参謀殿と私

鳴哉

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「君は馬鹿なのか」

「馬鹿と言う方が馬鹿だとも言いますよね」

 端的に返された言葉に、思わず噛みついてしまった私を、周りがハラハラしながら見ているのを自覚しながら、それでも感情を抑えられず、目の前の男を睨み返す。

 女性としては高身長である私の頭ひとつ分よりさらに上から冷ややかな視線で射抜いてくる男は、つい最近若くして軍部の参謀などという要職に就いた武家の総領息子だ。
 武官の中でも頭で仕事する輩のくせに、無駄にデカく、そして整った容姿をしている。平凡な文官の一人である私にとっては、それだけでも感じが悪いのに(これは完全なやっかみだと自覚しているので口にはしないけど)、事務方の仕事を軽視していて、馬鹿のような要求を平気でしてくる。何とか無理をしてその要求に応えたとしても労いひとつなく、その後に必要になる報告書の類もなかなか出してこない。完全に舐めている。高い地位に胡座をかき、自分の言うことには何でも従うだろうと思っているに違いない。でも、個人としての地位だとかがどうとかの話ではないのだ。

「参謀殿がそうではないのでしたら、先日の物資の調達の案件、収支報告書を提出してください」

「こちらにはこちらの優先順位がある。提出しないと言っている訳ではない。待ってくれと言っているのだ。馬鹿みたいに何度も言わせるな」

「こちらにもこちらの優先順位がございます。もう期日はとっくに過ぎております。今日いただくつもりで、私はわざわざこちらに伺ったんです」

 話は全くの平行線だ。
 要職に就く強面で無愛想な大男にくってかかる私は、周りから見たら無謀で馬鹿なのだろう。それでも、文官には文官としての矜持ってものがある。決められた仕事にはそれ相応の意味があるし、それが守られないと他のところに皺寄せがくる。当たり前のことを言うことに、何を臆する必要があるのか。

「埒が開かないな」
 頭の上で大きく溜息をつかれた。そのまま口元に手を当てて、思案する参謀殿。睨み続ける私。

「分かった。では、その収支報告書とやらを君が作ってくれ」

「は?」

「私は私でやらなければいけないことがある。だからその書類を必要としている君が作ればいい。一番詳しいだろう」

 この男は何を無茶なことを言っているのか。

「私はただの会計課所属の文官です。軍部の未報告の収支状況まで把握しておりませんので、作成できません」

「必要な情報があれば作成できるだろう」

「そ、それはそうですが、私は軍部所属ではありませんので、情報を共有いただくことはできませんし、上司の命令もなく他の部署の仕事を肩代わりすることもできません」

「ちょうど事務仕事をできる者を増やさないといけないと考えていた」

「は?」

「君が軍部に所属替えになれば問題は何もないんじゃないか」

「は?!」

 そしてすぐさま人事部に向かった参謀殿は、私の軍部への人事異動の辞令を手に入れてきたのだった。





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