東京ネクロマンサー -ゾンビのふーこは愛を集めたい-

神夜帳

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第4章 主人公

第52話 ルビコン河を渡れ

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 ——燃えている——

 ——世界が燃えていく——

「ひっ…く…‥うぅ……」

 若い女性が口に手をあてて必死に声を抑えながら泣いている。

 焦点の合わないで呆然とした表情の男、暗い表情の老人、顔を手で覆って泣く女性の肩を抱きしめる夫らしき男性……その他、数名の老若男女の人々。

 従業員用の休憩室と思われる一室、長テーブルがいくらか並び、奥にはソファが、そして、電子レンジや冷蔵庫の他、外の様子をライブ中継しているニュース映像を大きな液晶TVが映し出している。

『一体何が起きているのでしょうか!? 突然! 多くの人々が目を赤く輝かせて無辜の人々を襲っています!! あぁ、火災が!! 燃えている! あそこ!! あそこも!!!』

 TVの画面からリポーターの甲高い声による悲痛の叫びが聞こえてくる。

 どこかビルの屋上から町全体を映し出しており、帯の文字には「渋谷」と書かれていた。
 あちこちで火の手があがっていて、真っ白な煙や真っ黒な煙がいたるところからあがっている。

 不意に画面が切り替わり、スタジオと思われる風景が映し出される。

『あぁ! どうしたらいいの!? ドアが! ドアが!!!』

 カメラがスタジオの入り口の扉らしきものを映し出す。
 鉄製の頑丈そうなドアは、外から何かに叩きつけられて、段々と真ん中がくぼんでいく。

『急に! 急にスタッフが!!! スタッフたちが!!!』

 スタジオのニュースキャスターたちが怯えながらも興奮した面持ちで叫び続ける。

 やがて……。

 ドゴンっ!!

 けたたましい音と共に鉄製の大きなドアが吹き飛んでいく。
 飛んできたドアにスタジオのセットは破壊され、背中を見せて走ろうとしていたスタッフらしき人間数人の身体をまっぷたつにし、押しつぶした。

 ドアの向こうの空間から、大量の赤い目が輝き浮かんでいる。

『ひっ……』

 映像の中の誰かが小さく呻くと、それを機に一斉に襲い掛かるゾンビ達。
 カメラは床に落とされ、TVでは映像が斜めになる。
 角度のせいで、全体がよく見えない。しかし、画面外から飛んでくる血しぶき、腕、目玉、はらわた、最後は、誰のかもわからぬ首が飛んできて、カメラのレンズにぶつかり、映像を赤黒く染めた。

「ちっ!」

 体格の良い、子供が助けを呼んでいた家族にくっついていた男が、舌打ちをしながらチャンネルを変える。

 しかし、切り替えても切り替えても、まともに状況を伝えている映像は無い。
 どこかの町を遠景で映し出しているか、スプラッタシーンをひたすら垂れ流しているだけである。

「おいおいおい!! なんだこれは!? なんだこれは!? ゾンビだぁ!? B級映画じゃねーか!! こんなことあるのかよぉ!!!」

 男の怒鳴り声に、隣の女性と子供がびくっと震える。

 男の問いかけには誰も応えない。答えられない。
 誰もが何が起きたのかわかっていない。

「わかっているのは、目が赤く輝いた人間が、信じられない力で襲ってくるということだけだ」

 大神が男は見ずに言うと、他の人たちもざわざわと声をあげる。

「いきなり……いきなりなった……襲われた……」
「血だ。急に血を吐いた! そしたら!」
「穴という穴から血が流れてた!!」
「私の子供がぁああ!!! 赤ちゃんがぁあああああ! なんで!? なんでーー!?」

 屋上で街の様子を見ていると、ぞろぞろと後から他の人たちも集まってきて、やがて、この休憩所に自然と集った。
 誰もが状況を飲み込めない。
 それだけ、あまりに信じられない光景だった。

「あぁぁあああ!!! うるせぇえええええええええ! 黙れ! 黙れ! 黙れ!!!!」

 最初の朗らかな父親らしき印象は消え失せ、狂気的に叫ぶ、その暴力的な姿に皆が口を閉ざし距離を置く。

「きっと、世界は終わったのよ……」
「あぁん?」

 スマートフォンをじっと見つめていた女子高生がつぶやいて、周りに画面を見せる。

「見て。SNS。世界中で同じことが起きてる」

 ハッとした人々が、自分たちもスマートフォンを取り出してネットの情報を確認する。
 桜もスマートフォンを取り出して、各種SNSを確認するが、そこには悲痛な実況のようなメッセージが大量に流れて行った。

 叫んでた男も自分で色々確認しているようだったが、やがて不敵に笑みを浮かべる。

「はっはっはっ。これは、夢か? だとしたら……」

 ——醒めないでくれ——

 誰もが怪訝な表情で男を見る。

「やった……やった……こんなくそみたいな世界が終わったんだ!!! うぉぉおおおおおおおおおお!!! やったぁああああああ!!! おい、美咲!! 俺たちを阻むものはなにもないぞ!!! 俺達は自由だ!!!! 好きに生きていけるんだぁ!!!!」

 美咲と呼ばれた女性は真っ青な顔で子供を抱きしめてぶるぶると震えている。

「さて、だが、その前に」

 男の目がぎらりと光る。

「おまえら、全員この場で裸になれ」

 思わぬ発言に女子高生が抗議の声をあげる。

「はぁ? なんで裸になんのよ」
「こういうのはあれだろ? 噛まれたりひっかかれたりするとゾンビになるものだろ? 確認するんだよ!!」
「馬鹿じゃないの!? 映画じゃないんだよ! あんた見てなかったの! いきなり血はいてなった人もいるの!!」
「じゃあ、出血を確認するためだ」
「あんたには見せたくないね」

 歯向かう女子高生に男はため息を一つつくと、つかつかと近づく。

 女子高生はじりじりと後ずさりするが、男に乱暴に肩を掴まれ揺すぶられる。

「やめろ! 嫌がってるだろ!」

 青いブルゾンを着た男が止めようとするが、言葉を言い終わるより先に飛んできた拳に鼻を潰され、腹を蹴り飛ばされ床に沈む。
 沈んでもそれだけでは許さず、何度も何度も頭を蹴られ、喉を踏みつけられる。
 頭から割れたのか、鈍い嫌な音が響き、血が白い床に広がっていく。

 不意につんと生臭い匂いがしたかと思うと、脳漿が飛び散って、桃色のぷよぷよとした肉片がいくらか床にこぼれた。

「ひっ、ひぃ!!」

 老夫婦が悲鳴をあげるが、暴力は止まらない。
 青いブルゾンが血に染まり、頭蓋から目玉が飛び出したころ……。

「武(たけし)やめて!!!!!」

 美咲の制止の悲痛な叫びでやっとぴたっと止まる。

「し、死んじゃうでしょ……」

 美咲は恐怖に顔を引きつらせ涙をぽろぽろとこぼしながら懇願するように言ったが、武と呼ばれた男は酷く平坦に冷たい声を響かせる。

「もう死んだよ。ふふふふ。安心してよ、君たちに暴力は振るわないよ。ふるうはずがない。ははは。あぁ、やったんだ。やったんだよ……。世界が天国になったんだ。もうやりたい放題さ。なぁ?」

 不気味な笑顔で他の男達に同意をせまる武。
 しかし、皆引きつった顔で何も言わない。

「……俺の言う事を聞かない奴はこうだぞ」

 最初の朗らかな雰囲気でも目立っていた体格の良さ。
 身長は190㎝に届かないくらいで、衣服の下には隆起した筋肉が容易に想像できる恰幅の良さ。
 残念ながら、匹敵できそうな男はこの場にいなかった。

 桜がちらりと横にいる大神を見ると、目の前の凄惨な様子には興味が無いといった様子でスマホを確認したり、TVの映像に視線を送っている。

「お前達もよぉ。我慢する必要はないんだぜ? こんな世界になったんだ。いつ死んだっておかしくない。ほら、やりたいことやりなよ。そこの女子高生、結構かわいいじゃねえか。どうだ? 好きにしていいんだぞ?」

 ガチャリ

 武の言葉にしんとする空間にドアが開く音が響き、のそりと細身の男が入ってきた。

「おやおやおや。思いの外、結構生き残ってますね。いやぁ、良かった良かった。私以外みんな死んでしまったかと思いましたよ」

 ニコニコと爽やかに中に入ってくる男は、身長は180㎝ほどで武に匹敵する背ではあり、現に武も一瞬ぎょっとする。しかし、武と並び立ってみると、細かった。あまりに細い。体格だけでなく目も細くて、爽やかな笑顔は、弱々しく映ってしまう。

「なんだてめぇ。よく襲われずにここまでこれたな」
「あぁいやぁ、不思議とこの辺ゾンビがいませんでしたね。みんなお外に飛び出したのかな?」
「おい、おまえ。脱げ」
「え?」
「お前がゾンビにならないか確認するんだよ。脱げよ」
「嫌ですけど?」

 瞬間、細身の男は吹き飛ばされて、大神の目の前に転がった。
 右頬が真っ赤に腫れて、武に殴り飛ばされたのがわかった。

「あぁ、いたたた……」

 皆が、一様に救世主の登場かと胸を躍らせたが、瞬殺されたそのように悲痛な表情に戻る。

 細身の男は床にいくらか這いつくばった後、頬を抑えながらゆっくり上体を起こし、その際に大神と目が合う。

「おやおや? あなた。はははは。あなたも同じなんですね」

 大神が不思議そうに応える。

「あなたとどこかでお会いしましたか?」
「いえいえ。初めましてですよ。でもね。ふふふ。目を見ればわかります」
「なにが?」
「もう、あなたを縛るものはないんですよ? あなたはわかっていますよね?」
「なんの話ですか? 俺は元々何にも縛られていないですよ?」
「嘘はいけません。心が袋小路に追い込まれてしまう。あなたのその冷めきった目。わかりますわかります。あなたは理解できないんですよね?」
「なにを?」
「またまた。私はね。あなたを解放したいと思います」
「解放?」
「あなたなら、今、この場において何をするべきなのか、そして、それを実行することができる。違いますか?」
「話がさっぱり見えない」

 桜が不安そうに大神の袖を握る。

「いやぁあああ! なんだぁああ!! おまえらあぁああああ!」

 大神と狐目の男がやり取りしている間に、女子高生は男達に服をびりびりに破られ、裸に剥かれようとしていた。

 武が不機嫌そうに叫ぶ女子高生の顔面を殴りつける。

 ブフッ

 鼻から血が垂れる。
 それを見て武は嬉しそうに叫んだ。

「ほらぁああああああああ! みろぉおおお!! 血だぁあああ! 穴から血が出た!!! ゾンビになるぞぉおお!! ほれみろ! ゾンビになるぞぉおおおおお!」

 その異様なはしゃぎように、呆れかえった様子で女子高生を抑えていた男も口を挟む。

「それは、今、あんたが殴ったからだろ……」
「あぁん? わかんねぇかね? 頭がわりぃいなぁ?」

 武が口を挟んだ男の頬を平手打ちする。
 乾いた音が響いて、驚いた様子で武を見る男。

「ゾンビってことにすれば、好き放題できるだろうが? こんな世界になったんだ。お前も正気は捨てろよ。適応しろ? な? ……おっ」

 武が意外そうな声をあげて桜に近づいていく。

「美咲ほどじゃねーけど、お前もなかなか可愛いな。こっちこいよ」

 武が桜の腕を強引にひっぱる。

「ほら……。あなた、今ですよ。人間が虫程度にしか感じないのでしょう? 目の前をゴキブリが這っていたらどうしますか? ねぇ?」

 その様子を愛はじっと見ている。
 これは過去の映像。干渉はできない。

(なんなのこの人? ネクロさんに人を殺させようとしている……?)

 やがて、武に胸倉をつかまれ身体が浮き、足が床から離れる桜。
 表情は苦悶に歪み、必死に手をふりほどこうと足掻いている。
 その傍で、狐目の男は、口に人差し指を一本あてて、そっと何かを渡した。

 きらりとわずかに輝くそれは……。

(ナイフ……。自分でやればいいじゃない!)

 バタフライナイフが、大神の右手におさまった。
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