東京ネクロマンサー -ゾンビのふーこは愛を集めたい-

神夜帳

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第4章 主人公

第49話 あの日 ①

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 愛が桜のあとについていく。
 ふと声が聞こえた気がして、愛は後ろを振り返った。

 後ろには真っ暗な空間が広がっていて、夜空の星々のようにたくさんの光がきらめいている。

 ——バレンタインってなんだよ。狙いすぎだろう——
 ——本当は、クリスマスにしたかったんだよね。面白そうだろ?——
 ——誰かさんが邪魔するからさ——
 ——結局、防げなかった——
 ——防ぐ必要もない——
 ——今回はうまくいくかもしれなかったんだ——
 ——今回はうまくいくさ——
 ——なんで?——
 ——主人公がいるからさ——
 ——出たよ。親ばか——
 ——結局、お前だけなのか?——
 ——いや、俺も……——
 ——僕たちは頑張っているのにさ——
 ——無視されちゃかなわないよね——

 老若男女様々な声が反響して聞こえてくる。

(誰の記憶?)

 愛は機械音声にも聞こえる無機質で無感情な声を注意深く聞いていたが、段々と声が小さくなっていき、それと共に夜空のような空間は小さく、そして消えていった。

(終わりかな……)

 愛が再び前を向いた瞬間、ハッキリとした声が後ろから聞こえてきた。

 ——全ての人々に祝福を——

 愛の恐らく実体がないであろう今であったとしても、その男女の重なった声が聞こえてきた時、ゾワゾワと背中に寒気が走る感覚に襲われ、髪の毛は逆毛だっていくように思えた。

(なに? いまの? なんだか、全てがわかったような……)

 愛の見開いた目が所在なさげに中空を見つめていたが、やがて、桜の背中が階段を降りて行き姿を消したのに気づいて、慌てて後を追いかけた。

 トントントンと、愛が子気味の良い音でリズムを奏でながら階段を降りていくと大好きな人にそっくりな声が聞こえる。

「やぁ、桜ちゃん。これからうちのとデートかな?」

 ネクロ野郎と呼ばれる男の父親の声だった。

「はい。駅前で待ち合わせです」
「そうか。楽しんできてね」
「はい!」

 普通の和やかな会話。
 彼氏の親と良好な関係を築けている。
 これで、ネクロの心が向いていないとすれば、なかなか残酷な状況ではないだろうかと愛は感じながら、階段を降り切ったところで、父親は思い出したかのように、嬉しそうに言う。

「そうだ。今日のお昼は鍋にしよう。ねぇ、そうしよう?」
「鍋……ですか?」
「あぁ、家族団らんみたいでいいだろう? 家族団らんはやっぱり鍋だな」
「はぁ……」
「お昼には一回家に帰って来なさい。ね?」
「伝えておきます」
「うん」

(お昼から鍋? 家族団らん? この人、何か知ってるの?)

 愛が訝し気な表情で父親の顔を覗き込むが、飄々としていて、ある意味徹底したポーカーフェイス。怪しいと思えば全てが怪しかったが、その表情からは何も読み取れなかった。

 桜も不思議そうにしながらも玄関のドアを開ける。

「いってきます」
「いってらっしゃい」

 ドアの向こうからは眩しい日の逆光で真っ白に見える。
 光の中に桜の背中が消えていく。
 思わず、愛が眩しさに目をつぶり、再び開けたとき、場面は変わっていた。

「ねぇ?」
「なに?」

 桜の囁き声に大神が気怠そうに応える。
 真っ暗な空間に座席が整然と並んでいて、目の前には大きなスクリーン。

 映画館。

 しかし、そこに映っている映像は……。

「なんで、デートでゾンビ映画なの?」
「俺が好きだから」
「私のことは考えてくれないの?」
「嫌なら付き合わなくていいって」
「……あんたさぁ。それが仮にも彼女に言う言葉?」
「しっ。静かにしろよ。周りに迷惑だろう」
「私たち以外いないわよ!」
「今、いいとこなんだ! 見ろよ。犬のためにみんなを危機に晒したおばさんが喰われるとこだぞ」
「それがなんだっていうのよ」
「はぁ? 最高に気持ちいいだろ?」
「グロい!」
「ふーむ……」
「あんたねぇ。ちょっとゾンビ好きが異常すぎない? なんでそんなに好きなのよ。ゾンビグッズばっかり買い漁るし、そんなんだから、ネクロ野郎って陰で呼ばれるのよ」
「え? 俺ってそんな風に呼ばれてるの? おかしいな。ちゃんと普通の学生をしているつもりなのに」
「あんたね。あんたが一生懸命、何かを演じているのはね、みんなわかっているのよ。でも、どれもこれも全てに心がこもってないのはバレてるんだから! あんたの言葉に熱がこもるのはゾンビを語る時だけ!」
「おかしいなぁ……。ちゃんっとやってたはずなのになぁ」

 桜はふぅと深いため息一つ。

「ねぇ、あなたのお父様が、お昼は家に帰って来いって」
「ふーん」
「鍋したいんだって」
「うちの親父は鍋が好きなんだよな」
「でも昼から? 普通夜じゃない?」
「食べたかったんだろう。うちの親父はそういうところがある」

(結局、ネクロさんの中では偽りの交際のままなのね)

 愛がちょっと桜を不憫に思ってしまう。
 桜は映画を見ている間も、大神の手に自分の手を重ねたり、ちらちらと大神の表情を見つめている。

(なんか可哀そうになってきた……)

 やがて、エンディングロールが流れ、一瞬の暗闇と静寂。そして……。


「ねぇ、あの家族なんか変じゃない?」

(また、場面が変わった)

 ショッピングモールのようなところで、二人が並んで歩いていたところで、桜が大神の袖をくいくいと小さく引っ張って、ある家族を指さした。

 お父さんとお母さんと幼稚園児くらいの幼い女の子。
 明るい日差しに照らされて、一見すると理想的な家族の買い物に見える。

 とても朗らかでニコニコ笑っているどっしりとした体格で黒いコート姿のお父さんと、長い黒髪が綺麗でちょっと神経質そうな細身のお母さんはベージュのコートを、そしてトテトテと二人を追いかける将来アイドルになれそうな可愛い女の子は白いダウンが印象的だった。

「どこが?」

 大神の興味なさげな冷たい声。

「うーん。なんかさ、ほら見てよ」

 女の子は時折こちらを見ていた、桜の声と共に顔を向けた大神と女の子の視線が交わる。
 すると、女の子はぱっと明後日の方向を見て、後ろで組んだ手を何度も閉じて開いた。

「ね?」
「うん?」
「こちらをちらちら見てさ、あの手の動き、助けてってことじゃないの? 最近、動画で見たの。あれ、助けってっていうハンドサインらしいよ」
「そうなんだ」
「うわ、興味なさそう」
「いや、そうと決まったわけじゃないし、何を助けてほしいんだ?」
「わかんないけどさ、でもよく見るとなんか変かも。ほら」

 桜の促しに愛も思わず家族を凝視する。

(確かに……)

 お父さんはニコニコと笑顔でお母さんに話しかけているけど、お母さんは神経質そうな顔でただ時折小さく頷くだけだ。

(お母さん、怯えている……? 何に? ……えっ、まさか)

 愛は周りに視線を走らせる。
 平日のせいか、人影は少ない。
 大学生っぽいカップルや、女の子同士、マダム同士の集まりらしき塊、それらがぽつぽつと買い物を楽しんでいる。

 桜は大神の袖を引っ張りながら、女の子方へ少し早歩きで近づいて行った。
 幼い女の子は、店先にあった狐のぬいぐるみらしきものをじっと見つめ、時折撫でたりしてその場にとどまっていた。
 幼い女の子から徐々に離れていく夫婦と、近づいていく桜と大神。

 桜は女の子の目の前にまでくると、しゃがみこんで声をかけた。

「可愛いぬいぐるみだね」

 桜の声かけに女の子は黙り込んだまま、ぬいぐるみを持ち上げてみたり、棚に戻したりしている。

「お父さんやお母さんとはぐれちゃわない? 大丈夫?」

 穏やかに優し気に声をかける桜に、女の子は表情を変えずに言った。

「あれ、お父さんじゃない……。助けて……」

 桜の目が見開かれて、大神が面倒そうにため息をついた。
 そこに、父親らしき男が女の子がついてきていないことに気づき、こちらに慌てる様子で駆け寄ってくる。

「はは。こらこら。お姉さんを困らせちゃだめだぞ。迷子になるじゃないか? ちゃんとついてこなきゃだめだぞ」

 あくまで朗らかに、そして優し気に聞こえる低い男らしい声。
 しかし、偽物の父親と聞くと少しぞっとしてしまう。

「すいません。失礼ですが、あまり似てないですね」

 大神が口火を切った。

「はぁ? あぁ、まぁ、よく言われますね。きっと母親に似たのでしょう。でも、きっと性格は僕似ですね。こだわりが強くて、わりと頑固な子なんですよ」

 父親らしき男はそう言うと、女の子の右手を引っ張って歩きはじめる。
 女の子は、ちらちらと桜の方に視線を送っていた。少し、左手は震えているようにも見える。

「再婚か、お母さんの彼氏かと思ったけど、あの感じだと違うみたいだね」
「あぁ、そういう感じで聞いたの」
「もし、あいつが、連れ子でとかそういう回答だったら不思議に思わなかったけどね。あの回答だとあくまで実の娘然としてるよね。でも、その娘が震えて違うというのだから、色々おかしいね。さて、どうしたものか」
「警察に連絡……だよね?」
「そうだね。それが一番かな」
「わ、わたし、見失わないようにちょっと後をつけたい」
「うーん。警察が到着するまでは、そうするしかないか。見捨てるのはきっと人間らしくないよね」
「そうよ! 流石にこれでスルーは人間としてどうかと思うわ!」

「じゃあ……」

 大神が何かを桜に言いかけたとき……。

 ドサッ

 何かが後ろから飛んできて、二人の目の前に転がった。

「「え?」」

 二人の声がハモる。

 飛んできたのは、腕だった。
 青いブルゾンの袖ごと肩のところから引きちぎられたであろう、生々しい人間の男の腕。
 傷口からは赤々と血が流れ出て、二人の目の前で血だまりを広げていた。

「は?」

 二人が飛んできたであろう後ろを振り返る。

(もしかして、始まったの?)

 愛は戸惑いながらも、これから悲惨なシーンを見続けることになるであろう予感にお腹の奥がぎゅっとひきつる感覚に襲われた。
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