転生したし気楽にヤろうよ

神夜帳

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第2話 おかえりなさい

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 庭に通じる大きな掃き出し窓は少し開いていて、薄いレースのカーテンが風で穏やかに揺れている。

 1階のリビングのテーブルを挟んで若い男女が二人、レオンとベルが相対していた。

 二人とも顔を真っ赤にしてうつむいていて、ベルに至ってはそれこそ顔から火を噴きそうなくらいだ。しばらく、お互いに目を合わせることもできずにドギマギとしていたが、やがて、レオンが咳払い一つして口を開く。

「ごめん!!!!!!! いきなり襲うだなんてどうかしていた! 申し訳ない!!!!」

 レオンの突然の謝罪にベルはうつむいていた顔をばっと上げて、あたふたと両手を左右に振ってそれを否定する。

「ち、ちがいますよ! 謝るのはむしろ私のほうで! 最初はびっくりしましたけど、本当にうれしくて……それどころか、わ、わ、わたしが、だ、だ、だんな様をお、お、お、襲ってしまうなんて……!!!」

 ベルは瞳に羞恥の涙をいっぱいにためて、ほてった頬を両手で挟んで必死に冷やしている。

 瞳はいよいよ混乱の色を濃くし、狼のような尻尾は左右に激しく降られたかと思うと、その時の様子を思い出したのか、ぴたっと止まったかと思うと、今度は天に向かってぴんと突き立って、毛が下から逆立っていく。

「あぁ……!! な、なんて、は、は、は、はしたないことを……!! あ、あまりにもその嬉しくて、いつも夢見ていたことが現実に……あぁ!!! わ、わたしは何を口走っているのでしょう!!!」

 狼の耳がぺたんと頭にくっつくように伏せたり、かと思えば、急にぴんと立ち上がったり、そのぴこぴこと動く耳の動きに思わずレオンは胸がほっとする。

「俺もあんな風に我を忘れるなんて……。よかった。一方的な想いじゃなくて……」
「……!!!」

 ベルははにゃと間抜けた息を漏らしたかと思うと、そのまま机に頭を打ちつけて動かなくなった。

「お、おい。大丈夫か?」

 レオンがベルの横に駆け寄って肩をゆする。
 ぐらぐらと揺れるベルの頭。感情がオーバーフローしたのか、ぴくりとも動かず床に垂れ下がっている尻尾。

「お、おい?」

 レオンが少し慌てた様子で声をかけると、ベルがゆらりと首を上げる。

「旦那様。おかえりなさい」
「え?」

 あれだけ取り乱していたベルが、その瞳と口に慈愛の色を浮かべて、穏やかに言った。
 レオンはなんのことかと一瞬思案する。

「ずっと戦いから心が帰ってきていないと心配しておりました。だって、匂いがないから」
「匂い?」
「私がここに来たとき、言葉少ないなと思いましたが、優しい旦那様でほっとしました。だけど、旦那様からは匂いがしなかったんです。私のような獣人は、匂いで相手の感情を読み取るところがあります。なので、匂いがない旦那様は最初ちょっと不気味でした」

 匂いがないといわれてレオンの胸には思い当たる節が浮かぶ。

 それは、その時は画面越しに操作していたから、生身の自分ではなかったからということだ。
 しかし、そうなると、ゲーム中は決まったセリフを選択するしかないわけで、それらはどう処理されているのだろうか?

「旦那様は世界の闇と戦っているとうかがいました。だから、きっと戦いに心がとられてしまっているのだと思ったんです。でも、先ほどは扉越しに旦那様の匂いがわかりました。まるで太陽のようなぽかぽかと優しくて、でも、ちょっと寂しくなる匂い」

 ベルはレオンの手を両手で包む。

「だから……。旦那様、おかえりなさい」

 気が付けばレオンの瞳にも涙がたまって光が揺れていた。

「……ただいま」

 社畜時代、上司からの理不尽な業務命令に疲れ果てて、家に帰ってもだれもいない真っ暗闇。
 一人でせきをしてもしーんと静まりかえっている部屋。ただ、寝るだけの家。

(あぁ、おかえりって言われるのいいなぁ……)

 それから、レオンとベルは食事をしながらたくさんおしゃべりをした。

 ベルの話をまとめると、故郷の大森林を出てから世界を旅していたら、路銀がつきてしまい、急遽ハウスキーパーの仕事に飛びついたそうだ。

 冒険者は考えなかったのかと尋ねると、答えは「戦うのが苦手」とのこと。

 ゲームでは、ベルは呼び鈴を鳴らすとすっと現れて、ストレージ確認やストーリームービーを見返したり、回復アイテムの素材を収穫できる畑の世話などを指示ができたが、その間はレオンはどういう風に見えていたのか不思議に思い、普段の自分の印象を尋ねると、口数が少なくて仕事のことしか話さない人だと思っていたそうだ。

 ただ、重い使命を背負っているから、戦いに心が奪われているんだろうと解釈していたとのこと。ストーリームービー鑑賞が、レオンがベルに冒険譚を語り聞かせているという扱いになっているようで、ベルによると心躍る英雄譚を語るとき、その時のレオンが一番嬉しそうだったということだった。

「私のことはただの仕事相手としか見てないのかなとも思ったんですが、覚えていますか?」

 そう言って、ベルに手を引かれて部屋に行くと、棚には今までプレゼントしてきたアイテムたちが綺麗に並べられていた。

(そうか。好感度システム……)

 NPCにアイテムをプレゼントして好感度を上げることができた。

 お店のNPCの好感度を上げれば、商品の割引が、ベルのようなメイドの好感度を上げれば、できることが増えていった。

 レオンは、そういった仕様だけでなく、ベルが本当に気に入っていたので、好感度がカンストしても、ことあるごとにアイテムを贈っていたのだった。

 ゲーム上では好感度がカンストすれば、決まったパターンのセリフを言うだけであったが……。

「はは。無駄じゃなかったな」
「無駄なんてとんでもない! 全部、私の宝物です」

 リボン、ぬいぐるみ、生け花、回復アイテム、お祭りイベントのイベントアイテム、着替えてほしくて贈った水着、といった数えきれないアイテムたち。

 それらをベルは愛おしそうに一つ一つ手に取って、レオンに笑顔で思い出を語った。

「ずっと、旦那様とこうしてお喋りがしたかったんです。願いがかなった……」

 少し寂しそうにうつむいた後、にぱっと笑った顔をレオンに向けるベル。
 尻尾は穏やかに揺れていて、目じりは愛らしく緩んでいる。

 レオンの胸がきゅっと温かなものにつかまれて、やがてじわじわと熱い血潮が満ちていく。
 そっとベルの手を握ると、穏やかに少しの力で自分の身に引き寄せる。
 いやだったら簡単に振りほどけるように、しかし、ベルはその身を任せてレオンの腕の中におさまった。

「旦那様……ふふ。いい匂い……」

 レオンがベルの顎に手をあてて自分の顔に向かせる。
 ベルの瞳は穏やかに揺れて、すっと閉じるとその小さな唇を差し出した。



 重なる唇。

 重なる熱。

 ベルの女の甘い匂いに包まれて、また、酔いそうになっていると、ベルがすっと腕でレオンの胸を押した。
 するりと腕から抜け出すベル。

 その表情は少し小悪魔的な色を浮かべて、口元は楽しそうに緩めていた。

「旦那様。これからは時間がありますよね? また、夜にでも……ね? さすがに仕事をしなきゃ」

 そう言ってベルはくるりとひるがえすと、レオンから歩み去っていく。

 レオンは少し残念そうな表情を浮かべると、ベルの後に続いた。

 それから夜までは、レオンはベルの仕事を傍で見守った。

 ベルは本当に忙しそうだった。
 それでも彼女の尻尾は、どこか楽しそうに揺れていた。

 ご飯の支度をして、洗濯物をして、干し終わったら畑の世話をして、食料品や日用品の配達が来ると対応して、ストレージの管理に、空いた時間で家の隅々まで掃除していく。

 夕方になると、昼に仕込んでいたものを使って夕食を作り始め、スープを煮込んでいる横で火加減を見守りながら、畑から収穫した素材を整理して、質の良いものを選別してケースに入れていく。

 食事が出来上がると、テーブルに並べて、本来であればレオンを呼ぶところであったが、今回は横にいたので、そのまま夕食を一緒に摂った。

「……すまない。まさか、こんなに忙しいとは……。まったく自分の時間がもてないじゃないか……。しかも休日なんてないし。もう一人雇うべきだったか……」

 申し訳なさそうにしているレオンをベルは不思議そうにみつめ、きょとんとした様子で口を開く。

「え? どこもこんなものじゃないですか?」
「そうなのかな? しかし、外に出かけたりする暇すらなさそうだが?」
「外? ……家の外? 考えたこともなかったですねぇ」
「……考えたことも……ない? え、いったいベルは、どれくらい外に出ていないんだ?」

 ベルがもぐもぐと咀嚼している口を片手で隠しながら、ちらりと壁のカレンダーに視線をうつす。

「えーっとそうですね。ここにきて、2年間、そう、2年は出てないでしょうか」
「2年……?」

 レオンは2年と聞いて、はっとする。
 レーヴァテインがサービス開始してから4年。

 EP1から始まって、最新はEP4。この間が4年経っているわけだが、ゲーム内時間では2年しかたっていない。
 ハウジング機能はEP2からの実装だったが、その辺はノーカウントにされているのだろうか。

 ベルの主観では、メイドとして雇われてこの家に来てからの2年間ずっと外に出ていないようだ。
 ゲーム的には、メイドや執事はそういうものだ。家から出て外を自由に歩く機能はない。

 ハウジングアイテムであるハンドベルを鳴らすと、どこからともなく現れて、仕事が終わればどこへかと消えていく。ゲーム画面上でも透明になっていき消えていく。

「ベル……」
「はい?」
「明日は、俺も仕事を手伝うから、そのあと、街にでも行こう」
「はい?」
「ぴんとこないなら、デートだよ。……デートしてくれませんか?」

 言葉の最後はちょっと消え入りそうだった。
 現実で女性とデートしたことのなかったレオンは、顔を真っ赤にしながらうつむきながら言ったのだった。本当はもっと男らしく、レオンらしくしたいというのに、素が出てしまった。

 しかし、ベルには効果てきめんだった。

 恥ずかしそうにデートに誘うレオンの姿を見て、がたっ! と音を立てて勢いよく椅子から立ち上がったかと思えば、いろいろな想像が一瞬で頭を駆け巡ったのだろう。

 首から顔、それこそ頭の先まで真っ赤にする勢いで恥じらって、やがて力なく椅子に落ちるように座ると、手をもじもじといじりあう。

「……はい」

 ベルは短く返事をするので精いっぱいだった。
 魔道具による室内照明がほんわりと二人を照らし、窓から見える月はまん丸に満ちている。

 夜は長い……。
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