異世界に来たって楽じゃない

コウ

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第二百八十九話

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 飛び散る汗、沸き上がる歓声。それは青春。
 飛び散る血、沸き上がる悲鳴。それは戦場。
 
 
 僕は飛ばされた重力壁に押し返される様に、何故かプリシラさんが矛先を僕に向けたハルバートに向かって。
 
 「ぐっ!」
 「がっ!」
 
 僕の胸から出るハルバートの矛先と、魔王の胸から出るオリエッタナイフ。僕だって考えてはいたんだ。必殺の突きが届かなかった場合を。
 
 アラナの分身の背中を、伸ばした触手義手と共にオリエッタナイフを掴んでいた。僕が飛ばされても引き戻る触手義手が魔王の背中からオリエッタナイフを貫通させられる様に。
 
 一つ先まで見越した戦術なんて当たり前だろ。まさか、プリシラさんのハルバートまでは見越していなかったけど……
 
 沸き上がる鼓動はクリスティンさんからの催促か、風前の灯火か。僕は全神経を集中した。
 
 神速!  モード・セブン!
 
 魔王の前に立ち塞がる重力壁ごと、魔王の首が宙を舞う。佐々木小春の首は、逆角をカラン、カランと打ちながら床を転がり、胴体は血を吹き出しながら崩れ落ちた。
 
 呆気ない。魔王と言えども死ねば同じか……  僕は「やった!」と言う感慨よりも「終わった」と言う安堵の方が大きかった。
 
 
 幾多の困難を乗り越え、勇者は魔王の首を取った。これで世界に平和が来るだろう。勇者に栄光あれ、ハルモニアよ永遠に……
 
 キャスト。
 
 勇者。白銀の剣士。
 ミカエル・シン。
 
 白百合団、副団長。
 ライカンスロープ。
 プリシラ。
 
 白百合団、団員。
 二つ名「翼賛の女神」
 クリスティン。
 
 白百合団、団員。
 二つ名「プラチナのソフィア」
 ソフィア。
 
 白百合団、団員。
 二つ名「騎兵殺しのアラナ」
 アラナ。
 
 白百合団、団員。
 二つ名「……」
 
 「で、誰がミカエルを貰うんだ?」
 
 ……えっ?  今の流れが分かって無いの?  今、脳内エンドクレジットが流れてたんだよ!  プリシラさんて映画を最後まで見ないタイプだね。あれは最後まで見た方がいいよ。エヌ・ジー・シーンとかどんでん返しとかあるから。たまにセカンドシーズンの予告とか。
 
 「プ、プリシラさん。今はその事より、僕の治療の方を優先させて……」
 
 「バカか!?  こんな大事な事を後回しに出来るか!?  まぁ、仕方がねぇな。こんな場合だし副団長たる、あたいが貰うか……」
 
 「待つッス!  それを言うなら一番戦っていた僕に権利があるッス!」
 
 「そうでも無いのである。手数では我らが一番多く出していたのである。そうだな、ロッサ」
 
 「イエス・マイロード。ミカエルさまの肉体は我らの物です」
 
 「全部、弾かれてました~。オリちゃんは魔王ちゃんの変な力に対抗してました~」
 
 そんな事より僕に生存の権利をくれ!  商品が死んだらどうするんだよ。ケンカより先に僕の命の方が大事だろ。
 
 僕は力の入らない足を無理に動かし、ソフィアさんの元に倒れ込んだ。とにかく痛い、このままなら死ぬ。今度こそ本当に死ぬ。
 
 「やっぱり団長は私を選んで下さるんですね。信じてましたわ」
 
 それは貴女がこの傷を治せるからです。選んだのは他に治せる人がいないからです。
 
 「わたしは誰の物になっても構わないさ」
 
 お前にその権利はねぇ。黙って気絶してろ。僕はもう少しソフィアさんに暖めてもらってから逃げる。
 
 が、しかし、傷が治れば心臓麻痺が。唯一、この戦いでずっと被害を受けていた女性が口を開く。
 
 「……団長はこの後、どうするおつもりですか?」
 
 「あたいとの式か?」
 
 てめぇに聞いてねぇ。  ……けれど、ここまで話がもつれたら、誰かを選ばないといけないんだろうね。誰も選ばないと言う選択肢は皆を傷付ける事になって、最後には僕を傷付ける。
 
 「ぼ、僕は……」
 
 「……魔王がいませんが……」
 
 「はいぃ?」
 
 さっき、首と胴体が離れた魔王の死体が何処にも無く、上がった血渋きさえ消えていた。最近の魔王は首を飛ばしても死なないくらい丈夫なんだね。しかも、床を掃除していく綺麗好き。
 
 「アルマ!?」
 
 「違う、違う!  わたしは何もしてないさ。むしろ魔王には死んで欲しいくらいさ」
 
 魔族のプライドを語るのは後にして、魔王が居なくなるなんて、恥ずかしがり屋じゃあるまいし、何処に行きやがった。
 
 「……魔王がいないと、死んだ事にはなりませんか?  ……それなら誰かを選ぶと言うには……」
 
 誰かを選ぶより、魔王の死体が無いのは困る。死体が無ければ警察は動いてくれない。行方不明では困るんだ。
 
 「誰かを選ぶのは横に置いて……  魔王が居ないのはマズイですね。死んで、死体が無いと魔王軍を止める材料にならない」
 
 魔王軍も連合軍もラウエンシュタインに集まって来ている。ここで魔王の首を見せ、魔王軍にはネーブル橋を渡って故郷に帰ってもらえれば、一番いい結果だ。アラナよ、横に並んだからといって、選ぶ訳じゃないからね。
 
 魔王軍の説得にはアルマを向かわせて、僕達は連合軍と合流しようと思っていたのに、魔王の死体が無ければ、どうなるんだ?
 
 「どうすんだ?  これから?」
 
 どうしよう。予定が狂った。まるで大学受験の当日に電車が止まるくらい狂った。狂うだけじゃなく、焦る。
 
 「ぜ、全員!  クリスティンさんを中心に円陣防御!  急げ!」
 
 魔王が死んだ。これはいい。僕が殺したんだから。ブレザー姿が可愛い女子高生の佐々木小春ちゃんを殺したと思うと気が重いが、あれは魔王だ。
 
 問題は魔王の死体が無い事。もしかして、あれか?  クソゲーか?  魔王が死んだら新しくバージョンアップして戦わないといけないクソゲーか?
 
 だいたい身体が大きくなってぇ、手足が増えたりしてぇ、「我の本当の姿だ!」とか言うんだろ。神の用意したエンディングはクソゲーだ!
 
 「どうすんだよ!?  円陣なんか組んじまって。魔王は何処に行った!?」
 
 「……て、撤退します!  魔王の死体が無いのは予定外ですが、補給は断ってます。第一目的は果たしたから撤退します」
 
 魔王軍への補給は断った。魔王の首は「ついで」なんだから無理して取る必要は無い。顔は覚えたし、スリーサイズは未知数だが、どんなチートを持ってるのかも分かった。
 
 「う、動きずらい!  クリスティンさんを中心にって言ったろ!  もう少し離れて!  背中は誰だ!?」
 
 円陣防御は三百六十度、全ての方向からの攻撃に対象する陣構えで、剣を振るう為にお互いに二メートルくらいは離れるのが基本だ。
 
 左右からくっつくし腕も組まれて剣は振るえず。背中からは抱き付かれて……  クリスティンさんか!?  悪い気はしないけど離れて。他は危ねぇから離れろ!
 
 芋虫の様にノロノロと、僕達は玉座の間を後にしようとした。ここにもう用は無い。グロテスクに進化した佐々木小春ちゃんを見たくない。
 
 「なっ!」
 「眩しっ!」
 
 光る玉座。目が痛くなる程の光を出し、直視したのかアラナは目を押さえてしまった。僕は顔を背けやり過ごしたが、やっぱり復活しやがったか。
 
 心眼で見ようとも、物体の存在を確認する処か光に弾かれて見えない。そんなのが十秒ほど経ったとき光が薄れ一人の少女が玉座に座って現れた。
 
 「復活しやがったか!  先手必勝!」
 
 人型に戻っているプリシラさんは、姿をそのままにハルバートを振り上げ襲い掛かる。相手の力が分かっているんだ。あのチートには数で当たるのが正攻法だろう。
 
 僕も続く、モード・ツー。プリシラさんと同じ速さで同時に魔王に打ち込む。機先の心眼のでは魔王は座ったままでプリシラさんが女子高生を真っ二つにするグロい映像が……  女子高生?
 
 「待った!  プリシラさん待って!」
 
 僕はプリシラさんを後ろから羽交い締めにして抱き抑えた。充分に魔王の重力壁の射程内だが、どうしても変だ。魔王、佐々木小春はブレザー姿からセーラー服に変わっている。
 
 ちょっとクラシックな感じの濃紺に白いスカーフ。白いソックス、黒の革靴。そして何より、少し若い?  若いと言うより幼くなった?  中学生?
 
 「離せ!  魔王が目の前だぞ!」
 
 本当に目の前でハルバートを振り上げた鬼女が怒鳴ったら、どんな女の子でも恐がるだろう。佐々木小春は玉座の上で丸まって身体を硬直させてる。
 
 「待って!  少し話を……  何か変だ!」
 
 「やかましい!  離せ!  何をしてやがる!」
 
 何って怒鳴って怖がらせてる貴女を押さえているんですよ……  あれ?  昔、昔にこんな事があったような……  昔も今も、変わらない膨らみに僕はとても満足だ。
 
 ライカンスロープから人型に戻った時に、伸びたハーネスが戻りきっていない訳でぇ、鎧と服の間が開いた訳でぇ、そこに何故か手が入ってしまった訳でぇ。
 
 「ご、誤解……」
 
 迫る斬擊をモード・シックスで迎え撃つ、避ける、逃げる。魔王はいいのか!?  魔王は!?  目の前にいるとか言ってたろ!
 
 「■■■■、千の剣」
 「■■■■、千の剣」
 
 ダブルの詠唱。悪魔のペアから飛来する二千の剣。今は待ってくれ!  魔王の様子が変なんだ!  何かがおかしい。
 
 「うおおぉぉぉ!」
 
 二千の剣は魔王を狙わず僕を狙った。何故だ!  魔王を狙えよ!  あっちが悪役だろ。僕は正義の味方勇者……
 
 「■■■■、プラチナ・レーザー」
 
 半分は偶然だが、僕はレーザーを弾いた。木刀で叩いたレーザーは玉座の間の天井を貫いて消えていった。
 
 「ホームランバッターです~」
 
 頭上から舞い降りるゴスロリスカートの中身に目を引かれていたら、今ごろ重力壁でぺしゃんこになるより、酷い事になっていただろう。
 
 僕はオリエッタのハンマーを交わし、抱き上げてから床を滑らせる様にリリースした。この間も避けるハルバート、飛んでくる剣、極小レーザー。
 
 「にゃぎゃー」
 
 お前もかアラナ!  分身が残像を生み出し、もう何人いるか確認している余裕は無い。これはマジに死ぬか。魔王を倒してのエンディングじゃないのかよ。だがエンディングは直ぐに現れた。静かに、とても静かに全員の心臓を握った。
 
 「……団長は話がしたいそうです」
 
 全員が床でピクピクと小刻みに身体を震わせ祭りは終わった。アルマは何もしていないのに、道連れにしちゃってゴメンよ。
 
 「クソッ!  クリスティン!  てめぇは……」
 
 本日二度目の心臓麻痺にプリシラさんは床で踊った。他のメンバーは……   大丈夫そうだ、息はしている。
 
 僕は確かめたかった。プリシラさんの乳を揉んだ時、以前より少し大きく感じたのは重力で引っ張られたせいなのか……  では、無く。
 
 
 佐々木小春が生き返ったのは、魔王としての力では無く、もしかしたら神様が生き返えらせたのではんないかと……
 
 
 
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