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第4章 主人公
第48話 ネクロ野郎 ④
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学校の教室。
机に突っ伏して眠るネクロ野郎と呼ばれる男こと大神。
大神のすぐそばに、背丈が似ている爽やかそうな男が一人立っているが、窓から差し込む強い夕陽の光が逆光となり顔は良く見えない。
「大神君はよく眠るねぇ」
大神の声とは違い優しそうで穏やかな青年の声が響く。
「疲れがとれないんだよね」
「それは、常に演じているからかな?」
「そう見える?」
「見える。みんなも気づいていると思うよ」
「そうか。そうだとしても、合わせていかないとならない」
「君、楽しいって感じることあるのかい?」
「うーん。あー、映画を見ている時は楽しいかな」
「へー。何を見るの?」
「……ゾンビものだよ。ウォーキングデッドとかさ。そういうの」
「ゾンビかー。残念。ゲームでちょっと遊んだくらいだなぁ。よくわからないや」
「別に俺に無理に共感しようとしなくていいよ」
「そんなつれないこというなよ。同じ名前を持つ者同士じゃないかぁ」
「同じ名前って……。一文字だけじゃん」
「おぉ、君が僕の名前を把握しているなんて! 感激だなぁ」
大神は机に顔をうずめたまま気怠そうに話していたが、のそりと上体を起こして学生服のジャケットのポケットからメモ帳を取り出し、ぺらぺらとページをめくって内容を確認する。
「うん。合ってるよね。一瞬、間違えたかと思っちゃった」
「君、クラスメイトのこと全部メモしているのかい?」
「忘れちゃうからね」
「君、人間に興味なさすぎでしょ。でも、それを補おうと行動しているのは笑っちゃうけど偉いよ。偉い偉い」
「もしかして、馬鹿にしてる?」
「馬鹿になんてしてないよ。僕からみたら君は僕の欲しいものを一杯もってるのにもったいないなってそう思うんだ」
「……そう」
「それより、ほら。大神君に女の子が訪ねてきているよ」
大神が男の指さす方向へ振り返り、それにつられて愛も振り返った。
そこには、前回の場面で大神に助けられた女の子が立っている。
「じゃあ、僕はお邪魔そうだから部活に行くとするよ」
「おつかれ」
大神がそっけなく別れの挨拶をするのをきっかけに、女の子がおずおずと大神に歩み寄る。
夕陽に千鶴になんとなく似ている女の子の気まずそうな表情が赤く照らされる。
「あ、あの……その……」
大神から2歩ほどの距離で止まって、下を向いてもじもじとしている女の子に、大神が席から立ち上がってのそりと近づく。
「うへ?!」
女の子からすれば気配を感じて顔を上げたら目の前に男の顔がどあっぷである。
女の子の視点から見たくて愛もそばによって大神の顔を見る。
知っている顔より若いせいか幼く見え、しかし、流麗に整った顔に女の子が羨みそうなまつ毛、それに……。
(うーん。映像だけのはず? いや、記憶だからかな? においまで……)
ただの映像ではなく、誰かの記憶の集合体、この場合であれば女の子の記憶だからだろうか。大神の男としての匂いもふわりと色めき立った。
「あ、ごめん。間違えたか」
大神が女の子の驚いた表情を見て、一歩後ろに下がる。
「それで? どうしたの? あぁ、復讐は大丈夫だった?」
「えっ……えーとその」
大神がため息をつきながら、女の子の腕をとって袖をまくった。
痛々しい青あざが複数、そして、いくらか根性焼きのような跡も見て取れた。
「やられたか」
「……うん」
「きっかけとかあるのか?」
女の子は一呼吸置いてからおずおずと口を動かす。
「うち、あんまりお金なくて。お父さんも早くに亡くなって。お母さん頑張ってるけど……たぶん、そこにつけこまれて……。最初は、最初はお金くれる人を紹介してくれるって話だったの。お爺ちゃんとかおじさんとか……本当に話すだけだったの。でも……」
「身体を売れって言われた?」
「うん……。断ったら……」
「ふーん。よく漫画でなら見る話しだね。本当にあるんだ」
「ヤクザも裏にいるみたいで……。お母さんも攫ってやるぞとか……」
「警察に言えば?」
「……」
「母親にバレたくないって感じか」
「……心配かけたくない」
「ふーん」
大神は興味なさげにため息をつくと、そのまま教室を出て行く。それを見て慌てて後を追う女の子。
「……大神くん!」
「俺にできることあるかなぁ」
教室は二階だったらしく、そのまま階段を下りて行き出口の靴箱へ。
すたすた前を歩く大神に、女の子は縋るように大声をあげる。
「大神くん!! 私と付き合って!!」
「はい? あぁ、君を守れっていうことか。俺にできることないと思うけどなぁ」
「上げる! 私の全部上げるから!! 好きにしていいからっ!」
大神が靴箱を開けて自分の靴を取り出そうとするところを、女の子が大神の手をとって自分の控えめな胸に押し付ける。
「えーっと……。好きにってそういうことか。うーん。でも、俺、人間の女の子あんまり興味ないんだよなぁ」
「えっ……」
大神は言いながら靴箱に視線をやると苦虫を潰したような表情を浮かべる。
愛が何を見たのだろうと靴箱を覗き込むと、可愛い便箋に入った明らかにラブレターが靴の上に鎮座している。
(うわっ。本当にもてたんだ……)
深くため息をついて大神は女の子に向き合う。
「そうだなぁ。ねぇ、君さ。それ、俺に死ねって言ってるのと同じ自覚ある?」
「……だから、好きにしていいって言ってるでしょ。それに、大神くん強いじゃない」
「うはぁ。なるほど……。うん。なんとなく、君をいじめたくなる気持ちもわらなくもないって思っちゃった」
「えっ……」
「本当に好きにしていいんだね?」
「……痛いのは嫌だよ……」
「ふっ……そりゃ、痛いのは嫌だよな」
「……それでどうなの?」
「いいよ。付き合ってあげる。守ってあげましょう。お姫様」
女の子の目が大きく見開かれて、涙がいくらか零れて行った。
(なんか本当に漫画の一場面見てるみたい……)
——最悪な付き合い方だと思う。思ってたこと全然言えなかった。でも、実は本当に好きだったんだ。助けてくれたのはあの人だけだったから——
(言葉が頭の中に響いてくる。この子の想い?)
また、目の前が真っ暗になり場面が転換しようとしていることがわかった。
前の場面からどれくらい時間が経っているのかわからない。
誰かの私室。
ゾンビのフィギュアや怪物みたいな人形が並んでいて、部屋に置いてあるものは皆武骨で黒い色のものばかり。
(男の子の部屋だ。もしかして……)
やがて、映像がクリアになっていくと、そこにはベッドの端によっかかって床に座り込んで漫画を読む大神と、そんな大神の頭に自分の胸を上から押しつけながらベッドに寝そべる女の子の姿が映っていた。
(……えぇ……?)
大神が気怠そうに口を開く。
「なぁ。重いって」
「えぇ? 嬉しくないの? 女の子の柔らかな胸押し付けられて」
「言うほど大きくないじゃん」
「ひどっ!」
女の子がするりと猫みたいにしなやかな動きでベッドから降りて大神の横に座ると、大神の股間をポンポンと優しく触った。
「うーん。たつ気配なし」
「そりゃね」
「私よりゾンビの方が好きなんだ」
「そりゃね」
「ひどっ!」
(はぁ? 普通にイチャイチャしてるんですが? なにこれ? こんな付き合いかたしておいて、あの男はこのことすっかり忘れちゃうの? ちょっと腹立つんですけど)
愛が悶々としていると不意にドアがノックされる。
「どうぞー」
ガチャ
大神の気の抜けた返事と共に入ってきたのは……。
(えー! ご両親!? わかっ! というか、父親とそっくり!! クローンみたい! ってか、お母さんわっか!! えー何歳なんだろう!?)
大神の顔に少しシワを足した程度の本当にクローンみたいにそっくりな父親らしき、というか父親。そして、その隣には、一体何歳の時に生んだのだろうと思うくらい若々しい母親が立っている。
母親は人懐っこそうな愛らしい顔立ちに、流れるようなスレンダーな体格、身長は150㎝程度だろうか、小柄だ。
くりくりとした丸い目が、年上に言うには失礼だが可愛く見える。
「やっだー!! お父さん! この子、ちゃんと彼女できるんじゃなーい! 本当に心配しちゃった!」
「はっはっはっ。俺の子供なんだからこれくらい余裕さ。母さんが心配しすぎなんだ」
「えっと、お名前なんて言うんですか?」
大神によりかかるように座っていた女の子がしゃきっと正座して答える。
「あっ、すいません。ろくに挨拶もないまま、私、風花 桜(かざはな さくら)って言います」
「あらあら。可愛いお名前ね。爽やかで愛らしくて良いわぁ」
「いえ、そんな……」
(そういえば、これいつの話なんだろう?)
愛が部屋の中をきょろきょろと見回し、カレンダーを見つける。
平成29年12月
壁掛けの紙のカレンダーにはそう書かれていたが、これが何日かまではわからなかった。
「うちの子、ちょっと変わってるでしょ? 心配してたのよねぇ! 友達もろくにいないし、女の子と縁がないまま一生終わっちゃうんじゃないかって!」
「はっはっは。母さん、だから大げさだよ。まだまだ若いんだからさ」
「いえ……大神くん。結構もてますよ」
「えっ!? そうなの!? そんな話、この子全くしてくれないから! やだ!もう!」
テンションが上がって物凄い高音を発しながらぴょんぴょん飛び跳ねる母親を、ちょっと強引に押しのけて父親が前に出る。
「えっと、話は聞いたよ。息子の彼女さんなら放っておくことはできない。たぶん、裏にいるのはヤクザなんかじゃないね。ヤクザも手をこまねているカラーキャップ族ってやつだ。まぁ、おいたが過ぎるガキの集まりさ。ギャングを気取っているけどね」
「えっ……」
女の子がばっと大神に顔を向ける。
「話したの?」
「言ったろ。俺じゃ手に負えないだろうって」
「だからって」
そこに、母親が桜を抱きしめる。
「大丈夫よ。怖かったわね。うちの人、ちょっと荒事に強いから、安心して任せて。あっ、大丈夫よ。誰にも言わないから」
「……はい……」
父親もニコリと笑って言う。
「ちょっと警察に伝手があるんだ。大丈夫。表に出ないように動いてもらうよ」
(なんかスピード解決?)
——それから、ほどなくして私をいじめていた人は誰も学校に来なくなった——
映像がまた切り替わる。
「ひぃふぅみぃ。全部で6人か。さて、どうしようか」
(誰? ネクロさん? ……じゃない!)
欠けた月が浮かぶ真夜中。
どこかの工場のような場所。
綺麗に三角錐に積み上げられた土砂や、大型のトラックが数台見受けられる。
まるで、大きな学校の校庭のように広い空間に、男女六人が手足を縛られ、口と目を塞がされて地面に転がされている。
「うーん。女の子は中国の好事家に売るとして、男はどうしようかなー」
(えぇ……!? ネクロさんのお父さんよね? えぇ? 凄いこと言ってる。堅気じゃないの?)
「ん? だめだめ。ここから先は18禁だよ?」
(え?)
強制的に映像が切り替わる。
激しい砂嵐、激しい頭痛のような感覚。
右も左も、あまつさえ上も下もない。
車酔いのような感覚に襲われながら、必死に目をつぶってやりすごしていると、ある瞬間からふわっと身体が軽くなった気がした。
目を開けると……。
(ネクロさんの部屋だ)
部屋のベッドに横たわっていた。
のそりと起きて、辺りを見回す。
部屋に写真の類は一切ない。桜とはもう別れた時期だろうか?
また、カレンダーを見つけて覗く。
平成31年2月
(あっ……あの日の……)
世界中で同時に一斉に始まった、後にゾンビクライシスと呼ばれる事件。
それが起きたのは平成31年2月14日13時30分。
(えっえっ。これ何日なんだろう? あの日が始まるの? 私、すぐにおかしくなってしまったから、あの日のことよくわからないのよね……)
ガチャ
ドアが急に開いて、ただの映像とわかっていてもその場にいるような臨場感から愛はぴょんとその場で跳ねてから振り返った。
桜がいた。
「くそっ。あの男、馬鹿にしやがって……! ふん。本気にさせてから捨ててやる……!」
(あぁ……これは、ネクロさん色々やっちゃってるわねぇ……)
肩からかけていたバッグから何かを取り出してベッドに放る。
それから桜は踵を返して部屋から出て行くので、愛はついていくことにした。
机に突っ伏して眠るネクロ野郎と呼ばれる男こと大神。
大神のすぐそばに、背丈が似ている爽やかそうな男が一人立っているが、窓から差し込む強い夕陽の光が逆光となり顔は良く見えない。
「大神君はよく眠るねぇ」
大神の声とは違い優しそうで穏やかな青年の声が響く。
「疲れがとれないんだよね」
「それは、常に演じているからかな?」
「そう見える?」
「見える。みんなも気づいていると思うよ」
「そうか。そうだとしても、合わせていかないとならない」
「君、楽しいって感じることあるのかい?」
「うーん。あー、映画を見ている時は楽しいかな」
「へー。何を見るの?」
「……ゾンビものだよ。ウォーキングデッドとかさ。そういうの」
「ゾンビかー。残念。ゲームでちょっと遊んだくらいだなぁ。よくわからないや」
「別に俺に無理に共感しようとしなくていいよ」
「そんなつれないこというなよ。同じ名前を持つ者同士じゃないかぁ」
「同じ名前って……。一文字だけじゃん」
「おぉ、君が僕の名前を把握しているなんて! 感激だなぁ」
大神は机に顔をうずめたまま気怠そうに話していたが、のそりと上体を起こして学生服のジャケットのポケットからメモ帳を取り出し、ぺらぺらとページをめくって内容を確認する。
「うん。合ってるよね。一瞬、間違えたかと思っちゃった」
「君、クラスメイトのこと全部メモしているのかい?」
「忘れちゃうからね」
「君、人間に興味なさすぎでしょ。でも、それを補おうと行動しているのは笑っちゃうけど偉いよ。偉い偉い」
「もしかして、馬鹿にしてる?」
「馬鹿になんてしてないよ。僕からみたら君は僕の欲しいものを一杯もってるのにもったいないなってそう思うんだ」
「……そう」
「それより、ほら。大神君に女の子が訪ねてきているよ」
大神が男の指さす方向へ振り返り、それにつられて愛も振り返った。
そこには、前回の場面で大神に助けられた女の子が立っている。
「じゃあ、僕はお邪魔そうだから部活に行くとするよ」
「おつかれ」
大神がそっけなく別れの挨拶をするのをきっかけに、女の子がおずおずと大神に歩み寄る。
夕陽に千鶴になんとなく似ている女の子の気まずそうな表情が赤く照らされる。
「あ、あの……その……」
大神から2歩ほどの距離で止まって、下を向いてもじもじとしている女の子に、大神が席から立ち上がってのそりと近づく。
「うへ?!」
女の子からすれば気配を感じて顔を上げたら目の前に男の顔がどあっぷである。
女の子の視点から見たくて愛もそばによって大神の顔を見る。
知っている顔より若いせいか幼く見え、しかし、流麗に整った顔に女の子が羨みそうなまつ毛、それに……。
(うーん。映像だけのはず? いや、記憶だからかな? においまで……)
ただの映像ではなく、誰かの記憶の集合体、この場合であれば女の子の記憶だからだろうか。大神の男としての匂いもふわりと色めき立った。
「あ、ごめん。間違えたか」
大神が女の子の驚いた表情を見て、一歩後ろに下がる。
「それで? どうしたの? あぁ、復讐は大丈夫だった?」
「えっ……えーとその」
大神がため息をつきながら、女の子の腕をとって袖をまくった。
痛々しい青あざが複数、そして、いくらか根性焼きのような跡も見て取れた。
「やられたか」
「……うん」
「きっかけとかあるのか?」
女の子は一呼吸置いてからおずおずと口を動かす。
「うち、あんまりお金なくて。お父さんも早くに亡くなって。お母さん頑張ってるけど……たぶん、そこにつけこまれて……。最初は、最初はお金くれる人を紹介してくれるって話だったの。お爺ちゃんとかおじさんとか……本当に話すだけだったの。でも……」
「身体を売れって言われた?」
「うん……。断ったら……」
「ふーん。よく漫画でなら見る話しだね。本当にあるんだ」
「ヤクザも裏にいるみたいで……。お母さんも攫ってやるぞとか……」
「警察に言えば?」
「……」
「母親にバレたくないって感じか」
「……心配かけたくない」
「ふーん」
大神は興味なさげにため息をつくと、そのまま教室を出て行く。それを見て慌てて後を追う女の子。
「……大神くん!」
「俺にできることあるかなぁ」
教室は二階だったらしく、そのまま階段を下りて行き出口の靴箱へ。
すたすた前を歩く大神に、女の子は縋るように大声をあげる。
「大神くん!! 私と付き合って!!」
「はい? あぁ、君を守れっていうことか。俺にできることないと思うけどなぁ」
「上げる! 私の全部上げるから!! 好きにしていいからっ!」
大神が靴箱を開けて自分の靴を取り出そうとするところを、女の子が大神の手をとって自分の控えめな胸に押し付ける。
「えーっと……。好きにってそういうことか。うーん。でも、俺、人間の女の子あんまり興味ないんだよなぁ」
「えっ……」
大神は言いながら靴箱に視線をやると苦虫を潰したような表情を浮かべる。
愛が何を見たのだろうと靴箱を覗き込むと、可愛い便箋に入った明らかにラブレターが靴の上に鎮座している。
(うわっ。本当にもてたんだ……)
深くため息をついて大神は女の子に向き合う。
「そうだなぁ。ねぇ、君さ。それ、俺に死ねって言ってるのと同じ自覚ある?」
「……だから、好きにしていいって言ってるでしょ。それに、大神くん強いじゃない」
「うはぁ。なるほど……。うん。なんとなく、君をいじめたくなる気持ちもわらなくもないって思っちゃった」
「えっ……」
「本当に好きにしていいんだね?」
「……痛いのは嫌だよ……」
「ふっ……そりゃ、痛いのは嫌だよな」
「……それでどうなの?」
「いいよ。付き合ってあげる。守ってあげましょう。お姫様」
女の子の目が大きく見開かれて、涙がいくらか零れて行った。
(なんか本当に漫画の一場面見てるみたい……)
——最悪な付き合い方だと思う。思ってたこと全然言えなかった。でも、実は本当に好きだったんだ。助けてくれたのはあの人だけだったから——
(言葉が頭の中に響いてくる。この子の想い?)
また、目の前が真っ暗になり場面が転換しようとしていることがわかった。
前の場面からどれくらい時間が経っているのかわからない。
誰かの私室。
ゾンビのフィギュアや怪物みたいな人形が並んでいて、部屋に置いてあるものは皆武骨で黒い色のものばかり。
(男の子の部屋だ。もしかして……)
やがて、映像がクリアになっていくと、そこにはベッドの端によっかかって床に座り込んで漫画を読む大神と、そんな大神の頭に自分の胸を上から押しつけながらベッドに寝そべる女の子の姿が映っていた。
(……えぇ……?)
大神が気怠そうに口を開く。
「なぁ。重いって」
「えぇ? 嬉しくないの? 女の子の柔らかな胸押し付けられて」
「言うほど大きくないじゃん」
「ひどっ!」
女の子がするりと猫みたいにしなやかな動きでベッドから降りて大神の横に座ると、大神の股間をポンポンと優しく触った。
「うーん。たつ気配なし」
「そりゃね」
「私よりゾンビの方が好きなんだ」
「そりゃね」
「ひどっ!」
(はぁ? 普通にイチャイチャしてるんですが? なにこれ? こんな付き合いかたしておいて、あの男はこのことすっかり忘れちゃうの? ちょっと腹立つんですけど)
愛が悶々としていると不意にドアがノックされる。
「どうぞー」
ガチャ
大神の気の抜けた返事と共に入ってきたのは……。
(えー! ご両親!? わかっ! というか、父親とそっくり!! クローンみたい! ってか、お母さんわっか!! えー何歳なんだろう!?)
大神の顔に少しシワを足した程度の本当にクローンみたいにそっくりな父親らしき、というか父親。そして、その隣には、一体何歳の時に生んだのだろうと思うくらい若々しい母親が立っている。
母親は人懐っこそうな愛らしい顔立ちに、流れるようなスレンダーな体格、身長は150㎝程度だろうか、小柄だ。
くりくりとした丸い目が、年上に言うには失礼だが可愛く見える。
「やっだー!! お父さん! この子、ちゃんと彼女できるんじゃなーい! 本当に心配しちゃった!」
「はっはっはっ。俺の子供なんだからこれくらい余裕さ。母さんが心配しすぎなんだ」
「えっと、お名前なんて言うんですか?」
大神によりかかるように座っていた女の子がしゃきっと正座して答える。
「あっ、すいません。ろくに挨拶もないまま、私、風花 桜(かざはな さくら)って言います」
「あらあら。可愛いお名前ね。爽やかで愛らしくて良いわぁ」
「いえ、そんな……」
(そういえば、これいつの話なんだろう?)
愛が部屋の中をきょろきょろと見回し、カレンダーを見つける。
平成29年12月
壁掛けの紙のカレンダーにはそう書かれていたが、これが何日かまではわからなかった。
「うちの子、ちょっと変わってるでしょ? 心配してたのよねぇ! 友達もろくにいないし、女の子と縁がないまま一生終わっちゃうんじゃないかって!」
「はっはっは。母さん、だから大げさだよ。まだまだ若いんだからさ」
「いえ……大神くん。結構もてますよ」
「えっ!? そうなの!? そんな話、この子全くしてくれないから! やだ!もう!」
テンションが上がって物凄い高音を発しながらぴょんぴょん飛び跳ねる母親を、ちょっと強引に押しのけて父親が前に出る。
「えっと、話は聞いたよ。息子の彼女さんなら放っておくことはできない。たぶん、裏にいるのはヤクザなんかじゃないね。ヤクザも手をこまねているカラーキャップ族ってやつだ。まぁ、おいたが過ぎるガキの集まりさ。ギャングを気取っているけどね」
「えっ……」
女の子がばっと大神に顔を向ける。
「話したの?」
「言ったろ。俺じゃ手に負えないだろうって」
「だからって」
そこに、母親が桜を抱きしめる。
「大丈夫よ。怖かったわね。うちの人、ちょっと荒事に強いから、安心して任せて。あっ、大丈夫よ。誰にも言わないから」
「……はい……」
父親もニコリと笑って言う。
「ちょっと警察に伝手があるんだ。大丈夫。表に出ないように動いてもらうよ」
(なんかスピード解決?)
——それから、ほどなくして私をいじめていた人は誰も学校に来なくなった——
映像がまた切り替わる。
「ひぃふぅみぃ。全部で6人か。さて、どうしようか」
(誰? ネクロさん? ……じゃない!)
欠けた月が浮かぶ真夜中。
どこかの工場のような場所。
綺麗に三角錐に積み上げられた土砂や、大型のトラックが数台見受けられる。
まるで、大きな学校の校庭のように広い空間に、男女六人が手足を縛られ、口と目を塞がされて地面に転がされている。
「うーん。女の子は中国の好事家に売るとして、男はどうしようかなー」
(えぇ……!? ネクロさんのお父さんよね? えぇ? 凄いこと言ってる。堅気じゃないの?)
「ん? だめだめ。ここから先は18禁だよ?」
(え?)
強制的に映像が切り替わる。
激しい砂嵐、激しい頭痛のような感覚。
右も左も、あまつさえ上も下もない。
車酔いのような感覚に襲われながら、必死に目をつぶってやりすごしていると、ある瞬間からふわっと身体が軽くなった気がした。
目を開けると……。
(ネクロさんの部屋だ)
部屋のベッドに横たわっていた。
のそりと起きて、辺りを見回す。
部屋に写真の類は一切ない。桜とはもう別れた時期だろうか?
また、カレンダーを見つけて覗く。
平成31年2月
(あっ……あの日の……)
世界中で同時に一斉に始まった、後にゾンビクライシスと呼ばれる事件。
それが起きたのは平成31年2月14日13時30分。
(えっえっ。これ何日なんだろう? あの日が始まるの? 私、すぐにおかしくなってしまったから、あの日のことよくわからないのよね……)
ガチャ
ドアが急に開いて、ただの映像とわかっていてもその場にいるような臨場感から愛はぴょんとその場で跳ねてから振り返った。
桜がいた。
「くそっ。あの男、馬鹿にしやがって……! ふん。本気にさせてから捨ててやる……!」
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