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仲直り作戦前夜
しおりを挟む衝動。あらゆる生物に備わる行動の源。突き詰めると原生生物がエネルギーの摂取、及び奪い合いによって食欲が生まれ、種の保存により分裂から子をもうけると進化し、性欲が生まれた。文明が生まれる過程で豊かな生活の為などで物欲が生まれ、それらの欲求は動機付けと行動を促す。
また、理性の伴わないと判断される強い動機、思わず行動してしまうことを指して衝動と定義されるとして、ココから男女の違いである性別を取り除くとどうなるだろうか?
博愛主義に最終的には至ると考えられるが、男性遺伝子は世代ごとに劣化していく研究データがある。極論だが、そこまで人類が滅亡せず文明を発展させることが出来ると仮定した場合、男性遺伝子は人類から消えゆく運命にある。
その時、子孫を残す為の『愛』はどの様な形に変化するだろうか? SF映画や漫画などではそれでも恋愛感情が残るように描かれて居る物が多いが果たして今と同じ恋愛感情であろうか? ジェンダーレスや、同性愛者にその答えはありそうだ。
海外では、神の意思に背くと性別を超えた愛に対する差別が発生している。ならば、何故、神は男性遺伝子が世代を重ねる毎に壊れる仕掛けをしたのだろうか?
◆
01/25 22:00
綾式寮 六号室(楠井自室)
食事の時間を考慮していなかった為に一人寂しく部屋で冷めた食事を取った。食事中もウィキを読み漁れたので結果オーライだ。
内容は、心理学を使った交渉テクニックを実践的に行えるものだ。それらは使い熟すには、少々手こずりそうだ。いくつかのパターンがある。それを行う事で行動を自発的行為と思わせ、誘導可能らしい。
有名なのはフット・イン・ザ・ドアやセルフ・ハンディキャップ辺りか。人は考えられ、記憶し、行動をより高度に効率化できるから文明を築けたと思われるがそれに相反し、怠ける生き物としての性質を持つ。心理学での交渉はこちらの怠ける性質を主体についてくるものである事が説明で判ってくる。
即ち、思考放棄。思考にもエネルギーを消費する。物質変換により電子が移動してシナプスを走る思考の形……いや信号と言うべきかな? エネルギーの温存という形が怠けるという形で現れている。蟻だってローテーション組んで20%フリーライダータイム満喫する。
生き物ならこの弱点が存在する。心理学の交渉術はそこに沿え手をするやり方をパターン化したものだった。コントロールされているかどうかはこれで見分けがつく。使い熟すには色々試さないと分からないだろう。誰か指南役か専門書も必要かも知れない。
そしてここら辺で急に眠気が襲って来た。記憶するキャパ上限かも知れない。無理せず寝る事にする。急いで休憩最短な眠りについて検索した。10~20分がだいたいの検索結果だった。その間に記憶整理され、肉体にとって最適化されるのだろう。
アラームをかけて寝たが風邪のせいか朝まで寝てしまった。
◆
03/18 17:30
旧校舎玄関
部室で会長に部員確保令を言い渡され、考えていたプランがひっくり返ってしまった。
弁護士の用意もキャンセルである。空いてるとこならどこに入れても良い古びた下駄箱(その所為で仮に貼られたセロテープで固定された付箋だらけ)から靴を出しながら、吉田君に声をかける。
「吉田君、ちょっと帰りにウチの寮に寄ってくれるかな?」
「オレも付き合おうか?」
吉田君が逡巡してるとこへ宗吾が言ってくる。そんなに親しくもないのに、フォロー出来るのか?まぁ、現場を見てるからある程度は出来るか。念の為確認しておこう。
「吉田君のフォロー出来るか?」
「任せろ」
「だって。弁護士呼べる体制だけど裁判になったら、吉田君の望んでる未来は来なくなる。覚悟決めてやらないといけないよ。今のままで良いなら帰って良い」
「行きます」
「じゃぁ決まりだね……。ここからの展開は早く済ませなきゃいけない。手の内の一つは明かしてしまったからね。使わなくなったけど」
さて、次の手は実は考えついてない。何故ならイジメをする奴は悪と決めつけていたからだ。まさかイジメられてる側がイジメてる奴に依存しているとは思わないじゃないか。依存関係は往々にして破滅へ向かう傾向があるが、吉田君に至ってはそこまで酷くはない。
そうならない保証もないが、わざわざ『裁判を起こして二度と会わない様にする』目論見が出来なくなったことだし、ここは、仲が良かった頃と同じ様に振る舞える環境を提供しなければならないだろう。思い出しただけでムカムカと里原先輩への怒りが再燃してしまうが。
いや、こんな事では折角仲良くなってくれた香澄と、『釣り合う男』失格だ。最善はなんだ? 自問自答し直し和解する事を自分に再認識させる。その為にはどうすれば良い? すぐに浮かんでくるのはジェンダーレスと百合の住人。いや、ま、餅は餅屋なんだろうけどあいつに引き合わせるのは危険な気がする……仕方ないかもしれないが。
話はしなきゃいけないし警戒しつつも連れて行かなきゃならない……猿……いや、里原先輩をオカ研に入れる事が決まった瞬間からもう何回目の結論だ? 改善策は出て来ない。仕方ないか。
「どうした? 何、ボーッとしてんだ?」
「いや、とにかく行こう」
取り敢えず促し、説明を後にしよう。怖気付かれて行かないでは話が進まない。それこそ取り返しの付かない事にもなりかねない。駅へ早足で向かい吉田君がついてくるのを確認した。
◆
03/18 18:15
綾式荘の玄関扉をガラララと開けながら帰宅を告げる。勿論、後ろには宗吾と吉田君がいる。
「ただい……」
「カズ兄! 大丈夫!?」
ただいまも言い終わらない間に香澄が居間から飛び出して来た。
「おかえり~」
「おかえりなさい」
「おかえりなさ~い」
続く、三者三様のお帰りなさいとニヤニヤ顔とニコニコ顔。やはり居た。吉田君にとって危険人物が既に帰って来ていた。
「どこ殴られたの!?」
「殴られた後見当たらないねぇ~、ボディとか? 香澄ちゃん脱がしてチェックしちゃえ」
「裁判、本当にするの?」
「あら、お客さん?」
いっぺんに話しかけられ、両手を挙げて待って待ってとジェスチャーして、香澄の頭をポンポンと撫でる。
「あ、順を追って説明するから、待って」
「やだ、何! この子可愛い! 連絡先交換して!」
「え? あ……え?」
言ってる側から予想してた反応。吉田君が中身おっさんJKの餌食になろうとしている。困惑した顔をこちらに向けてくる。
「槙野氏、ステイ。取り敢えず、香澄ちゃんただいま。後でちゃんと話すからお客にお茶を振舞ってくれないかな?」
「あ! ゴメンなさい、お帰りなさい」
「あらあら、それじゃぁ香澄、おいでなさい」
「それでそれで、こちらの見目麗しいお方は楠井氏の友達? まさか香澄ちゃんが居るのに新しい恋人じゃないよね!」
「な!?」
玲子さんと台所に行きかけてた香澄ちゃんが振り返って鬼の様な形相でこちらを睨みつけてくる。やめて~。まじやめて~。
「香澄ちゃんが居るのに新たな恋人連れに来るってどんな怖い物知らずだよ。裁判するか否かの火種の吉田君だよ」
「"火種君"ね……ハァ。なんかすごく納得する美しさだわー」
「あ、まぁ、暇だし俺先に上がるよ」
勝手に納得してくれた横で宗吾が靴を脱ぐ。靴箱を指差しながら中へ促す。
「吉田君は赤くなってないで、中に入って。靴は空いてるとこ適当にね」
「あ、はい」
「ねぇねぇ、あたしの隣に来なよ」
玄関からT字廊下を通り直ぐの引き戸を潜れば居間だ。槙野に手を引かれて吉田君は中へ誘われた。
予備の椅子とテーブルが出され、この場に居る全員が着く。
「それで? イジメの現場って話の当事者がその"火種君"?」
「まぁ、詳しい経緯はこれを先ず聞いて」
スマホのムービーを起動して見せる。途中から殴られて音声のみになったりした。宗吾はそこをフォローしてくれて、だいたいの状況を聞かせられた。
「裁判て言葉は出したのは不味かったかも知れないわ」
「え? でも確か相手にも聞かせないと裁判で使えない十分な証拠にならないって」
「テープレコーダーってレトロな機械じゃないといけないともあるわね。偽造出来るからって理由で」
「マジすか」
「大マジよ。まぁ、手はないわけではないから、弁護士との……」
「あーっと、吉田君の意見がこれの時は反映されてなくてですね、裁判すると彼の望んでる未来は遠ざかる可能性が高くて、玲子さんだけでなく皆にも協力を要請したいなと」
「え?」
「え?」
俺以外の綾式荘全員がキョトンとした顔になる。思わず流れで聞き返す。
「どうするの?」
「まぁ、先ずは吉田君、話して良い?」
「え、いや、僕が話します。彼とは幼馴染なんです」
吉田君の彼に依存する自伝が生々しく語られる。不良の印象が某剛田氏(映画版)のような印象に変わる。
「なるほど、仲直りしたいと。その為にイジメを辞めさせる……ねぇ……」
「え~、仲直りしたいの? あたしが養ってあげるから諦めちゃいなよー」
「それはそれで手かも知れないですけどね、本人の気持ちをもっと鑑みてあげないと吉田君に振り向いてもらえませんよ、槙野さん」
「楠井君は、香澄ちゃんとヨロシクやってるからあたしの気持ちなんてわかんないでしょ!」
「一つ良いかな?」
「何かな? ハッスィー」
「君はジェンダーレスなんだね?」
「多分」
吉田君に向かって蓮水さんが聞き、吉田君は頷き返した。
「よく話してくれたね。僕も男とか女とか分からなくてね。身体は多少反応するけど特には世間で言う男女の関係に発展するような人間関係に恵まれてこなかったし別に必要性も感じていない。だけど君は一度必要とされたのを感じてしまったんだろう? なら、その関係を最後まで追いかけた方が良いと僕は思う。僕は君みたいに見目麗しくないからね人間関係が薄くて、これからもパートナーになってくれる人はなかなか会えないと思うから余計ね」
普段寡黙なだけに流暢に喋る蓮水さんの言葉は、なんだか重く感じられた。
「驚いたわ、ハッスィーそんなふうに思ってたのねえー」
「そうですね。僕、迷うの辞めます」
「なら、あたしに良い考えがあるわ」
「別れさせる方のか?」
「違うよ。彼女の彼氏なんか気にしてたら出会いなんてないも同然なんだから」
そういえば、貴女、妙におモテになりあそばせになりましたものね。と出かかった言葉を飲み込む。予測は出来るが大丈夫か?
「分かった、任せる。サポートをしよう」
◆
人物紹介
蓮水 俊雄(♂だが無性。18)
チョイ役のつもりだったので急遽、設定をつけたしました。おかしい。この話は短編だった筈。
槙野 美香(♀だが中身は限りなくおっさん。16)
蓮水君と同じく。急遽設定付け足し。吉田君に一目惚れし、里原君のライバルに立候補した。ギャルっぽい。今も香澄の風呂とか一緒に入りたがる。
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