悪役令嬢はお仕置きされたい

神夜帳

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第1章

第3話 バースデー Ver0.5

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カインがエンヴィを従えてから数日後の入学式が終わった昼下がり。
学園の中庭、多種多様な花々が咲き誇るなか、美しい3人の令嬢が談笑している。
白い縁に薔薇の彫刻が施された可愛い丸テーブルを囲んで、白いガーデニングチェアに腰かけて、従者に用意させたであろうお菓子や紅茶を楽しみながら、色々な話題に花を咲かせていた。

この国の武力を担うフォートブラッド家の令嬢、エアリー・フォートブラッド。
医療を担うメディチ家の令嬢、ルヴリー・メディチ。
経済を担うコントレイス家の令嬢、メアリー・コントレイス。

3人それぞれのそばには、護衛を兼ねた従者がすぐそばに控えていて、3人とも学園の制服を着ているので生徒でもあることがわかる。

ルヴリーが緩いウェーブがかったメディアムヘアーを、たまに吹く気持ちの良いそよ風に僅かに揺らせながらエアリーに語りかける。

「わたくし、エアリー様がこんな親しみやすい方だったとは思いませんでした。わたくしとお友達になってくださらない?」
「えぇ、もちろんよ。ルヴリー様。私たち、いい友達になれると思うわ」

そこに、メアリーも慌てて口を挟む。

「ずるいですわ! 私ともお友達になってください!」

エアリーがにこりと穏やかな笑みを浮かべる。

「メアリー様、もちろんです。これからの学園生活、3人仲良く頑張っていきましょうね」
「はい! ……しかし、噂というものはほとほと当てにはなりませんねぇ」

エアリーの噂という単語に、ルヴリーが慌てて口に人差し指をあてて黙るようにジェスチャーする。
そんな様子を見てエアリーは首を横に振る。

「ルヴリー様、お気になさらないで。どんな噂が流れているかはわかっております。噂されるに相応しいことをしてしまったことがあるのも確かです」
「はぁ……。エアリー様、噂がいくらか本当だったとしても、今日の振る舞いを見る限り、そうは見えませんの。学園で生活していれば、根も葉もない噂はきっと霧散していきますわ」

メアリーがバツの悪そうな様子で口を開いた。

「あの、ごめんなさい! 私、浮かれてしまって! ご気分を悪くされなかったかしら?」
「気にしないで。メアリー様。あ、そうだ。もう、堅苦しい言い回しはやめましょう。敬称はいらないわ。エアリーと呼んでください。メアリー」
「エアリー。あぁ、ありがとう。エアリー」

ルヴリーが二人の掛け合いを見ながら、右手で頬杖をついてニヤリと悪戯っ子のように微笑んだ。

「じゃあ、遠慮なく。エアリー。今、噂の中には本当のこともあるって言ってたけど、それだけのあなたが、今みたいな立派な淑女になれたのは、どんな出来事があったのかしら?」

ルヴリーのエアリーへの問いかけに、メアリーは丸い垂れ目をまん丸に見開いて驚いた。今しがた自分が迂闊な発言をしたときにジェスチャーでたしなめたルヴリーが、急にエアリーに自分より踏み込んだ発言をしたからだ。
だが、エアリーは気を悪くする様子もなく、顔を少し紅潮させて言った。

「そ、その。私のことをとても真摯に支えてくださる方がいたので……」

そう言って、エアリーはちらりと自分の傍で直立不動で立っているカインを横目で見る。
その様子を見て、ルヴリーとメアリーは、すぐにピーンときて、二人で目を見合わせた。
もっと話を深堀したい衝動と、まだ初対面でいきなりそんなことを聞き出そうとしてはいけないという理性がぶつかり合う。
ルヴリーは、自分の好奇心を満たす答えが返って来そうで、それでいて無難そうな質問を必死に考えてあるものにたどり着く。

「エアリー。そういえば、レオン様とはもうお会いになったの?」
「レオン様とは、幼少期に何度か会っただけですね。こちらに来てからはまだ会ってないわ」
「そう……」

ルヴリーはにやつきたい衝動を必死に抑える。
将来この国の王となるであろう、第一王子のレオン・バフナル。
この学園では、1つ上の先輩であり、エアリー・フォートブラッドの婚約者であることは誰もが知っている。
王子の婚約者であるエアリーに別の男の陰がある。
ご飯が美味しく食べられそうな格好なゴシップである。
だが、次のエアリーの発言にルヴリーは肝を冷やすことになる。

「レオン様と私は確かに婚約者ではありますが、レオン様には他に想い人がいると思うの。それに、私はとてもわがままなので、きっと愛想をつかして他の方と一緒になられるわ。……でもね、ルヴリー。私がここまであなた達に胸の内を明かすのはなんでだと思う?」
「え?」

エアリーの女神のような微笑みの陰に、暗く冷たい殺気が含まれているのを気取るルヴリー。
背中にじわりと冷たい汗がにじみ出てくるのを感じる。
エアリーは言葉を続ける。

「フォートブラッド家の名前の由来は、ある要塞を血まみれになりながらも守りきった逸話からきているそうなの。要塞の門前には、首を斬られた敵の遺体が山のように積み上がっていたそうよ」
「……エアリー。私たち貴族よ。聞いたことを誰かにベラベラ喋るようなそこら辺の市井の人達と同じにしないで……?」
「えぇ。わかっているわ。ルヴリー。これからも仲良く、色々なことをお互い相談していきましょうね」

ルヴリーはエアリーの話を誰にも言わないことを心に固く誓った。
この子は、容赦なくやる……!
まだ短い人生ではあるが、今までの経験が、生まれつきの危機察知能力が全力で警告を発している。




その日の夕方。
エアリーが私室で呆けた様子で窓の外を眺めている。
制服を脱ぎ去って、白いブラウスに身を包んでいた。

『淑女になれたのは……どんな出来事が……』

昼間の歓談で出たセリフが思い出される。
カインが傍でずっと自分と正面から向き合ってくれ続けたことが今の自分を形作っている。
だけど、カインがうちに雇われることになってすぐには心を開けなかった。
いきなりお尻を叩かれて、心を開くことなどできない。

そう、あれは10年前。6歳の誕生日のこと。




ガチャン!

床に高価そうなティーカップが投げつけられる。

「なにこのまずい紅茶は!? あなたが淹れたの!? こんな無能いらないわ! あなたクビよ! 出て行って! いますぐ出て行って!!」

6歳のエアリーはその日、朝からずっと癇癪を起していた。
全てのことに文句をつけ、泣きわめきながら、時に今のように物を壊す。
周りのメイドも、またか……と思いながらも、続くと笑顔も堅くなり、対応も少し雑になってしまう。
幼いエアリーはそんな様子も余計に腹立たしくて悲しくて、悪役令嬢の卵のように悪態をつき続けた。

「エアリー。そんなことを言ってはだめだよ」

傍にいたカインが穏やかにしかしピシャリと言う。
エアリーは、カインの声を聞いて、お尻を叩かれたときの痛みを思い出して、一瞬身体がビクっとなるが、顔をフンっ!とそっぽを向いて言った。

「なによ!? またお尻を叩くの!?」
「エアリー。今日は君の誕生日で、君が主役の日だ。そんなことはしないよ。でも、周りにもう少し気を配らなければ、周りだって心から祝福できないよ」
「なにが主役の日よ! お父様も! お母さまも! いないじゃない! 口を開けば、王妃にふさわしい人間になれというだけで! 全然構ってくれない! 今まで誕生日を祝ってくれたことないじゃない! これのどこが主役なのよ!」
「エアリー。ご両親は忙しい方々だ。駆け付けたくても……いや、それはごまかしだね。両親がエアリーのことをどう思っているか俺にはわからないよ。でも、俺は絶対そばにいる。そうだ、内緒で街に行こうよ。一緒にプレゼントを選ぼう。街の色々なものを見たらそんなイライラ収まるよ」
「嫌い! なんか子供をあやすみたいな言い方するカインも嫌い! お父様も! お母さまも! 皆だって私がいなくなればいいって思ってるんだ! 嫌い! 嫌い! みんな嫌い!!」

エアリーはそのままどこかへと走り去ってしまう。
残されたカインは、どうしたものかとうなった後、近くにいたメイドに聞いた。

「すいません。今日、旦那様達はどこへ?」
「旦那様は最近街を荒らされる盗賊団の討伐に出撃されました。奥様もヒーラーとして同行されております」
「そう。ありがとう」

メイドがカインに恭しく頭を下げて仕事に戻った。
カインは乙女ゲーの内容を覚えている限り、頭の中でさらってみるが、エアリーの両親の情報は出てこなかった。

(うーん。そもそも、ゲームには両親出てこないしなぁ。ただ、親から政治の駒として扱われたとしかキャラ紹介に書いてあるだけだし。こうもエアリーに関心を寄せないのは、舞台の演出用のキャラでしかないからか?? しかし、この世界はゲームの中ではなく、確かに生きた世界だ。ゲーム内で言及がないから空っぽなんてことあるのか? いや、ない。だって、今だって盗賊団討伐という仕事を成そうとしている。これは、ゲーム内では出てこない出来事だ。つまり、ちゃんと二人は生きた人間として存在する。なら、エアリーに構わないのは、なんでだろう? 仕事が忙しいのは確かだろうが……)

悩むだけ悩んでカインはつぶやいた。

「うん。わからん。本人に聞くしかない」




ルーサー盗賊団と呼ばれる規模5000人の盗賊団は、徐々に勢力を拡大していて、国の安寧を脅かすに十分な存在として認知されるようになった。
エアリーの父、イシュリア・フォートブラッドと、母、テレシア・フォートブラッドが、盗賊団のアジトとして使われている朽ちかけた古城を睨んでいる。
古城の周りには堀があり、橋を上げ下げする機構は生きているのか、今は侵入者を阻むように上にあげられている。
風の精霊と契約した魔法使いを使って、上空から攻撃させたり、上から侵入させることもできるが、中がどうなっているかわからない以上、上空からの攻撃も人数がそれほどいないことから有効ではないだろうし、接近戦が弱い魔法使いを中に侵入させたところで、橋を降ろす前にやられてしまうだろう。
盗賊団討伐で、多くの人的犠牲を払うわけにはいかない。
兵糧攻めか? 随分長くかかってしまう。蛮族からの防衛もある。あまり離れてもいられない。
どうしたものかと二人が思案していると、突然、橋がガガガガと大きな音を立てながら降りてきた。
橋の向こう側からは、悲鳴と絶叫と共に、木の棒に白旗をくくりつけたものをもった盗賊団の戦闘員らしき者たちが数名、馬に乗って走ってくる。
フォートブラッド家の軍勢が一斉に抜刀し、イシュリアとテレシアを守る体制にはいる。
盗賊団たちは、軍勢の前まで馬ではしると、飛び跳ねるように馬から降りると、そのまま頭を地面にこすりつけて言った。

「た、助けてくれ! 投降する! 投降するから命だけは!!」

イシュリアが戸惑いながら問う。

「何事か? 中に誘い込む作戦か?」
「ち、ちがう。ば、ばけものだ! お前たちが差し向けたんじゃないのか!?」
「化け物? モンスター?」
「違う!! 見ればわかる!!!」

イシュリアとテレシアはお互いに目を見合わせてから、軍勢を古城へ突入させた。
しかし、そこには想像を超える景色が広がっていた。

「こ、これは……」

そこら中に散らかっていた。
人間だったものが。

首がもげたもの、手足がばらばらになっているもの、胴体が二つにわかれているもの、壁にめり込んでいるもの、あちらこちらに腸のようなものもへばりついていて、避けて歩くことが難しいくらい、道らしき道は血で真っ赤に染まっていた。
あまりに壮絶な光景に、戦いに慣れているフォートブラッド家の軍勢たちも嗚咽を漏らす者もいた。

血の鉄ような匂いと、もわっとした酸っぱいような生臭い匂いに包まれながら、更に奥深く侵攻していくと悲鳴が聞こえた。

「や、やめろぉおおお! 降参だ! 降参だって言ってるだろう!!!」
「違うわ! あたしは戦闘員じゃないの!! 協力しないと生きていけなかったの! 仕方なかったのよ!」

若い左腕を切断された軽装鎧に身を包んだ男と、民間人のような恰好をした若い女が目の前の闇に向かって叫んでいる。
イシュリアが何事かと目を凝らすと、闇からぬっと人の形が現れて、青い魔力をまとった剣で二人の首をはねた。
はねられた首が二つ、勢いよく空を舞い、地面に落ちると、ごろごろとイシュリア達の前まで転がってくる。
二つとも、目をかっと見開き、涙を流して絶望の顔をしている。
イシュリアの周りの兵たちが緊張した面持ちで盾を構え、守るようにイシュリアとテレシアの前に厚く布陣する。
ただ、闇からあらわれた人の形からは、聞きなれた声が聞こえてきた。

「旦那様。全て終わりました」

闇から現れた人の形をしたものが、古城の窓から差し込む日の光に照らされて姿を現す。
それは、白銀の軽装鎧に身を包んだカインだった。
しかし、その白銀も真っ赤な鮮血に染まって、今は紅の騎士といっても信じたくなる。
カインがゆっくりと歩いて近づくにつれ、イシュリアの兵たちも圧倒されているのかピクリとも動かない。
それはそうだ。7歳の子供が、血まみれになりながら盗賊団を殺し、爽やかな笑みを浮かべて歩み寄るのだから。

本当にカインか? 魔物が化けているんじゃなかろうか?

イシュリアはカインが下手な騎士より強いのは知っていたが、これほどとはと信じがたい気持ちで目を見開いてカインを見つめ続ける。隣にいた兵が、「旦那様。カインの別動隊を侵入させていたんですね。凄いです」と言ったが、そんな覚えはまったくない。そもそも、カインはまだ7歳だぞ? 7歳を部隊に組み込むわけがないだろう。
イシュリアは、自分の常識が崩れていく感覚に襲われる。

周りの兵たちがカインのために道を開けていく。皆、畏怖、畏敬の感情を浮かべてカインを眺めている。
カインは、自分の目の前までくると、うやうやしく地面に片膝をついて頭を垂れた。

「旦那様。この通り、ルーサー盗賊団は壊滅いたしました。ご安心ください。皆殺しにしましたので、後顧の憂いもございません」

すると、兵の1人が震えながら言った。

「4名ほどこちらに逃げてきた者がいるぞ」
「ほぉ。では、その4名の」

カインが言いかけたところで、イシュリアが遮る。

「良い。聞きたいこともある。4名は拷問にかけた後、処刑されるだろう」
「かしこまりました」
「カイン。あとで、私の天幕に来い」
「イエス。マイマスター」




エアリーは自分の私室で両親からの誕生日プレゼントの箱をぼうっと眺めていた。
両親は自分を祝ってはくれなかったが、誕生日プレゼントだけは贈ってくれた。
そうは言っても、メイドから間接的に渡されているのだから、バトラーが気を利かせて用意したものを両親からと偽って送ってきている可能性も大きい。

「ふん。なによ。私が欲しいのは……」

トントン

ドアがノックされた。
エアリーが時計をちらりと見ると、もう夜の10時を過ぎていた。
こんな時間に自分の部屋を訪ねるメイドや従者がいるとは思えない。いや、カインの可能性はあるけれど、カインも自分を見限ったのか昼から見なくなった。
一体誰だろう。

「どうぞ」

エアリーが答えると中に入ってきたのは、イシュリアとテレシアだった。

「お父様?! お母さま!?」

エアリーは心の底から驚いた。
誕生日と言うこの日に会いたかった二人。
でも、決して会いに来てくれなかったどころか、普段も全然構ってくれない二人。
その二人がこんな夜更けに会いに来た。今さらどうしたんだろうか急に。

エアリーは、駆け寄って抱きつきたい衝動に駆られながらも、おずおずと一歩、二歩と近づくとぴたっと止まって、上目遣いで自分の両親を見た。その目の端には涙がキラキラと輝いている。
両親の後ろにはカインの姿。

(カインが二人を連れてきてくれたの?)

「エアリー……」

イシュリアが申し訳なさそうにささやく。テレシアも。

「お父様。お母様。私の誕生日をお祝いしにきてくれたんですの?」
「あぁ……」
「そうね……」

しかし、いまいち踏ん切りの悪い両親。
その様子にエアリーは目からボロボロと涙があふれて視界が歪んで見える。

「お父様。お母さま。やっぱり、私のこと愛してないの? 私が悪い子だから? 良い子にしたら愛してくれる? それとも、私はただの道具なの? 王妃様になったら愛してくれるの?」

エアリーの問いにイシュリアが答えようとしないので、カインが冷たい声で言った。

「旦那様? 奥様?」

イシュリアとテレシアはカインの呼びかけに、一瞬びくっと身体を震わせると、二人で目を見合わせ、数秒の間の後、エアリーに向かなおると、意を決した様子でおずおずと語り始めた。

「エアリー。寂しい想いをさせて申し訳なく思う。私たちは……」

そこで、イシュリアは少し涙ぐむ。
エアリーは、もしかして血が繋がってないと言われるのかしら? と胸が切なくしめつけられる感覚がしたが、その予想は違った。
テレシアがイシュリアのあとに続いて言った。

「エアリー。ごめんなさい。私たちは、生まれてからずっと親から愛されたことがないの。特にイシュリアは一度も自分の両親に会うことなく、政治に道具として翻弄されて、その強すぎる権力のせいで、誰も彼を愛さなかった。いえ、愛せなかった。そして、それは私も同じこと。あなたが生まれたとき、私はとても嬉しかった。自分の分身が生まれて、自分が愛されなかった分、あなたを愛そうと思ったの。でも、それはとても難しいことに気づかされた」
「どうして……?」
「愛し方がわからなかった。いえ、そもそも自分たちの中に愛と言うものがあるかもわからなかった。だから、どうしていいかわからなかったの。あなたを抱きしめたいと何度も思った。でも、あなたのことを抱きしめて、もし、何も感じなかったら……。市井の人たちが語る、胸が暖かくなる感覚が起きなかったら……。自分の中に愛がないことがわかってしまったら……。それが、とても怖くて怖くて……あなたのことを抱きしめられなかった……ごめんなさい……。ごめんなさい……」

テレシアの言葉は最後は涙声になっていた。
エアリーがおずおずと両親の傍に歩み寄って、その小さな右手でテレシアのスカートをそっと掴んだ。

「お母さま。今でも怖いの?」
「怖いわ。あなたのことが大切だから。あなたのことを愛する心がないとわかるのがとても怖いわ」
「お母さまもお父様も、ずっとずっと怖かったんだね。私も怖かったよ」

イシュリアが涙を流しながら、しゃがんでエアリーを抱きしめた。それに続いてテレシアも抱きしめた。
エアリーは抱きしめられながら言った。

「ねぇ。私、今とても暖かいわ。お母様とお父様は暖かくないの?」
「暖かいよ。エアリー」
「暖かいわ。エアリー。でも、ごめんなさい。今抱いているこの想いが、本当に愛なのかわからないの」

テレシアの言葉に、イシュリアも困惑の顔をしながらうなずいていた。

「そう。お母様もお父様も愛がわからないのね。可哀そうなお母さま。可哀そうなお父様。よしよし」

エアリーは両親の頭を両手を使って撫でた。愛おしそうに優しく撫でた。

「私は、二人を愛しているわ。二人もいつか愛がわかるといいわね」

エアリーはそう言うと、カインに顔を向けて言った。

「カイン。ありがとう。二人を連れてきてくれて。二人のことがよくわかったわ」
「お嬢様。6歳の誕生日おめでとうございます」

カインはそう言うと、そっと部屋を出た。
眠るまでは3人だけで言葉を交わして欲しかった。

部屋の外に出ると、空は満天の星空が窓から見える。
カインはふぅとため息を一つ。

「例え、愛する心がなかったとしても、大切に思えるならそれでいいじゃないか」

そう言って、カインは自分の私室へ足を向ける。

「まぁ、あの様子ならそんな心配もいらなそうだけどね」




エアリーは6歳の誕生日の思い出にふけった後、私室を出てバルコニーに向かった。
夕日がとても綺麗だ。
メイドを呼んで、紅茶を持ってくるように頼んだ。
バルコニーに用意された椅子に座って、小さなテーブルで頬杖をしながら、夕日を眺める。
やがて、メイドが紅茶をもってきてそっとテーブルに置いた。
エアリーはそれを一口飲むと、ぽいっとメイドの足元にカップを放り投げた。

パリンと綺麗な乾いた音が響く。

「なにこのまずい紅茶は? あなたが淹れたの? こんな無能いらないわ。あなたクビよ。出て行って」

メイドの方は見ず、外の夕日を見ながら棒読みで言葉を紡ぐと、メイドが震えた声で「も、申し訳ございません。すぐに淹れなおします!」と言ったので、エアリーはこのメイドはわかってないなとため息をついた。

「違うわ。カインを呼んできてちょうだい」

メイドは、違うと言われ、カインを呼んできてと言われ、さすがにピンときた表情をして、「ただいま呼んでまいります」と言ってその場を足早に去っていった。

数分後、制服からラフな格好に着替えたカインがやってきて、ちらりと割れたカップを見てから言った。

「お嬢様、何か御用でしょうか?」
「見てわからないの?」
「はぁ」
「久しぶりにね。メイドにイジワルしてしまったのよ」
「はぁ」
「酷いでしょ? このままじゃ、悪役令嬢になっちゃう」
「……」

夕陽をずっと眺めていたエアリーが、カインの方に顔を向ける。
カインはやれやれといった困り顔をしていて、エアリーはその顔が少しいらっとしたが、ブラウスのボタンを上から一つずつ外して、胸の谷間を露にする。

「ねぇ。悪い悪役令嬢にはお仕置きが必要じゃないかしら?」
「そうですね。どんなお仕置きにしましょうか」
「あなた、入学式の私、どう思った?」
「とてもご立派にスピーチをこなされておりました」
「そうでしょう? じゃあ、わかるわね?」

カインは小さなため息を吐いてから、エアリーに歩み寄り、耳元で囁いた。

「エアリー。お仕置きが欲しいのかい? ご褒美が欲しいのかい?」

カインの吐息が、エアリーの耳元と首筋を撫でていく。

「んっ……」

カインの甘い囁き声とうなじを撫でる吐息だけで、エアリーの背中をゾクゾクしたものが駆け抜ける。
綺麗でありながら女とは違う確かなカインの男の手が、エアリーのお腹を触った。
カインの自分とは違う厚い手から熱が、お腹にブラウスの布越しにじんわりと伝わってくる。

「はぁ……」

お腹が段々と温まってきて、マッサージをされているような心地の良い快楽に包まれる。
感傷的で少し固かったからだが、じわりじわりとリラックスしてきて、頭が理性から本能に切り替わり始める。
それと共に、自分の下着がじわじわといやらしいもので濡れていくのがわかる。

夕陽は沈み、闇の帳がおりる。
夜は長い……。
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