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哀れみ、そして何故か少しの羨望の眼差しに見送られ、私は文部の会計課から軍部へ異動となった。
軍部には、事務仕事しかできない文官は所属していない。武官のみの部署なので、事務的な仕事も武官が兼任している。今回初めて文官として軍部所属となった私は、とりあえず参謀殿の補佐という名で事務補助要員となるらしい。
案内された参謀殿の執務室の机の上には、向こう側が見えないほど、書類が山のように積まれている。その山もひとつどころではない。机の上を埋めるようにいくつも。作業スペースは皆無だ。
「……よくこれだけ溜め込みましたね」
やっとのことで絞り出した第一声を、案内した当人は「そうだな」とあっさり受け流した。この中から私が依頼した報告書を探し出すだけで一日かかりそう。
呆気に取られながら、それでも仕方なくその前に座ろうとすると、腕を引かれる。
「君はこちらだ」
書類の山が積まれた机のすぐ隣に同じ大きさの机があった。そちらは綺麗に片付けられており、必要な筆記用具の類も備え付けられていた。新しく準備されたのがわかるそれに、少しだけ気分が上がる。
書類の山が積まれた机には、参謀殿が座る。
彼は「とりあえず、この中から君の依頼した書類を探してくれ」とだけ言って、一番上の書類を手に取った。署名もできないのではないかという非常に狭いスペースに器用に書類を広げ、目を通しだす。
なるほど。これでは書類仕事が進まないはずだ。私はすぐに見かねて声をかけた。
「参謀殿、いつもそのように書類をご覧に?」
怪訝そうに仏頂面のまま見返す彼は、それでも無言で頷いて返す。
書類の山の高さは私の背とそう変わらない高さまであり、何の書類が積まれているのか定かではない。とりあえず、ひとつ分の山を数回に分けて自分の机に乗せた。
「書類は届いた順にご覧になればよいという訳ではございません。緊急度や重要度、類型ごとに仕分けしてからご覧になるのが効率的かと思います」
そんなことも考えず仕事してたのか、と暗に非難するような言い方になってしまった。文官にとっては当たり前のことでも、武官にはそうでないのかも知れないのに、感じが悪かったかも。こういうところ、私は駄目だな、と少し反省する。
私は参謀殿の顔を見辛くなって、取り分けた書類に目を通しながら言った。
「こちらで先に仕分けしますので、仕分けし終わったものからご覧いただけますか?」
「分かった」
すぐに返事が返ってきて、気分を害していないようでほっとする。私は時間内に終えられるよう、急いで書類の仕分けを始める。参謀殿の机から私の机にとりあえず書類を避け、空いたスペースに期限のあるものや重要度の高そうなものを積んでいくと、それらに参謀殿が黙々と目を通していく。そのうちに、私が依頼した収支報告書も出てきたので自分の机に置き直した。他にも簡易な報告書を作成する案件が出てきたので、それもとりあえず私の机に仮置きする。
書類を仕分けしていて気付いたのだが、どうやら書類仕事は全て参謀殿ご自身が一人でされているようだ。定例の物品点検のチェックや簡易な伝達事項など、仕分け方によっては彼自身がしなくても、部下に任せてよさそうなもののように思える。それらを全て一人で賄うのは、どう考えても無理がある。書類仕事が滞るのも当然だ。
前の部署での認識として軍部の書類が多少遅れてくるのは想定内だったが、これほど遅れるのは、参謀殿が代替わりされてからのように思う。
前参謀殿がうまく捌いていたのか、現参謀殿がまだ慣れないだけなのかもわからないけれど、この方法では限界があることをご理解いただいた方がいいと思った。
「参謀殿」
「何だ」
呼びかけるとすぐに返事が返ってきた。反射神経の良さにちょっと驚きながら進言する。
「定例的なものや簡易なものは、ご自身ではなく、部下のどなたかにお任せになってもよろしいのではないですか?」
「分かった。任せよう」
あまりにすぐ承諾されたので、ちょっと拍子抜けだ。でも、以前からそう思っていたのかも知れない。
「では、どなたにお願いすればよいですか?」
この部屋には私と参謀殿しかいないので、別の部屋まで声をかけに行くとなると、と頭の中で軍部の中の配置を思い浮かべる。
「君に任せる」
「え?」
まさか、今日やってきたばかりの私に任せるとは思っていなかったので、すぐに返事ができないでいると、書類から目を上げた参謀殿がこちらを見た。
「君は今日から私の部下だと思うのだが」
そう言われて、私は「承りました」と頷いた。
何だか意外にあっさり信頼されているような状況が、ちょっとこそばゆく感じた。
軍部には、事務仕事しかできない文官は所属していない。武官のみの部署なので、事務的な仕事も武官が兼任している。今回初めて文官として軍部所属となった私は、とりあえず参謀殿の補佐という名で事務補助要員となるらしい。
案内された参謀殿の執務室の机の上には、向こう側が見えないほど、書類が山のように積まれている。その山もひとつどころではない。机の上を埋めるようにいくつも。作業スペースは皆無だ。
「……よくこれだけ溜め込みましたね」
やっとのことで絞り出した第一声を、案内した当人は「そうだな」とあっさり受け流した。この中から私が依頼した報告書を探し出すだけで一日かかりそう。
呆気に取られながら、それでも仕方なくその前に座ろうとすると、腕を引かれる。
「君はこちらだ」
書類の山が積まれた机のすぐ隣に同じ大きさの机があった。そちらは綺麗に片付けられており、必要な筆記用具の類も備え付けられていた。新しく準備されたのがわかるそれに、少しだけ気分が上がる。
書類の山が積まれた机には、参謀殿が座る。
彼は「とりあえず、この中から君の依頼した書類を探してくれ」とだけ言って、一番上の書類を手に取った。署名もできないのではないかという非常に狭いスペースに器用に書類を広げ、目を通しだす。
なるほど。これでは書類仕事が進まないはずだ。私はすぐに見かねて声をかけた。
「参謀殿、いつもそのように書類をご覧に?」
怪訝そうに仏頂面のまま見返す彼は、それでも無言で頷いて返す。
書類の山の高さは私の背とそう変わらない高さまであり、何の書類が積まれているのか定かではない。とりあえず、ひとつ分の山を数回に分けて自分の机に乗せた。
「書類は届いた順にご覧になればよいという訳ではございません。緊急度や重要度、類型ごとに仕分けしてからご覧になるのが効率的かと思います」
そんなことも考えず仕事してたのか、と暗に非難するような言い方になってしまった。文官にとっては当たり前のことでも、武官にはそうでないのかも知れないのに、感じが悪かったかも。こういうところ、私は駄目だな、と少し反省する。
私は参謀殿の顔を見辛くなって、取り分けた書類に目を通しながら言った。
「こちらで先に仕分けしますので、仕分けし終わったものからご覧いただけますか?」
「分かった」
すぐに返事が返ってきて、気分を害していないようでほっとする。私は時間内に終えられるよう、急いで書類の仕分けを始める。参謀殿の机から私の机にとりあえず書類を避け、空いたスペースに期限のあるものや重要度の高そうなものを積んでいくと、それらに参謀殿が黙々と目を通していく。そのうちに、私が依頼した収支報告書も出てきたので自分の机に置き直した。他にも簡易な報告書を作成する案件が出てきたので、それもとりあえず私の机に仮置きする。
書類を仕分けしていて気付いたのだが、どうやら書類仕事は全て参謀殿ご自身が一人でされているようだ。定例の物品点検のチェックや簡易な伝達事項など、仕分け方によっては彼自身がしなくても、部下に任せてよさそうなもののように思える。それらを全て一人で賄うのは、どう考えても無理がある。書類仕事が滞るのも当然だ。
前の部署での認識として軍部の書類が多少遅れてくるのは想定内だったが、これほど遅れるのは、参謀殿が代替わりされてからのように思う。
前参謀殿がうまく捌いていたのか、現参謀殿がまだ慣れないだけなのかもわからないけれど、この方法では限界があることをご理解いただいた方がいいと思った。
「参謀殿」
「何だ」
呼びかけるとすぐに返事が返ってきた。反射神経の良さにちょっと驚きながら進言する。
「定例的なものや簡易なものは、ご自身ではなく、部下のどなたかにお任せになってもよろしいのではないですか?」
「分かった。任せよう」
あまりにすぐ承諾されたので、ちょっと拍子抜けだ。でも、以前からそう思っていたのかも知れない。
「では、どなたにお願いすればよいですか?」
この部屋には私と参謀殿しかいないので、別の部屋まで声をかけに行くとなると、と頭の中で軍部の中の配置を思い浮かべる。
「君に任せる」
「え?」
まさか、今日やってきたばかりの私に任せるとは思っていなかったので、すぐに返事ができないでいると、書類から目を上げた参謀殿がこちらを見た。
「君は今日から私の部下だと思うのだが」
そう言われて、私は「承りました」と頷いた。
何だか意外にあっさり信頼されているような状況が、ちょっとこそばゆく感じた。
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