悪役令嬢はモブ化した

F.conoe

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モブの婚活

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「整理整頓しなさいよ」

ぶしつけに思わず言ってしまったわ。貴族教育かたなしね。
バロウがいるという部屋に入ってまず目についたのは書類の山。たぶん山ごとに種類わけされているのでしょうけれど、仕事というものはね、探し物をする時間が一番時間を無駄にするものなのよ。
整理整頓は仕事の基礎よ、基礎。
先祖代々、我が公爵家ではそれを徹底して教え込まれていますから、部屋は綺麗なの。

「誰だ?」

「私アルリア・シバンニと申しますわバロウ・カーツ。おひさしぶりね」

「ああ、もうそんな時間か。手紙をいただいています。すみません、あと少しだけ待っていただけますか」

「かまいませんわ。こんな時に来たわたくしも悪いもの。ところで整理整頓だけならわたくしたちで手を出しても良いかしら?」

薄茶色の紙の山の隙間から、黒髪の男の目がこちらをのぞきこんだ。目の色は見えない。

「あ、頼んでいいのか? アルリア様たちなら問題ありません。お願いします」

戦況などの重要書類があるから、整理整頓したくても誰にでも任せられるものではなかったのでしょう。
その点、カーツ家の宗家であるシバンニ家のわたくしと、そのお付きは問題なしね。他の人から見たら別の意見も出るでしょうけれど、わたくしたちとしては問題なしなの。

「要件別にまとめますわ。白紙はあります?」

「そこ」

どこか指を指しているようですけれど、手、見えない。
書類の山をくずさないように気をつけて(もともと崩れてるものも結構ありますわね……)手の先を見ます。本棚の方を指していました。どれどれ。

発見した白紙に、種類ごとにメモを書いて、ぱっと見て何の書類がどこの床に置かれているのか分かるようにしました。本棚はいっぱいいっぱいなのではじめから床です。しかしそれでは床面積が足りませんので、王城の侍女、侍従に声をかけて備品室から棚を持って来させました。

室内の美観は犠牲になりましたが、書類は整理されましたわ。
整理している間にも、新しい書類が届けられてその辺に放置されていくという熾烈な戦いがありました。

「ふう」

やりきったわ!
新規の書類は重要なものがあってはいけませんので、すぐ執務机においてもらえるよう机をすっきり片付けました。扉をあけてすぐ顔が見えます。ぱっと見て緊急のものでないならメモを貼り付けて所定の位置に置くようにすれば、もう雑然とした部屋にはなりません。
それすらものぐさして部屋を荒らすようなら、それはもうこの人の責任ですのでわたくしはどうでもいいですわ。
そんな人に次期公爵はふさわしくないので、これまで通り宗家と分家の関係性をたもつだけです。
なにはともあれ、達成感!

「おお、すごい。必要書類がすぐ見つかる。ありがとうございますアルリア様」

まだ仕事中だったバロウが、青い瞳を輝かせて笑いました。殿下の青より色みのうすい青ね。

「ふふん。当然ですわ」

どんなもんよ。

「って、そうではありませんわ。わたくしあなたとお話ししに来たのでした」

「ああ、そういえば。すみません手伝っていただいてしまって。しかし助かりました。次から次へと届いて、整理しようにも侍女には任せられず」

「隊長、また新規ですよー!」

「ああ、ありがとう」

「すげぇ片付きましたね!?」

言っているそばから騎士が書類持ってやってきました。感想だけ言ってさっと出ていきます。
バロウはメモをつけて所定の位置に置きました。よろしい! わたくしたちの苦労は水の泡にはならず活用されていきそうね! 達成感!

バロウは無造作に後ろでひとつにくくった黒髪をかいて、わたくしが座っているソファの対面に座りましたわ。
分隊長の執務室の応接セットなので、まぁこじんまりとはしていますが、座れればいいのよ。ええ。わたくしよく働いたわ。
テルナが生活魔法でお湯を沸かしてお茶を入れてくれました。わたくしたちだけでなく、テルナとトマとジバも飲むよう命じつつ、わたくしたちはソファでほっと一息。

「戦況はどうなの?」

「へたしたら勝てそうで困る。こちらからすれば城攻めが一番厳しいのですが、あの血気盛んなイーハー国王は保身を忘れて戦場に出てきているんです。そこを突ければ勝ててしまう。でも勝ったらあのイーハーを占領することになるんですか? 我が国が? あの気性の荒い国民を? ありえない。旨味がない」

「そうよねぇ。お友達にはいいけど、敵にはしたくないわよねイーハーの方たちって」

イーハー国民は短気である。だが感情を発散させてしまえばさっぱりとしてもいる。意見の相違があっても、じゃあ残念だけど諦める! とあとくされない人たちだ。
隣人としてやっていく分には悪くはない。だがこの人たちに嫌われるのは。

「めんどくさいわ」

感情の発散がどういう形であらわれるか。想像するだに恐ろしい。

「王城内も反戦一色ですよ。この戦で勝っては未来に禍根かこんを残すことになる。負ければイーハーに何されるか分からない。国内でも王太子に不満のある貴族が大半で、次代の政治が不安視されている。戦そのものが愚策です」

「王子の側近は今どうなっているの?」

「殿下のご学友は軒並み実家に返されています。殿下はもう傀儡かいらいにしようという方向で決まっています。が、裏の王となる次期宰相を誰にするかで揉めに揉めて。優秀な官僚たちがまぁ命の危機でして、守護騎士も当然まきこまれるのでてんてこ舞いですよ」

深いため息をつく。

「なるほど」

部屋に積み上がった書類たちを見る。
うん。どの派閥の誰がどこに配属されただの、医療師がどうの、毒がどうのって、そういうことね。

「そこを抑えるのが王家でしょう。陛下と王妃陛下はなんと?」

「陛下と王妃様はそれぞれ別の者を推薦すいせんしていますよ……」

「まぁ……」

混沌。混沌だわ。混沌としているわ我が国内。
でもそんな混沌情勢を把握はあくしてちゃんと仕事しているバロウの評価はわたくしのなかでどんどん上がっていっていますわ。泣いてないしね。

「ん、んー、ところで話は変わるのですけれど」

「なんでしょう?」

わたくしを見る水色の瞳に、にっこりと笑いかけます。

「わたくしと結婚しません?」

時間が停止したような一拍ののち。

「ええええええ……」

顔を手でおさえてしまいました。

「あら嫌ですの? 大出世ですし、喜んでいただきたいところなのですけど」

「いえ、いえ、いや、ええええ」

「あ、もしかして好きな女性がいたりします? でしたらわたくしも他を当たりますわ」

お付き合いしている方とかいたら悪いわよね。あとで調べさせましょ。

「いや、好きな人はいませんが……アルリア様と結婚というと、次期公爵ですよね?」

バロウのうつむいていた顔が上がってくる。

「ええ」

「私はいわゆる文官騎士の教育しか受けていないので、公爵をやれる器かというと疑問が」

「ふふ。公爵の地位だけですぐ飛びついて来ない、その慎重さがあれば十分ですわ。教育なんてあとからつけ足せばよろしい。前向きに検討なさって? わたくしも他に適任者がいないか探しますけど、バロウはお父様の推薦すいせんする人だから、できればあなたがいいですわ」

「公爵様が?」

お父様は色々だめな人ではありますけど、そんなお父様なのに我が公爵家が繁栄しているのは配下に恵まれたからですわ。わたくし、お父様の人を見る目は信頼しておりますの。
わたくしの性格をあれこれ言って洗脳教育したのはどうかと思いますけれど、でも今の貴族社会を生きていくなら必要なことでしたわ。わたくしは普通の生きる道から外れましたけれど、それでもこれから貴族社会に復帰したとき、洗脳されながら身につけた経験は役に立つと思います。
そういう意味では、わたくしという人を見る目も、間違いではなかったと思いますのよ。

「……考えておきます」

「忙しさにかまけて忘れられても困りますので期限をもうけますわ。1年。1年以内に答えを出してくださいませ。そして1年して了承の答えをいただいたときには、すぐ準備して婚姻こんいんいたします」

もともとわたくしと殿下の婚姻は学園の卒業1年後でした。今から1年後もそう早いわけではないわ。
お互いを知る時間がない? 政略結婚なんてそんなものですよ。
王子との結婚では、子供ができたら王太子ではない子のうち優秀な子に公爵家を継がせる予定でしたの。お父様もまだ若いし、王家に逆らわないし、ほどほどに弱いから王家にとっても都合がいいゆえのお父様の公爵続行だったのですけど、王子と仲違いという大問題が起きてしまいましたわね。

「承知しました」

バロウの目は、未来を見据えるものでした。彼なりによく考えてくれることでしょう。

「色よい返事をお待ちしておりますわ」




さて、と支援の館についてあれこれ奔走している間になんか戦が終わりました。あっけない。早い。
結果は引き分けだそう。
引き分けってなにそれ。生き死にをかけた戦争で引き分けって、引き分けって。
ほんとこの戦は意味がわからない。でも勝敗つくより政治的にありがたいわ。

「ただいま帰ったよ」

「お父様」

弱腰なよなよした笑顔。
見たとたん、胸にぐっと熱いものがこみ上げてきました。
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