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第17話 陰謀詭計 vs 深謀遠慮
しおりを挟むブヒボンド邸 客室
シュツルム先輩が逗留期間中の客室へ入る。
「ティナ嬢、まだ起きていたのか次のアタックに備えて寝ないとパーティーの生存率に関わるぞ」
「……先輩。なんだか、寝付けなくて」
「やっと、アリュフの様に先輩と呼んでくれたな。脅しでなく、メンバーが少ないパーティーは一人でも不調になると瓦解しやすい。まだ市街だから気は楽だが、だからこそ依頼遂行中は気を抜いてはいけない。休める時は休むべきだ」
「うん。目を瞑るとあの子の顔が浮かんでくるの」
「血縁もない奴隷の子だろう。そこまで気に病んではいけない」
「でも、一月程前に会ってるんです。私がもっと気を配っていれば」
「こうなることを予測出来たり、阻止出来たとでも?」
ティナ嬢が泣き崩れる。
「悪魔族の孤児が人に仇なす未来を阻止する為、奴隷の刑に処すと教会が定めた、俗に言う奴隷罪だと理解しているのだろう?」
「存じてます。奴隷に従事することで魂を清めるとも習いました」
「そうか。だが、今はクエストの遂行が優先だ」
「……」
「このクエストが終わったら、手伝おうと思っている。伝えなかったか?」
「え?」
「どの道、幽霊が何らかの繋がりを邪教と持つ限り、免れぬ運命を持っているのだろう」
「先輩」
「アリュフも、そこは分かっているはずだ。すでに我々は一蓮托生なのだからな」
「……はい……」
「忘れろとは言わない。寧ろその仇を取る為に今は寝るんだ」
「……はい……」
「スリープはいるかい?」
「いる」
「フフ、じゃぁ、横になって」
「うん。先輩」
「お? なにかな?」
「奴隷罪を作った三角顔の面汚し司祭は二百五十年前なので、既に死んでると教会から習って知ってましたが、あのゴーストは、いつ死んだのでしょう?」
「そう言えば、記憶を見せるゴーストなんて初めてだね。これも邪教徒のやり口なのかね。とにかく今は分からない事だらけだ、次に備えて寝よう」
「そうですね」
「いくよ、"スリープ"」
ティナ嬢は、睡眠魔法の誘導により、すぐに眠りに落ちた。そして、シュツルム先輩も寝に入った。
◆
海に面した丘陵地に栄えた都市。セントロモンディエレ王国、聖王都モンディエレ。
その空には、灰色に澱んだ空が広がり、都市のほぼ中央にそびえるオベリスクを敷地内に抱えるのは聖王都教会。その教皇室の窓へ視界が近づいて行く。
教皇室に男が二人。何やら話していた。
「この先20年内に起こるであろう、悪魔族対戦時の為に労働力の強化が必要だ」
「半獣孤児達の確保も限界になりつつあります。貧民街の働ける者を取り入れ、奴隷との混血を作り易くして確保するのは如何でしょう?」
「なるほど。将来を見据えた奴隷層の確保か面白い……監督は任せる」
仰々しい被り物を取りながら割腹の良い老人は、異常に痩せた開けてるのか分からない眼の精悍な男に指示を出す。その男が僅かに瞼を開き、左手を前に右手人差し指を口に立てて、ジェスチャーをした。
「!」
割腹の良い老人は、驚きの顔をし、辺りを見回した。
そこで視界がいきなり灰色の空間に染まった。そんな場所にティナ嬢とシュツルム先輩は居た。
「え? 先輩?」
「こ、これは!?」
地に足がついていない浮遊感、それなのに自由に動くことが出来る。息苦しくもなく、身体に異変を感じる事はない。夢の中だと知覚できた。
「まさか! 夢の中……!」
「……その様だ」
「なんで」
「なんでも何も、私が貴女方に見せているからですよ」
ティナ嬢が疑問を口に仕掛けたトコへ被せて何者かが応えた。モヤモヤとした煙から次第に姿を現した何者かは胡散臭さそのものが具現化したとしか形容出来なかった。
仮面をつける意味があるのか甚だ疑問を持つが、敢えて突っ込まず注意深く観察する二人。そいつはカッコウだった。信用出来ない雰囲気を自然体で放つ。仮面と燕尾服姿のカッコウだったのだ。
そのカッコウが懐から手鏡を出し、呟いた。
「ふむ、君達が抱いたイメージはこんな者か」
「誰だ」
「夢を見せる?」
「おっと、人に名を聞く時は自分から名乗るのが礼儀だと習わなかったのかね?」
シュツルム先輩から息を呑む気配がした。そしてカッコウに応えようと名乗りの為口を開く。
「なるほど、私は……」
「貴女の名前はどうでも良いので名乗りません。用件はなんですか」
ティナ嬢がシュツルム先輩の台詞に被せて名乗りを阻止する。不遜な態度を取る怪しさ満点のカッコウへの意思表示としてキツく応えた。
「クフフ、コレは手厳しい。では、用件のみを伝えるとしましょうか。あなた方の行動指針は既に決まっている様ですし」
「うざったらしい悪魔め。サッサと用を済ませて消えろ」
「流石は聖職者様。私が何者かお気付きですか。では、私の用向きをお伝えしましょう。コレから貴女方が向かう道には二つのカードが用意されます。何方が益を生み、何方が不幸になるかの選択を。呉々も死と言うドロップアウトを選ばぬ様、お願いしますよ。クフフ、クフフフ」
「不幸になる選択?」
「それは、どう言う選択だ!」
「おや? 悪魔族と言うだけで私を敵とみなした貴女が私の戯言に耳を傾けて下さるのですか?」
「聞いてやるだけよ!」
「私も出来ればお聞かせ願いたい」
「クフフ、クフフフ。良いですね。良いでしょう。今見せたモンディエレのデコグリフ教教皇とその補佐神官の話は実行されました。種族は違えど我が悪魔族の血を引く者達は教会により未だ光の陣営で虐げられる生活を運命付けられています。我々にとって許し難い事であります」
「なるほど。それで私達に夢としてアレを見せたわけですか……」
「あまり信用出来ないわ……それだけが目的ではないでしょう」
「おや? 奴隷に絆される割には意外と勘繰るのですね。なかなか、見所のあるお嬢さんだ」
「ゴースト達をけしかけてるのは貴方ですか?」
「邪教を作ったのはお前だな……!」
「さぁ? どうでしょうね」
「くっ悪魔め」
「どうやって、ゴーストに記憶を見せる能力を付与した?」
「クフ、クフフフ、教会の洗脳教育は盤石ですね。生物的にさほど変わりがないと言うのに。さて、『記憶を見せる』事については簡単な事ですよ"夢を見せる"など簡単なんですよ」
「吐きましたね」
「もう私自身の目的は達成してありますからね、この夢はちょっとしたプレゼントみたいなものですよ」
「プレゼントだと! 悪魔のプレゼントなど……!」
「おっと、お時間の様ですね」
「何?」
「おや……彼は、天使の持つ機構を持っている様ですね。いずれ愛見えるかもしれませんね。では、ご機嫌よう」
「ま、待て!」
「ヒントは十分与えました。余計なことは考えず、最短距離を求めていただければ良いんですよ」
「なに!?」
そこでいきなり全ての情報がなくなり、言うなれば二人は虚無に放り出された。
◆
ブヒボンド氏と交渉を終え、寝る前に一応二人に確認し酔うと部屋を訪れるとジゼルが短い振動でをけたたましく伝えて来た。
「ジゼル? ……まさか!?」
咄嗟に嫌な予感がして、2人が居るはずの部屋へ駆け出した。扉をノックするが返事は無い。二人とも寝ているのか、それとも賊が入って拐われたか……イヤ、先輩が居てそれは無い。ならば、寝ているのか、まさか毒を盛られたか、……あり得ない可能性まで考えが及んでしまう。
「緊急にて御免っス!」
扉を開け中の様子を確認する。扉と反対側には出窓。部屋はそこそこ広いが窓に対してベッドが横に並んでいる。服のまま寝ているのは、用心のためだろう。手前に先輩、奥にティナ嬢と寝ている。二人の周りに黒いモヤがまとわりついていたが一瞬にして部屋の隅へ消えて行った。一体今のは……それより二人が無事か、ちゃんと確認しないと! 並ぶベッドの間に入り、先輩とティナ嬢の肩を揺すった。
「ん。アリュフ……大変だ!」
「んん……乙女の寝顔を見るなんて、マナー違反ですよ。アリュフさん」
「言ってる場合っスか?」
いつの間にか、ジゼルのけたたましかった振動も無くなっている。あの一瞬だけ見えたモヤが原因だと確定したが何なのかが判らない。
「ジゼルが知らせてくれたっス。二人とも無事っスか」
「特に外傷はない。ただ、夢を見たわ」
「夢?」
「悪魔が来たのよ。そして夢に出てきたの」
先輩が珍しい言葉遣いしてる。やだ、鎧なのに艶っぽい。って場合じゃないな。俺も大概にしなければ。ティナ嬢に話を続けるようジェスチャーで譲る。
ティナ嬢は、先輩の補助を受けながら悪魔の出てきた夢の内容を語り、俺はブヒボンド氏との交渉内容を語った。
◆
「最短距離……確かにそう言ってたんだよね?」
「それとどちらが益を得るか、不幸になるかの選択もあるって」
「予言めいたもの?……ソイツの作ったシナリオの上で躍らされてるとも取れるっスね」
「我々の行動指針は決定している。そのタイミングで現れたと言うのはそう言うことなんだと思われる」
「不幸を取らなきゃ良いのよね? 全然簡単じゃない」
「奴のシナリオ上では情報が出揃ったと言うところっスね。問題は多分その先っス。考えても見てくれないスか。悪魔族との開戦を控えている今、いつとも知れない記憶を並べて邪教徒の始末とそれに連なり教会をも敵に回そうとする情報の植え付け。幾らシュツルム先輩が強いとは言え、不可能と思われるモンディエレと一戦交えさせるのが狙いなのは明白っス。同じ様なパーティーがいる可能性があるっス」
「まさか?」
「宗教戦争とかどちらの陣営にも参加しやすい火種だと思わないっスか?」
「突飛すぎやしないか?」
「長い時間かけて用意周到に準備されてきたことと思ったらどうっスか」
「そんなふうに言われると、急に現実味を感じるわね」
「やるべき事は奴隷の解放と就職先の世話の提案っス」
「「……は?」」
__________
お読みいただきありがとうございます。
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