キャッスルシップの錬金術師

コウ

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第三十七話

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 「よっ!  昨日の祝賀会はどうだった?」
 
 とても、とても幸せそうな顔をしたヤツが不機嫌な僕に話し掛けて来た。昨日は盛り上げる僕が居ない筈なのに、とても幸せそうな顔をしたヤツが話し掛けて来た。
 
 「だのじがっだよ!  どでも……」
 
 祝賀会は楽しかった。美味しい料理にお酒、勝っただけに脇役の一人として参加した僕に当たる風心地は和やかだった。
 
 「合コン、来れなくて残念だったな。代わりにイフトを呼んでおいて正解だったよ」
 
 「イフトを呼んだの?  無口のイフトじゃ盛り上がらなかっただろ?」
 
 「その逆さ。無口が逆に受けたみたいだ。最後には二人の女の子と街に消えて行きましたとさ」
 
 「マジで!?」
 
 「俺は彼女と街に消えて行きましたとさ」
 
 「……死んでくれていいぞ」
 
 「諦めな、来なかったお前が悪いんだろ」
 
 「……だよな。次の予定なんかあったりする?」
 
 「彼女が出来て合コンなんてやれる訳がないだろ。紹介ならもう少ししたら……  なんとか……」
 
 「よろしくお願いします!」
 
 「でも、ダメかな。彼女から聞いた話だと、お前を狙ってる魔導師がいるってよ。治癒系の魔導師もウィザードに乗る魔導師を相手に喧嘩したくないだろうしな」
 
 驚愕の事実に僕の未来とガラスのハートが砕ける音が聞こえた。どこの魔導師が僕を狙っているって言うんだ!  どうしてもスナイバーライフルで狙われている気しかしない。
 
 「ご、誤解じゃない……  話し掛けられたりはするけど、そんな風に誘われた事はないよ」
 
 「そうかぁ。一緒の宿屋に間借りしている魔導師さん達はどうよ。一騎戦で濃厚なキスをしていたって話だぜ」
 
 「それこそ誤解じゃ!  じゃ、じゃなくて、誤解だ。あれは挨拶だよ。王都では普通だじょ」
 
 「おまえ、何を動揺してるんだ?  知ってるよ、それくらいは。でも……  それ以上に見えたって話だ……」
 
 あの件に関しては黙秘権を行使したいと思います。あれは普通のキスでは無くて魔力の補充にあたるキスだ。ルールでは反則負けだからキスをした以上の事は誰にも言えない。
 
 「気のせい、気のせい。誰か僕を陥れようと噂話を流しているだけさ」
 
 「……そうかぁ、でも良かったな。ソフィアさんが出てたら、挨拶でも殺意が芽生えるヤツが沢山いるからよ」
 
 僕の回りは敵だらけの様だ。これぞまさに四面楚歌。確か最後の字は「歌」だったよな?  回りを敵に囲まれて歌でも歌ったのか?
 
 「うるせえぞ!  黙って座ってろ!」
 
 「……なんでラウラ親方まで来てるの?」
 
 「……引き取りがデカいからだろ。王都に奉納する魔石だからな」
 
 「……なにそれ?」
 
 「……聞いてないのか?」

 聞いている筈もない。僕はこのキャリアに乗り込む時にでさえ、行き先も言われず詰め込まれた。ラウラ親方を部屋に送った後、僕とフィリス、ソフィアさんとリリヤちゃんは部屋で二次会をやると言い、ナターシャは鍵を掛けた筈の部屋で暗闇の中で座って待っていた。
 
 「……賭けていたんだよ。勝者に城船の魔石を渡す事を」
 
 二次会はフィリスの荒唐無稽な話で盛り上がり、もらって来た祝賀会のご馳走と、ラウラ親方が隠し持って来たお酒が拍車をかけた。
 
 「……何で奉納品なんかを賭けてたの?」
 
 お酒に酔うフィリスとソフィアさん。リリヤちゃんも少しは飲んだらしく、ほんのりと赤みを帯びた肌、暑さで脱ぎ始めた三人の露出を多くした。
 
 「……知らないけど、ヨーツンヘルムに賭けるだけの魔石がなかったんじゃないか?」 
 
 至福の時。このまま男女の関係を持っても神様は許してくれるだろう。僕に注がれるお酒、食べさせてはくれない食事。僕の両腕は石化したまま……
 
 「……面倒を押し付けられたとか?」
 
 リリヤちゃんには石化を解除してから飲んで欲しかった。飲むと意外なほど笑い上戸で、石化を解いてくれとの頼みを笑ってかわされた。
 
 「……かも、知れないけど、これで今年分の王都への奉納品は無くなるから、結果オーライだろ」
 
 最初はコップに注いだお酒も飲ませてくれたさ。食べ物なんか犬の様に食べたさ。何せ両腕が後ろで固まっているんだから。
 
 「……それで、これから整備班でキャリアに乗って取りに行くと」
 
 そのうち何を思ったのか、僕の後ろに回り「二人羽織」の様に飲ませ食べさせてくれた。やった事がある人なら分かるが、上手く食べさせられる訳がない。
 
 「……そんなところだ」
 
 顔はソースやら何やらでグチャグチャになり、一つ一つ食べれば食材の味を引き出していたのだろうが、全てをミキサーに入れて混ぜた味では「品」も「風味」もあったもんじゃない。
 
 飲み干したコップが宙を舞う。正確には僕達の方に投げ付けられたコップが、やや僕よりに向かって飛んで来た。
 
 「うるせえぞ!  静かにしてろって言ってんだ!」
 
 僕とジョシュアは座禅を組む僧侶の様に黙った。これ以上は本当に逆鱗に触れる。今日の仕事の内容も分かったし後は黙っていよう。
 
 「……ラウラ親方、  ……生理か?」
 
 コップがジョシュアの顔にめり込むのが横目で見えた。気を失ったら、もう話す事も出来ないだろう。ジョシュアよ、永遠に眠れ。いや、女の子を紹介してから眠れ。
 
 
 
 ヨーツンヘルム号から僕達のキャリアへの魔石の搬送は突き刺さるコップ……  突き刺さる視線が痛いほどで、どれほど苦労して集めて来たか知っているだけに、僕としても心苦しい所だ。
 
 これに懲りて賭け事はお互いに止めようと心に刻みたい。賭けだけではなく、お互いの遺恨も出来るの事なら水に流して笑って酒を酌み交わしたい。そう思っていたのは、僕だけだった。
 
 僕は魔石の搬送の合間に生理的欲求を我慢できず、城船を停泊しているドックの隅の方にあるトイレを借りた。
 
 さすが魔導都市と言われているだけあって、トイレにも浄化の魔法が行き届き、少しばかり金木犀の香りまでしていたのには驚いた。
 
 僕が用を足していると、賑やかに入ってくるヨーツンヘルムの錬金術師達。小用のトイレは十個も並んでいるのに囲むように並ぶ錬金術師達。後ろに並ばれると出るものも出なくなる錬金術師の僕。
 
 「こいつが、あの錬金術師か?」
 
 きっと人違いです。僕はトイレを借りている清掃員です。人畜無害な無関係の一般人です。と、心の中で呪うように唱えても魔法なんて出やしないし、小も出なくなった。
 
 残尿感を押さえつつ、仕舞う物を仕舞いチャックを閉めて僕は手を洗える所に人の波を掻き分けて進んだ。このまま手を洗って帰して欲しい。面倒事には関わり合いたくない。誰かハンカチ持ってませんか?
 
 こんな時なんだから、手なんて洗わずに出てれば良かった。綺麗好きな僕としては手を洗わずに出るなんて事が出来なかった。
 
 洗っていると一人の男が言った。周りの連中もそれに合わせて笑っていた。僕は洗った手をその言葉を吐いた男の服で拭かせてもらった。
 
 「もう一回、言ってみろ!」
 
 僕はこれでも平和主義な日和主義な男だ。平和を愛し、暴力を嫌い、紳士的で回りに迷惑を掛けない雑草の様に生きて行きたいも思ってるくらいだ。
 
 それを……  一騎戦で参加したフィリスやリリヤちゃん、ナターシャを侮辱し犯してやるとまで言い放って来た。
 
 ここまではまだ許せる。負け犬の遠吠えにいちいち反応していたらキリが無い。何も言わない僕に調子に乗ったのか、話が具体的になってきた。
 
 後から考えれば、そんな事をする前に火やぶりや土葬、グレープフルーツの様に縛り上げられるのだろうが、残尿感からか僕は売られたケンカを割高に買ってしまった。
 
 相手は十人もいただろうか。皆、整備を生業にしているだけあって体つきは屈強だ。細くても力は普通の人以上はあるだろう。そんな十人に囲まれても許せない事はある。
 
 僕は最初の一人を血祭りに上げる事も無く、十人に囲まれ助けを呼ぶ間も無く、袋叩きかモグラ叩きの目に合った。
 
 そんな目に合っている僕を見付けてくれたのはジョシュアだった。トイレのドアが開き、殴る手や蹴る足を止め一斉に睨んだヨーツンヘルムの錬金術師の先にジョシュアがいた。ドアが閉まった。
 
 薄情モン!  人でなし!  友達がこんなめり込むに合っているのに助けるどころか逃げ出しやがって。もうお前は友達なんかじゃないからな!
 
 だが、ジョシュアは一見のうちに全てを悟ったのだろう。自分では手に負えないと……
 
 ドアの向こうで叫ぶ声。「誰か!?」じゃなくて「ラウラ親方!」と握力六百の化け物を呼ぶ声に僕は違う恐怖を覚えた。
 
 ……聞こえる。重低音を響かせ、宇宙の暗黒騎士が参上する時に鳴る音楽が僕の耳には聞こえる。僕は痛みより恐怖に身を縮めていたが、ヨーツンヘルムの錬金術師も同じように閉まったドアを見詰めていた。
 
 音楽は激しくドアが吹き飛ぶ音に代わり、飛んで来たドアの下敷きになって一人が犠牲となった。今に思えば彼が一番の軽傷者だったろう。
 
 ドアがあった境に立つ、美しき野獣かティラノサウルス。彼女は一声だけ「うちの部下が世話になってるな」と言い、三人の屈強な錬金術師が僕の上を舞って行った。
 
 将来の夢はパイロットになって世界中を駆け巡りたい。そんな夢を持った錬金術師も、世界は回れなくても壁、ドア、便器へとトイレの中を飛び回った。
 
 悪魔が僕の側に着陸し「大丈夫か……」との一声に僕の心は違う意味で鷲掴みされ、恐怖で「なんとか……」と言うのが精一杯だ。僕はラウラ親方に腕を回し肩を抱かれて、夥しい惨状のトイレを後にした。
 
 「お前はトイレでも寝るのか?」
 
 「どこでも寝れるようになって一人前って言ったのは親方ですよ」
 
 「そうだったな……  なら何であたいのベッドに来て寝ない?」
 
 そんな危ない事をしたらヨーツンヘルムの錬金術師の二の舞だ。ラウラ親方は尊敬する上司で皆から慕われる姉さんみたいだが、僕に少なからず好意を持ってくれているみたいだ。
 
 それなら今度はお酒を無しでお邪魔しようかな。お酒さえ飲まなければ、美しい女性に間違いはない。
 
 「今度……」
 
 今度、行きますね。そう言いかけて僕の膝から力を失い崩れた。溺れる者は藁をも掴むと言うが膝から崩れる者は何かを掴むと言ったのは誰の言葉だったか。
 
 僕は掴んだ。目の前にそびえる二つの頂の一つに。
 
 僕は飛んだ。ライト兄弟よりも遠くに。
 
 
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