奴隷のアイナと不機嫌顔のバルト侯爵

神夜帳

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後編

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 アイナが窓をそっと開け、バルトの部屋に入る。
 人間には肌寒いであろう風が、さぁーっと室内に流れ込んで、窓に背を向けて本棚に本を閉まっていたバルトが振り返るとぎょっとして固まる。

 それはそうだろう。
 私室で仕事をしていて、そろそろ眠ろうかと思った真夜中。
 壁掛け時計はゼンマイが誤差を生んでいなければ、深夜1時を示している。
 そんな夜更けに、人の目を盗んで、私室に侵入した女がベビードール姿だとは、まるでなにかの妖、それこそサキュバスでも侵入したかと思ってしまうところだろう。
 夜伽を呼んだ覚えはないし、そもそも呼んだとしてもドアから来て欲しいものである。

 しかし、アイナにとって人目を盗んで侵入するのは、ある想いがあった。

 バルトに変な噂が経たないように——

 自分を買った時に色欲の噂が経ったのだ。
 それがようやく晴れてきたというのに、自分がバルトの部屋に夜更けに行ったのがバレてみれば、やはりそのために買ったのかと噂される。それがなんとなく申し訳なかった。
 だって、バルトからは呼ばれたわけではないのだから——。

 月の光に照らされて、薄桃色のベビードールが妖しく色めき立つ。
 透けて見える綺麗な肌に、バルトですら目は奪われる。

 一瞬の沈黙

 アイナは、さっとバルトに軽やかに跳ぶように近づくと、バルトを抱きしめた。
 バルトがわけもわからずといった具合に、だが、それでもそっとアイナを抱きしめる。
 アイナは、これでもかというくらい胸をバルトに押し付ける。

 ふわり

 アイナの瑞々しくも柔らかな胸が潰れる。

「どうした? 夜伽は呼んでないぞ」

 バルトの低い諭すような声が耳をくすぐったが、アイナは返事をしなかった。
 何を言っても返される言葉がなんとなく想像がついたからだ。
 顔を上げて、じっとバルトを見つめた。
 不安と緊張と、そして、脳裏に浮かぶあの仲間たちの瞳の色からくる恐怖で潤んだ瞳は、照明の魔道具のゆらゆらと揺れるろうそくのような揺らめいた光を反射させて、より一層蠱惑的に煌めいているように見える。
 アイナの熱を帯びた息が、そして、今しがた跳んできたばかりのせいか、熱くなった体がバルトの冷えた身体を温めて、抱きしめ合いながらも癒しに近い心地よい空気に包まれた。

 ふわりとバルトの優しくも男の匂いが、アイナの頭の後ろの何かをジンジンと麻痺させて、徐々に徐々にしっとりと身体は汗ばんでくる。
 自分の想像以上にドキドキと激しく鼓動する心音を、バルトに聞かれるのがとても恥ずかしく思ったが、ここまできたら、むしろ聞かせて察してくれればと思った。

 何も言わずじっと潤んだ瞳で見つめてくるアイナに、バルトはバツが悪いように頭を少しかくと申し訳なさそうに言う。

「すまない。こうまでされて、受け流すのは男のすることではないな」

 そう言って、山のような男がわずかにかがむ、それに合わせてアイナも足を必死に伸ばした。

 しっとりと柔らかな唇が重なる。

 優しい。
 何もかもが優しい。

 力がある自分の主人。
 優しくもそれでいて、息子の専属かと問えば、自分のものだと嫉妬する不思議な男。
 自分は何もふさわしいものを与えられていない。
 捨てられる不安。
 領地を治める敏腕の腕。
 亡くした妻。
 息子を溺愛する父。

 そんなにも器量が大きいのならば、自分の不安もかき消してよと。

 いつの間にか、どちらが先かわからないまま、舌をからませ必死にバルトを求めている。
 何度何度も絡ませ、絡ませるたびに、じわじわと頭の中からなにかが染み出し広がっていく感覚がする。

 不意に身体が宙に浮き、アイナは少し小さな悲鳴を上げた。
 バルトが自分をお姫様抱っこをして、ベッドに運んでくれた。
 ゆっくりと、優しく、いくらかの衝撃も受けずに、羽毛が舞い降りるかのように優しくベッドに横たわらされる。

「明かりを……」

 アイナが照明の魔道具を消すよう懇願するが、バルトはにやりと笑う。

「ダメだ。その美しい体を目に焼き付けたい」
「いじわる……」

 バルトが服を脱ぎながら自分の上に覆いかぶさってくる。
 ぬっと伸びてくるバルトの男らしい手が、一瞬悪い夢を脳裏に思い出させるが、その手はお腹の上に優しく置かれた。
 ごつごつとした男の手から、じわじわと熱が伝わってくる。
 そして、ゆっくりゆっくりと、手は上に滑らせて迫ってくる。
 ゆっくりとした動作は、アイナに安心感を与えて、バルトの熱がじっくりと中をほぐすように身体をはっていくと、まるでマッサージされているかのように心地の良い思いがした。

 やがて、ベビードールも脱がされて生まれたままの姿になると、ゆっくりと胸を揉まれ、首筋を、脇を、お腹を、何度もキスをされる。
 少し圧を感じるくらい肌を吸われるたび、最初は小さななんともない刺激だったというのに、段々とびりっと電気が走るかのような不思議な感覚が身体を駆け抜けていく。

「んっ……」

 自然とアイナの口からは吐息が漏れて、それをきっかけのように、お腹をバルトの舌が這う。

「んっ」

 二度目の吐息は、くすぐったい刺激によるものだった。
 アイナはなんでそんなところをと思いながら、こそばゆい思いをしたが、しかし、何度も何度も舐められていくと、くすぐったいという感覚の向こうに何かがあるのを感じた。
 体中を暖かな血が巡って、自分の敏感なところや繊細なところにより神経が張り巡らされているかのように感じる。

 そのまま、ねっとりと太ももの内側や、脇の下、うなじをなめられ、キスをされ、頭の中にまるで靄が広がっていくような感覚になると、不意に身体がびくりと悶えた。

 耳を舐められたのだ。

 神経が集まっているのだからそれはそうだと後になれば思った。
 犬のような獣の耳の先をやさしく甘噛みされ、そのまま内側を優しくそっと舐められている。
 尻尾のつけ根辺りがゾワゾワとして、また、ぶるっと身体が痙攣した。

「あっ!」

 思わず大きな声が出た。
 自分でも驚くような艶めかしい女の声。
 丁度ゾワゾワしていた尻尾のつけ根を、バルトのゴツゴツとした熱い手が優しく撫でた。

 アイナはもはや目を開けていられない。
 最初こそ、バルトの一挙手一投足を見つめていたが、寄せては広がっていく心地よい波に気を取られて、かみしめるために自然と目をつむってしまう。

 可愛いおじさん。
 そういう印象ではあったが、ここまで優しくねっとりと攻められるとは思ってもみなかった。
 本来であれば、アイナが押し倒して自分の中にバルトの男のものを押し入れて、精を吐き出させて終わり。
 そう単純に考えていた。
 奴隷商から受けた教育をもってすれば、あっさりと終わる。
 実際問題、教育で気持ち良くなったことなどない。
 まさか、相手によってこうも違うものなんて。

 悶える自分が自分でないようだ。

「あっ! あぁあっ!」

 心地の良いふわふわとした夢心地な感覚の中、きゅっと強い刺激が入ってくる。
 長々と敏感な場所をさけて愛撫していたバルトが、アイナの双丘のいただきのものを口に含み舌で転がしたのだ。
 何度も何度も優しく、時に力強くそれを転がされ、アイナは艶めかしい吐息と共に何度も腰をびくっと自分の意思とは別に動かされた。

「あぁ……」

 身体の緊張はすっかり解きほぐされた。
 暖かくゆるやかになった身体が、重力にしたがってベッドに沈み込んでいるが、意識はふわふわとまるで浮かび上がっていくようである。

「んっ……あぁ……あっ」

 下の口が優しくバルトに撫でられて、やがて指が中に入ったのがわかった。
 入った指は、中を優しくほぐし、時に快楽のポイントを的確についた。
 アイナの頭の中がどんどんと真っ白になっていったとき、耳元でバルトの安心する声が囁いた。

「……入れるぞ」

 その言葉に、アイナが目を薄っすら開いて、自分の下腹部をぼわっとみる。
 そこには、入るのか不安になる大きなものが屹立していたが、不安を口にする前に力強く押し入れられた。

「あっ! あっ!……んっ」

 頭の中でプツッと音がしたように思えた。
 一瞬ヒリヒリとした感覚がノイズとなって頭を貫いたが、それは長く続かなかった。
 獣人の身体だからだったのか、それとも、よくほぐされたからなのか。

 そのバルトの太い大きなものが自分の中でこすられるたび、頭の中はどんどんと真っ白になり、なんともいえない快楽の波が、それこそ本当に波のように寄せては引いていく。ギシギシとベッドが軋む音と腰を打ち据える乾いた音、そして僅かな液体の淫靡な音が響く。

「あぁ! すごいっ! あぁ! きもちいいっ! きもちいいよぉバルトぉ!」

 バルトはバルトで寄せる快楽の波に必死に耐えている。

「くっ。きついな。久しぶりだから、もう果てそうだ……」

 バルトが腰を振るスピードを上げていく。

「アァ…っ! きもちいい! くるっ! なんかくるっ! あぁ……! アッアァアアアア!」

 アイナは唐突に身体が軽くなったのを感じた。
 やがて、上等な羽毛布団にくるまれているような、心地の良い感覚に包まれて、次第に何かが自分の中から流れ出るような感覚に襲われる。

 気づけば、自分の身体は自分のものではないかのようにビクビクと痙攣し、自分の意思では止められなかった。
 いや、止めるという気持ちすら湧かなかった。

「くっ……」

 バルトの苦し気な声がやがて聞こえて、アイナは自分の中でバルトのものが脈うっているのを遠のく意識の中でわずかに感じた。

 心地の良い光と闇だけの世界の中で、もう一人の自分が「あーあ。本当はそんなことしなくてもいいのに」そう残念そうに言っている。しかし、モヤモヤとそして、トゲトゲしく胸をひっかいていたあの恐怖心は薄れて消えて、コトンとどこかに落ちていった。

 あぁ、これが腑に落ちるってことね。


 なんだか妙な納得をしたアイナが目を覚ますと、窓から朝日が登ろうとしているころだった。

 ぼけっとその様を見つめ、昨夜の出来事がフラッシュバックしたアイナは、がばっとベッドから起き上がる。

「まずい! みんなが目を覚ます前に帰らないとっ!」

 しかし、横に寝ていたバルトが目を覚まし、アイナの腕を掴んだ。

「侯爵様っ!? このままでは、色々と不味いですよ!?」
「何がまずいのだ? そもそも夜這いをかけたのはアイナの方ではないか」
「まぁ、そうなんですが……。だって、せっかく、妻を亡くした寂しさを埋めるために性奴隷を買ったなんて不名誉な噂がなくなったというのに」
「別に。味方ともいいきれないあんな連中の言う事なんて気にしていられるか。第一……」

 のそっとバルトもベッドから上体を起こすとアイナの愛らしい瞳をじっと見つめて言った。

「君に慰めて欲しくて君を買ったのは確かなんだ。女を金で買うなんて軽蔑するだろ?」
「……どうして私だったんですか? お陰で助かったのは確かですが……」

 すると、バルトは右手で口元を覆い、明後日の方向を見ながら言った。

「……生気のない他の奴隷に比べて君が生きる意志に溢れていたから……かな?」

 バルトは本当のことを言っていない。そんな気がした。

「そもそも、なんで奴隷を?」
「どんな時もレオンのそばにいてくれる人が欲しかった。というのが最初の目的だったが……」
「だったが?」

 アイナのキョトンとした様子の言葉に、バルトは片手を顔にやると、観念したように弱々しくも恥ずかしそうに言う。

「……一目惚れだ。惚れた女に格好をつけたかったんだ。惚れさせてから抱きたかった。ただの男の強がりだよ」

 アイナは間抜けに口を開けてぽかーんといくらかした後、けらけらと笑い始めた。

「そんなにおかしいか?」

 バルトが少し責める色を含ませて弱々しく囁く。

 アイナは笑いすぎて零れる涙を指で拭いながらバルトに言った。

「いえいえ。可愛いおじさんだなって……そう思ったんです」

 アイナは、自分をこんな目に合わせた奴隷商、しいては帝国人を恨む気持ちは忘れていない。
 しかし、あり得ないだろうが、もし、自分が帝国を滅ぼせるような力を持ったとしたなら、バルトとレオン、そして、このアイゼンヘルム領は見逃してあげてもいいなとちょっと思った。

 窓から見える空は雲一つなく、地平線から顔を覗かせた太陽は、銀色の大地をきらきらと宝石のように輝かせた。
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感想 1

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みんなの感想(1件)

ししる
2024.07.30 ししる

一言
大好きです

2024.07.30 神夜帳

いつも感想ありがとうございます😊

解除

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