東京ネクロマンサー -ゾンビのふーこは愛を集めたい-

神夜帳

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第2章 最後の良心

第8話 みんな死んじゃえ

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 ①

 ミディアムヘアーの女こと小林千鶴が目を覚ました時、自分がどこか倉庫に捨ておかれたのかと思った。なぜなら、10畳ほどの広さに自分の周りを半分囲うようにメタルラックが立ち並び、タワー型のデスクトップパソコンや、丁寧にラベリングされたハードカバーのファイル軍、生活用品や缶詰等がきちんと整理整頓されており、会社か何かのストレージかと思ったからだ。
 霧がかっていた意識が晴れていくと、自分が割と上等そうな柔らかなダブルベッドに寝かされていることに気が付いた。
  
「あれ…?」
  
 ベッドで上体を起こすと、自分の格好が破れたブラウスから黒のジャージに着替えられていることに気づく。
  
「…?ブラウスを着ていたと思ったけど…。」

 と呟いたところで、記憶がハッキリとフラッシュバックする。

「ぐうぅ」

 自分が利用してしまった男が死んだこと、失禁して気絶したことを知らない男に見られたこと。
 哀しいと自己嫌悪と恥ずかしいが一度に襲ってきて思わずうめく。

「もしかして…。」

 掛け布団を跳ねのけてジャージのズボンとパンツをめくり―パンツまで替えられている―中を覗き念のため指も突っ込んでみる。

「あいつ手はださなかったのか」

 自分の体が犯されることなく着替えだけされてベッドに寝かされていたことに驚く。
 天国では男にも女にも媚びて時には体を好きにさせなくてならない時もあった。寝ているところを襲われたこともある。

「敵じゃないのかな?」

 ベッドから起き上がり部屋を出ると広いフローリングのリビングの隅で愛が体育座りで小さくなって眠っていた。
 無事なの姿を見てほっとする。もしかしてあの男は悪い奴じゃないのかもしれない。それならば、しばらくここに置いてもらうようお願いしてみようか。
 そんなことを考えながらソファにちょこんと座る。
 窓から差す日差しが気持ちい。窓もわずかに空いていてまるで終末世界とは思えない爽やかな風が吹いてくる。

 ガチャ

 リビングのドアが開く音がすると、ゆらゆらと女のゾンビが入ってくる。
 真っ白な肌がグレーの部屋着の所々に小さなハートが描かれているワンピースからのぞけており、風に吹かれて腰まで伸びた長い癖のある栗毛がゆらゆらと気持ちよさそうになびいている。
 ゾンビを示す赤い瞳と目が合う。

「…。」

 数秒かわずかに千鶴とふーこが無言で見つめ合う。

「ゾンビ…なんだよね?それとも抗体を持った人間かしら?でも瞳は赤いし…」

 体が崩壊しているように見えないどころか自分たちより遥かに肌艶が良さそうなゾンビが獲物を見ても襲ってくる気配がない。
 気絶する前襲われたような…。

『ふーこ。てをだすな』

 男の声が今言われたかのようにフラッシュバックする。

「ふーん。ご主人様の言うこと聞くんだ。偉いじゃん」

 何故かやけに嫌味っぽく言ってしまった自分に驚く。心がざわつくのは様子の違うゾンビと相対しているからだろうか?それとも、主人の言う事を聞く存在が、奴隷のように生活していた自分を見ているからだろうか。

 ふーこはしばらく千鶴を見つめた後、その右隣にすっと座った。
 しばらく虚ろな瞳で空を見ていたかと思うと、ふーこは千鶴に顔を向け左手を千鶴の右手に重ねる。

「えっと?」

 千鶴は最初自分の右手を握りつぶされるのかと思ったが、どうやらそういう様子ではないようだ。
 戸惑いながらふーこの左手を見つめる。
 透き通るような白い肌にうっすら血管が浮いていて、伝わる体温は人間ではないことをわからせてくれる。

『ゾンビだけど…。綺麗な人…。昔はどんな人だったんだろう』

 手を見つめながらぼんやりしていると、いつの間にかふーこの顔が目の前にあった。
 おでことおでこがくっつきそうだ。長いまつ毛が羨ましく見え、赤い虚ろな瞳の奥に何かきらきらしたものが見える気がする。

「爪…。綺麗にしようか」

 綺麗な人には似つかわしくない伸びて長さも指ごとにガタガタと違う様子に同情のようなものを感じた。


 ②

 俺がマンションのエントランスに降りるとバラバラになったゾンビが辺り一面に散らばっていた。
 上半身だけねじ切られて放り投げられているもの、首だけ落ちているもの、頭を潰されたもの、頭が無事なゾンビはまだ口を動かしたり目を動かしたりと必死にもがいている。
 ストレス解消に首だけのゾンビをサッカーのように蹴っ飛ばして外に放り出してやりたいところだったが、万が一噛まれては抗生物質も限られるこの環境では致命的だ。
 柄の長いデッキブラシで弾くように外に放り出す。

 エントランスから外に出ると道の先500mくらいだろうか屈強そうなゾンビがぼーっと立っていた。
 すっと首筋に汗が流れる。

「くそめんどくせーじゃねーか」

 ラグビー選手のような体格の180㎝はあろうかというスキンヘッドの男ゾンビがいる。体の崩壊は全くなさそうだ。つまり、この時期まで餌に困らなかった程強くかつ、勘が良いということだ。
 ゾンビの知能や短期記憶が壊滅的なのはもちろんのことだが、たまに妙に勘が良いゾンビがいる。動物的な勘だろうが、狩りのセンスを感じざるをえない個体がたまにいるのだ。

「最近ここらのゾンビが減ってきていたのって、自然現象じゃなくてあいつが喰ってたのか?」

 ゾンビを観察していると、ゆらゆらと明後日の方向へと歩き出した。
 あれほど状態の良い男ゾンビは最近は全く見たことがない。物資回収はふーこと生活するようになってからは時には10㎞先まで探索にいくようになったが、その間アレを見かけたことも痕跡を見たこともない。

「天国から流れてきているのか?」


 ③

 千鶴はふーこの爪を整えながら、天国での奴隷のような扱いを思い出していた。
 最初は天国に合流した人間たちと地元民たちで仲良く暮らしていた。
 しかし、1か月もすると考えや価値観の違いで軋轢が生まれ始める。
 政治がうまい人間が美味しい思いをするようになり、技能も優れた知能も持たない自分のような人間は次第に白い目で見られるようになる。
 派閥争いが激化し始め、ついに戦闘にまで発展するようになると、今度は力が強い人間が牛耳っていく。
 天国から出ては自分のような人間は生きていけない。追い詰められた先には、男にも女にも奴隷のように扱われ、どんな時間でもやつらの気まぐれに犯される日々を過ごした。


「イった?イった?」

 下卑た50代の男の声が何度も何度も耳元で囁いてくる。
 イカネーヨ!ばかじゃねーか!怒鳴りたくなる。
 シャワー室で壁に手をついて千鶴は背後から男に犯されていた。
 男のイチモツが自分の膣に深くねじこまれて子宮口を叩きつけるたびズンとした鈍痛が走る。

「イイっす!もう凄く!いっちゃいそうっす!もう…だめぇ!」

 


 わざとらしくよがってみせる。ちらりと男の表情を見ると口元は薄ら笑いを浮かべているが目は笑っていない。

『こいつは痛がる女の反応見て喜ぶ変態野郎。わざと喜んでやる。糞野郎が』

 千鶴は鈍痛に耐えながら必死に喜ぶ表情を見せる。露骨にまるで痴女のように。そうするとこの男はつまらなそうに行為を切り上げるのだ。

「よーし!いくぞ!千鶴ぅ!受け止めてくれ!はらんでくれぇ!」

 男の腰を振るスピードが上がる。鈍痛に襲われるペースがどんどん上がり頭がくらくらしそうになる中、千鶴は

「もういく!はやく!もうむりぃ!だめぇええ!」

 と絶頂を迎えるような演技をしながら

『早く射精しろ!馬鹿野郎が!』

 と心の中で毒づいていた。

「うっ」

 と男がわずかに呻くと、膣の中でイチモツが脈打つのがわずかに感じられる。

『やっと終わったか…。』とげっそりしながらも

「すっごいよかったぁ…もう腰抜けそうっす…。」と男に言ってやる。

「あっそう」と男は酷くつまらなそうにソレを自分の中から抜き去るとシャワーで簡単に洗っている。

「なんかお前もすっかり快感に目覚めちまったよな。初々しかった最初が良かったぜ」とつまらなそうにつぶやいて男はその場を去っていった。

 バタンとシャワー室のドアが閉まるのを確認すると千鶴は

「ぜってーお前好みの反応なんかしてやんねぇ…」と呟いて、垂れてくる精子をシャワーで洗い流した。

 シャワー室を出て自分の部屋に戻る途中でリビングに寝転がる愛を見かける。
 傍にかけよると、虚ろな瞳が天井を見つめながらブツブツと何かを呟いている。
 履いていたジーンズがずり下げられ、股間が白い液体で汚れている。

 重たい諦めのため息を履きながら千鶴は

「愛…。シャワー浴びようか…」

 なんとか言葉を捻りだした。

『人間なんて…私たち以外皆死んでしまえ…!』

 この世界に神がいるならば、なぜ中途半端に世界を滅ぼしたのか…。自分以外全て殺してくれよ!


 ④

 根城にしているマンションの一室に戻りリビングへのドアを開けるとミディアムヘアーの女がふーこの爪にマニキュアを塗っていた。

「気が付いたんだ?」と俺が爽やかに声をかける。正直柄ではないが敵ではないことをアピールしたかった。

「助けてくれてありがとうっす」

 女がぶっきらぼうに答えながらこちらを一瞥する。
 しばらく無言が続くと女はぼそっと

小林千鶴こばやしちづるっす。そっちでうずくまってるのは砂金愛いさごあいっす」

 と言った。

 千鶴とふーこが座っているソファのそばにあるひとりがけのソファに座りながらふーこの表情を見る。
 本当にわずかだが口角が上がっているように見え、なんだか嬉しそうに見えた。

「このゾンビ…あんたが飼ってるっすか?」

「飼っている…。うん、まぁそうだな」

 おもちゃとして拾ってきたふーこだったが、今となっては『飼う』という単語にひっかかりを感じるようになるとは…。

「名前を聞いていいっすか?」

「あぁ。俺は――だ」

 名前を答えると千鶴は目を一瞬丸くした。

「あーもしかして、死…いや、人間嫌いのネクロフィリアさん?」

 死のあと何が続くのかわからないが…ゾンビをおもちゃにしていることを誰かが大げさに吹聴したようだ。
 天国に行った知り合いのせいだろうな。

「誰かに聞いたのか?」

「徳山に聞いたっす」

「あぁ…あいつか…。まだ生きてるのか?」

「死んだっす」

 千鶴が語気を強めて言い放つ。なにか恨みがこめられているように聞こえる。
 徳山もなかなか鬼畜なやつで、俺と違って活きの良い人間が大好きな、といっても痛めつけたり嫌がらせをしたりするのが大好きな糞野郎だった。でも、戦闘においてはこういう変態な輩が役に立ったりする。

「そうか…」

「自分が殺したっす」

「そうか…」

 唐突に告白されたが特に心にときめくものはない。徳山はそうあるべきだったやつだ。
 こんなか弱そうな女の子がそういうということは、そういうことをしたということだ。

「ラジオ聞きました?ゾンビの大量発生。あれも犯人は自分っす」

「そうなんだ」

「私のこと殺します?」

「悪いけど自分以外の人間はみんな死ねって思ってるから、よくやったとしか言えないな」

「奇遇っすね。自分もっす」

「むしろ、俺のことも殺す?」

「…。敵になるなら…でも私じゃどうせ敵わないし…」

 しばらく千鶴は黙り込んだかと思ったら、意を決したように口を開いた。

「しばらくここに居ていいなら自分のこと犯していいっす。愛は勘弁してあげてほしいっすけど」

「悪いけど、人間を犯す趣味は無いんだ」

「この地区に一人で暮らしているネクロフィリア野郎がいるって本当だったんっすね。こんな変態の方が安全なんて世の中皮肉っす」

「おいおい。ゾンビは人権ねーけど、死んでるわけじゃなーぞ」

「死んでるようなもんじゃないっすか」

 ふぅと息を吐いて話題を変える。ゾンビが生きているか死んでいるかを議論してもしょうがない。

「こいつ…ふーこっていうんだけど、こいつが燃費が悪くてな。物資回収手伝ったり、最悪ゾンビ肉食べる覚悟あるならかまわねーよ。ふーこの爪ありがとな」

「…。ふーこちゃんの主人ならもっと綺麗にしてあげて欲しいっす。もったいないっす」

「ゾンビには散々襲われたろうにやけになついたな」

「ふーこちゃん今は襲ってこないし、それに可愛いっす。可愛いは正義っす。自分も最期は可愛く死にたいっす」

「…。」

「そうだ。物資回収で出かけるなら洋服や化粧品も欲しいっす」

 千鶴にそう言われて屈強な男ゾンビを思い出す。あいつがうろついている以上、よけいな探索は命取りになりかねない。

「ダメっすか?私フェラとかうまいっす。それ報酬でお願いできないっすか?」

 千鶴は可愛い女の子だと思う。ぼろぼろになって逃げこんできただろうに、髪は鴉の濡れ羽色のようにつやつやと黒く輝き、目が大きく幼げながら整った顔立ちに体格もふーこに比べると幼く見えるが出るとこはしっかり出ており、そそらないと言えばウソになる。

 ふーこをちらりと見つめる。
 ふーこはこちらを見ることなく、綺麗に整えられ赤色に塗られた自分の爪をしげしげと見つめている。

「いや、そういうのはいい。とりあえず情報が欲しい。千鶴が知っていることを全部教えてくれ。とりあえずそれを当面の滞在費とする」

 未だにふーこのことはよくわからない。
 ふーこと向き合うことを決めても、向き合い方がわからない。
 千鶴を通して何か変化がもたらされれば…。
 そういう打算が働いた。
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