東京ネクロマンサー -ゾンビのふーこは愛を集めたい-

神夜帳

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第3章 星に願いを

第30話 開戦

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 ①

 澪の黒くつややかな長い髪を宮本は優しく櫛を入れていく。
 椅子に座って身動き一つしない澪は、赤い瞳でなければ今ならゾンビに見えないかもしれない。
 千鶴から多田を殺せと言われてから一週間。
 最初は拘束してから恐る恐る餌を口に運んでいたが、目を見つめながら名前を呼ぶと攻撃性をひそめることがわかった。
 それからは、名前を呼びながら食事を与え、こちらを攻撃する気配がなくなったところで、身体を洗ってやったり髪を整えてやったりしてみたが、この存在が何を喜ぶのかはさっぱりわからなかった。
 この家にいた子供もサラリーマン風の男も、スポーツマン風の男もいつの間にか見かけなくなっていて、相談する相手もいなくなった宮本は、悪戦苦闘しながら澪とこの一週間生活してみたが、いまいち澪がこちらになついたのかはよくわからない。

「澪、今日は外に出かけてみようか」

 宮本が優しく澪に声をかけるが、澪は何を考えているかわからない無表情で宮本を見つめるだけだ。

「澪、外で悪い男達に出会ったら、一緒に戦って欲しいんだ。できる?」

 澪はじっと宮本の顔を見つめてから、こくんと首を縦に振った。
 こちらの言う事は通じている。
 理解できているかはわからないが……。


 ②

「千鶴に送られてきた座標だと、あの家かぁ?」
「危なかったですね。随分と近くに潜んでいたもんです」

 平野と多田を先頭に、天国メンバー5名が続いて歩く。
 更にその後ろを、俺とふーこが歩いている。

「それにしても、こんなにすんなりご協力いただけるとは思いませんでしたよ」

 多田が爽やかな微笑みで俺に話しかける。

「こちらにも利があることだからな。安全地帯の確保は必要だったし」
「その安全地帯がこちらとの連絡通路になるのなら、大歓迎です」
「ふぅ。随分と俺に気を寄せるな」
「それはもちろん。人間が随分と減ってしまったんです。数少ない生き残り同士、助け合わないとやっていけません」
「そちらは、随分と人が増えたようだな?」
「えぇ、ネットでの呼びかけに応えてくれた人たちを救出していきまして……」
「今、何人くらいなんだ?」
「規模ですか? そうですね。この間、100人を超えたところでしょうか」
「ちょっとした村だな」
「はい。中には医者の方もいらっしゃって、我々と交流していればきっとお役に立てますよ」
「医者か……。まぁ、そうだな」

 多田と話している俺が気になるのか、ちらちらとこちらに視線を送る平野。
 平野はどこか感心したような、居心地が悪いような調子で俺に声をかける。

「お前よぉ。本当にどうしたんだぁ? なんか、妙に爽やかじゃねぇかぁ?」
「これでか?」
「お前はもっと、こー冷たいというか、いや、社会性はあるわけなんだがぁ、なんつーか瞳の奥は冷え切っているっていうかぁ」
「何が言いたい?」
「うーん。なんか変な感じぃ」
「なんだそれは」

 やがて、やけに豪華なつくりの一戸建ての家の前に着く。
 拠点にしているマンションからそれほど離れているわけでもない。
 まさか、ここまで近くにいたとは。
 何度もこの家の前は通っているはずだが、俺の目も大したことがなかったようだ。
 これからは、油断せず気をつけなくては。

「多田さん、平野さん。どうしますか?」

 新メンバーなのか、会ったことのない天国メンバーの男が二人に指示を仰ぐ。

「そうだなぁ。まぁ、中に入ってみるしかないよなぁ」
「わかりました。蝶番外してしまいます」
「おぅ」

 見慣れない天国メンバーの3人がさっとドアに近づくと、ドアの蝶番を取り出した道具で外していく。
 いくらかそのあざやかな手さばきと連携プレイを眺めていると、がこっと音がしてドアが外れた。

「宮本は見つけたら殺すんですか?」
「いやぁ、とりあえずは捕獲したいところだがぁ。攻撃してくるようなら殺して構わねぇ」
「わかりました」

 そう言って、天国メンバーの2人が中に入っていく。

「平野? お前は行かないのか?」
「うーん。まぁ、あいつらの性能テストもかねてるっつーか。まぁ、お手並み拝見だなぁ」
「そういうものか」
「というのはアレで、正直、俺はあいつを殺したくねぇ」
「ふむ?」
「だけど、あいつのことだ。やぶれかぶれで向かってくるだろうなぁ」
「宮本は強いのか?」
「お前よりは強いかな」
「そうか……」

 ドォオオオオォオオオオンン!

 不意に激しい爆発音が耳をつんざく。
 誰かに言われるまでもなく、その場にいた全員が地面に伏せた。
 ふーこをのぞいて。

 目の前の家の窓が割れて爆風が吹き荒れて、飛び散ったガラスの破片がいくらかふーこの身体に刺さる。

「あーあー……」

 爆発音を間近で聞いたせいか激しい耳鳴りで音が聞こえなくなる。
 宮本め。
 やってくれる。
 耳鳴りのせいか、少し眩暈のようなものも覚えながら、ふーこに刺さったガラス片を抜こうと近づくと、俺の身体ははね飛ばされた。

 ふーこが俺に手を突き出していることから、一瞬遅れてふーこに突き飛ばされたのだと理解した。

 しかし、何故?
 ふーこが自分からこんなアクティブに動くのを初めて見たように思う。

 刹那。

 反対の家のコンクリート塀が弾けるように粉々に砕け、人影が勢いよく飛び出してくる。
 人影はそのまま、ふーこの背中を腕で薙ぎ払う。
 ふ―この背中からぶわっと真っ赤な血の霧が噴き出る。

「ふーこ!!」

 人影はそのまま長い黒い髪の毛を振り乱しながら軽く跳躍して、ふーこの肩を蹴り飛ばし、その反動でそのまま事態がわかっておらずふらつきながら立ち上がる天国メンバーの男の1人の腹を左腕で貫いた。

「ぐふぁ」

 まだ名前も知らぬ男が口から血を吐き出し、身体をプルプルと震わせている。
 しかし、男は意地を見せる。
 激痛だろうに、息すらできないだろうに、そのたくましい腕で自分の腹を貫いた存在を抱きしめ拘束する。

「女!? ゾンビか!?」

 俺の方に倒れ込むふーこを必死に受け止め、抱きしめながらその存在を見る。

 黒い長い髪、白いセーターにジーンズ姿。
 体つきは華奢で、腰はキュっとしまり、大きなお尻が相手が女であることをあらわしているが、普通の女が腕力だけで男の腹を貫けてたまるか。
 そんな信じられない力を出せるのはゾンビだけだ。
 しかも、この俊敏な動き、お腹は満たされ、身体に損傷もなく当然崩壊も始まっていない……。

 タカクラデパートでの男ゾンビの姿が重なる。
 今目の前の脅威は、あんな2メートルをゆうに越す化け物じみた姿ではないが……。

 男に抱きしめられている女ゾンビは、そのまま男を抱きしめる。
 ベきべきと男の背骨が折れていく音がするたび、男の苦悶に満ちた悲鳴が辺りに響き渡る。
 すぐさま平野が腰にマウントしていたククリナイフを抜くと、その存在を突き刺そうと跳ねるが、それを感じ取ったのか、女ゾンビはいともたやすく抱きしめていた男の胴体をねじり切ると、ねじ切った胴体を平野に投げつけた。

「くそぉおお!」

 まだ間に合うと思っていた平野に男の胴体が叩きつけられ、さすがにその重さと衝撃に地面に叩きつけられる。

 そして、その場にいた全員が見た。
 血にまみれたそれを。

 美しいゾンビを。

 まるで天女のように美しい女が目をこうこうと赤く輝かせ、手に持った腸の一部に齧りついている。
 血で濡れたブラウスが肌にぴったりと張り付いて、その美しい体のラインを浮き立たせている。
 男達もこのような状況でなければ、そのスレンダーながら主張する胸と美しい顔に目を奪われたことだろう。
 いや、今も奪われている……ただし、驚異的な化け物として……。

「いやはや。舐めてましたね。まさか、こんなゾンビがまだいたなんて、でも、これってあれですよね?」

 多田が立ち上がりながら誰に言うでもなくつぶやく。

「そうだな。爆発と言い、宮本の隠し玉だろうな……」

 平野も男の亡骸を横にどかしながら、ゆっくりと立ち上がる。
 その表情は怒りに満ちていて、今にも女ゾンビに飛び掛かりそうだが、平野にしては行動に移さない。
 足でも痛めたか?

 俺は抱きしめているふーこの背中をちらりと見る。
 白いパーカーの背部が刃物で切ったかのようにスパッと切れていて、ジワジワと血が滴っている。
 傷がどれだけのものか、手で触れてみると、傷は大きいが深みはなさそうで、そして、既に回復は始まっていて肉が盛り上がり始めていた。
 出発前にたらふくご飯を食べさせておいてよかった。

「ふーこ。大丈夫か? かばってくれてありがとう」

 ふーこの耳元で囁くと、ふーこは俺に預けていた身体をゆらりと立ち上がらせて、女ゾンビを感情の無い目で見つめる。
 俺も立ち上がりながら腰にマウントしていたククリナイフを抜いて構える。
 その動作を見た女ゾンビが、この場において俺が一番の脅威と見たのか、物凄いスピードで駆け寄る。
 いや、駆け寄るなんて生易しいものではない。
 一瞬だ。
 まばたきで閉じた瞼が再び開いたときには、目の前に女ゾンビの顔があった。

 女ゾンビの赤い瞳が目の前で俺を見つめ、生暖かい吐息が俺の頬をくすぐる。
 殺される……そう思った刹那、女ゾンビが目の前から消えた。

 ふーこが片手で女ゾンビの首根っこを捕まえて、近くのコンクリート塀に叩きつけたのだと理解するのに2秒ほどかかった。
 女ゾンビは、ふーこを脅威と見ていなかったのか少し目を見開いて驚いた様子を見せたと思うと、すぐにガラガラと崩れるコンクリート塀を肉付きの良い足でけり上げ、ふーこに飛び掛かる。
 ふーこの首をお返しだといわんばかりに左手で締めあげて、右手でふーこの栗毛色のウェーブがかった長い髪を引っ張る。ぶちぶちと音がするような勢いで、何本かの髪の毛がちぎられていく。

 ふーこが怒った。

 表情の変わらないふーこが、左の眉尻をぴくりと跳ね上げたかと思うと、右ひざを女ゾンビの腹に勢いよくめり込ませる。
 内臓がいくらか損傷したのか、女ゾンビは掴んでいた手を離すとすぐに後ろに跳び引いて、通り掛けにいた天国メンバーの男の首をもぎとると、頬肉をかじりとった。

 そして……。

 キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!

 女ゾンビは口をこれでもかと大きく開いて、耳をつんざく大絶叫を轟かせる。
 皆、あまりの声量に手で耳を塞ぐが、それでも手を貫通して耳障りな高音が鼓膜を叩く。

「なんだぁ!?」
「これは!?」
「うわぁあああ!」

 多田や平野、生き残っているそのほかの男達がそれぞれ悲鳴を上げる。

 俺もたまらず耳を抑えながら、なぜだか出会ったばかりの頃の愛の悲鳴を思い出させられた。

 ゴンゴン
 ゴンゴン

 途端に、道のあらゆる場所から、そして、先日作ったばかりの即席のバリケードから何かを叩きつける音がする。

 まさか……。

「バンシーか!!!!」

 俺は思わず叫んだ。
 そう、ゾンビゲームでたまに登場するあいつ。
 絶叫で他のゾンビを大量に呼び寄せるあいつ。

 バンシー。

 そうとしか思えない。




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