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第2章 最後の良心
第12話 多田という男
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多田は幼いころから人を恨んだり妬んだり、嫌ったりする感情と無縁だった。
ホストでもやればきっと売り上げNO1になれるよと人から口々に言われる甘いマスクに、大して筋トレをしなくても簡単につく筋肉。病気になったこともなく、頭も人並み以上で体力も人一倍自信がある。
だから、イジメられたり誰かに劣等感を感じたりしたことはない。その心の余裕が、強さが、自分の相手への優しさに繋がっているかもしれないと思った。
それもあってか、ちょっと嫌だなとかストレスだなと思うことはあっても、相手にネガティブな感情を持ち続けることはなかった。
多田の父親は、「へとへと証券」と裏で揶揄される証券会社のエリートで、よく多田に「私心を捨てて相手を思えば勝手に利益は上がっていく」と説いていた。
特段、人を嫌う感情もなかった多田はその教えの通り、自分の欲は横に置いておいて相手を笑顔にすることに専念した。
学業にしてもバイトにしても自分がリーダーをすることがあれば、自分より下の人間たちが働きやすい環境を作り・維持し続けることに専念した。
人が嫌うことを率先してやり、相手が明らかにさぼっているであろう時も「きっと今日は体調が悪いんだ」とか「家庭が大変なんだろう」と思って最後まで相手を気遣った。
気遣われた方は、最初は便利な道具だと思う人間もいたが、度が過ぎると自分の怠惰が浮いて見え次第に改心していった。改心しない者は、多田を尊敬する人間に裏で処理されていった。
お金に不自由はしなかったし、父も死ぬほど疲れているであろう休日も土曜日はぐったりしていても日曜日は自分たちと一緒に遊んでくれた。母も妹もそんな父を尊敬して尽くした。
そんな環境だから貧しい人間の心は理解できないかもしれないと自分でも危惧していた。だから、徹底的に相手と話をした。理解できるまで話をした。
そして、多田はある考えにたどり着く。
人間と猿だって遺伝子的には数%しか違わない。だとしたら、人間同士で一体何が違うというのか?
例えば、僕の目の前で万引きをした子がいたとして、この子の生まれてから現在までの環境や歴史をすべてなぞったら、自分も全く同じことをしたのではないか?
僕とこの子を隔てるものは、ほんの少しの幸運だけだったのではないか。
この子に自分がならなかったのは、この子が僕の代わりを引き受けてくれたからではないか。と。
それからの多田の最大の武器は「対話」だ。
どんな相手にも常に粘り強く対話していく。
自然と自分の周りには人があふれ、笑顔があふれ、お世辞にも自分は頭が良いとは思っていなかったが、いつの間にかあらゆる運営の計画を取り仕切る中心人物になり、トラブルも持ち前の対話で解決していった。
それでいて、対話が不可能な敵、それでこそゾンビとなると、容赦なくバールや斧をその頭に叩き込んでいく。
どんなに疲れても自分が前に出て、自分を慕ってくれる人が動きやすいように盾になり続けた。
だから、千鶴という女の子がわざとゾンビを大量発生させて、天国を壊滅させたと聞いた時も特段怒りはわいてこなかった。
大切な人達が死んでしまったことは、とても哀しかったが…だからといって千鶴を恨む気にはなれない。
千鶴がそうせざるをえない状況に追い込まれてしまった…その選択肢を選んでしまったのはなんでなのか、それを話し合わなくてはいけない。
ある時、最愛の息子を失った老婆がつぶやいた「わたしは、自分より大切なものを奪われました…多田さん。わたしはあの子に復讐する権利がありますよね?」
多田は「本当に千鶴さんが犯人かもわかりません。まずは話し合いましょう」と答えたが、老婆は納得できないようで、だがそれでいて、多田ならそう答えるだろうという予想はあったようで肩を落としただけだった。
多田は、老婆の心に寄り添えなかったことを申し訳なく思ったが、これだけは譲るわけにはいかない。
「もし、僕たちが復讐の権利があるからといって、1人の女の子をみんなで殺してしまったら…それは、人間として戻れないナニカになってしまう気がするんです」
それを平野に吐露したことがある。
平野は目を一瞬丸くして「なるほどぉ!素晴らしい考えだ!だけどなぁ、法律も抑止力もなくなった今!復讐は義務だとは思わないか?」と言った。
「義務…ですか?」
「そうだろ!奪ったら奪い返されるのだ!だから、心にセーブができる。やりすぎない!その抑止力を働かせるためにもぉ!やったものはやられないといけない!頼れるものは法律か?警察か?違うだろ?俺と…お前と…仲間達だけだ!」
「今の状況を考えれば…平野さんの言い分もわかります。でも、それでも…僕はだから殺しますとは思えないんです…」
平野はその時は、ケタケタ笑って、「さすが主人公」とつぶやいた。
自分が物語の主人公なんて思ったことはない…。
対話し続けることは自分の譲れない信念だが、このゾンビパニックの一連の色々なことは心が折れそうなことばかりだった。
きっと主人公補正があったのなら、稲森さんだって失うことはなかっただろう。
足が重い。倒れそうになる。
でも、倒れるわけにはいかない。
そして、もしかしたらもう一人の自分だったかもしれない目の前のこの男とも対話をしなくてはいけないのだ。
場所は、タカクラデパートの2F。
ウィメン向けブランドが多く並ぶこの広いフロアで、不思議と襲ってこない女ゾンビと千鶴、愛を連れた、このずんぐりむっくりな格好をした男ともまずは対話をしなくてはいけない。
男は右手にククリナイフをぎゅっと握りしめている。
「僕は多田と言います。お名前をうかがっても?」
大きな声でそれでいて相手を威嚇しないように声の調子に最大限気を付けて言った。
一歩間違えれば取り返しのつかないことになる。そう確信した。
ホストでもやればきっと売り上げNO1になれるよと人から口々に言われる甘いマスクに、大して筋トレをしなくても簡単につく筋肉。病気になったこともなく、頭も人並み以上で体力も人一倍自信がある。
だから、イジメられたり誰かに劣等感を感じたりしたことはない。その心の余裕が、強さが、自分の相手への優しさに繋がっているかもしれないと思った。
それもあってか、ちょっと嫌だなとかストレスだなと思うことはあっても、相手にネガティブな感情を持ち続けることはなかった。
多田の父親は、「へとへと証券」と裏で揶揄される証券会社のエリートで、よく多田に「私心を捨てて相手を思えば勝手に利益は上がっていく」と説いていた。
特段、人を嫌う感情もなかった多田はその教えの通り、自分の欲は横に置いておいて相手を笑顔にすることに専念した。
学業にしてもバイトにしても自分がリーダーをすることがあれば、自分より下の人間たちが働きやすい環境を作り・維持し続けることに専念した。
人が嫌うことを率先してやり、相手が明らかにさぼっているであろう時も「きっと今日は体調が悪いんだ」とか「家庭が大変なんだろう」と思って最後まで相手を気遣った。
気遣われた方は、最初は便利な道具だと思う人間もいたが、度が過ぎると自分の怠惰が浮いて見え次第に改心していった。改心しない者は、多田を尊敬する人間に裏で処理されていった。
お金に不自由はしなかったし、父も死ぬほど疲れているであろう休日も土曜日はぐったりしていても日曜日は自分たちと一緒に遊んでくれた。母も妹もそんな父を尊敬して尽くした。
そんな環境だから貧しい人間の心は理解できないかもしれないと自分でも危惧していた。だから、徹底的に相手と話をした。理解できるまで話をした。
そして、多田はある考えにたどり着く。
人間と猿だって遺伝子的には数%しか違わない。だとしたら、人間同士で一体何が違うというのか?
例えば、僕の目の前で万引きをした子がいたとして、この子の生まれてから現在までの環境や歴史をすべてなぞったら、自分も全く同じことをしたのではないか?
僕とこの子を隔てるものは、ほんの少しの幸運だけだったのではないか。
この子に自分がならなかったのは、この子が僕の代わりを引き受けてくれたからではないか。と。
それからの多田の最大の武器は「対話」だ。
どんな相手にも常に粘り強く対話していく。
自然と自分の周りには人があふれ、笑顔があふれ、お世辞にも自分は頭が良いとは思っていなかったが、いつの間にかあらゆる運営の計画を取り仕切る中心人物になり、トラブルも持ち前の対話で解決していった。
それでいて、対話が不可能な敵、それでこそゾンビとなると、容赦なくバールや斧をその頭に叩き込んでいく。
どんなに疲れても自分が前に出て、自分を慕ってくれる人が動きやすいように盾になり続けた。
だから、千鶴という女の子がわざとゾンビを大量発生させて、天国を壊滅させたと聞いた時も特段怒りはわいてこなかった。
大切な人達が死んでしまったことは、とても哀しかったが…だからといって千鶴を恨む気にはなれない。
千鶴がそうせざるをえない状況に追い込まれてしまった…その選択肢を選んでしまったのはなんでなのか、それを話し合わなくてはいけない。
ある時、最愛の息子を失った老婆がつぶやいた「わたしは、自分より大切なものを奪われました…多田さん。わたしはあの子に復讐する権利がありますよね?」
多田は「本当に千鶴さんが犯人かもわかりません。まずは話し合いましょう」と答えたが、老婆は納得できないようで、だがそれでいて、多田ならそう答えるだろうという予想はあったようで肩を落としただけだった。
多田は、老婆の心に寄り添えなかったことを申し訳なく思ったが、これだけは譲るわけにはいかない。
「もし、僕たちが復讐の権利があるからといって、1人の女の子をみんなで殺してしまったら…それは、人間として戻れないナニカになってしまう気がするんです」
それを平野に吐露したことがある。
平野は目を一瞬丸くして「なるほどぉ!素晴らしい考えだ!だけどなぁ、法律も抑止力もなくなった今!復讐は義務だとは思わないか?」と言った。
「義務…ですか?」
「そうだろ!奪ったら奪い返されるのだ!だから、心にセーブができる。やりすぎない!その抑止力を働かせるためにもぉ!やったものはやられないといけない!頼れるものは法律か?警察か?違うだろ?俺と…お前と…仲間達だけだ!」
「今の状況を考えれば…平野さんの言い分もわかります。でも、それでも…僕はだから殺しますとは思えないんです…」
平野はその時は、ケタケタ笑って、「さすが主人公」とつぶやいた。
自分が物語の主人公なんて思ったことはない…。
対話し続けることは自分の譲れない信念だが、このゾンビパニックの一連の色々なことは心が折れそうなことばかりだった。
きっと主人公補正があったのなら、稲森さんだって失うことはなかっただろう。
足が重い。倒れそうになる。
でも、倒れるわけにはいかない。
そして、もしかしたらもう一人の自分だったかもしれない目の前のこの男とも対話をしなくてはいけないのだ。
場所は、タカクラデパートの2F。
ウィメン向けブランドが多く並ぶこの広いフロアで、不思議と襲ってこない女ゾンビと千鶴、愛を連れた、このずんぐりむっくりな格好をした男ともまずは対話をしなくてはいけない。
男は右手にククリナイフをぎゅっと握りしめている。
「僕は多田と言います。お名前をうかがっても?」
大きな声でそれでいて相手を威嚇しないように声の調子に最大限気を付けて言った。
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