白銀の不思議姫

月見うさぎ

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ワァァァァ!と先程まで殺し合いの場だった戦場が、歓声と熱気と共に地を震わせるように湧いた。


場には大将首を失い足元から崩れ落ちる兵士と、大将首を取り手を掲げ戦争に勝ったこと、そして戦争が終わったことに歓声をあげる兵士。


辺りには倒れている者、使い手を失った武器が散乱していた。


勝利した兵士は口々に大将首を取った者の名を叫ぶ。


「兵長!」「ミエル隊長!」「ミエルさん!」


ミエルと呼ばれた男は敵国の大将首の髪を持ったまま勝利を喜ぶ兵とは反対に虚ろな視線を地面に向けていた。


友だった姿が床に倒れていた。


左手には何人の血を吸ったか分からない剣。


失った右手からはポタポタと血が地面を濡らす。


が、痛みも感じるどころかどこか苦いような表情を浮かばせる。


まだ17の若者は闇夜を感じさせる紺色の髪に赤茶の瞳。


この瞬間ミエル・リスティアンは英雄になった。


※※※


『敵国ミランドアとは長年犬猿のなかだったが、およそ50年前ようやく和解を結んだ。』


教科書の一文を黒板の前で偉そうに読んでいた教師は顔をあげ黒板を中心に扇形に広がっている生徒席の方を向いた。


生徒席は階段のように段々になっていて、正面から見ると上にあがるように席がある為生徒が被ることなくよく見える構造になっている。


「この和解を何て言う?」


そう、でっぷり太った教師は生徒に問う。


誰も反応しない。


大きなため息をつく。


「3週間前の終戦に大きく関わることだぞ。」


呆れたようにため息混じりに呟く。


「せっかく英雄もいるというのに……」


と思わず教師は呟いてしまった。


先程まで沈黙だった教室に1つの声が上がる。


「人殺しで英雄とか最高じゃん。」


その声にクスクスと周りからは笑い声が聞こえる。


 声の主は公爵家の長男クリス・バレルだ。


公爵家の次期当主ともあり教師は何も言えない。


「おい。なんとか言えよ平民。いや、片腕の殺人鬼だったか。」
    

と冷やかし混じりの声を5列程前の斜め前の紺色の髪の男に向けた。


「・・・・」


何も言わずただ窓を眺めているだけの男に腹が立ち、空席の前席を蹴る。


ガァンっ!!!!


その場にいた30人余りの生徒が驚きクリスの方を見た。


クリスを囲むように座っていた6、7人ほどの令嬢も「きゃっ!」と悲鳴をあげた。


「リスティアン!下民風情がいつまでもこの学園に居座るつもりなのか?!調子にのりやがって!」


すっかりお怒りモードのクリスに仕方なさそうに後ろを振り返るミエル・リスティアン。


「……俺は王命でここに来ただけだ。そんなことも知らないのか?」


「ぐっ……!」


王命と聞き少し怯む。


「きょ、今日はこ、ここまで!では、解散!」


公爵家の人間がこれ以上暴れてはまずいと思いあわてて授業を終わらせ、教師は教室から出ていった。


それに続きミエル・リスティアンも続いて教室を出ようとする。


「お、おい!待て!まだ話は終わっ──」


ピシャリと扉を閉めた。


毎回めんどくさいなと思いながら廊下を歩く。


終戦から3週間が立った。


あと、片腕を失って3週間たった。


まだまだ慣れないことも多い。
 

腕のことはもちろん、人付き合いなんて数え切れるほどしかない。


「王立学園に通え」なんて王命がなければこんな所には意地でも来たくなかった。


軍資金を削り人の命の分の金を宝石なので飾りつけている貴族どもを見るとはらわたが煮えたぎりそうだ。


もっとも、武器を取られていなければ今頃どうなっていたのかは分からないが。


とくにあの、バレル家の人間は一番嫌いだ。


いや、王族が嫌いだ。


軍資金を削れるだけ削りとり、命を守るのに十分ではないボロの装具だけを配給し、これで命を落としたものは数知れず。


軍事力も貴族からも一家につき、令息か騎士などを派遣する決まりだが賄賂により手配されず。


奴隷制度も廃止してあるはずなのに堂々と奴隷商が歩いてたりとこの国は腐っている。


それなのに王族はのうのうと暮らして腹が立つ。


不意に1つの会話が聞こえた。


「ねぇねぇ。あれって不思議姫じゃない?」


「どれどれー。あー。確かに皇女だー」


2人の令嬢は窓から見える木に座っている銀髪の女性に向けていた。


呑気に読書を読んでいる女をみて腹が立った。
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