まじらぼ  冤罪を魔法で科学捜査して晴らす研究所

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File01 異世界で、科学捜査官ならぬ魔法捜査官になった件

#01 南城乃 惣太その1

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「うっ……!」

 事件現場を見た途端、オレはうめいてしまった。

 現場は下町の酒場。奥のカウンター席とテーブル席が五つばかりある、この街では標準的な酒場だ。

 テーブル席の椅子は全部丸テーブルの上に乗せられている。掃除中だったのだろう。
 その店の奥、カウンターの前。

 ──死体が転がっていた。

 胃がきゅっと縮み上がり、口の中がからからになる。

 事件の現場だからね。あるのは知ってたよ。仕事だし、覚悟もしてたよ。
 でも本物の死体。それも──

 ──殺された死体だ。

 『あっちの世界』で海外の刑事ドラマをよくみていたから、死体とかグロいものには耐性があるつもりだった。ゾンビ映画とかスプラッター映画も平気だ。けどやっぱり──

 ──本物の死体は違う。

 本物の死体を見るのはまだ三度目。
 ちょっと前まで日本の平凡な大学生だったオレには縁が無いものだ。

 死体くらい葬式で見たことあるだろうって?
 そりゃ十八年生きてるし、親戚とかの葬式には何回か出たよ。

 でも、葬式でお棺の中に入ってるアレは『ご遺体』だ。

 その道のプロが丁寧に整え、キレイにメイクしてラッピングしたものだ。
 ナマの死体。それも殺された死体とは違う。全然ちがう。

 グロい。こわい。忌まわしい。

 なるべく死体は見ないようにしてオレは店の中へと入った。

 そういうわけだから、死体の描写はなるべくしないつもり──

「後ろ頭、見事に割れてるわ。まるでザクロね」

 耳元で、セクシーなお姉さんの声が丁寧な死体描写を始めた。
 死因を特定する監察医ポジションのクロエさんだ。

「きれいなほうじゃない? 出血もたいしてないし、それももうほぼ固まってる。こわくないから見てみなさいよ。ほらほらぁ♪」

 がしっ、と両手で頭をつかまれ、顔を死体のほうに向けられる。

「や、やややめてやめて!」

 悲鳴を上げてクロエさんの手から逃れる。

「あははは! 何こわがってるのよ? 死体は襲いかかって来ないわよ」
死霊術師ネクロマンサーが言いますか、それ」

 そう、オレをからかってけたけた笑っているクロエさんはネクロマンサー。死者の霊と死体を操る魔法使いだ。
 優秀な人なんだけど、色々と困ったところがある人で……。

「ん?」

 オレの視線に、いたずらっぽく笑うクロエさん。

 美人である。歳は二十代後半くらい。

 鈍く光る銀髪と赤い目、それに青みがかった灰色の肌。ここが異世界──魔法が存在するファンタジーな世界であることを、これでもかとアピールする姿をしている。そして……

「どうかした?」
「いえ、別に……」

 オレはクロエさんから視線をそらした。

 彼女はいつも黒いローブを着ているのだけど、その下は露出狂か? ってくらい布地の少ない服装をしている。

 ローブは襟のとこで留めてるだけだから、動いた拍子にその間からチラチラ見えてしまうのだ。豊かな胸の谷間とか、おヘソ丸出しのお腹とか、ふとももとか……。

 十八歳の健康男子としては、目のやり場に困ってしまう。

 それを知っててわざと見せつけてるようなこともするし……。
 クロエさんはほんと困ったひとなのだ。

「ソータさん大丈夫ですか?」

 そう声をかけてくれたのはサミちゃんだ。

「慣れてないんですから、無理しないでくださいね」
「ありがとう、サミちゃん」

 オレの様子を、死体を見て気分が悪くなったと思ったのだろう。
 まだ十六歳なのに、こういう気遣いしてくれるんだよなこの子は。

 若いがこの子は優秀な錬金術師である。
 担当は現場で採取された微物とか諸々の分析。あと、オレの心の癒やし。

 長いストレートの青い髪は、海の聖霊の血を引いている証だそうだ。
 服は青と白がメインの南欧の民族衣装っぽいもので、涼しげでかわいい感じが彼女によく似合っている。

 清楚と可憐と純真無垢で女の子を作ったら、きっとこんな姿になるんだろうなぁ。
 ……色気と気まぐれと悪戯っ子が服着てるクロエさんとは大違いだ。

「気分悪いなら、これ使います?」
「……サミちゃん、これ証拠品入れる袋でしょ」
「あ、いっけない!」

 とまあ、優しい子なんだ。ちょっとズレてるけど。そこがまたかわいいというか……

「……ソータさん嘔吐物っと。はい、これで証拠品と取り違えるおそれはありません。ばっちりです!」

 証拠品入れる袋にそう書いて笑顔で渡すサミちゃん。

 訂正。この子はかなりズレている。

 オレの名は南城乃なんじょうの 惣太そうた。ソータって呼ばれている。

 ほんの数ヶ月前まで日本の平凡な大学生だった。
 得意なことといえば、海外ドラマにちょっと詳しいくらい。
 海外ドラマの中でも刑事ものが好きで、日本で視ることができるシリーズ作品はたいてい視てると思う。

 ちなみにSFやファンタジーものは全然視てない。ていうか、そのふたつの区別もよくわからない。

 主人公がロボットか宇宙船に乗ってるのがSFで、転生してエルフとかドラゴンとか魔法使いがいる世界でハーレムつくるのがファンタジー? くらいの認識だ。

 そんなオレが、こんなファンタジーな世界で魔法使いたちと鑑識みたいな仕事をすることになるなんて……。

 詳しいことは後で説明するので少し待ってほしい。

「ざっと見たところ、凶器らしきものはないわね」
「足跡は入り口側にはないですね。遺体から奥には、いっぱいありすぎて、どれが犯人なのか……」

 一通りの調査が終わり、クロエさんとサミちゃんが報告する。

「凶器、見つからず。……下足痕、遺体を境にして入り口側はなし。遺体より奥には多数、と……」

 それを大福帳みたいな記録用紙に書き込んでゆく。

 魔法が使えないオレが現場でできるのは記録係くらいしかない。

「被害者はこの店の店主のヨナさん。年齢は四十代半ば。状況からみると、被害者は閉店後、床をモップがけしていた。入り口側からはじめて、床を半分くらい掃除したところで後ろから殴られて死亡」

 メモ係だけではちょっと情けないので、状況をまとめてみる。

「入り口側に足跡が残ってないから、犯人が侵入したのも逃走したのも裏口からということになる、と……」
「凶器はモップじゃないんですか?」

 転がっているモップを指さしてサミちゃんが言う。

「あんな軽い木の棒じゃムリよ。もしあれが凶器なら間違いなく折れてるから」

 調べずともわかるとクロエさんが答える。

 ネクロマンサーは死の専門家。だから死んだ原因や、そこに至る経緯についても詳しいのだ。

 しかし凶器、そして犯人の手がかりはない。となると、次はアレしかないな……。

「クロエさん、彼に事情聴取をお願いします」
「はいよ」

 軽く答えた彼女だが、すぐにその表情が真剣なものなる。

 これから被害者──死者への聞き取りをはじめるのだ。

 ローブのふところからガラスの小瓶を取り出すと、クロエさんは静かに呪文を唱えはじめた。

「生は仮初めにして肉体は器なり……」

 クロエさんが呪文を唱えると、小瓶がぼんやりとした赤い光を発した。
 いや、光っているのは小瓶じゃない。その中身だ。小瓶の中に、赤く光る魔法の液体が生成されたのだ。

「虚ろなる器に残りし魂魄の残滓よ。いま一度在りし時の姿をとりて、我が召喚に応えよ」

 呪文を唱えながら、クロエさんは二度、三度と小瓶の中身を死体にふりかけた。淡く光る赤い雫が舞い、クロエさんの顔を照らす。

 その光に照らされたクロエさんはいつものおちゃらけた人とは別人に見える。神秘的で、そして、ぞっとするほどキレイだった。

 ぞくっ。
 急に店内の温度が下がった。霊が現れる前兆だ。

 クロエさんによると、霊が現れる時気温が下がるのは、実体化するためのエネルギーを周囲から吸収するからだそうだ。
 気のせいか暗くなったような気もする。

「あっ」

 サミちゃんが小さな声を上げた。

 白いもやもやしたものが死体の上に現れていた。

 霊だ。犠牲者の霊がクロエさんの魔法で召喚されたのだ。
 もやもやした白い塊はみるみる死体と同じ姿、いや生前の姿へと形を変えてゆく。

「死したる霊よ。汝が声を聞かせよ。汝の心を語れ」
「……で…っきん……もう…くに……」

 オレの頭に、直接声が響く。

 霊の声だ。
 だけどその声はかすれ、途切れ途切れでよく聞き取れない。

 オレの魔力が低いからだ。電波が弱い場所での携帯みたいな感じかな。違うのはノイズがないことだ。

「はら~」

 となりでサミちゃんが驚いたような、あきれたような声を上げる。
 いったい何を語っているんだ?

 オレは霊の声に集中した。
 左耳に手を添えて霊の方に向ける。聞き耳を立てるポーズだ。魔法が存在する世界では、形から入るということが効果的なんだ。

 だんだん霊の声がはっきりしてきた。霊が語った言葉は──

「これでもう借金返さなくていいんだな。楽になれるならいいか……」

 だった。
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