東京ネクロマンサー -ゾンビのふーこは愛を集めたい-

神夜帳

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第3章 星に願いを

第22話 千鶴と宮本 ①

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 宮本優(みやもとまさる)が小林千鶴に出会ったのは、天国へ疎開してすぐのこと。
 黒いリュックサックにありったけに入れた缶詰も残り1つとなり、ペットボトルに入れた川の水も底をつきかけ、絶望しかけたところに多田達の救援隊に迎え入れられた。
 親と逃げ回った末に生き別れ、独り孤独に逃げ続けた先で、急に安心したためか体中から力が抜けて、舗装されていない泥の地面のちょっとした隆起に足をとられて、転びそうになったときに、千鶴が宮本の身体をそっと抱きしめて支えた。
 ふわっと香る甘い女の匂いと、抱きしめられた時に身体に押し付けられた弾力のある胸の感触、そして、「すいません!」と慌てて言いながら見た千鶴の慈愛に満ちた女神のような微笑みに、心臓は高く高鳴りいつまでも抱きしめられていたいという思いが沸き上がったが、疲れ切ったなかで縁の無かった可愛い女の子に急に抱きしめられたためか、自分のモノが急激に硬くなりせり上がっていくのを感じて、恥ずかしさのあまりあわあわと身体を動かし千鶴の腕を振りほどくと、バランスを崩して後ろにすてんと転んだ。
 折角、千鶴が転ばないように支えてくれたのに、無様にも尻もちをついてぬかるんだ泥をかぶってしまった。
 しかも、尻もちをついた状態ということは、いきり立ち始めズボンの布を押し上げている様をまざまざと千鶴に見せつけてしまった。

(は、恥ずかしい……!せっかくこんな可愛い子が……しかも、この子はただ親切心で自分を支えてくれたのに!)

 宮本が恥ずかしさのあまり顔を下にうつむかせる。元気な状態であれば、姿勢を変えるなり、さっとこの場を去るなりすることができただろうが、力を使い果たしてただただありのままを晒す以外に何もできなかった。

(軽蔑されただろうな……。気持ち悪いって思われただろうな……)

 顔を上げるのが怖くて、そして、顔を上げたらきっともう彼女は去っているであろうことが、なんだか哀しくて顔を上げられずにいると、すっと視界に真っ白なタオルが飛び込んできた。

「どうぞ。使ってください」

 千鶴の可愛いソプラノの声が宮本の耳を貫いて、驚いて顔をばっと上げた。
 千鶴はちょっと照れくさそうに微笑みながらも、そこに確かにいて、自分をまだ助けようとしてくれていた。

「女神……様?」

 千鶴の後ろから差してくる日の光が後光のように見えて、心身ともに疲れ切っていた宮本には本当に女神に見えた。

「あはっ!なにそれぇ!」

 千鶴はむず痒いといった面持ちで大げさにわらうと、かがんで宮本の耳元に口を近づけると

「気にしないでください。疲れ切った男の人がそうなることは知ってます。大丈夫。他の人もそんな感じでしたよ」

 と優しく囁き、息がさわさわと耳をくすぐった。
 きっと随分と面白い表情をしていたのだろう。恥ずかしさと嬉しさと性的な喜びと……安心と。
 色々な感情が入り混じった宮本の表情を見て、千鶴はにこりと笑うとさっと立ち上がって「またね」と言うと、黒い長い髪を風になびかせながら他の助けを求めている人たちのもとへ走っていった。
 白いTシャツに青いジーンズ、色気などない恰好なのに、スタイルがいいからだろうか、その後ろ姿が愛おしくて仕方がなかった。

 天国での生活では、皆メンバそれぞれが自分の得意分野を活かして組織に貢献していた。
 心の傷から立ち直れず、何もしないで食べて寝るだけの人々もいたが、天国はそういった人々を追い出すことなく、穏やかに日々が過ぎていた。
 宮本は、特段得意なものは無く全てが平均的にできる平凡な男の子だった。

 自分に何ができるだろうか。
 最初の一週間は身体を休めるのに専念し、与えられた食事を享受しながら、天国内をうろうろと散歩していた。
 身体が消耗しきっていたのだろう。山の中にあった天国では、道も起伏が激しく、ちょっとした散歩でもすぐにハァハァと息が上がってしまった。
 小さな川沿いを歩いていた時、千鶴が他の男と楽しそうに立ち話をしているの見かけた。別に堂々としていればいいのに、なぜか木陰に身を隠してそっとその様子を覗き見る。
 よく見ると、自分より大きな体格の男が、一方的に千鶴に話しかけていて、千鶴はにこにことしながら話を受け流しているように見えた。
 やがて、千鶴が手を小さく振ってお別れの挨拶といった体で、その男から離れようとすると、男は後ろから千鶴を力強く抱きしめて、Tシャツの上からその大きな手で胸をぐっと握りつぶした。
 千鶴の顔が苦痛に歪む。男がにやにやと笑いながら揉み続ける。ぐねぐねと形を変える千鶴の胸。
 宮本は助けなくてはと思いながらも、自分の女神が自分より大きな存在に蹂躙されている姿に妙な興奮を覚えて見入ってしまった。

「痛いって!!」

 千鶴の悲痛な叫び声にハっとして、隠れていた木陰から走って二人の前に姿を晒した。

「やめろって!嫌がってるだろ!」

 宮本が自分でもびっくりするくらい大きな声で男に叫んだ。

「ちっ。なんだよ。いいとこだったのによぉ」

 男が宮本の姿を見ると、実にあっさりと身を引いて頭をぼりぼり搔きむしりながらどこかへと立ち去って行った。
 宮本は自分の身体がそんなに強そうに見えないと自覚していることから、このあっさりとした引き際が妙に気になったが、今はそんなことはいい。

「大丈夫ですか?」

「ありがとう。えーっと……」

「宮本です」

「ありがとう。宮本君。私は千鶴。小林千鶴」

「小林さん……」

「うん」

「ここって、警察みたいな役割な人はいないの?」

「うーん。平野達がそれにあたるのかなぁ?」

「平野?うーんと、じゃあ、その人たちに今のこと言わないと。僕も証言しますよ」

「ありがとう。でも、いいのいいの。大したことじゃないわ」

「大したことじゃない?襲われていたのに?」

「こんなことでいちいち面倒ごと起こしてたら、やってけないよぉ」

「えぇ!?そういうものなんですか?」

「どうしてもね。軽いセクハラはあるよ。受け流していかないとやってけない」

「そんな!あれが軽いセクハラ!?」

「宮本君は優しいね」

「えぇ……?」

 千鶴はそう言うと宮本に抱きしめられるくらいの距離まで近づいて身体を密着させると、こてんと頭を宮本の胸に預けた。

「えっと?」

「宮本君の鼓動を聞いてるの。凄いね。ばくばくしてる。怖かった?」

「えっとぉ……。正直、怖かった。自分よりずっと大きかったし……」

「そうだよねぇ。そんな人に立ち向かってくれたんだねぇ。えらいえらい」

 千鶴はそう言うと、宮本の緊張して汗ばんでいる左手を優しく握ると、顔を向けて上目遣いで

「じゃあ、これから宮本君が守ってくれる?」

 と甘い声で言った。

「ぼ、僕が!?でも、僕そんなに強くないです……」

「強くなればいいじゃない。強さだって色々あるし、喧嘩の強さじゃなくても、みんなに認められることをすればいいんじゃない?」

「認められること……」

「私は宮本の女だぞ!手を出したらどうなるかわかってるだろうな!なーんて、言わせてよ」

「……」

「冗談だよ。もうなるべく一人にならないように動くから。大丈夫。今日はありがとうね。嬉しかった」

 千鶴がぺろっと舌をだしておどけてみせると、そのまま踵を返して宮本の元から歩み去ろうとしている。
 宮本はそんな千鶴を後ろから抱きしめると

「わかりました。僕、頑張ります。皆に一目置かれる人間になります。だから……」

「だから?」

「友達からお願いします!」

「わっびっくりした!あははは!友達なんていくらでもなってあげるよ」

 千鶴は宮本の手をほどいて、向き直すとじっと二人で見つめ合う。
 なんだか恋人同士のようなねっとりとした視線の絡み合いに宮本は酔っていくような感覚にとらわれ、千鶴の小さな唇に自分の唇を近づけた。
 すると、さっと千鶴の左手がそれを阻みながら、耳元で甘く囁いた。

「友達なら、こういうことはしないでしょ?」

 宮本はハッとして、顔を遠ざける。千鶴の瞳がじっと挑戦的に自分を見つめている。
 あぁ、自分は試されているんだ。
 自分にふさわしい男なのかどうかを。

「自分に自信が持てたら……また、会いに行きます」

 宮本は、早歩きで寝泊まりしていた民家に戻った。
 戻る最中ちらりと後ろを見ると、両手を後ろで組んでにこにこと微笑んでいる千鶴がいた。
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