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File01 異世界で、科学捜査官ならぬ魔法捜査官になった件
#07 クロエさん その3
しおりを挟む檻が開けられ、オレはおそるおそる牢から出た。
騎士の一人に小突かれ、入口近くの拷問器具が並ぶ場所に連れて行かれる。
「わしはボーラン・ゴーワン。騎士団長である」
ヒゲダルマはそう言うと、後ろにいた騎士たちのほうを指した。
部下の騎士は全部で三人。うち二人がシーツがかけられた担架を運んでいた。
「あれは、貴様がうろうろしていた場所の近くで発見された死体だ。貴様が殺したのか?」
「違います!」
「認めたほうが身のためよ」
と、クロエさんの声。その直後──
ガンっ! という衝撃音が牢獄に響いた。
オレの頭のすぐ横、ゴーワン騎士団長の拳が石壁にめり込んでいた。
「では、貴様の身体に聞くとしよう」
ゴーワン団長の合図で騎士たちがオレの両手に鉄の枷をはめた。枷は鎖で天井の滑車につながっていて──
「いだただ!」
鎖がじゃらじゃら音を立てて、オレの身体は天井からぶら下げられた。枷が手首にこすれて痛い。両の手首と肩が抜けるんじゃないかってくらい痛い。
「さて、どれがよいかな?」
細い鞭、鉄のイガイガがついた棒を手に取りながら団長が言う。
「認めたらどうなるの? ひょっとして、素直さに免じて無罪とか?」
「人殺しは死罪。広場で首を切り落とされるのだ」
「そんなぁ!」
認めるまで拷問。認めたら首切り! そんなのってあるか!
「この国に人権はないのか? 裁判は?」
「ジンケン? それはなんだ?」
ゴーワンが部下たちのほうを振り返った。
団長の問いに、騎士たちは「はて?」「なんだろそれ?」という表情で答えた。
──異世界って恐ろしいところだ。
この時、オレはそれを知った。
人権なんて概念もない。あやしいヤツはまず拷問。罪を認めたら即、処刑。
これがこの世界の警察と裁判なのだった。
「い、いいいやだ! 助けて…!」
身体がガクガク震える。鎖で吊された身体が回る。
助けて…誰か…!
オレの目は、救いを求めてあちこちさ迷う。
そこにクロエさんの姿が目に入った。
──そうだ!
「無実を証明できるぞ!」
オレは叫んだ。
「彼女に、その被害者の霊を呼び出してもらうんだ。霊に聞けば、オレが犯人じゃないってわかるよ!」
オレの言葉に、騎士たちがクロエさんのほうを見た。
「なるほど。それはそうだな」
ゴーワン団長がヒゲをさすりながら言った。
……なんだこの雰囲気?
団長と騎士たちから嘲笑うみたいな雰囲気を感じる。
もしかして、この思いつき間違ってるのか?
「いいわよ。やってあげる」
小さくため息をつくと、クロエさんは立ち上がった。
騎士たちは、なぜか驚いたみたいだった。
担架に乗せられたままの死体が床に置かれる。
牢から出されたクロエさんは、躊躇いもなく近寄ると、かけてあったシーツをはがした。
オレは思わず目を背けた。
でも、死体の胸に突き刺さったままの短剣、黒く変色した血で染まった上半身、などなどが目に焼き付いていた。
死体だ。それも殺された死体だ。
ぞぞぞ…っと背中が寒くなった。
「これが殺人ねぇ」
しばらく死体を見て、クロエさんは小馬鹿にしたように言った。
「どういう意味だ?」
ゴーワンがギロリとクロエさんをにらむ。
「すぐにわかるわよ」
そう言うとクロエさんは、左の手の平を上に向けて、呪文を唱え始めた。
「生は仮初めにして肉体は器なり」
オレは息を呑んだ。
クロエさんの手の平に、赤く光る液体が現れたのだ。
魔法だ。これが死霊魔法だ。
「虚ろなる器に残りし魂魄の残滓よ。いま一度在りし時の姿をとりて、我が召喚に応えよ」
呪文を唱えながら、クロエさんは左の手の平にたまった液体を右手の指でつまみ、それを死体にふりかけた。
薄暗い牢屋に、淡く光る赤い雫が舞う。
キレイだ…!
状況も忘れ、オレはクロエさんの神秘的な美しさに見とれた。
「出た…!」
騎士の一人が上げた声に、オレは我に返った。
死体の上に、もやもやとした白い霧のような塊が現れていた。
──死者の霊だ。
それはみるみる死体と同じ姿へと形を変えていった。
「死したる霊よ。汝の最後の想い、最期の姿を見せよ」
クロエさんが静かに言う。
すると霊は頭を抱えた。何があったのか、髪をかきむしり、何か叫んでいる。
苦悩、絶望…そんなワードが、オレの頭に浮かんだ。
「あっ!」
いつの間にか霊の手に短剣が握られていた。もちろん本物じゃない、霊体の剣だ。霊は短剣を手に、何か迷っている。
理由はすぐにわかった。
短剣を自分の胸に押し当てたのだ。自殺しようとしているんだ。
何度か躊躇った後、
「終わりだ…もう死ぬしかねぇんだ!」
と、霊が叫んで、短剣を自らの胸に突き立てた。
「自殺だと! 人騒がせな」
不機嫌にゴーワン騎士団長が鼻を鳴らした。
後で知ったのだけど、死体の彼は博打で店のカネを使い込み、それで自殺したのだった。
「胸の傷見ればわかるじゃない。躊躇い傷がいくつもあったわ」
と、クロエさん。
「ひょっとして、あの時もうわかっていたの?」
クロエさんは死体を見てすぐに、「これが殺人ねぇ」と笑った。
彼女はあの時、気づいていたんだ。
「ネクロマンサーは死の専門家だからね」
クロエさんはそう言うと、豊かな胸をそらしてドヤ顔を作った。
「これで無罪放免だよね?」
手枷で擦り傷のできた手首をさすりながらオレは訊いた。
「ふん、とっとと出て行くがいい」
団長は「しっしっ!」というふうに手を振った。
無実の罪で捕まえて、拷問、死刑にするところだったのに、悪いとかカケラも思っていない。これが異世界か。
「貸しにしとくわよ」
クロエさんの声に振り向くと、彼女は牢に戻るところだった。
そうだ、お礼を言わないと。オレが口を開きかけた時──
「禁じられた死霊魔法を使ったな。刑期は一年延長だ!」
ゴーワン団長の言葉が牢内に轟いた。
クロエさんは、黙って肩をすくめると、牢に戻った。
がちゃり、と鍵が掛かる音がやけに大きく響いた。
「ええっ? 捜査のためじゃないか!」
オレは驚いた。そして思い出した。
オレの提案を騎士たちが嘲笑っていたことを。
あれは、クロエさんが刑期が延びるようなことはしないだろうと高をくくっていたんだ。だからクロエさんが協力すると言った時に驚いてたんだ。
「我々に許可を出す権限はない。その女も承知である。それと知って術を使ったのだから、刑期延長は当然だ」
「ま、そういうことね」
呆然とするオレに、鉄格子の向こうでクロエさんがひらひらと手を振った。
そんな…こんなことって……。
そういうわけで、オレは釈放された。
だけど、頭の中はクロエさんのことでいっぱいだった。
ネクロマンサーへの偏見と差別。
刑期が延びると知りながら、オレを助けたのは何故だろう。
そんなことが頭の中にぐるぐる巡っていた。
いつの間にか、オレは牢獄を出て、外につながるただ一つの道──長い石橋を渡り終えていた。
「やっと見つけたのじゃ」
聞き覚えのある声に、オレは我に返った。
橋のたもとに、とんがり帽子の女の子──のじゃ子さんがいた。
「……お主、なかなかの知恵者じゃの」
オレが牢であったことを聞いて、のじゃ子さんが感心した。
「オレは助かったけど、クロエさんは……」
でもこの時、オレの頭の中はクロエさんのことでいっぱいだった。
「あんなのってないよ! クロエさんは悪いことしてないのに!」
クロエさんへの偏見と差別。
刑期が延びると承知でオレを助けてくれたこと。
悲しくて、申し訳なくて、そして悔しかった。
「この国はおかしいよ! 冤罪で人を捕まえておいて脅迫と拷問…拷問で殺されるか死刑かの二択じゃないか! 捜査協力した人にお礼どころか、刑期延長なんて!」
ぐちゃぐちゃの感情を、のじゃ子さんにぶつけてしまった。
そんなオレを、のじゃ子さんは静かに見つめていたが──
「お主がこちらに来た理由…これかもしれぬな」
と、そんなことを言い出した。
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「それはカンベン!」
あの騎士団長だとやりかねない。なんせこの国には人権なんてないんだから。
オレはあわててのじゃ子さんの後を追った。
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