枚だ。プリシラさんの突撃を重力壁で押し飛ばすのに一枚。僕にも一枚の重力壁が立ち塞がる。
 
 神速!  モード・シックス!
 
 斬ったらダメだ。重力壁で止められて、魔王までは届かない。ここで渾身の突きを。魔王の頭を目掛け、アルマの角で強化された必殺の突きは重力壁を突き破り顔面まで後少し……
 
 重力壁を貫通した手応えはある。だけど、身体が……  壁に止められ押される、押し返される。僕は後ろに向かって飛ばされた。
 
 
 僕は飛ばされた、プリシラさんの握るハルバートの矛先に向かって。だけど、冷静に。僕は伸ばした触手義手のオリエッタナイフを握りしめた。
 

 
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