東京ネクロマンサー -ゾンビのふーこは愛を集めたい-

神夜帳

文字の大きさ
18 / 61
第2章 最後の良心

第12話 多田という男

しおりを挟む
 多田は幼いころから人を恨んだり妬んだり、嫌ったりする感情と無縁だった。
 ホストでもやればきっと売り上げNO1になれるよと人から口々に言われる甘いマスクに、大して筋トレをしなくても簡単につく筋肉。病気になったこともなく、頭も人並み以上で体力も人一倍自信がある。
 だから、イジメられたり誰かに劣等感を感じたりしたことはない。その心の余裕が、強さが、自分の相手への優しさに繋がっているかもしれないと思った。

 それもあってか、ちょっと嫌だなとかストレスだなと思うことはあっても、相手にネガティブな感情を持ち続けることはなかった。
 多田の父親は、「へとへと証券」と裏で揶揄される証券会社のエリートで、よく多田に「私心を捨てて相手を思えば勝手に利益は上がっていく」と説いていた。
 特段、人を嫌う感情もなかった多田はその教えの通り、自分の欲は横に置いておいて相手を笑顔にすることに専念した。

 学業にしてもバイトにしても自分がリーダーをすることがあれば、自分より下の人間たちが働きやすい環境を作り・維持し続けることに専念した。
 人が嫌うことを率先してやり、相手が明らかにさぼっているであろう時も「きっと今日は体調が悪いんだ」とか「家庭が大変なんだろう」と思って最後まで相手を気遣った。
 気遣われた方は、最初は便利な道具だと思う人間もいたが、度が過ぎると自分の怠惰が浮いて見え次第に改心していった。改心しない者は、多田を尊敬する人間に裏で処理されていった。

 お金に不自由はしなかったし、父も死ぬほど疲れているであろう休日も土曜日はぐったりしていても日曜日は自分たちと一緒に遊んでくれた。母も妹もそんな父を尊敬して尽くした。
 そんな環境だから貧しい人間の心は理解できないかもしれないと自分でも危惧していた。だから、徹底的に相手と話をした。理解できるまで話をした。

 そして、多田はある考えにたどり着く。
 人間と猿だって遺伝子的には数%しか違わない。だとしたら、人間同士で一体何が違うというのか?
 例えば、僕の目の前で万引きをした子がいたとして、この子の生まれてから現在までの環境や歴史をすべてなぞったら、自分も全く同じことをしたのではないか?
 僕とこの子を隔てるものは、ほんの少しの幸運だけだったのではないか。
 この子に自分がならなかったのは、この子が僕の代わりを引き受けてくれたからではないか。と。

 それからの多田の最大の武器は「対話」だ。
 どんな相手にも常に粘り強く対話していく。
 自然と自分の周りには人があふれ、笑顔があふれ、お世辞にも自分は頭が良いとは思っていなかったが、いつの間にかあらゆる運営の計画を取り仕切る中心人物になり、トラブルも持ち前の対話で解決していった。
 それでいて、対話が不可能な敵、それでこそゾンビとなると、容赦なくバールや斧をその頭に叩き込んでいく。
 どんなに疲れても自分が前に出て、自分を慕ってくれる人が動きやすいように盾になり続けた。

 だから、千鶴という女の子がわざとゾンビを大量発生させて、天国を壊滅させたと聞いた時も特段怒りはわいてこなかった。
 大切な人達が死んでしまったことは、とても哀しかったが…だからといって千鶴を恨む気にはなれない。
 千鶴がそうせざるをえない状況に追い込まれてしまった…その選択肢を選んでしまったのはなんでなのか、それを話し合わなくてはいけない。

 ある時、最愛の息子を失った老婆がつぶやいた「わたしは、自分より大切なものを奪われました…多田さん。わたしはあの子に復讐する権利がありますよね?」

 多田は「本当に千鶴さんが犯人かもわかりません。まずは話し合いましょう」と答えたが、老婆は納得できないようで、だがそれでいて、多田ならそう答えるだろうという予想はあったようで肩を落としただけだった。
 多田は、老婆の心に寄り添えなかったことを申し訳なく思ったが、これだけは譲るわけにはいかない。

「もし、僕たちが復讐の権利があるからといって、1人の女の子をみんなで殺してしまったら…それは、人間として戻れないナニカになってしまう気がするんです」

 それを平野に吐露したことがある。
 平野は目を一瞬丸くして「なるほどぉ!素晴らしい考えだ!だけどなぁ、法律も抑止力もなくなった今!復讐は義務だとは思わないか?」と言った。

「義務…ですか?」

「そうだろ!奪ったら奪い返されるのだ!だから、心にセーブができる。やりすぎない!その抑止力を働かせるためにもぉ!やったものはやられないといけない!頼れるものは法律か?警察か?違うだろ?俺と…お前と…仲間達だけだ!」

「今の状況を考えれば…平野さんの言い分もわかります。でも、それでも…僕はだから殺しますとは思えないんです…」

 平野はその時は、ケタケタ笑って、「さすが主人公」とつぶやいた。
 自分が物語の主人公なんて思ったことはない…。
 対話し続けることは自分の譲れない信念だが、このゾンビパニックの一連の色々なことは心が折れそうなことばかりだった。
 きっと主人公補正があったのなら、稲森さんだって失うことはなかっただろう。

 足が重い。倒れそうになる。

 でも、倒れるわけにはいかない。

 そして、もしかしたらもう一人の自分だったかもしれない目の前のこの男とも対話をしなくてはいけないのだ。

 場所は、タカクラデパートの2F。
 ウィメン向けブランドが多く並ぶこの広いフロアで、不思議と襲ってこない女ゾンビと千鶴、愛を連れた、このずんぐりむっくりな格好をした男ともまずは対話をしなくてはいけない。

 男は右手にククリナイフをぎゅっと握りしめている。

「僕は多田と言います。お名前をうかがっても?」

 大きな声でそれでいて相手を威嚇しないように声の調子に最大限気を付けて言った。

 一歩間違えれば取り返しのつかないことになる。そう確信した。
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end**

処理中です...