東京ネクロマンサー -ゾンビのふーこは愛を集めたい-

神夜帳

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第4章 主人公

第51話 ゾンビの習性

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 白い金属製の扉がけたたましい音を立てて閉まる。
 おそらくバックヤードなどへ通じる、スタッフ以外立ち入り禁止のエリア。

 ジジッ

 お客のための表の顔と違い、無機質な白い壁で構成される通路の奥で、虫の羽音のような音をたてながら蛍光灯がついたり消えたりしている。

 今閉めた扉の向こうからは、薄っすらとかすかに多くの人々の悲鳴や何かの爆発音が聞こえてくる。
 大神と桜は、肩を激しく上下に揺らしながら、胸の中にたまりこんだ混乱の感情を息と共に吐き出し、必死に冷静さを取り戻そうとしていた。

「行こう……」

 恐らく、時間にしては1分も経っていないであろう間で息を整えた大神が、桜の手を引いて歩き出した。

 カツカツカツ

 二人の足音が不気味なほど響き渡る。
 世界に自分たちしかいないような感覚。

 しかし、奥に見える通路はT字に分かれていて、角でゾンビに出くわすようなそんな予感を嫌でも想像させる。

「ねぇ……なんなの……あれ……」

 手を引かれながら桜が、大神の背中へ声を投げる。
 わずかに声は震えていた。

「ゾンビにしか見えないけど、わからない。現実でこんなことが起きる……? 信じられん」
「だよね。ねぇ、この先もゾンビがうじゃうじゃいるのかな?」
「わからないが、可能性は高いだろうな……。でも、あそこにいても喰われてたけど」

 分かれ道に来ると二人で首を左右に動かして様子を見た。
 この通路には、ゾンビがいる気配も、血の跡もなかった。
 右側に曲がった先に大きめのエレベーターが見えた。

「業務用の貨物エレベーター……。行こう」
「どこへ?」
「屋上に行きたい。一体、今どんな状況なのか把握したいんだ」
「そう……」

 エレベーターの呼び出しボタンを押すとすぐに扉が開いた。
 扉の左右に分かれて、そっと中を覗き込む二人。

「誰もいない」
「エレベーターより階段の方がいいんじゃない?」
「桜の体力が持つかな? それに、階段でも上下挟まれたら同じだし」
「あら、私の事気遣ってくれるんだ」
「どういう意味?」
「別に」

 エレベーターは二人を乗せ、屋上へ行くためのフロアで扉が開く。
 恐る恐る慎重にエレベーターから出ると、右側に屋上へ続く階段。左側には恐らく本館の各フロアへ行く階段があったが、下の方から様々な人々の叫び声が聞こえてくる。

 桜が青い顔をして震えている。

「行くぞ」

 大神が手を引っ張って階段を上り始める。

「ひっ」

 桜が思わず声をあげる。
 途中の階段の踊り場に、真っ赤な血が血だまりを作って、少しずつ階段を一段一段流れ落ちていた。

「いるのか? 見てこよう。ここにいてくれ」

 大神が桜の耳元で囁くと、桜は必死に首を横に振って拒否した。

「無理無理。一人で待ってるなんて気が狂いそう」
「そうか」

 カツンカツン

 二人が足音を立てないように静かに登っても、靴がわずかに音を響かせてしまう。
 背中に冷たいものを感じながら、階段を上りきってみると、風が頬を叩いていく。

 屋上へ入る扉が無残にこわされ、扉があったところは丸く、大きく、まるで怪物が口を開けているかのように誰かの侵入を待っていた。

 ゴクっ

 桜が生唾を飲み込む音がする。
 やや歩みを進めるのを躊躇し、段々と歩幅が小さくゆっくり小刻みになっていく中、大神は構わず歩みを進めた。

 穴となってしまった入り口を潜り抜け、大神たちは左右に視線を走らせる。

「誰もいないか……」

 脅威となるものがいないのを確認すると、大神は走って落下防止の柵にとりつき、眼下を見下ろした。
 桜も息を切らせながら追いかけて街の景色を見る。

「あぁ……」

 煙がいたるところで上がっている。
 上空を見ると、ヘリコプターらしきものがいくらか飛んでいた。

「報道のヘリ?」

 桜がつぶやくが大神は反応せず、ずっと下を凝視している。
 桜も大神の視線を追って下を覗き見る。

 地獄が。

 地獄が広がっていた。

 血まみれになった人間、いや元人間が全力で走り回って、生きた人間を追いかけまわし、追いつくと、信じられない、まるで熊か、それ以上の猛獣よろしく、あっさりと身体をバラバラにすると、その死肉を貪り食っていた。

 男も女も、老いも若きも関係ない。

 ゾンビ同士が食い合っているのも見かけるし、必死に逃げていた人間が急に血を噴出させて倒れたかと思うと、次にむくりと起き上がると、生きた人間を追いかけまわしていく。

「どういうことだ? 映画のように噛まれたり引っかかれたりしたら感染するというわけじゃないのか?」
「……気持ち悪い……。私達もあぁなってしまうかもしれないの?」
「ウィルスなのか……? 空気感染? しかし……」
「あぁ、あの人、食べられちゃう……。そんなところに隠れてもきっと……」

 桜のつぶやきに大神が視線を動かすと、黒いコートを着た若い男性が衣料品、Tシャツやボトムを平置きしている台の陰に身を縮こませて隠れていた。
 すぐ近くにはゾンビ達がうようよと蠢いている。

 しかし——

「ゾンビが見つけられない?」

 それだけではない。
 大神たちと同じように従業員用の扉を開けて逃げこんでいく人々もいたが、ゾンビは閉まるドアの音に反応していなかった。

「耳がいいというわけでもないのか。ふむ」
「なに?」
「いや、映画のゾンビだと、嗅覚が鋭かったり、耳が異常に良かったり、知能を失った代わりに、他の感覚器官がどれか一つでも発達している設定が多いけど……」
「ん?」
「いや、こうやって見る限り、普通だなと思って」
「人間が素手で身体をバラバラにしているのが普通……かな?」
「そうだな。力は凄まじい。凄まじいが……聴覚や嗅覚、恐らく視覚も普通の人間と変わらないみたいだ。それに、やはり、知能は恐ろしく低下するようだ。見ろ」

 大神が指で指し示したところを桜が目で追うと、階段で転んでごろごろと転げ落ちていくゾンビ、閉まったドアに向かって走っていくが、ドアを開けようともしないゾンビ、何より隠れた人を探すそぶりをいくらかするものの、五分もしないで明後日の方向へ流れていくゾンビ……が目に入った。

「あいつら、ドアを開ける知能すらないし、短期記憶は無いも等しいみたいだ。追いかけていてもある程度逃げて居たり、どこかに隠れて、ある程度視界から消えると、何を追いかけていたのかわからなくなるみたいだな。これは……どうにかなるかも?」
「なるかなぁ……。なんか、あんた、わくわくしてない?」
「ん? そうか?」

(いや、絶対わくわくしている)

 傍で見ていた愛は、不敵に笑みを浮かべる大神の表情にやや呆れた。

「あんたね。これゲームじゃないのよ? 死んだら終わりなのよ?」
「そうだな。本当にそうだ」

 そうはいっても大神は、にやつく顔を押さえられないようだった。

「でも、見てよ。あれ……」

 桜が別の場所を指さす。

「そんな……嘘だろ……」

 そこには大柄な男のゾンビが、鉄の扉を激しく殴打している姿。
 しかし、普通じゃない。
 一発殴ることに、鉄の扉が丸くへこんでいく。
 ゾンビの腕もそれに応じて、激しく損傷していくが……。

「再生した!?」

 扉を殴るごとに、腕があらぬ方向へ曲がり、血を噴出させていたというのに、少し間を空けると、元通りに回復していったのだ。

「嘘だろ!? そんなのありかよ……。これじゃあ……」
「え?」
「どちらかというと、バンパイア、いや、バンパイアにしては太陽が平気だし、馬鹿すぎる。バンパイアの眷属設定のグールの方が近いのか……。いや、しかし……」
「もう、あんたが言ってることさっぱりわからない」

 ぶつぶつ呟く大神をよそに、男のゾンビを見ていると、ついには扉を完全に破壊して中に入っていった。
 扉の中から、外に向かって血が飛び散る。
 誰かがいて、襲われてしまったようだ。

「思ったより、個体差が激しいな」
「え?」

(確かにそうかも)

 愛も地獄のような映像を見入っている中、コンクリ―トの壁を殴って粉々にして無傷でいる個体もいれば、自分の腕が砕け散りながらも再生してどうにかしている個体もいるのを見ていた。

「元の能力値に乗算されているのか? そもそもゾンビにすぐなるやつとならないやつなんなんだ? あの時、最初にゾンビになった人たちと、時間差でなった人たちはなんだ? 最初のゾンビ、ファーストゾンビに噛まれるとゾンビになるのか? それとも、今ゾンビになっていない人はもうならないのか??」
「うぅ。そんなのわからないよぉ」
「あぁ、すまない。独り言だ」
「もう!」

 不意に、焼けた鉄の匂い、木やモルタルが燃える匂いが漂ってくる。

「あぁ……世界は今終わったのかもしれないな」
「……そんな……」

 下を見ていた顔を上げた二人の視界に入ってきたのは、どんどんと火の海に包まれて行く金森町の姿だった。
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